まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
2025/09/15 23:23:35|老々介護について
28.【数独(ナンプレ)に挑戦したが!】
 ナンプレ(数独)は、脳の刺激に良さそうだということに気が付いたので、ここ2週間余りナンプレに挑戦している。ところが意外と難しく、時間がかかることがわかった。そこで前回投稿したように購入した初級ナンプレ集を毎日一問は解くことに決め、夜中(午前1時ごろまで)まで頑張ったことが何日かある。しかし、思うように出来ないことがわかり、毎日苦戦している。正解がすんなり得られるようになるまで、もうしばらく時間がかかりそうである。まずは、百均で購入したナンプレ初級編69問を全部終えるころまでに解き方のルールを見つけ、中級編、上級編の目標タイム以内に解答できるよう努力するつもりでいる。このナンプレゲームは、マス内に記入されている数値、自分が記入した数値を覚えられるなら、早い時間で正解が得られそうだ。しかし、若い時と異なり、覚えたことをすぐ忘れる短期記憶が出来ない年齢になったお陰で、ナンプレ正解に至るのが難しくなった。
 今週、鑛一は8日(火)午前が狭心症定期検診、午後が奥歯の抜歯で防衛医科大学病院、真喜子は9日(水)午前目の手術2回目の検診である。そのため、9日(水)のデイサービスを11日(金)に変更をお願いした。
2023年8月11日(金)







2025/09/13 22:10:17|老々介護について
27.【数独(ナンプレ)で頭脳のリハビリテーション】
 「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝込まずにコロリと死ぬことをピンピンコロリ」と言われています。「ピンピンコロリ」で世を去る人は、頭を使い、考える、行動的でやることが早い、指手足をよく使う人が多いことに気づいた。考える、行動する、体の部位をよく動かす人は「ピンピンコロリ」を目指し、心置きなく世を去れるような気がする。デイサービスに通うようになり身体部位は、リハビリで動かしている。脳の動き(脳トレ)は、頭脳のリハビリであることが理解できた。脳トレには、「間違い探し」「簡単な数値計算」「折り紙」「塗り絵」「数独(ナンプレ)」などいろいろある。この中の数独はどのように行うのか全く不明だ。隣に座った利用者Kさんから数独のやり方を教わり、実行したが数字をうまく組み合わせることはできない。丁寧に解き方の要領を教えていただき、新聞に掲載された数独の解き方の記事も見せてもらったが、一向に正解に至らない。百円ショップで「数独」と同じような内容の「初級ナンプレ」が手に入ると聞き、「ナンプレ初級編 69問」を早速求めた。それ以来、毎日1編ずつ解いて、5日が経ちなんとなくコツがつかめそうになった。
 数独とナンプレの違いがわからず、ネットで調べたところ、「数独」と「ナンプレ」は、どちらも1から9までの数字を被らないようマス目に埋めていくパズルで、ルールや遊び方を含め全く同じもので名称だけが異なっていることがわかった。「数独」はニコリ(パズル専門会社)が商標登録しているが、「ナンプレ」は「数独」と同じパズルの一般名称であることもわかってきた。
 「ピンピンコロリ」を達成するためには、「身体部位全てを動かす」実践が必要だと思っている。ここで、「動かす」ということは、身体部位の動きのみならず、目に見えない脳が考える変化(動き)、物を見る目の動き(視覚)、音を聞く耳(聴覚)、物や身体に触れる接触(圧覚、皮膚感覚)、良い香りを楽しむは鼻(臭覚)というような感覚の変化も「動かす」必要がある。外部から入る人への刺激や情報も動き(変化)がある。人は仕事や家事などを毎日行っているが、そこでの経験や見聞したことは情報変化の受け入れと発信を常に行なっている。このように考えると「動く」「動かす」のは人の身体部位だけでなく、頭脳も口にも思考の動きがある。ピンピンコロリを実践したいと願い、身体全ての「動き」を常に心掛けている。
2023年8月2日(木)







2025/09/13 21:44:47|老々介護について
26.【指導職員のプログラム内容の話がよく理解できるためには私語は厳禁!】
 ところで、4月19日のお便りノートで要望した指導職員がこれから始めるリハビリの内容やその効果を解説中、管理者が見学者に現在行なわれているリハビリや施設の説明をすることがたまにある。この時、管理者が見学者と話をする事は私語である。リハビリについて解説している指導職員の声が聴講している大勢の利用者には聞こえないことにについて、指導職員が解説中は私語を禁止するお願いをした。デイサービス終わり20分ぐらい前に指導職員の短い「為になる話し」が毎週ある。19日(水)の話は、「唾液を出す方法」の解説と実演であった。また、「パタカパタカ」の発語の解説と実演はとてもわかりやすい話しであった。ところが、利用者全員に指導職員が解説中、見学者(参加利用希望者)にリラクサイズのサービス内容を説明しているかと思われる管理者の話のやりとりの声があまりにも大きすぎ、指導職員が一生懸命に喋っている解説内容が聞いている利用者にはよく聞き取れない。13名の利用者は高齢者なので、私同様に耳が遠くなっていると考えられるので、聞いている利用者の何人が解説内容を理解できたか疑問である。
 一方、解説する指導職員の顔色を見ていると、利用者が聴講している場での私語(管理者が利用者へ説明する話のやりとり)が聞こえるので迷惑そうな顔をして解説をしている様子が伺えた。講義や講演中の私語は、講師や演者にとって大迷惑なので、解説あるいは講演中の私語は厳禁である。
 デイサービス最後に「身体や健康維持に良い」とても有益な解説話と実演が聞け、かつ見ることができるのは、リラクサイズ武蔵藤沢の特徴かと思う。そのため、“利用者全員に伝えるべき話”をする場合、利用者全員が静かな環境で解説や講演が聞き取れるような配慮をしていただくよう再度お願いをする。
2023年7月27日(木)

 







2025/09/13 21:43:01|老々介護について
25.【眞喜子の緑内障・白内障手術成功】
 眞喜子の緑内障、白内障の手術は、7月10日、7月3日に無事終わった。入院は7月9日(日)、その翌日10日午前11時に緑内障手術開始し、約60分で終了した。白内障手術も約60分で終えたが、手術に立ち会ことはできず、待合室で終るのを待っていた。緑内障の時は術後、病室に戻ったとき分厚いガーゼの眼帯を付けていた。白内障の時は、術後直ぐ見えるようにするためか1眼メガネのよう格好で病棟にもどった。両眼の手術後に目に付けていた眼帯は、翌日面会に行った時には外していた。ガッツポーズをとったのだがが、なんとも迫力のない姿であった。
 退院予定は、15日、16日が土日なので、16日の週になる予定。目が見えないことは、どんな行動も起こせず、極端に不自由な身となる。今回の手術で、手術前より見えるように回復することを切望しているが、もう少し時間がたたないとわからない。
2023年7月19日(水)







2025/09/09 23:49:49|老々介護について
24.【妻眞喜子緑内障・白内障手術で入院】
 私より3歳若い妻真喜子は、自称「パッチワーク愛好家」という名刺を友人に作ってもらい、パッチワークを趣味として長年にわたり作品作りを楽しんできた。そのパッチワークを熱心にやり過ぎためかと思われるが視力を失い、右目視力0.1で緑内障、左目視力0.5で白内障という診断を受けた。自宅近くの眼科に防衛医科大学病院宛の紹介状を書いてもらい、両眼手術のため2023年7月9日に防衛医科大学病院に入院し、手術を行うことを決めた。医師から手術結果が順調なら一週間以内で退院だが、2週間入院する予定でいてほしいと言われ、長期入院を覚悟でいた。
 その手術は、入院翌日の7月10日に緑内障、2日間をおいて白内障の手術する予定でいる。7月10日の緑内障の手術は、無事に終った。次の7月13日予定の手術は、まだ入院中なので、12日(水)のリラクサイズのデイサービスは参加できないので、休む予定だ。
 眞喜子は、長い間病気や怪我をせず健康で今日にいたった。子供3人の出産で入院した以外、入院の経験はない。今回の入院は約50年振りに病院のベッドに横たわったことになる。そのため、勝手がわからず入院準備に手間取り、相当緊張して入院した。
 緑内障の手術で目が良くなることは期待できないが、白内障は期待できる。7月13日の白内障手術を行い視力が良くなることを願っていた。

注:妻眞喜子は2025年9月現在87歳で、2年前の2023年7月85歳の時に目の手術をした。白内障手術で片方の目は見えるようになることを期待したが、残念ながら失敗し、このブログを投稿した2025年9月9日現在両目とも失明状態である。両目が見えないとこれまで行なっていた家事全般は出来ない。そのため、手術した2023年7月から自宅で彼女が寝室からトイレまで一人で行けるように天井と床の間に突っ張り棒を取り付けその突っ張り棒に横向きの手すりを取り付けた。身体に入れる食事は鑛一が1から始めた料理で何とか今日まで生き延びてきた。体から出す方はトイレまでの移動ができれば何とか事を済ませられるので、手すりをなん本も設置し介護を受けずに一人でトイレに行けるようにした。
 失明した2023年7月〜2025年3月(この3月に老人ホームに入所)まで約2年間、自宅で夫の鑛一は家事一切を妻眞喜子から受け継ぎ、同時に彼女の介護も行なってきた。この2年間に行なった介護は、いわゆる「老々介護」と言える。この時の介護は、ベッドにうまく横になれない、シャツ・パンツが脱げない・着られないというような時の簡単な介護であった。ところが徐々に物忘れが多くなり、失禁も始まり、介護する鑛一は、脳梗塞を2回患い手足が思うように動かせなくなってきている。おまけにしゃがむと自力で立ち上がれない状態である。介護される妻眞喜子の介護状態は要介護3、介護する夫鑛一の介護状態は要介護1なので、両者とも介護されたい身分でもある。眞喜子が失明したころ家族会議を開き、夫鑛一は心臓血管にステント3本入れる手術、前述した脳梗塞を2回(右の手と足の動きに障害、嚥下と呂律に障害)患っているので、いつ倒れてもおかしくない状態にある。ここで、もし鑛一が倒れたら、目が見えない眞喜子は生きていけなくなり、両人共倒れとなる。そのため、真喜子が倒れても安心・安全な老人ホームに先に入所するのが良いとの結論になった。
 2025年3月に老人ホームに入所した。2025年5月で90歳になった夫鑛一は、目が見えなくなった妻の介護は体力的に困難になり、止むを得ず眞喜子が老人ホームに入所してもらうことにした。妻老人ホームに入所後は、鑛一は一人で自炊生活を始めている。
2023年7月12日(水)
 小川鑛一