まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
2012/03/27 9:07:47|思い出
完成間際の東京スカイツリー見学

 孫が3年前に上京したときの第一希望は東京タワーに行きたいというので出かけたことがある。その時の帰りがけで地下鉄駅向かうとき、歩いている路面に東京タワーの長い陰が写っていた。その影を見た孫が東京タワーはいつまでもついてくると言ったことが印象的だ。その孫は4月から小学校1年生になる。今回は東京ディズニーランドへ行きたいというので、2月25日に行ってきた。1日おいた27日には、佐賀へ帰るので羽田へ見送りに行った。その前に、まだ登ることの出来ない東京スカイツリーを見に連れて行った。

 地下鉄押上駅の出口A3から出ると、目の前に見上げるようにそびえ立つ東京スカイツリーが眼前に見える(写真1)。丁度お昼時なので、業平橋駅前を通りスカイツリーを一回りし、途中どこかで昼食をする予定で歩き出した。半周したところ寿司屋があったのでそこに入る。この店の道路を隔てた向かい側に、王貞治選手の実家だった所があるよと寿司屋のおじさんが教えてくれた。また、店の中には高見盛(写真2)、稀勢の里、把瑠都3人のお相撲さんの色紙が壁に掛けられてあった。これらお相撲さんの稽古場所がこの寿司屋の近くにあるようで、よく訪れるのでサインをもらったとのこと。

 ランチ定食を食べ、押上駅へ向かう途中にお土産屋がいくつかある。その1軒で背の高い東京スカイツリーの貯金箱を売っていた。店員がいうには、500円玉でいっぱいにすると、55万円入るという。この貯金箱をいっぱいにし、孫たちに豪華な東京見物をさせようと、迷わずそれを買った。買ったのはいいが、これから羽田へ孫たちを見送りに行くので持って歩くには少々長い。組み立てるようになっているので購入した品物は現物より短い。それでもあまりにも長いので近所のコンビニから自宅まで送ってもらうことにした。目方は重くはないが、ケースに入った品物が長いので宅配料金が予想以上に高くついた。東京スカイツリー貯金箱(写真3)はあまりにも背が高い貯金箱なので驚いて求めたが値段のほうも高いものについた。

 押上から品川経由で羽田に向かった。昔に比べれば今は大変便利になり、押上から乗り換えなしで羽田に行ける。押上駅は京成線、東京スカイツリー駅(旧業平橋駅)は東武線の駅でお互い近くにある。ついこの間まで東京スカイツリー駅の駅名は業平橋駅であった。昭和24年ごろ安田学園中学校に通っていた。もともとこの学校は両国駅近くにあるのだが、当時、この学校の校舎は米軍に接収されていて、授業は業平橋からほど近い横川小学校を借りて勉強した記憶がある。当時、毎日通学で利用した業平橋は懐かしい。その後、米軍の接収が解除され、横川の仮校舎から両国の安田学園本校舎に移り、そこで卒業した。

 孫たちは夕方の佐賀行き便で帰るというのでその時間まで羽田空港でしばらくお茶しながら時間をつぶした。雨の東京ディズニーランドと晴天時の東京スカイツリーを見学し、彼らは元気で自宅のある佐賀へ飛び立った(写真4)。次に会うとき、大きい方の孫は小学校へ入っている。次回会うときの成長ぶりが楽しみである。【2012.2.27】

写真1:よく晴れた日の東京スカイツリー見学
写真2:寿司屋で見た高見盛の色紙
写真3:東京スカイツリーの巨大貯金箱、500円玉いっぱいで55万円とか
写真4:みんな満足そうな顔して帰っていった(羽田空港にて)

2012.3.27 記







2012/03/23 9:52:47|小さな旅の思い出
孫とディズニーランドで遊ぶ

 2012年2月24日〜27日、佐賀の息子夫婦と孫2人の4人が3泊4日の予定で関東に来た。例年なら独立した3人の子供たちが正月に子連れで埼玉の実家に集まる。家族が増え、正月運賃が高いことと交通機関が混むということで佐賀一家は2月に変更。一方、さいたま市に住む娘夫婦は1人の孫をつれ元旦にきてくれたので一緒に正月を祝った。

 2月24日、佐賀の息子夫婦と孫2人が羽田に着いた。出迎えた我々夫婦と一緒にその足であらかじめ予約しておいたスパホテル舞浜ユーラシアへ直行。このホテルには地下1700mから汲み上げた源泉かけ流し天然温泉があるから、湯にゆっくりつかりくつろげる。ディズニーランドへ行くためにもホテルから送迎バスが20分おきに出ているので便利だ。

 着いた翌日の午前は、雨だったがホテルの送迎バスでディズニーランドへ向う。この日は土曜日、入場者が多く入場券購入に時間を要するということを聞いたので予めインターネットで電子入場券なるものを購入しておいたので待ち時間なくスムースに入場できた。しかし、2歳の孫は雨のため思うように歩けず、乳母車を場内で借りた。それだけでは雨に濡れるので雨除けフードも借りた。こうして、雨という最悪の事態に見舞われ、会場内を移動した。開場間もないころに入場できたので、まずは子供に人気が高いパビリオン「イッツ・ア・スモールワールド」「プーサンのハニーハント」「シンデレラのファアリーテイル・ホール」などいくつかの催しものを優先的に見学。最初に入った「イッツ・ア・スモールワールド」は時間が早かったので比較的待たずに入れた。その後会場は次第に混雑しはじめ、人気あるパビリオンでは30〜60分も待たされるのが当たり前になった。それでも、観たい一心で孫たちは待つことをあきらめずに我慢できたことに感心する。

 雨が上がり丁度良い具合に午後の沿道パレードに出くわした。孫たちは震えるような興奮状態におちいり我々が知らないキャラクターに向けて大声で呼びかけていたのが印象的だ。ディズニーランド内を散歩すると、あちらこちらに子供が喜ぶ乗り物が置かれてあるのに気がつく。それらに自由に乗れるので子供は大喜びだ。

 ディズニーランド内には掃除するお兄さんやお姉さんが沢山いるのできれいである。ある掃除のお兄さんは雨あがりで路上にたまった水に箒を浸け、その水を含んだ箒を巧みに操り何気なく路面上にミッキーマウスの絵を描いていた。その絵がとても上手で素人とは思えない。この光景を2度も見たので、掃除するお兄さんたちは、こうした隠れた才能の持ち主を故意に採用しているのではなのかと思うほどである。ディズニーランドの人気はこのような気配りがあるからこそ生まれたのではないかと思われる。「プーサンのハニーハント」館には乗り物もあるが、その乗り物に乗る前にいろいろと可愛いプーサンの絵とその説明を書いた展示室を通るようになっている。ここを通過すると絵本でよく見るプーサンの絵が沢山見られ、どの子供も感動している。座ったままプーサンの世界に入り込めるように前3人、後3人の乗り物が用意されている。それに乗り、コースを一巡するのだが、不思議なことにその乗り物はルートに沿って敷かれた線路には乗っていない。滑らかな床面を滑るように移動し、場所によっては回転する、あるいはバックする。線路もないのにどうして動くのか!不思議でならない。

 孫たちはこうして初めてのディズニーランドで目を輝かせ1日を楽しく過ごせたようで、満足した笑顔を浮かべていた。午前は雨降る中、午後は雨が止み曇りであったがディズニーランドで終日孫とともに遊び、楽しい思い出がまた増えた。【2012.2.25】

写真1:このメンバーでディズニーランドを訪問
写真2:自動車に乗り孫たちは大喜び
写真3:掃除するお兄さんの上手な水絵
写真4:プーサンのハニーハント館内でプーサンと一緒に記念写真

2012.3.23  記







2012/03/10 20:29:38|思い出
英語喫茶のすすめ!

 川越駅から数分のところにスピードラーニングを販売しているエスプリラインの本社がある。この会社はゴルフの石川遼がコマーシャルで英会話の宣伝をしている会社である。私も10年ほど前から会員になり、CD−ROMを購入し勉強している一人である。聞き流すだけで話せるようになるかどうかは、本人次第かと思うが、何回も聴いているうちにしゃべっている英語がかなり聞き分けるようになるのは事実である。

 聞くほうはCDを何回も聞いていれば徐々に聞けるようになるが、しゃべる方は相手が必要なのでうまくいかないのが普通である。このことをカバーしてくれる場所が川越市のエスプリライン本社6階のEnglish Caféにある。写真1のようにビル入り口に手書きの案内があるので直ぐ分かる。

 毎週土日の午前10時半から午後5時まで開いていて、いつでも入退出OKである。当初は社内研修のために金曜日の午後5時から初めていたようだ。そのうちに、会員も参加できるようになった。土日の午前10時からとか午後1時から2時間と時間を決め会費を徴収するようになった。今では、毎週末の土日の午前10時半から夕方5時まで任意の時間帯に参加すればよいようになった。参加費も30分500円刻みで退室時に支払うようになった。

 喫茶店といっても普通の喫茶室ではなく、写真2のように人数が少ないときは応接セットに座ってのおしゃべりで家にいてくつろぐような恰好である。人数が多くなるといくつもある机の周辺にみんなが分かれて座り、がやがやと英語で世間話をするという具合である。集まったグループを離れ、別グループに仲間入りしてもよい。どこに座っても自由である。ただし、どこに座っていてもこのEnglish Café内にいる限り日本語は厳禁である。身振り手振りで言いたいことを表現しているうちに、周辺の参加者が応援してくれ、言いたいことをなんとか相手に伝えられるようになる。

 英会話を始めたからといってすぐに実用に役立つものではない。長い年月を要し、かつ、学習する目的(モチベーションmotivation)を持ち、やる気を常に維持することが大切かと思う。上述のEnglish Caféへ入室するには最初ちょっとした勇気がいるかもしれない。しかし、普通の喫茶店へ入るように気軽に入っていくと中には外国人(ほとんどアメリカ人)や先に来ているお客が待っていてくれ、親切に仲間に入り、会話がつながるように誘導してくれる。場合によっては、わからない単語や事柄があればネイティブ・スタッフが教えてくれる。例えば、よく英米人は「That’s cool!」とよく使う。教科書では習わなかったこの「cool」という表現は何かを聞いたところ、それは「素晴らしい」というような場面でよく使うということを教えてくれた。また、何かの話しの中で錯覚の話しがでた。これも、英語で何というか知らなかったので聞いたところ「optical illusion」だと教えてくれた。このEnglish Caféは、英語を学ぶ場ではないので、ネイティブ・スタッフが教えてくれるということはないが、聞けばそれに応えてくれる。

 私の場合、なぜいまさら英語を習うかというと、@外国旅行を楽しみたい、A英語ニュ―スや映画を字幕なしで見ることができるようになりたい、Bミュージカルが好きで何回かニューヨークとロンドンで観たが、外国人と一緒に笑うことができない。それができるようになりたい、C外国でツアーに参加すると日本語ツアーは少ないので、つい英語ツアーの参加になる。その時のガイドの説明が聞き取れるようになりたい、などいくつかの理由があって学んでいる。

 今日(3月10(土))も午後1から3時まで参加して、帰りに川越名物の焼き芋を買って帰ってきたところである。今日のメンバーは写真3、前回は写真4のようで、現在のところ参加者が少なくネイティブ・スタッフと膝を交えて話しができる。しかし、話す内容も種切れになることがあるので、もっと多くの人がEnglish Caféを訪れ、一緒に英語でおしゃべりができるようになるとよいと思い、ここにEnglish Caféの現状を紹介した。川越はいい街なのでEnglish Caféで話し疲れたら市内見学をするのもよろしいかと思う。

 English Caféの詳細は、下記のURLを開いていただければ分かる。【2012.3.10】
http://www.espritline.co.jp/ptl/event/program/e-cafe/

写真1:ビル入り口の6階English Caféの案内
写真2:English Café内でおしゃべりしている客とネイティブ・スタッフ
写真3:今日の参加者と記念写真
写真4:前回の参加者と記念写真

2012.3.10 記







2012/03/05 17:54:49|小さな旅の思い出
横浜、熱海、小田原、箱根湯本の旅

 2012年2月16日 (木):自宅を9時にでて一路横浜へ。まず、市営バスに乗り千代崎町下車 徒歩 0分の最中で有名な喜月堂本店に直行。ここで、眞喜子の友人、悦ちゃんへのお土産と我が家分として最中を買う。さらに、甘いもの大好きな佐賀の佐藤家(息子の嫁の実家)にも送る。【プレゼントしたり送ったりした先から、美味しいとの電話が帰宅後に入る】
何年か前に甘いものが大好きだということを知っている方から、頂戴したのが喜月堂の最中である。その味が忘れずにいたので、眞喜子が友人の悦ちゃんと横浜で会うというので、この機会にインターネットで店の所在を調べておいた喜月堂本店まで行った。

 横浜駅東口の崎陽軒内喫茶室で悦ちゃんに会う。悦ちゃんは眞喜子と大学同級生だ。横浜に住み40年以上経つが、眞喜子とクラス会で会う程度で、横浜であったのは初めて。コーヒーがケーキ付きで980円と安いので、この店は大人気。予約して待つこと1時間だ。老女2人?青年男子1人?が同席すると、2人の老女の会話が弾みすぎ男は浮いてしまう。しかし、せっかく横浜を通り熱海へ行くというので親友の悦ちゃんに会ったらどうかと勧めた都合上、同席せざるを得ず我慢する。悦ちゃんとは小一時間、コーヒーを飲みながら談話、休憩。

 その後、悦ちゃんと別れ、熱海行普通列車で熱海に向かう。今にも雪が降りそうな寒い日である。初島が見えるいつもの道を歩きKKRホテル熱海到着。今回の小旅行は、横浜で悦ちゃんに会う、熱海梅園で観梅、熱海と箱根湯本の富士屋ホテルで温泉につかるという計画である。

 部屋は和洋折衷の3011号室。ここのホテルは全室オーシャンビーで初島を見ながら温泉に浸かれる。夕食は、あらかじめ注文していた金目鯛料理。金目鯛の刺身、煮物、ご飯にも金目鯛。満腹。
毎週木曜の夜は、ミニコンサートがあるというので、ピアノを弾きながら懐かしい歌を歌うというコンサートを7時半から約1時間、楽しませてもらった。

 2012年2月17日(金):6時、朝風呂に浸かり、バイキング朝食。9時半発の無料送迎バスで熱海駅経由熱海梅園へ。入場料は300円だが、ホテル滞在者は100円というので、あらかじめその券を求めておいた。梅の季節とあって、多くの人が訪れている。梅園内を歩くがまだ梅の開花には早い。皆がよく知っている「シャボン玉飛んだ」「兎のダンス」「こがね虫」「砂山」「背くらべ」など童謡や流行歌3000曲あまりを世に送りだした中山晋平の記念館がこの梅園内にある。園内では郵便職員が梅の記念切手を販売しているので求める。寒いので甘酒(450円)を飲む、美味しい。

 今日は箱根湯本へ向かう。梅園前から熱海駅までバスで、熱海発東京行き普通列車のグリーン車で小田原まで移動。JR運賃は400円だが、グリーン車券は750円。なぜ、グリーン車に乗ったかには理由がある。それは、車内で焼き芋を食べたいから。というのは、熱海駅前でオリーブ油を買ったが、そこで焼き芋も売っていたのでつい手を出したからだ。その焼き芋を車内で食べるには一般車両では食べにくいと判断し、空いているグリーン車へ移った。しかし、焼き芋の臭いはグリーン車にいっぱいに広がり、少々恥ずかしい思いをした。救われたのは、乗った列車が熱海駅始発であったので乗客がいないことである。

 小田原についたら昼食時。駅前に出たら魚介類専門のレストランが昼食用チラシを配布していたのでそこへ行く。分かりづらい場所だったので、チラシを配っていた女性がレストランまでご案内。海鮮丼1380円。
 25日(土)に孫たちと会うことになっている。商店街散歩中に見つけた330円の安物万華鏡をまだ幼い孫達へのプレゼント用に3本買う。眞喜子は孫用にとマンガの顔絵が描かれてある靴下3足買う。こうして、3人の孫を手なずける準備ができた。

 小田原駅から箱根湯本へは電車で3つ目。近い。雪がぱらつく。湯本富士屋ホテルへ午後3時チェックイン。風呂に入り。午後6時に予約しておいた中華料理レストランへ。単品でマーボー豆腐、エビチリ、牛とピーマン炒め、お粥の夕食。満腹だ。明日の朝食は抜くと決める。疲れはて夜7時に寝たが、お茶を飲みすぎ、食べすぎで夜中に数回トイレに行く。

 2012年2月18日(土):早起きの習慣がついているため朝3時起き、ブログ「失敗!!!」(黄金卵を作るのに失敗した話し)を書き上げ、ホテルから投稿。6時、朝風呂に入る。昨夜降った雪のお陰で、生まれて初めて露天風呂に浸かりながらの雪景色を堪能。午前9時チェックアウトし、朝抜きだったので朝食と昼食を兼ねた食事を池袋東武デパートレストラン街でとって帰路についた。【2012.2.16〜2.18】

写真1:うっすらと初島が見えた
写真2:中山晋平記念館
写真3:中山晋平の碑
写真4:うっすらと白く染まったホテルの駐車場

2012.3.5 記







2012/03/03 10:39:32|研究・教育の思い出
あれから3年!

 いまから3年前の2009年4月から半年間、旭中央病院付属看護専門学校で人間工学の講義を1年生に対して行ったときのこと。講義の中で外国の美しい風景写真を紹介したことがある。講義終了後、Kさんが私に近づき、こんなに素晴らしい写真ならもっと見たいという。しかし、授業の中ではそんなに長く余談する時間はないので、いつかまとめて見せたいと伝えた。彼女はブログで紹介すると皆が観られていいのではと何気なくいう。しかし、その当時ブログとは何かがわからなかったので聞いたところ、彼女の携帯電話でブログの一例をインターネットで呼び出し紹介してくれた。また、ブログは無料で開設でき、アメーバブログなど沢山のブログサイトがあって投稿するのは簡単であることも教えてくれた。

 それから、ブログ関係の本を読み、半年ほど勉強した。そうこうしている間に、現在ケーブルテレビとメールを利用している入間ケーブルテレビでブログ開設が可能であることがわかった。早速、開設手続きを済ませ、恐る恐る最初のブログを2009年10月17日に「初めてのブログ」と題し、“難産の末、本ブログにやっと文字を入力できるまでになりました。書式が決まれば入力するだけですので、順次書いていきたいと思っています。これからよろしくお願いいたします”とわずか81文字と顔写真1枚を添えたブログを発信した。あれから2年と5か月が経過した。

 ブログ開設を薦めてくれたときの1年生Kさんが今月3月1日に卒業式を迎えるというので、卒業式に参列した(写真1)。早いものであれから3年が経つ。高校を卒業したばかりの看護1年の学生であったKさんが見違えるほど立派に成長し、卒業証書を受け取った(写真2)。この看護学校は旭中央病院の付属ということで、全員がこの病院に就職が保証されていて、Kさんはこの病院の神経外科に配属されたという。病院は900床超える大きな病院で、付属看護専門学校をはじめとし定員100名の老人保健施設「シルバーケアセンター」、定員50名の特別養護老人ホーム東総園などの付属・施設がある。

 昨年3月11日午後3時4分は、Kさんらは2年生であったので実習をしていたという。地震発生とともに教務主任の先生の号令の元、敷地内にある上記した老人施設2箇所に出向き、老人の移動やら心のケアに全力を尽くしたという。旭市の海岸沿いでは大きな津波の被害を受けている。その津波の被害にあわれたひと達のためのボランティアに多くの仲間が出向いたという。

 謝恩会に招かれた非常勤の先生のなかで海岸近くに住んでいる先生が隣に座った。話しによると、奥様が津波にのまれたそうで、一瞬の判断でこの先生が奥様の手を取り助かったという話しをしてくれた。何度もこの話は新聞などで報道されたそうである。こうして、地震発生とともに大活躍した看護学生の皆さんや津波被害に直接あわれた先生の話を聞くにつれ、心が痛む。謝恩会席上でも学校長を併任している病院長が、地震発生時に患者支援に協力したことに対し感謝の意を卒業生に対し述べられたことが心に残る。こうした緊急時での患者救助は、看護技術を学んだ看護学生でなければできないことである。

 Kさんの薦めで開設したブログの訪問者数は、2012年3月3日現在で6万6千件になる。ブログが開設できたお陰で、Kさん提案通り外国旅行の様子をブログで紹介することができた。そのブログは、@イタリア、スイス、ドイツ列車の旅、Aスペイン、フランス、イギリス列車の旅、Bアメリカ西海岸の旅と大きくは3回投稿した。今は便利なもので、外国のホテルから旅行中の出来事をブログ投稿できるので、何回か海外から投稿した記事もある。

 Kさんから教わったブログが、こんなに長く続くとは思わなかった。ブログは旅日記にもなる。その上、投稿数を重ねるとそれを束ねて本にすることもできる。上述した@Aの記事を本にした。世界に1冊しかない本である。いま、Bの「アメリカ西海岸の旅」も本にしようともくろんでいる。

 多くの教え子や在校生が私のブログを訪問し、観ていてくれているようで嬉しく思っている。これも、Kさんの提案があったからだと感謝している。謝恩会の席上で感謝の気持ちを込め、Kさんに最近出版した本をプレゼントした。写真3はその本を手渡したときのツーショット写真である。謝恩会では、写真4のように「47回生の恩返し〜私たちこんなに成長しました〜」と手作りの横断幕で我々講師を歓迎してくれ、看護初学者の演技とは思えない立派な技を披露してくれた。みなさん、有難う。これからは社会人となり激務の連続かと思いますが、学問を継続し健康に留意し頑張ってください。【2012.3.1】

写真1:嬉しさあふれる卒業生一同
写真2:卒業証書を受け取るKさん
写真3:ブログを教えてくれたKさんとツーショット
写真4:忙しい勉強の合間に習った演技の披露

2012.3.3 記