前傾姿勢で患者ケアすることが多い看護師の腰痛発症率は70%〜80%と高い。その予防策の一環として看護学校でボディメカニクスの講義をしている。このボディメカニクスというのは「人間の動作、姿勢に関わる手や足、肘や膝、脊柱など身体各部に力学原理を応用した運動や姿勢保持の技術」である。力学原理とあるように、力、圧力、摩擦、テコの原理、重心、重心線、力のモーメント、慣性などの物理、特に力学に関する基礎の話しをする。 高校で物理を履修していない学生が大半を占める看護学生を対象にしているから、力学の基礎をいかにわかりやすく伝えるかに苦慮する。5月の連休に重心を理解してもらうため、厚紙で人形を作った。その人形の2、3ヵ所に穴をあけた。その穴にピン(針金)を通し、同時にピンから重り付き細紐を垂らす。紐に沿って紙人形に線を書き込む。穴の位置を変え同様に線を引く。それらの線の交点が重心である。求まった重心にピンを通すと、どの位置でも静止する【重心とはあらゆる方向から外力をかけても物体が回転しない点】。重心を軸としているから回してやるとよく回る。重心から外れた位置にピンを通すと回りが悪くすぐに振動してしまう。重心とはこのようなものだと説明し、その重心は人間にもあることを理解してもらう(写真1)。重力:F=mg 患者の臥床位置を整えようとする場合、あるいはベッドからストレッチャーに移すような場合、看護師は大きな力をだす。このときの負担を軽減するため、市販されている摩擦の少ない布を利用することがある。この布を患者とベッドとの間に敷いて患者を引く(押す)と半分の力で動く。これを使って摩擦の話しを展開する(写真2)。摩擦のない世界はどうなるかと質問を投げかける。摩擦力:F=μN 点滴をする場合、薬液の入った輸液ボトルは刺入部位から75p以上に設置する。この時の輸液ボトルと刺入部との高さの差は落差という。その落差が低すぎると圧力が低くなり、点滴に時間がかかる。内筒を取り除いた2本の水入注射器チューブをつなげる。落差をつけるため、片方を高くすると低い方の注射器に向けて水は移動する。落差を大きくとると、高い位置の注射器の水が低い位置の注射器内へ向け勢いよく移動する様子が分かる。圧力:P=F/S つぎに、内筒を取り付けた大小の水入り注射器をチューブで連絡する。片方の注射器内筒端に負荷(例えば消しゴム)を乗せる。もう一方の注射器内筒を押すと消しゴムを乗せた内筒は持ち上がる。注射器のサイズを小さくして同様に内筒を押すと、今度は小さな力で消しゴムは持ち上がる(写真3)。この事実から液体の圧力はどこへでも伝わるパスカルの原理が理解できる。 力のモーメントは回そうとする能力のことで[腕の長さ]×[力]で表される。手を伸ばして重い物を持つと肩関節に負担がかかることは力のモーメントで理解できる。これを理解した一人の学生は、アルバイト先で写真4のような姿勢をやってみたという。その結果、確かに力のモーメントの理屈を理解でき、お盆を持つ腕が楽になったと授業評価の紙にスケッチ入りで報告してくれた。講義内容を理解し、それを実践してくれたことが嬉しい。看護師として活躍するようになり、講義内容を臨床の場で実践・応用してくれることを願う。 先週は、千葉県旭市にある旭中央病院付属看護専門学校で、授業風景の写真撮影を要請された。今回の投稿写真は、事務職員が授業風景をデジカメで撮ったものである。看護学生は実践が好きなようで、実験を見せると目の色を変え、喜び、面白がり、よくわかったといってくれる。模型を作製した側もそう言ってくれると作った甲斐があり嬉しい。【2013.5.9】 写真1:重心の話し 写真2:摩擦の話し 写真3:圧力の話し 写真4:学生が試した力のモーメントの応用(右がこれまでの姿勢、左が楽になった姿勢) 2013.5.12 自宅にて記す
|