妻眞喜子はパッチワーク愛好家、緑内障で視力を失ってから大好きなパッチワークができなくなった。視力を失った原因を考えると、大好きなパッチワークをやりすぎたようだ。鑛一と生活を共にしながらなぜ視力を失うまで気がつかなかったというと、パッチワーク用の細い針の糸穴に糸を簡単に通してしまうからである。パッチワークをやり過ぎ、目を悪くするだろうと思い部屋を明るくするために、ワット数の大きい電球に変えたり、LEDに変え明るくしてやったりしても現状で問題ないと言い続けてきた。長年同じことを行っていると名人のように、針穴に糸を通すぐらいなんでもないようになるのだろうか。
その眞喜子が4年前ごろから、一緒に歩くと「そんなに早く歩かないでほしい」というようになった。さらに、電車の乗り降りが怖いと言い出すようになり、その原因を彼女に聞くと歩くのが怖いというのである。何が怖いのか不明だったが、ある日、散歩中小さな窪みに片足が落ち転倒したことがあった。また、スーパーの駐車場の車止め石につまずいたこともあった。突然、電車とホームの間の隙間が見えなくて怖いともいだしました。それ以来、地面の隙間、車止めコンクリート、ホームと電車の隙間、各種の段差、階段、傾斜などが怖いと言い出した。
眼科医に診てもらったら、右目緑内障で視力ほとんどゼロ、左目は白内障で視力0.2と検査結果であった。2023年7月に防衛医科大学病院眼科で手術したが、この手術は良くなるためではなく現状を維持するためですと言われ、回復の目処はないと言われた。手術したころは、片目の視力が0.2であったが、見える物体は認識できていた。ところが1年以上経た2024年8月の状況は、盲人同様になった。それ以来、電話ダイヤル、テレビリモコンなどの家電製品の操作をはじめ、室内の電灯のオンオフなど電化製品の操作は何もできなくなった。日中、寝ることが多くなり、筋力・足腰は弱まり、歩行が極度にできなくなった。できるのは家具の配置を熟知している寝室からトイレ間の往復程度である。一人で外へ出るのも当然できなくなった。不運な眞喜子が可哀想でならない。
2024年8月7日(水)