まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
2025/12/27 11:03:33|老々介護について
76.【寝室からトイレへ行くまでの手すり設置検討】
 前回述べたように眞喜子は、ほぼ目が見えない状態になった。そこで困ったことに夜間トイレに行く時、鑛一を起こし、トイレへ連れて行って欲しいと寝入ったばかりのところを起こされることが多くなった。
 ケアマネージャーから提案でベッドからトイレまでわずかな距離だか、室内で使える介護用歩行器(手押し車)をレンタルで借りる提案があり、早速そのシルバーカー(手押し車)が我が家に届いた。しかし、何度か使ってみたが、彼女は目が見えなくなったので、シルバーカーが進路左右にあるタンスや物置台に当たってしまう。そのため思うようにトイレまで到達できない。そのため、このシルバーカーは、我が家では使えたいと判断したところ、次の案がでた。それは、我が家に毎週来るヘルパーさんが寝室からトイレ行く間に手すりを取り付けたらいかがと提案があった。そこで手すりを壁に取り付けるか、あるいはレンタルの据え置き手すりにするかの検討を始めた。ところがシルバーカーは寝室からトイレに行く途中に大きな蓄熱式暖房器があり、それをまず撤去しないと手すりを設置できない。この蓄熱式暖房器は、北海道でよく使われているようで夜中に通電する深夜料金制度を利用したものである。居間に置かれてあり真冬でも寝室、居間は暖かく夜間トイレに行く場合、寒さを感じないほど部屋を暖めてくれる優れ物である。この暖房器具は、思う時刻に通電あるいは電源オフができるようになっているが、電気代が高い。このようなことがあり、空調装置を主に使うようになった。
 この蓄熱式暖房器を撤去し、寝室とトイレ間にある邪魔物を整理して、手すりに頼ると間違いなくトイレに行けるようにするアイデアを今週は、考えていた。
 蓄熱式暖房器が撤去できれば、少々長めの手すりを壁に取り付けることができ、真喜子は比較的スムーズにトイレに行けるようになると思っている。その他、レンタル可能な据え置き型手スリがあることも耳にした。8月23日(金)ケアマレーシア、介護用具レンタル業者が我が家を来訪し、取り付け型手すりが良いか、据え置き型手すりが良いかの相談をすることになった。
2024年8月21日(水)







2025/12/27 8:17:07|老々介護について
75.【不運な眞喜子】
 妻眞喜子はパッチワーク愛好家、緑内障で視力を失ってから大好きなパッチワークができなくなった。視力を失った原因を考えると、大好きなパッチワークをやりすぎたようだ。鑛一と生活を共にしながらなぜ視力を失うまで気がつかなかったというと、パッチワーク用の細い針の糸穴に糸を簡単に通してしまうからである。パッチワークをやり過ぎ、目を悪くするだろうと思い部屋を明るくするために、ワット数の大きい電球に変えたり、LEDに変え明るくしてやったりしても現状で問題ないと言い続けてきた。長年同じことを行っていると名人のように、針穴に糸を通すぐらいなんでもないようになるのだろうか。
 その眞喜子が4年前ごろから、一緒に歩くと「そんなに早く歩かないでほしい」というようになった。さらに、電車の乗り降りが怖いと言い出すようになり、その原因を彼女に聞くと歩くのが怖いというのである。何が怖いのか不明だったが、ある日、散歩中小さな窪みに片足が落ち転倒したことがあった。また、スーパーの駐車場の車止め石につまずいたこともあった。突然、電車とホームの間の隙間が見えなくて怖いともいだしました。それ以来、地面の隙間、車止めコンクリート、ホームと電車の隙間、各種の段差、階段、傾斜などが怖いと言い出した。
 眼科医に診てもらったら、右目緑内障で視力ほとんどゼロ、左目は白内障で視力0.2と検査結果であった。2023年7月に防衛医科大学病院眼科で手術したが、この手術は良くなるためではなく現状を維持するためですと言われ、回復の目処はないと言われた。手術したころは、片目の視力が0.2であったが、見える物体は認識できていた。ところが1年以上経た2024年8月の状況は、盲人同様になった。それ以来、電話ダイヤル、テレビリモコンなどの家電製品の操作をはじめ、室内の電灯のオンオフなど電化製品の操作は何もできなくなった。日中、寝ることが多くなり、筋力・足腰は弱まり、歩行が極度にできなくなった。できるのは家具の配置を熟知している寝室からトイレ間の往復程度である。一人で外へ出るのも当然できなくなった。不運な眞喜子が可哀想でならない。
2024年8月7日(水)







2025/12/25 23:55:03|老々介護について
74.【眞喜子はショートステイから無事帰る】

 眞喜子は、2024年7月20日(火)〜7月23日(火)の3泊4日のショートステイを終え無事、自宅に戻った。眞喜子の出身地は仙台、大学同窓会に出席するため2泊外出、目の手術(緑内障、白内障)をするために10日間入院した以外、今住む入間を離れ、単身で泊まりがけの外出をしたことことはない。ところが、今回の外出(ショートステイ)は、一人で見知らぬ施設(老人ホーム)に3泊したが上記した外出と質が異なる。心細いようだが、将来のことを家族で相談し、鑛一・真喜子のことを考えてもらい、ショートステイを行ってもらうことにした。その理由は、@鑛一の家事負担を軽減させ、休養させるため、A入間の自宅で一生を過ごしたいので、将来、鑛一が先に天国へ行けば別だが、夫婦で老人ホームに入所することは考えていいないので、眞喜子が施設で泊まることに慣れてもらうためが理由である。
 眞喜子は、ショートステイを終え自宅に戻った。しかし、椅子から職員に支援されながら立ち上がる際、突然、その職員が他の利用者に呼ばれ目を離した隙に転倒したそうである。頭を打ちこぶが出き、床に手をついたときの衝撃で手に青いアザができた。圏央所沢病院で検査した結果、無事とわかり3泊4日のショートステイを終え無事に帰宅した。
 この施設の部屋にはトイレがなく、部屋のベルを鳴らすと介護士が来てくれるが、トイレへ行くのが辛かったようだ。このような転倒事故を起したり、トイレに行ったりする場合、目が見えないので辛い思いをしている。すべての不都合は、彼女が盲者になったことで、思うように自分の行動ができないことが原因りと考えられる。眞喜子の身になると可哀想でならない。彼女は今住んでいる入間で一生を終えたいと願っているが、鑛一は脳梗塞を2回患い、歩行困難、手足の痺れで手作業がやりにくくなりなった現在、眞喜子の介護をいつまでできるか疑問である。いずれは離れ離れで生活しなくてはならないことはお互い話し合い理解している。そのために上記のショートステイ(別居生活)に慣れてもらうために、上述したショートステイ・サービスを受けてもらった。

2024年7月31日(水)








2025/12/18 18:19:16|老々介護について
73.【眞喜子はショートに出かける】
 前回72.で述べたように眞喜子の生活態度・挙動がおかしくなり、楽しみにしているデイサービスも出がけに「今日は行きたくない」と急に言い出す。しかし、行きたくないデイサービスも帰ってくると楽しかったが疲れたといい、帰宅後に直ぐ食事を済ませるとベッドに横たえ、ラジオを聴き始めある。目が不自由なため、趣味のパッチワークを行う、テレビを観る、本・新聞などを読むなど……が出来ないので生活上の視野が極度に狭まり鬱(うつ)状態になっていると思わる。
 いずれ鑛一がダウンすれば介護施設にお世話になるが、鑛一が動ける間は、同じ屋根の下で今の生活を続けたいと思っている。鑛一がダウンしないようにするためには、真喜子が老人ホームのショートステイにお世話にならざるを得ない。その間、鑛一に休息してもらうという提案が真喜子・鑛一のケアマネジャーから出された。独立したわが家の子供達もそうしたらどうかと賛同し、7月18日に所沢西センター「そよ風」の管理者と契約を結び、2024年7月20日(日)〜月23日(火)まで3泊4日で眞喜子はショートステイに出かけることになった。ショートステイをする施設「そよ風」は2階建てで個室は思ったより広いが、トイレが部屋にない。そのため慣れない眞喜子は、トイレへ行くまでに苦労するのではないかと心配している。ここ施設は、運動型デイサービスではないので疲れることはない。他の利用者と知り合いになり、楽しい話題を見つけ、お喋りなどして気分転換をしてもらえるとありがたいと思っている。子供が泊まりがけの遠足に出かけた場合、今ごろ何をしているかなとその子供の親は心配る。鑛一の今(7月20日(日)の夜10時)の心境は、その子供の親が思う気持ちと同様な気持ちである。
 彼女は23日(火)の午前には自宅に戻る。3泊4日のショートステイは、「楽しく疲れなかった」という感想が聞けると嬉しい限りである。
2024年7月24日(水)
 







2025/12/18 8:54:51|老々介護について
72.【妻眞喜子の近況】
 眞喜子は両目が失明状態で車椅子生活になり、認知症の症状もすすみ心配している。最近の彼女の様子(動作、姿勢)をみるにつけ、悲しくなる。この急な老いの現象は、緑内障を患ったことが原因です。視力を失ったことはどうすることもできいが、その原因を考えると趣味のパッチワークを一生懸命やりすぎたことが考えられる。夢中で作業していたお陰で、針穴に糸を通す技は見事である。夢中になりすぎ夜中の2時、3時ごろまでパッチワークを行うことが度々あった。室内灯の照明が暗いだろうと手元を照らす照明器具を準備しても、それを使わずパッチワークを続けていた。針穴に糸を容易に通せたことで趣味の作業に没頭出来たことも緑内障を悪化させた原因かと思っている。針穴に糸を簡単に通せたため、鑛一は、彼女の目は健在だと思い続け、あまり注意はしなかった。いずれにしてもあまりにも熱心に趣味のパッチワークをやり続け、目を酷使したことが緑内障の悪化原因かと思っている。
 普段の生活では十分に睡眠をとり、バランスの良い食事、適度な運動を意識し、規則正しい生活を送ることが健康維持する最良の方法ではないかと思っている。現在、一緒に生活していて細かいことだが、下記のようないくつかのおかしな行動や言行をすることに気づいた。
●朝起きると「ここはどこ」と鑛一に聞く(自分の居場所が分からない)
●食後、立ち上がるとトイレはどこと聞く(自身が行くべき方向がわからない)
●携帯電話は勿論のこと、電話機、テレビのリモコン、ラジオのダイヤルや音量調節、玄関・窓ガラスなど戸締り、家電や機器の操作もできなくなってきた。
●箸は使えるが、掴んだ食材を口に入れるまでにそれを落とす、落としても目が見えないので平気な顔をしている(我が家の子供達が小さい頃、毎回の食後に食卓の下を眞喜子が掃除していた。今では眞喜子がその子供になり鑛一が掃除を担当している)
●テレビを観ることが唯一の娯楽であったが目が見えなくなると、ラジオを聴くことが多くなった。そのラジオの操作ができない。そこで、NHK第一放送だけ聞けるように音量調整、放送局選択ダイヤル、AM-FM切り替えスイッチ、ボリュームなど全ての調整可能な箇所をガムテープで固定し、電源スイッチを入れるとNHK第一放送のみ聞けるようにした。
●ラジオの電源スイッチを枕元に設置し、手を伸ばすと寝ながらラジオの電源をオフできるようにした。しかし、それも眞喜子はできなくなり終日電源はオン状態になっていることが多い。
 認知症の症状が早く良くなることを願い、毎日前向きな話をするように心がけている。
2024年7月17日(水)