まず動く2

ブログ「まず動く」の写真容量が不足したため、ここに改めて「まず動く2」を立ち上げました。以前のブログ同様に、写真付き日記のつもりで投稿します。ご覧いただければ嬉しい限りです。
 
7回目のハワイ・ロングスティまとめ 〜マジックアイランドという岬〜
 マジックアイランドは、アラワイ・ヨットハーバーとアラ・モアナ・ビーチの間にあって海に突き出た形をした人工の岬で、アラ・モアナ・ショッピング・センター前の道路を隔てた海側にある岬公園のことである。波のない穏やかなビーチとヤシの木やシャワーツリー、芝生の緑が美しく、絵になる公園である。ここから、我々の住むイリカイ・ホテル、ワイキキの高層ホテル群、ダイヤモンドヘッドを一望できるので、観光スポットとして人気の場所である。早朝や夕方は、ビーチヨガを行っているグループもよく見かける。曜日を決めて、早朝ラジオ体操を行っている日本人グループも見うける。
 
先端の防波堤で囲まれた入り江は、プールのように波がかなり穏やかで、海水も透き通っていてとてもキレイだ!小さな子供連れでも安心してビーチ遊びを楽しめる。シャワーとトイレが完備されているので、安心だ。また、家族でゆっくりBBQなどを楽しむこともできるので、子供連れのローカルファミリーに人気ある場所でもある。
 
広い緑の芝生が広がる公園内はよく整備された歩道がぐるりと巡ってあり、ジョギングをする人、サイクリングを楽しむ人達が多い。ベンチやテーブルも多く設置されてあるので、近くにあるアラ・モアナ・ショッピング・センター内のフードコート(Food Court)でプレートランチを買ってピクニック気分で海風を感じながら楽しむこともできる。ここで、フードコートというのは、いろいろな隣接する飲食店のブーツが、食事のための屋台共有スペースをもつ屋内型広場である。
 
このマジックアイランドは、5月のメモリアルデーの灯篭流し、7月のインデペンデンスデーの花火大会など、さまざまなイベントの開催地にもなっている。ところで、LSC(ロングステェイクラブ)にはハワイアンダンス愛好会があり、いつかハワイで踊りたいという希望を耳にした。そこで、このマジックアイランドを踊りの場所として紹介しようと思っていた矢先、そのハワイアンダンス愛好会の活動が急に止まってしまった。ハワイで踊るという夢は消えたようで誠に残念である。【2018年12月14日】
 
平成31年3月1日(金) 自宅にて記す
 







7回目のハワイ・ロングスティまとめ 〜イリカイ・ホテル裏側〜
 イリカイ・ホテルの正面はバスが通りで騒音の多い大通り(アラモアナ・ブルーバード)である。このホテルの裏へ回ると、静かで綺麗な中庭がある。12月はクリスマスシーズンなので、写真に見るように庭の木々にはクリスマス用の電飾が施されている。ここにはレストランがあり、食事をしながらサンセットを見ることが出来る。この中庭からはヨットハーバーが、さらにその向こうにラグーン、そしてワイキキビーチの西端が見える。夕方になるとこの中庭から美しいサンセットを見ることができる。ホテルのヨットハーバー側に住めば、部屋からサンセットを見ることができる。ホテルの直ぐ裏手にある楕円形ラグーンは、短い距離だが砂浜でビーチとつながっている。ラグーンからビーチの間に立てば、どこの位置からでもダイヤモンドヘッドが良く見える。ダイヤモンドヘッドを背景に若者達がボートの練習を終え、そのボートを陸上げする姿をよく見る。何年か前に、サンセットを見にこのビーチに来たら、珍しくも大きなアザラシ(Hawaiian Monk Seal)が陸に這い上がってくる姿を見ることができ驚いたことがあった。このアザラシをこのビーチで見たのは、長年通ったビーチだがその時1回だけなので、なおさらそのアザラシを見たときの思い出が印象に残る。
 
 サンセットの始まりを待っていると、サーフィンで沖に出る人、ビーチで水着のままヨガをする人、結婚式を終えたカップルがサンセットを背景に写真を撮る人、それにサンセットを待ち望む沢山の人達がビーチの岩場に座り込み、太陽が沈む方向を一斉に注目している姿を見る。【2018年12月14日】
 
平成31年2月25日(月) 自宅にて記す
 







7回目のハワイ・ロングスティまとめ 〜ホノルルのアラワイ運河〜
 ハワイ語でワイキキは「吹き出す水」、アラワイは「水路」という意味がある。アラワイ運河は、今では時期にもよるが綺麗な水が流れ、カヤックや色とりどりのボートが行き交っているが、運河のない昔はこの周辺は湿地帯であったという。アラワイ運河が出来る前、ワイキキは、タロイモ畑や養殖池があった湿地帯であった。アラワイ運河工事で掘られた土砂でその湿地帯を埋め土地の改良を行ったという。湿地帯のワイキキは、蚊が大量に発生する非衛生な地区と見なされていたが、アラワイ運河の完成で、蚊はいなくなったいう。このアラワイ運河は、ワイキキ地区のビーチリゾートと一般生活地域を分断するために造られたそうで、運河の工事は1921年にスタートし、運河完成は1928年である。この年の2年前の1926年にアロハタワーは完成している。
 
 我々の住むイリカイ・ホテルとアラ・モアナ・ショッピング・センターとの間、歩いて5分ほどのところにアラワイ運河がある。最も海に近い橋は、気功体操をするために毎朝渡っていた。この橋から海側を見るとヨットハーバーで、そこには双胴船も見える。山側を見ると運河に沿った細長い公園、左手奥にコンベンション・センターが、運河のずっと先に山が見える。運河はL字型になっていて、ヨットハーバーがある海側から運河に沿って歩いて800mほどのところで、運河は右に曲がっている。曲がったところからは直線となっている。直線部分の左側にはゴルフコースが、右側にはワイキキのホテル、コンドミニアムのビルが建ち並んでいるワイキキの繁華街である。毎日のように気功体操が行われる場所は、運河海側から歩いて約500mにあるコンベンション・センター裏の運河沿いの公園である。写真は、気功体操へ行くために毎日歩いた道筋で撮ったアラワイ運河と公園である。【2018年12月14日】
 
平成31年2月25日(月) 自宅にて記す
 







7回目のハワイ・ロングスティまとめ 〜ハワイで親しくなったお友達〜
 ハワイでロングステェイをしに行ったのは、知り合いがいたからではない。行った当初、知人・友人はだれもいなかった。ハワイ以前は、ヨーロッパをほぼ毎年のように訪れ、たまにマレーシア、シンガポール、タイ、ネパールなど東南アジア、それにアメリカへ出かけ海外の旅を楽しんでいた。しかし、移動の多い旅は歳と共に辛くなったので、一カ所にとどまり、仕事をしたり趣味のことをしたりして、のんびりとその土地にとどまりたいと思うようになった。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ハワイ、東南アジアなどをロングステェイの候補とし、それらの国のロングステェイ状況を調べたこともあった。その結果、常夏の国ハワイに決め、ロングステェイの時期を日本の寒い冬1ヶ月間暖かいハワイで過ごすことをMakikoと相談して決めた。それを実行して早7年がたった。
 ハワイへはロングステェイを行う前にも何回か訪れているので大まかな現地の様子は分かっていた。しかし、ハワイの人達との交流は全くなかった。ロングステイ最初の年は、コンドミニアムを管理しているMarina Hawaii Vacationの日系職員と挨拶、会話を交わす程度であった。ある日アラ・モアナ・ショッピン・センター内のハワイアンキルト店Hawaiian Quilt Collectionに入り、Makikoがキルトの素材を探していたところ、Hirokoさんというこの店の責任者が親切に対応してくれた。このHirokoさんがイリカイ・ホテルでロングステェイをしているなら、コンベンション・センター裏のアラワイ運河沿い公園で朝7時から8時までの1時間、毎朝『気功』をやっているからこないかとお誘いを受けた。これがきっかけで翌日『気功』の仲間に入りし、その後毎朝1時間アラワイ運河沿いの公園で運動することが日課となった。この『気功』は、日本のラジオ体操のような動きもあるので、我々夫婦は気功体操と名づけ毎日通うようになった。毎日通うとJimmy、Kimmy、Shirley、KOTOE、Hiroko、Judy、Roger、Kiyokoなど当地に住む外国人、日本人の方々と毎日会話を交わすようになる。この気功体操の仲間から気功体操の帰りに朝食を誘われることもよくある。これがきっかけで、ディナー、ノースショアドライブ、ショッピング、クリスマス礼拝、音楽会などにも誘われるという具合で、徐々に気功体操仲間と仲良くおつきあい出来るようになった。
 
マキキ聖城キリスト教会で毎週木曜日に講演会が開かれている。講演を聴講する方々は元気なお年寄りが多く、聞くところによると平均年齢が約80歳という。この木曜午餐会は一生青春・一生勉強を信念として講演を聴き勉強にはげんでいる人達の集まりである。この木曜午餐会には、我々は毎週欠かさず出席し貴重な講演を聴かせて頂いていた(Koichiは講演を3回行った)。木曜午餐会の会長さんは新名瑛さん、講演会の幹事さんは牧師の山田和人先生と儀間メイ子さん他の皆さんであって、大正7年から101年間という長い間、この講演会を続けて開催している。この木曜午餐会を毎年ホノルルに訪れる度に毎週参加していたので、いつ日か親しく現地のお年寄り達ともお喋りができるようになった。特に会長の新名さんには、ご自宅にまで招待され、そこに集まった新名さんの友人の方達と何度か一緒に美味しい手料理のディナーをご馳走なり、親しくさせて頂いた。
 
日本にはロングステェイクラブというのがあるが、ハワイにもハワイシニアライフ協会(Hawaii Senior Life Enrichment Association)があある。その協会にも会員登録をしてあるので、クリスマスパーティ、マジックアイランドでの体操会、英会話教室などにも参加し、現地にお住まいの日本人会員の方々との交流も持つことができた。
 
 以上述べたように、ハワイへ旅行にやってきたというより、住むためにやってきたという感じで、30日から40日ぐらいの短い滞在期間であったが、多くのお友達ができ、先が見えてきた人生の一時期7年間を大変楽しく過ごすことが出来た。【2019年12月14日】
 
平成31年2月23日(土) 自宅にて記す
 







7回目のハワイ・ロングスティまとめ 〜「10Kラン&ウォーク」〜
 「10Kラン&ウォーク」というのは、ホノルルマラソンが開催される日、フルマラソンの選手が出発したあと、マラソンと同じコースを10 km歩くというものである。ハワイ・ロングスティを始めた2012年からウォーキングに参加している。ただ、2017年は、参加直前に風邪を引き断念した。その他の6年間は参加した。2016年までこのウオーキングの名称は「10km・レース・デー・ウォーク」として開催され、2017年を除き毎年このウオーキングに参加してきた。2016年まで、80歳以上のシニアの参加費は無料であった。この歳に80歳を迎えていたので、参加費無料で歩くことができた。ところが、翌年の2017年度からは旧名称の「10km・レース・デー・ウォーク」が「10Kラン&ウォーク」と大会名が変わり、シニア参加費は一般と同額で$80となった。2017年も歩く予定でコンベンション・センターへ出かけた。ところが、この年から名称が「10Kラン&ウォーク」となり、シニアの参加費無料制度は無くなり、一般料金となったことを知った。そこで、風邪を引いていることもあって、無理して参加することは止め、2018年の「10Kラン&ウォーク」に参加することにした。名称が変わりどこが違うかというと、歩くコースもゴール地点も全く例年と同じ、違うのはこれまでのウォーク完歩の証明書がフルマラソン同様(メダルサイズは異なる)のメダルになっただけだ。参加しウオーキングを達成したイリカイ・ホテルに宿泊中の韓国人が新しいメダルを見せてくれた。それは、結構見事なメダルなので、風邪を引かず元気であったら、2017年に参加してメダルをもらえたところだが、それが2018年に延びた。
 
 7回のロングステェイで1回参加が出来なかっただけで、6回ウオーキングに参加した。2018年のウオーキングは名称が「10Kラン&ウォーク」と変わった2年目である。参加費を払い込むと、黒いTシャツと黄色地に黒の参加者番号が書かれたゼッケンを渡される。当日、アラモアナ・ショッピング・センター前に午前5時に集合し、5時の花火打ち上げを合図に一斉にまずはフルマラソン組が出発。続いて、10K ラン&ウォーク(10km)組が出発する。聞くところによると、フルマラソンが約3万人、ウオーキングがフルマラソンの10%ぐらいで約3千人が参加しているという。
 
 アラモアナ・ショッピング・センター海側の道路は、マラソンとウオーキングの選手で道路を埋め尽くすほどの人・人・人だ。5時の打ち上げ花火を合図にマラソン選手が一斉に走り出す。20分ほど遅れて10K ラン&ウォーク(10km)参加者がのんびりとスタートする。コースとなっている各大通りは通行止め、多くの警察官が要所要所で警備のため見張ってくれている。早起きした沿道の住民も応援に駆けつけてくれている。1km置きに歩いた距離を示す大きな標識が立てられてあるので、その距離看板前で多くの人が立ち止まり記念写真を撮っている。マラソン選手はこうしたことは出来ないが、ウオーキングの選手はのんびりとこうした写真撮影も出来る。
 アラモアナ・ショッピング・センター前を出発し、チャイナタウンでUターンし、大きなクリスマスツリーを入り口に飾ったホノルル市庁舎前を通過し、再びアラモアナ・ショッピング・センター前に至る。この少し前に夜は明け、明るくなり始めている。イリカイ・ホテル前の通りアラモアナブルーバード歩き、ワイキキビーチに通じるカラカウア通りに入る。ワイキキビーチ手前9kmの看板が見え始めると、にわかに元気がでる。
 
 10kmのゴール地点であるカピオラニ公園内にFINISH GATEがあるはずだ。しかし、以前参加したときには、よく見えたゲートが見当たらない。何人かの係に聞いたが、ボランティアの人達ばかりで、彼らもゲート位置を知らない。結構歩き回り、やっと見つけたが、そのゲートの立て方が悪く、道路に沿って平行に立ててあるので、道に沿って歩いてきた人にはそのゲートは見ない。我々ばかりではなく、多くのウオーカー達がゲートはどこだといいながら探し歩いている姿を見た。このゲートをくぐると、待望の完走記念メダルがもらえる。過去5回参加したが、いずれも簡単な紙の完歩証明書であったので、今回のメダルは重さもあり、受け取って達成感を味わえる。以前は10kmを約2時間半で歩いたが、今回は3時間ほどかかった。やや時間がかかったようだが、80歳をオーバーしたじじ・ばばだが、10 kmという長距離を歩けたことで、健康で身体に自信を持つことができた。めでたし、めでたしである。10 km完歩できメダルをもらい、爽快な気分でワイキキビーチからバスを利用して午後1時ごろイリカイ・ホテルに戻った。帰って一寝入りし、夜は木曜午餐会会長の新名瑛さん宅で夕食会、会長自ら作くられた美味しいカレーライスをご馳走になり、昼も夜も充実した1日を過ごすことができた。【2018年12月14日】
 
平成31年2月15日(金)  自宅にて記す