まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
伊藤左千夫の墓と逆さ東京スカイツリー
  亀戸天神社内の終わりかけた藤蔓を見ながら太鼓橋を渡り、天神社に向かう。ここは学問の神様であるから、6月2日(日)に受検を控えた英検2級試験の合格祈願をし、その後、映画「野菊のごとき君なりき」の伊藤左千夫が眠る普門院へ向かう。
 このお寺の前で酒屋の長男として昭和10年に生まれ、小学校2年までこの土地で育った。自宅前が普門院というお寺であったため、よく院内に入り込みお墓の回りを駆け抜けて遊んだ記憶がある。この寺に伊藤左千夫の墓があるということを知ったのは、映画「野菊のごとき君なりき」を見た高校生のときである。その存在を知らずに、子供の頃は、院内で遊んでいたのである。

 普門院の入り口には写真左の碑が案内用に立ててあり、院内に入と右写真のような本物の伊藤左千夫の墓がある。墓の存在を確認し手を合わせた後は、香取神社へ向かう。この神社は「スポーツ振興の神」として、全国に知られている。この神社境内の参道上では和服姿でダンスをしていると思われる2人がいる。近づき良く見ると、ひとり芝居で女性の人形を男性が優雅な日本舞踊を演じさせていた。参道を進むと香取神社本殿がある。参拝後、神社裏手にでると、そこには十間川がある。その川にかかる橋の上に立つと、見事な東京スカイツリーが見える。この橋からでは、見えないがもう一つ東京スカイツリーに近い橋「十間橋」まで行くと逆さ東京スカイツリーが見えるというので十間橋に移動する。この十間橋は、多くの人が逆さスカイツリーを撮影するので有名になった撮影スポットのようである。ここから、さらに最終地の京成電鉄押し上げ駅まで歩く。ここまで来ると、東京スカイツリーは見上げないとその全貌は見えない。時計を見ると午後5時、希望者で反省会をタワー近くで行うというが、自宅が遠方なので、参加を辞退し帰路につく。
 
 こうして、JR錦糸町駅から京成電鉄押し上げ駅まで歩き、LSC東京ウオーキングを終える。亀戸天神の藤と太鼓橋、伊藤左千夫の墓、香取神社、十間橋からの東京スカイツリーと逆さスカイツリーを見ることができ、満たされたウオーキングの一日を楽しむことができた。【2019年5月4日】
 
平成31年5月25日(土) 自宅にて記す

 
 







亀戸天神社は藤祭りで大賑わいだ!
 5月4日LSC「東京歩こう会」で最初に訪れたのは、亀戸天神である。ここは、JR錦糸町駅北口から、徒歩10分ほどのところにある。錦糸公園の中を斜めに通り抜けると蔵前通りにいたる。直ぐに横十間川に架かる天神橋に至るのでこの橋を渡ると“くず餅”で有名な舩橋屋本店が見えてくる。この前を通ると直ぐ左側に天神様の鳥居が見え、この鳥居をくぐると亀戸天神社境内に入れる。今年の5月は始めての大型十連休である。その最中に藤が咲いている時期であるということで訪れたため、大勢の人で賑わっている。神社のお祭りの時のように沢山の出店が並び、歩くのに困難なほどの人出であった。

  亀戸天神社のホームページを見ると、「亀戸天神社は、通称亀戸天神、亀戸天満宮といわれ、菅原道真を祀り、学問の神として親しまれている。4月下旬から5月上旬にかけ、境内の藤が一斉に開花し、神社中が一面藤色に染まる。太鼓橋の上から一面の藤棚を上から見下ろすことができる。江戸時代から亀戸の藤と呼ばれ藤の名所であり、学業祈願の祈願者も多く訪れる。ここの藤は東京の花の名所として名高く、江戸時代から「亀戸の五尺藤」「亀戸の藤浪」として広く親しまれている」とある。訪れた時は、藤の満開時期が過ぎていたようで、見事な藤の開花は見られなかった。しかし、ここの藤は見事であることは想像がついた。境内から遠方にそびえ建つ東京スカイツリーが良く見える。東京スカイツリーの近くに地下鉄押し上げ駅がある。そこが、今回の「東京歩こう会」の最終地点である。

 学問の神様、藤で有名な亀戸天神の直ぐ側で生まれ、小学校2年生ぐらいまで、亀戸天神の直ぐ近くに住んでいた。当時の記憶はほとんど覚えていないが、亀戸天神境内の太鼓橋と池に沢山のカメがいたことは、鮮明に覚えている。この神社の直ぐそばには、「野菊のごとき君なりき」で有名な伊藤左千夫の墓がある普門院がある。戦前の我が家は、この普門院の真ん前で酒屋を営んでいた。次に訪れるのは普門院である。【2019年5月4日】
 
平成31年5月12日(日) 自宅にて記す
 







亀戸天神から東京スカイツリーまでウオーキング!
  昨日、5月4日はみどりの日で休日。この日、LSC東京サロン会の企画「亀戸天神、伊藤左千夫の墓がある普門院、香取神社、最後は「東京スカイツリー」をウオーキングで周る“東京歩こう会”に参加した。
 亀戸天神といえば、この神社の直ぐそばで戦前に生まれたこともあって、亀戸の思い出が頭の中にかすかに残っている。80年も前のことなので、ほとんどのことは忘れている。記憶をたどると、親は酒屋でKoichiは酒屋の長男、店には赤く塗られた酒樽が沢山置かれてあったのを覚えている。夕方から夜にかけおじさん達が店を訪れ、父親が皿に乗せた升に酒をなみなみと注ぐと味噌・塩をなめながら、注がれた酒を美味しそうに飲んでいる、おじさん達の姿を子供ながらに思い出す。升からあふれ、皿に残った酒を美味しそうに飲んでいる姿が印象に残る。店の前は道路でその反対側は、映画「野菊のごとき君なりき」で有名になった伊藤左千夫の墓がある普門院というお寺の塀がある。塀に沿って、幅1.5mほどのどぶ川が流れている。このどぶ川に酔った人が落ち、亡くなり大騒ぎしたこともかすかに覚えている。
 自転車を覚え始め、うれしくて香取小学校方面へ単独走行し、途中で転倒しハンドル・ブレーキ先端が足に刺さり大けがをしたこともある。自宅前にある普門院の墓石の中を飛び回って遊んだことはよく覚えている。普門院の直ぐ近くに藤で有名で学問の神様を祭る亀戸天神がある。その境内には池がありカメや鯉が沢山いたことの記憶が残っている。また、この池に架かる赤く塗られた太鼓橋も強く印象に残っている。亀戸天神は菅原道真が祭られ、学問の神様が祭られていると小さい頃から聴かされているが、お参りした記憶はない。この亀戸天神の直ぐ側にくず餅で有名な舩橋屋があるので、ウオーキングの途中で買い忘れないようにと思い草々に求めておいた。
 
 香取神社の前にあった東京市香取国民学校に入学(昭和17年)。この時の住所は「城東区亀戸町1丁目59番地」と記憶している。戦争が激しくなり、酒屋であった我が家前の道路を戦車が通れるように拡張するというので立ち退きを迫られた。江東区大島町に強制移動させられ、大島第3小学校へ転校した。戦争が激しくなった3年生のとき、空襲による戦火から逃れるため、多くの人が郊外に疎開した。小学生も3年生以上で縁故疎開(親戚や知人を頼ってする疎開)ができない子供は集団疎開をするというので、山形県米沢市小野川の温泉街に最小年次の3年生のときに集団疎開した。この疎開地は温泉旅館高砂屋旅館で、3年生から4年生になるまでの1年少々お世話になった。4年生になった昭和20年(1945年)8月15日の終戦日(第二次世界大戦終結)は、大事な放送があるというので全員集れられ、昭和天皇が朗読する玉音放送を聴いた。それから数ヶ月後、蒸気機関車に乗って東京上野駅に集団疎開から戻り、両親の出迎えを受け、向島の自宅に無事戻ることができた。亀戸から大島へ移り住んだ自宅は焼夷弾で焼かれた。この時、両親は弟2人の手を引き、水で濡らした布団を頭に乗せ戦火を逃れ、隅田川に架かる言問橋下まで焼死体を避けながら逃げたという話しをよく聴かされた。集団疎開から帰ったときは、4年生である。両親は向島に家を借り移り住んでいたので、今度は向島にある第一寺島小学校に転校した。短い期間であったが3つの小学校を渡り歩き、最後はこの学校を無事卒業した。

 亀戸天神、普門院、香取神社と聴くと記憶は薄れているが、上述したような光景が浮かぶ。今回のウオーキングで仲間17人と一緒であったが、3/4世紀以上前に過ごした場所を訪れることができた。戦前の自宅付近はすっかり変わりはててはいたが、家の前の普門院は昔のままで、そこを遊び場として過ごした小学低学年時代の思い出が昨日のようによみがえった。
 地図に示したように、JR錦糸町駅北口に午後2時集合し、亀戸天神、普門院、香取神社、東京スカイツリーと歩き、午後4時半に東京スカイツリーがある押し上げ駅に着いた。今日は、12,089歩という最近にない歩数を計数し、疲れたがとてもよい運動になった。

 今回、LSCの「東京歩こう会」に参加でき本当によかったと思う。下調べをして頂いた幹事さんに厚く感謝する。【2019年5月4日】
 
平成31年5月5日(日) 自宅にて記す
 







2018/11/17 17:48:15|その他
ハワイロングスティの記事 まず動く2 に投稿中
ハワイロングスティの記事を「まず動く2」で掲載中です。
2018年12月15日までホノルルに滞在しますので、この間の記事をハワイから投稿しています。

記事の左側(縦に細長い帯状のところです)下方に「リンク」があります。その中の「まず動く2」をクリックすると、「ハワイロングスティ中の記事」が現れます。
 ご覧いただければ幸いです。







映画大好き!(6月〜9月に観た映画)
 6月下旬〜9月初旬にかけて観た映画は、以下の通り6編ある。邦画2本、洋画4本である。

2018/6/28        空飛ぶタイヤ:90点      ユナイテッド・シネマ入間
2018/7/4          フジコ・ヘミングの時間:80点 シネ・リーブル池袋
2018/7/16        モリのいる場所:70点     ユナイテッド・シネマ入間
2018/8/18        オーケストラ・クラス:80点  新宿武蔵野館
2018/9/3     マンマミヤ!2 ヒアウイゴウ:75点 ユナイテッド・シネマ入間
2018/9/6          輝ける人生:95点       新宿武蔵野館
 
 「空飛ぶタイヤ」は、友人から薦められた日本映画で、良い映画だと言うことで観た。走行中のトラックのタイヤが外れ、そのタイヤで歩行者が死傷事故にあう。事故原因が車体側にあるかどうかを追求していくストーリー。考えさせられる良い映画であった90点。
フジコ・ヘミングの時間」は、テレビで観たことのある演奏家で、変わったピアニストだなとのイメージがある。一風変わった生き方をしている芸術家だと分かった80点。
モリのいる場所」は、画家熊谷守一さんの自宅での生活の一場面。画家としての熊谷守一さんは画壇の仙人と呼ばれていたそうで、その作品をよく知らない者にとって映画内容はよく理解出来なかった。この映画を観たきっかけは、豊島区立熊谷守一美術館のそばに住む友人が、美術館が近くにあることを教えてくれ、美術館に入館したことがあることによる70点。
オーケストラ」は、楽器を操ったことのない小学生達に無料でバイオリンを贈呈する。挫折したプロのバイオリニストが上述の小学生に音楽を教え、成長していく物語である。バイオリニストと初めて音楽に触れる子どもたちの交流を通して、お互い成長していく過程を描いている。特に1人の少年にバイオリンの才能を見いだし、次第にクラス全体が音楽に夢中になり、ついには演奏会が開けるまでになる80点。
マンマミヤ!2 ヒアウイゴウ」は、第1作の映画「マンマミヤ」を観て、とても楽しい映画であったことを覚えている。そして、この作品のミュージカルは2回も観ているので、今度の作品「マンマミヤ!2 ヒアウイゴウ」はさらに楽しい映画になっていることと期待していた。ところが、前作の内容が分からないと、観ても理解しがたいところがあり、なんとなく楽しさが前作より劣ると感じられた75点。
輝ける人生」は、テレビや広告の写真を見るとミュージカルのようだと期待して観た。ところが、音楽、歌の場面が少ない。観ている間にストーリーに興味が移り、必死で観るようになった。老人の恋、音楽、ダンスと年齢を重ねた元気なお年寄りの姿が観ていて楽しい95点。
 
 以上のように月平均2回ほど映画を観ている勘定になる。映画を観て批評するようなことは出来ないが、観た映画がとても楽しかった、悲しかったなど感性に訴えるところがあるかどうかで、映画の評価を夫婦で行っている。前述した評価点で95点と高い点数をつけた映画は、非常に良かったもので、涙あり笑いありで心を動かされた内容の映画である。【2018年9月6日】
 
平成30年9月10日(月)  自宅にて記す
 







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