まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
気功体操開始と買い物と空の様子
 6時半というと、まだ暗い。コンベンションセンターとアラワイ運河に挟まれた細長い公園で毎朝7時から気功体操が始まる。この体操をしたくてハワイにやってくるといってもよいくらい、この気功体操が気に入っている。日本では6時半に始まるラジオ体操を欠かさず行っている。それが習慣となっているように、当地で誘っていただいた気功体操にもはまっている。この体操の説明は難しい。中国人の先生が会場に現れると、直ぐにその先生は手を振り、体をねじり、体を前後に曲げ、足を振り、両手を挙げ電球をソケットに取り付けるような動作で両手を左右にねじる・・・・・・・・・・・・などの運動を始める。先生のそばで助手のような女性が同じ動作をし、小さくうなるような声を出しながら五体を動かす。参加者は先生、助手の動作をみながら真似をして体を動かす。参加する男女は勤め前の女性、お年寄りなどで東洋系の人が多い。人数はおおよそ40〜50人である。この体操を行っている様子をみたら、音楽に合わせて体操しているわけではないので奇妙に見える。実際に参加してみて、その効果がわかる。効果はどうゆうものかと問われると応えられない。人によって異なるであろうが、我々の場合、体操終了後の心地よい脱力感、心地よい疲労感、すっきりした頭などである。
 
 今年で4年目に入るが、これまでこの気功体操をサボったことがないほど、まじめに朝6時半にホテルを出て、アラワイ運河の体操会場へ出かけている。雨の日は休むであろうと思ったが、コンベンション・センター(ホノルルマラソンの拠点で事務局がある)の軒下で行っているという熱心さである。この気功体操は無料、誰でも参加OK、ぎこちないからといってやり方を修正してくれるということもない。自ら、先生の真似をして手足頭を動かしている。動きの鈍い、あまり運動には積極的でないMakikoだがここへ来ると自らその気功体操をするために朝早く進んで出かけるというから、気功体操は人に言えないなにかが潜んでいる素晴らしい体操なのである。
 
 体操が終わると朝食だ。イリカイ・ホテル中庭にパンとコーヒーの店がある。そこで、ベーコン、ハム、チーズを挟んだパンがあるので、それとコーヒーを朝食としていることが多い。日中、サンダルが必要だと分かり、10数ドルほどのサンダルを求めにABCストア(当地のコンビニ)に出向く。サンダルを買い、ついでに夜の食事としてのインスタントうどんを求める。結構いい値段して$6である。昼は$10ほどの海鮮丼を近所の日本料理店「誠心」で食べることにしているので、夜は質素にうどんと決めた。
 
 12月は雨期だが、雨がひょっ中降るわけではない。空を見上げると東の空が雨空で、西の空は快晴というようで、降ったとしても直ぐに太陽が顔だす。ホノルル市内を名物乗り物であるトロリーが走っているが、今は乗客が少ない。今月13日(日)がホノルルマラソンの日なので、これから徐々にマラソン参加をかねた観光客が増えるようだ。そういえば、救急車のサイレンが、ほとんど聞こえてこないので、不思議に思い聞いてみたところ、観光客が少ないからだという。観光客が多くなると酔っ払って怪我する人が増えるし、病人も増えるからだという。昨年は道路が真下に見える山側の部屋であったので、うるさいサイレンが気になって寝られないこともあった。今回は海側の部屋なので、これから増えると思われる救急車のサイレンの音が少しは押さえられることを願っている。【2015年12月2日】
 
平成27年12月2日(水) イリカイ・ホテルにて記す







ハワイ到着・生活の準備
 12月1日、日本を発った同じ日の午前10時半に7時間少々のフライトでハワイ・ホノルル空港に無事到着。空港よりイリカイ・ホテルまでタクシー($40)。イリカイ・ホテル(これから世話になるコンドミニアム)に来たのは丁度1年ぶりだ。ホテルとコンドミニアムが混在するイリカイ・ホテルの我々の部屋は、8階の812号室。この部屋からラグーン<湾が砂州によって外海から隔てられ湖沼化した地形で潟(かた)、潟湖(せきこ)>、ホテルのプール、海が真正面に見える。毎週金曜日の夜7時から打ち上げる花火(お隣のホテルがラグーンで打ち上げる)がこの部屋から真正面で見えそうなので、毎週金曜の夜が楽しみだ。
 
 12月とはいえ、当地の最高気温は26℃前後になるので裸でいても寒くないない。日本の冬の寒い時期にこのような暖かいハワイで過ごし、日本に帰り少し頑張ると春が出迎えてくれるので、迎える1年間を仕事・遊びとともに頑張ることができる。
 
 当地に来てまずは、遠出の足となるTheBusのカードを申請しにアラモアナ・ショッピング・センターへ出かけた。このパスは3年前に$10支払い申請しておいたもので、4年間有効というシニア専用のバスパスである。その$10は、写真入り免許証のような証明カードを取得するためで、このカードにTheBusを利用する月(今回は12月)のシールを張ってもらう。そのシール代が1ヶ月用で$5である。
 
 イリカイ・ホテルからアラモアナ・センターまで徒歩で15分ほどだ。アラワイ運河が海と合流するところに橋があり、その橋の近くにヨットハーバーがある。この橋を渡ると直ぐにアラモアナ・ショッピング・センターに至る。橋の欄干が真っ白なペンキが塗られ見違えるように綺麗になった。その白い欄干に文字のイタズラ書きがされている。アラモアナ・ショッピング・センター内はほとんど変わらないが、フードコート内がすこし綺麗になったような気がする。このセンター内にフラダンスや音楽演奏ができる舞台が設けられてある。その舞台で午後3時から、高校生の吹奏楽が演奏されるというので大勢が、その演奏を聞こうと待ち構えている。これからホノルルマラソンが近づくと観光客が増えるので、この舞台でフラダンスを踊る姿を見ることが多くなる。市内バス乗り放題のTheBus定期も入手できたので、アラモアナ・ショッピング・センターからの帰りはバスに早速乗り帰宅した。【平成27年12月1日(火)】
 
平成27年12月2日(水) イリカイ・ホテルにて記す







ハワイロングスティに出発
   今日12月1日、4年目のハワイロングスティに出かける。寒い冬の日本を離れ、たとえ一ヶ月とはいえ、暖かい気温のハワイで過ごすと、ほんの少しだけ我慢すると春が出迎えてくれる。歳を重ねると、油切れを起こし、関節が固まる傾向が出始める。暖かいところに移ると、その固まるということがないので、健康が維持できる。おまけにハワイに来て、アラワイ運河沿いで毎朝、体全身を動かす結構きつい運動(気功体操といっているが、名前は不明)を行っているので、それに参加する習慣がきたので参加する楽しみもある。その運動を行うと、なぜか心地よい。過去3年のロングスティで、毎日朝7時から8時まで行うこの運動にまじめに参加している。この運動が次の1年間の健康を維持してくれるような気がしてならない。
 今回のロングスティでは、ハワイで原稿書きをするという宿題を持ってきている。どれだけ進むか不明だが、寒いところで縮こまって仕事するより、半袖半ズボンで過ごせるところで作業できるので能率よく仕事ができるものと思っている。
 ところで、何回も海外に出ているが、いつも成田空港からであった。今回、初めて羽田国際空港からハワイへ行くことになった。選んだわけではないが、ANA側が行きは羽田、帰りは成田の航空券を手配してくれた。なにしろ、早割航空券なので、ANAおまかせで予約したので、往復羽田とはいかなかったようだ。やはり、羽田は近い。また、驚いたことに空港は新しいということもあって綺麗だ。特に年末に入ったということもあって、イルミネーションが飾られ見ていて飽きない空港だ。それに、ニュースで知っていたが、江戸前横町という食堂街があって、好みに合った美味しい食事ができる。好物のウナギ屋はあったがウナギ弁当であったので、中華レストランに入り、これも好物である海鮮焼きそばを食べ、夜十時三十五分のホノルル行きの飛行機に乗った。【平成27年12月1日(火)】
 
平成27年12月2日(水) イリカイ・ホテルにて記す







アムトラック(AMTRAK)と赤帽
  アメリカには、全米鉄道旅客公社(National Railroad Passenger Corporation)が運営するアメリカ都市間旅客鉄道があり、それは通称アムトラック(AMTRAK)といわれている。この“AMTRAK”は、2つの語“American”と“Track”を合成した用語である。いろいろあるAMTRAKの路線のうちで、ボストン−ニューヨーク−フィラデルフィア−ワシントンDC間のAMTRAKを北東回廊(Northeast Corridor)という。この北東回廊が旅客数、列車運行本数で全米ナンバーワンの鉄道路線だといわれている。

  この北東回廊を今回、ワシントンDCから乗ってボストンまで移動した。旅客数が1番多い鉄道路線だと知り、その路線を利用するというので、万が一乗車出来ないと予定の旅行日程が狂うと思い、バスで移動することも考えておいた。AMTRAK乗車券の予約をインターネットで購入しようと試みたが、記入欄に現地の住所や電話番号欄があるので、面倒でやめた。今回の旅行で初めて乗るワシントンDCの駅“ユニオンステーション”へ出かけると思っていたより構内は空いている。ここワシントンDCのAMTRAK駅「ユニオンステーション」で、フィラデルフィアの「38thストリート駅」行き予約切符2枚(1人78ドル)を出発2日前に列を作らなくても買えた。シニア割引だと言われたが、どの程度の割引きがあったのか不明だ。AMTRAKの切符は、早くに買えば安い早割運賃、その日の時間帯で異なる割引運賃、土日とウイークディで異なる運賃、シニア割引運賃などと各種の割引があるのでその運賃体系がどうなっているのかよくわからない。

  ワシントンDCで市内観光をした時に、ガイドから駅の赤帽のことを教えてもらった。赤帽に荷物を依頼すると、$5のチップで車内まで重い荷を運んでくれるという。日本でも昔赤い服着た赤帽を東京駅や上野駅で見た記憶がある。荷物を運んでくれる人だとは分かっていたが、自身で赤帽を依頼したことはない。上記のことを聞いたので、ワシントンDCからフィラデルフィアへ移動する際、ワシントンD.C.のユニオンステーションで、初めての試みで赤帽に重い荷物を依頼した。

  まず、「I need your help.」と赤帽に言ってみた。そうしたら、どの荷物を運ぶのかといい、切符を見せろと言う。切符を見せると何処行き列車、何時発車ということがわかるので、まだ時間が早いのでここに発車20分前に来いという。荷物を台車に乗せ、俺の名前はMikeだと担当の赤帽は自身の名前を名乗る。1時間ほど時間があったので、構内を散歩したり、お茶を飲んだりして時間調整をして戻る。発車時刻が迫ると、同じ列車にのる乗客が駅構内で列をなして待っている。その列を素通りして赤帽は前へ進むので彼の後を着いていく。どうも一般乗客が進む経路と異なる裏道のようなところを通って、ホームにでたようだ。AMTRAKは座席数しか切符を売らないようなので、必ず座れると言われている。駅構内に “Red Cap”と書かれた場所があり、そこに赤帽たちが待機している。そこでは列車運航状況や到着・発車時間などの詳細がわかる仕組みになっているようだ。

  一般乗客に先立ち、ホームに入るとまもなく列車が入線する。20s近くある重い荷物を軽々と車内の荷物置き場に運んでくれ、まだ誰も座っていない席を指さし、どこでもすきな場所に座れてと言って帰りかける。そのタイミングを見て、チップ5ドルを渡す。赤帽と別れてふと思ったのは、2人分の荷物を運んでくれたので10ドル渡すべきで申し訳ないことをしたと反省している。あとフィラデルフィア→ニューヨーク、ニューヨーク→ボストンと2回乗らなくてはならないので、次回から2人分を支払うことに決め、そのようにした。
 こうして、駅構内で赤帽に荷物を依頼したおかげで、ホームまで重い荷物を運ばなく済み、一般乗客より先に列車に乗れるという便利なことがわかった。日本で旅行を計画しているときは、AMTRAKで移動すると決めてはいたものの、その切符が無事に買えるかどうか心配であった。発車直前に出向いて求めるのはいかがかと思うが、余裕みて出発の数日前に買っておけば、早割という割引で買え安心だ。バスで移動すればAMTRAKに比べ時間はかかるだろうがかなり安く行けるようだ。

  ワシントンDCからニューヨークまでは普通列車で行った。最後の区間であるニューヨークからボストンまでは、ちょっと贅沢かと思ったがビジネスクラスの切符を買った。ビジネスクラスといっても、普通車より座席が広いこととコーヒーのサービスがあるだけだ。日本の新幹線のグリーン車のような快適さは感じられない。
 
平成27年11月30日(月) 自宅にて記す







ボストンの想い出
   ニューヨークから乗った最後のAMTRAKは、ボストン南駅に着く。この駅の構内も他の都市の駅同様とても広いのでタクシー乗り場がどこにあるか不明。そこで駅構内案内所のおばさんにタクシー乗り場を聞くと、乗り場まで一緒についてきてタクシーを止めようとしてくれる。しかし、先客が列をなすわけでもなく来た順に要領よく乗り込むので、つい乗り遅れる。おばさんはここで待っていればくるよといって、案内カウンターへ戻ってしまう。   そうこうしているうちにタクシーがつかまり、「Milner Hotel Boston Common」ホテルに着く。税込みで1泊250ドルだから、さぞかしよいホテルかと期待してきた。しかし、道路に面した2階の部屋で、車の騒音と近くの大学から学生の大声や楽器の音などが聞こえてきて、うるさくて寝られない部屋だ。2日目に部屋変えをしてもらったが、今度は窓なしで狭い部屋。ニューヨークのホテルに比べればましだが、これで250ドルとは高すぎると2人で愚痴をこぼす。おまけにベッドフレーム下端角の金属がむき出していて、足が当たり切り傷を負う。再度の部屋変えを申し出るが、満席だといい変更出来ない。こうして、狭くて暗い部屋に残す3泊を不本意ながら留まる。このホテルより100ドルも安くて快適であったワシントンDC、フィラデルフィアのホテルが懐かしい。
  ボストンに来たら、MIT、ハーバード大学、ボストン美術館を訪れたい。そして、プリマスにあるプリマス・ロックとメイフラワー号をみて、ボストンフリーダムトレイルを歩きたい。滞在日数が限られているので観光スポットを見学するにはツアーを利用するのが手っ取り早いと思い、いずれもツアーを利用した。
 
フリーダムトレイルウォーキングツアー
 ボストンコモンからチャールズタウンのバンカーヒル記念塔まで全長約4kmはフリーダム・トレイルと呼ばれ、このトレイルをたどると市内の観光地16ヶ所を巡ることができるという。日本語ガイドと一緒に歩いて解説をしてくれるというボストンの歴史を探るウォーキングツアーツアーに参加した。
  マリオット・コプレープレイス ホテル1階ロビー集合だというが、その集合場所を探すのに大変苦労した。我々のホテルから集合場所のホテルまで歩いていけると判断し地図を頼りに歩き出す。 ビルに囲まれた広い道路を歩くが、自分が歩いている道が何という道路(St.、Ave)かを交差点に差しかかるたびに確認する。道行く人に何度か尋ね、やっと集合場所のホテルにたどり着く。ここまで来るのにすでに1万歩以上歩いている。そこからツアー出発し、全長約4kmのフリーダム・トレイルを歩くのだから、ガイドと出会うころにかなり疲れている。ガイドは中年の日本女性、フリーダム・トレイル ウォーキングツアーはスタートするが、ガイドの歩く速さが速く感じ足が重い。ツアーは、ボストンコモン、マサチューセッツ州議事堂、パークストリート教会、グラナリー墓地、キングスチャペル、オールドシティーホール、オールドサウスミーティング場、オールドステイトハウス、ファニュエルホール、オールドノースチャーチ、ノースエンドなどを観ながら歩き終了。この時点で、帰りの地下鉄切符を受け取りガイドと分かれ、我々は地下鉄に乗りホテルへ戻る。
  ホテルにもどり万歩計をのぞくと、2万歩を越えた20,805歩だ。2万歩以上を歩くと過去の経験から、夫婦で言葉を交わすのもいやになるほどだ。こうして、ボストンの旧市街地を歩いてゆっくり観光というはずだったが、集合場所まで行き着くまでに迷ってしまい、体力は消耗。当初予定していたゆっくりのんびりの歩いて観光は、かなえられなかった。
【2015/09/18 (金):地下鉄で行くボストン観光!フリーダムトレイルウォーキングツアー<日本語ガイド>2時間ツアー、$77(¥9,473)】
 
マサチューセッツ工科大学とハーバード大学をめぐるキャンパスツアー
 世界トップクラスの大学の日常をじっくり見学できるということで参加した。9:00ホテル出迎え。このツアーは、ホテルまで送迎してくれるので助かる。我々2人を乗せたあと、別のホテルでもう一組のツアー客を乗せるというのでそのホテルまで出迎える。このツアーガイドは年配の男性だ。それだけに、大学の様子をよく知っていて説明が上手だ。
  ホテルから約15分のドライブでマサチューセッツ工科大学(MIT)に着き、見学。30年以上前、日本の東京工業大学(TIT)工学部の制御工学科に勤めていて、ロボコンが広まり始めたころMITの学生とTITの学生が交流しあって、ロボット作りを行っていたので技術レベルの高いMITを知った。そのMITの見学ツアーがあると知り参加した。あいにく、ツアー当日は土曜日、キャンパス内にいる学生、教職員の姿は少ない。本来なら見学できるという研究室に入れない。金属の研究をしている一部の研究室を窓越しにみることが出来た。工学系の研究室内の様子は、アメリカの大学も日本の大学も同じだ。ただ、キャンパスの建物は大きく、芝生の庭が広いのはうらやましい。MIT学生館内のフードコートにてランチタイム、寿司が食べられるのには驚く。 昼食後、車で10分のところにあるハーバード大学へ移動。こちらの大学も広い。広いアメリカだけあって、大学キャンパスも広い。図書館・メモリアルホール等外観観光 、ハーバードCOOP(大学生協)でのお買い物タイムと称し、ハーバード大学のお土産探しだ。チョコレートがよく売れているというが、それはぼったくりチョコだとガイドはいう。何しろ、世界のノーベル賞授賞者数はハーバード大学が1位で151人ということもあって、この地からのお土産は気分的に有り難いと思われる。一方のMITノーベル賞授賞者数は5位で83人という。こうしたノーベル賞授賞者数が世界の上位にある大学がボストン市内にあって、お互いのキャンパスの位置もわずか5 kmしか離れていない。
【2015/09/19 (土):世界の頭脳MITとアメリカ最古の大学ハーバード大学 キャンパスツアー<日本語ガイド>5時間ツアー、$135(¥16,609)】
 
アメリカの故郷 プリマス日帰りツアー
 個人旅行のツアーはホテルまで送迎してくれる場合と指定された集合場所まで行く場合がある。ホテルまで送迎してくれるツアーは、他に参加者がいれば同乗するようだが、プリマス・ロックとメイフラワー号二世号のツアーは我々夫婦2人だけのツアーであった。出迎えてくれたのは美人ガイドのIさん、ベンツに乗っての快適ツアーだ。2010年にモンシャンミッシェルそして近くのロスコフという港からフェリーでイギリスのプリマスへ渡った。この地から1620年にアメリカ東海岸へ向けてメイフラワー号が出港、そのときにピルグラムファーザーズが踏んだ石が大事に保存されていた。それをみたら、いつかアメリカサイドの踏み石プリマス・ロックも見たくなりこのツアーを選んだ。ガイドのIさんは、ボストン市内案内のベテランのようで説明も上手だ。
  踏み石プリマス・ロックとメイフラワー二世号を目指して1時間ほどドライブ、踏み石を見る前にプリマス・プランテーションに案内された。ここには、入植した当時の原住民の生活ぶり、それに1620年にメイフラワー号で渡ってきたイギリス人たちの住居とその内部の生活様式が手に取るように展示されている。当時の服装をした男女住民がここで生活しているかのように住居の中や畑で作業をしている。ここでは、アメリカ原住民の人たちと入植した当時のイギリス人たちの様子がうかがえ、ツアーに参加してとてもよかった。
  この入植地を出て、海岸にある踏み石を目指してドライブ。目前にメイフラワー号二世が停泊しているのが見える。この船は博物館として中に入れるようになっている復元されたメイフラワー号二世だ。この復元されたメイフラワー号二世も大西洋を渡ってきたものだということだ。180トンという小さな船に102人が乗ってよくも大西洋を航海し、アメリカにたどり着けたものと感心する。目的の踏み石プリマス・ロックは海岸に静かに横たわっている。その石は立派な石柱で支えられた建物風モニュメントの中に保存されている。これでイギリス側とアメリカ側のプリマスの「プリマス・ロック」見ることができた。
  ボストンに戻る道すがら、明日帰国するのでホテルに戻らずボストン美術館にもよってみたいとガイドのIさんに相談した。Iさんはこころよく承諾してくれ、しかも月曜日で4時半に終わるということも調べてくれ、美術館へ向かった。閉館まで2時間しかないので、入場券の手配、入館したらまず日本人なら見ておくとよいという要点を館内案内図にマークしてくれた。こうして、かねてから念願であったプリマスを訪問し、メイフラワー号二世、プリマス・ロックをこの目で見ることができ、さらに半分諦めていたボストン美術館も見学出来た。親切なガイドのIさんに出会え、晴天に恵まれ、帰国直前の貴重な1日をツアーに有効に過ごすことが出来た。この場をかりてIさんに感謝する。
【2015/09/20 (日):アメリカの故郷 プリマス日帰りツアー<4〜11月/日本語ガイド>$145(¥17,839)】

 ボストンではロブスターとクラムチャウダー(牛乳を使い二枚貝が入ったさらっとしたスープ)が有名だといわれるので、ホテル近くのシーフードレストランに入り食べた。味の比較は難しい。ロブスターもクラムチャウダーも確かにうまい、が鰻重の方がうまい!と2人の感想。
 
平成27年11月22日(日) 自宅にて記す