まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
2015/07/19 17:20:42|小さな旅の思い出
一寺小学校旅行会
  今日は一寺小学校同窓の旅行会。例年、参加者は20名を超えるが今年はいつもより少なく16名である。いつもなら元気な姿で参加する石井、島田が欠席なので少々心配だ。聞くところによると健康を害し、バスで旅するには耐えられないとのこと。年々、参加者数が減少し淋しくなる。これから常磐自動車道を利用し、バスは茨城県水戸の先にある十王駅近くの鵜の岬(うのみさき)へ向け出発である。

  このブログ は友部というサービスエリアで発信している。初めての無線中継機「wifi Max」を使用し投稿している。というのは、iPad miniにはWiFi機能がないので、このような中継器が必要になる。夢中で、不慣れな中継機を使用して投稿作業をしていたら、一緒に下りトイレに行っていったはずの仲間がいない。一瞬、置きざりにされたかと思った。携帯電話はバスの中、幹事と連絡がとれない。この場所で置き去りにされた場合にとるべき次ぎの行動を考えた。サービスエリアにタクシーを呼んでもらい、最寄りの駅まで行く。それから、電車で水戸の先の十王駅、それからタクシーで国民宿舎「鵜の岬」行くということになろう。【2015.07.12】

写真は東京駅で乗り込んだサロンバスと幹事の羽根田。どんな旅になるか?

iPad miniから投稿

平成27年7月12日(日)
 







2015/07/07 1:01:12|思い出
ノルディック・ウォーキングとけん玉
   毎月第4日曜日に城北ノルディック・ウォーキングが行われる。このウォーキングクラブは、主治医のササキクリニック医院長の佐々木巌先生が主宰され、ウォーキングの指導も行って頂いている。開催場所は、定期的には板橋中央公園内出あって、園内を1時間半ほどかけでほぼ2周〜3周ノルディック・ウォーキングを行う。参加者の多くは、ササキクリニックの患者だが、ホームページを見て参加される方もいる。
 
 佐々木先生は、ノルディック・ウォーキングの指導者資格を持っておられるので、歩く姿勢や歩き方あるいはポールの持ち方を指導して頂ける。ウォーキングをはじめる前にストレッチを10分ほど行う。その後、1時間半ほど園内を歩く。ノルディック・ウォーキングのよいところは、ポールを使用するので歩幅が増え、姿勢がよくなる。それにポールを握り腕に少しは力を入れるので知らずのうちに指先や掌、前腕、上腕など上肢の運動にもなっている。手にポールのグリップを巻き付けるようにはめてあるので、歩きながらポールを握る掌をグー、パーさせてもポールは落ちない。そのため、知らずのうちに両手指の運動にもなっている。その効果は、パソコンのキーボードを打つときの指先の動きが滑らかになっているような感じがするのでわかる。
 
 ノルディック・ウォーキングが終わると必ずクールダウンという運動後のストレッチを行う。いつもなら、このストレッチが終わると、近所のレストランで希望者が一緒になって昼食をとる。ところが、今回は私の趣味であるけん玉をある会員が持参したので、涼しい木陰でちょっとした練習会をはじめた。ササキクリニックの佐々木院長も真剣なまなざしでやりだし何回か失敗の後、ついに中皿にのった。その喜びの瞬間をカメラがとらえた。他の会員も、昔やったことがあるとのことで皿に玉をのせる練習を始めた。ノルディック・ウォーキングに比べけん玉を行う時間は限られていたが、ウォーキングしてけん玉も楽しめたという、楽しいノルディック・ウォーキングのひとときを持つことができた。
 
 5月のノルディック・ウォーキング例会を終え、はや1ヶ月以上が過ぎた。ノルディック・ウォーキングの行事を終えて直ぐに投稿すればよいのだが、4月〜7月の春先は授業の旅にでるので忙しく思うような投稿ができない。今の時期になって、30時間15コマの講義を終える学校が出てきているので、少しずつ時間の余裕がとれるようになった。そのため、コラージュ(絵や写真、新聞や書類、糸や布などを素材として、それを画面に貼り付け、組み合わせることによって一つの作品に仕上げるもの。“コラージュ”とはフランス語で「糊付け」という意味がある)を学び、すでに何回かコラージュを使った写真付きのブログを投稿した。今回のノルディック・ウォーキングとけん玉のブログもここに掲載したコラージュ写真のように8枚の写真を一枚に加工できるようになったのでその様子を投稿した。【2015.5.24】
 
平成27年7月7日(火) 自宅にて記す







2015/07/01 10:57:00|思い出
5本指ソックスの効果(片足立ちができた)
  娘が5本指ソックスという靴下があることを教えてくれた。彼女はそれを履いた結果、なんとなく良さそうなので最近履きだしたという。この話しを聴き、指の間に靴下の布が挟まるので、指の間が蒸れず水虫にならず、臭いも発しないのであろうと思い、安物の5本指ソックスを求め早速夫婦で履きだした。履いて2週間が過ぎた。
 
  毎朝6時半から、ラジオ体操、ストレッチ、太極拳を約40分間近所の公園で行っている。この中のストレッチで片方の足を持ちながら、もう一方の足で立つ場面がある。最近、この片足立ちがうまくいかなくなった。ところが、上述した5本指ソックスを1週間ほど履いたあとのある日、しっかり立てるというわけではないが、ともかくテープコーダーから流れるストレッチの合図時間30秒ぐらいは片足立ちが保てることに気がついた。
 
  なぜ、そうなるのかを自分なりに考えた。その結果、5本指ソックスを履くと5本の指が自由に動かせるようになったからではと考えた。通常履く靴下は5本の指を拘束し、靴を履くとさらにきつく締め付けられるような格好で拘束される。一方、手の5本の指を考えると、手の指は握る、つまむ、持つ、回す、キーボードをたたくなど日常生活あるいは仕事で常に動かし続けている。それに対して、普通の靴下を履いた足指は仲良くいつでも揃えた格好でお互いくっついたまま1日中を過ごす。足と手の指とではこのように動かす度合いが極端に異なる。足の5本の指は運動量が少ないので動かす筋力が衰え、起立時の安定性が年とともに失われてきたのではと考える。
 
  最近、身体全体的に皮膚や筋肉が衰えてきているので、足裏の皮膚や筋肉もやせ細ってきている。その証拠に、足裏のお肉というクッシュンが痩せてきているので、プールサイドを裸足で歩くと骨がコンクリートにダイレクトに接するようでとても痛く感じ歩きにくい。
 
  床面で物を支える部分を支持基底面というが、年をとると人間のその支持基底面は、足裏筋肉の縮小で見かけ上やや狭まってきていると思える。ということは、人を支える支持基底面が狭くなり、重心線が動ける範囲も狭くなったといえる。支持基底面から重心線がはみ出すと起立できず転倒するので、支持基底面が狭まるということは、片足立ち姿勢が不安定になることに通じる。
 
  話しがややこしくなったが、加齢と共に片足立ちが困難になったのは、足の5本の指を動かす筋力が衰えたことと、上述した支持基底面が狭まったことによると考える。前者の筋力の衰えは、動かすことで少しは維持回復できそうだ。その維持回復は5本指ソックスを履くとできるのではないかと思う。若いときのように片足立ちがしっかりできるようにはならない。足の5本指を手の指を動かすように動かす訓練をすれば足指の筋肉が鍛えられ、少しは転倒予防になるかと思っている。素足で毎日を過ごせばよいのかも知れないが、それができないなら5本指ソックスを履くのがよい。ところが、5本指ソックスを履く場合、変形した足指を5本指ソックスに合わせてはめるのに時間がかかる。慣れないと、これまでのようにソックスを簡単に履けないことも気づいた。
 
 5本指ソックスの存在を教えてもらった当初、安物を3足1,000円?でMakikoが買ってきてくれた。上述したようにしばらく履いたら片足立ちが不安定ながらできるようになった。そこで、デパートへ行った折り紳士売り場に立ち寄り、もう少し上等の5本指ソックスを探しに靴下売り場を覗いた。そうしたら、5本指ソックス専用売り場があり、買うのに迷うほどの各種5本指ソックスがある。地味な高級?5本指ソックス(1,500円)を買った。こんなに沢山の5本指ソックスが出回っていることを知らないのは我々夫婦であって、知っている人は早くから履いているようだ。デパートの靴下売り場に5本指ソックス売り場があるほどに、今ではこの5本指ソックスは普及している。
 
 インターネットで「5本指ソックス」情報を調べたら、「足のムレを抑える効果」「冷え性の改善(普通の靴下に比べ5本指ソックスの温度は約4℃高い)」などの効果があることがわかった。それに、5本指ソックスの効果に関する研究もあって、それによると「5本指ソックスはバランス力(静的姿勢制御)を向上させる」とある。この効果を期待し、今日も5本指ソックスを履いている。この5本指ソックスは、スペイン人が特許を持っているというスペイン生まれであることもわかった。【2015.7.1】
 
参照ネット:(http://blog.livedoor.jp/runart/archives/1016492477.html)。
 
平成27年7月1日(水) 自宅にて記す







2015/06/26 21:44:00|研究・教育の思い出
眠気覚ましのまいわわ体操
 今年も何校かの看護専門学校で「人間工学」の講義を行っている。その講義が先週、今週と順次一校ずつ30時間の講義を終えつつある。先週行った二葉看護学院(成田市)の学生から非常に良いことを教えてもらった。それは、どこの学校でもそうだと思うが、授業中に居眠りをする学生が目立つ。私語は厳しく行わないよう注意をしているのだが、居眠りはおおめにみて寝たいだけ寝かせている。その居眠りを防止するという「まいわわ体操」を教えてもらった。
 
 講義はパワーポイント使って行っているので、教室の電灯を消し暗くして話しを行う。そのためか眠くなると、どうしようもないようである。聞くところによると眠いのは絶えられないのでつい寝てしまうという。それに2コマ(90分授業の間に10分の休憩を入れ2回続く講義)の連続講義だから疲れることもあるのかも知れない。人間工学は、看護と密接な関係があるのだが、負担軽減、腰痛発症予防のような話しもする。このなかで重心、重心線、摩擦、テコの原理、力のモーメント、支持基底面などボディメカニクスの話しをするので物理用語が出てくる。数学も使いたいところだが、高校で物理を履修していない学生がほとんどだから、物理・数学を多用すると多くの学生は居眠りをはじめるに違いない。
 
 このようなことで講義では、重心と重心線がよくわかる模型、あるいは支持基底面内から重心線がはみ出ると転倒する金属製模型人形(形はロボットのようだ)を手作りし、転倒のメカニズムをわかりやすく説明している。前傾して重い物を持つと腰に大きな力がかかる。その大きな力が作用していることがわかる腰部モデルも手作りして演示を行っている。こうした模型を使った実験を行っている間は、とても面白いしよくわかると学生には評判がよいので居眠りする学生はいない。ところが、パワーポイントによる講義が始まると、あちらこちらと机にうつぶせになる姿が見え始める。いちいち注意するのも他の学生に迷惑だと思い、無視している。
 
 前記した二葉看護学院の学生Mさんが居眠り予防のよい体操があると教えてくれた。その名を「まいわわ体操」という。意味不明だが、予備校の先生から教わったという体操だ。座学中に行うので時間はかけたくない。体操するには場所が狭いのではと心配もある。早速、Mさんに号令をかけてもらい、授業を中断して全員が起立して体操はじめる。このまいわわ体操というは、「両手を大きく横に開いて、ゆっくりと前方に移動する。両手が合うとその手を組み合わせ、手首を反転させる。両手を組んだまま手を頭部へ持ち上げ、大きく背伸びをする。そして組んだ手をゆっくり離し、両手を左右にゆっくり下げながら“世界の空気を十分吸いましょう、そしてその空気をゆっくりはき出そう”と声にだす」これでお終だ。起立し、このまいわわ体操を終えるまでの時間はわずか2分ぐらいで、時間はかからない。
 
 授業終了後に授業評価と感想を書いてもらっているが、その感想文によると「まいわわ体操」はとても良かったと多くの学生が書いている。そう言ってくれるほどに、「まいわわ体操」は時間をとらず眠気覚ましとなるようで、とても評判がよい。この体操を他の学校でも活用させてもらうことにし、早速実施した。この学校でもまいわわ体操は居眠りの目覚ましになり、体操をすると授業に集中でき良かったとうれしい感想をよせてくれた。ところで、なぜこの体操は「まいわわ体操」というかは、提案してくれた学生Mさんが学友から”まいさん”と呼ばれているからで、あまり深い意味はない。ほんのわずかな時間で眠気をさます「まいわわ体操」を教えてくれたMさん有り難う。
 
 ところで、5月12日はナイチンゲールの日である。この日に、二葉看護学院元学院長の山田里津先生が世界最高の記章である「フローレンス・ナイチンゲール記章」が授賞されると赤十字国際委員会ナイチンゲール記章選考委員会から発表された(日本人で2人)。山田先生の今回の授賞は、看護教育分野における活動での功績が認められたからである。その山田先生も看護における人間工学は、とても大切であるとのご判断で、14年前に二葉看護学院で「人間工学」の講義をするようにと私に依頼され、それ以来今日まで教壇に立っている。【2015.6.17】
 
写真:ずわわ体操を行って目覚めたはずの学生たち
 
平成27年6月26日(金) 自宅にて記す







2015/06/23 2:11:33|思い出
傘寿の誕生会
  今日は5月16日土曜日、1日はやく傘寿の誕生を祝ってもらった。昨日(金曜日)から佐賀の息子夫婦が孫2人をつれ4人で誕生祝いのために埼玉へやってきた。という私は、講義のため昨日、姫路医療センター付属看護学校にいて羽田空港まで出迎えができないと思っていた。しかし、金曜日は大学に勤める息子と小学校の上の孫が学校へ行っているので日中は動けないという。そうゆう当方も姫路にいて出迎えができない。夜の8時ごろ羽田空港に着くという連絡が入り、講義を終えた後、姫路から品川にでて羽田空港へ出迎えることにした。佐賀の孫は小学生と幼稚園児なので、それぞれ大きなリュックサックを背負い、元気な姿で到着出口から出てきた。年に1、2度しか会えない佐賀の孫達であるから、埼玉へ来るというときは羽田空港まで夫婦で出迎えることにしている。しかし、今回は私が講義の旅にでている都合上、Makikoは自宅待機し私1人が出迎えることにした。夜8時過ぎのリムジンバスにて所沢まで、そして電車で入間の自宅に夜11時ごろ到着。
 
 独り者の長男は豊田市に住んでいる。彼は誕生会当日の昼少し前に、また、長女はさいたま市から、婿さん運転で娘と孫娘が3人一緒に車でやって来た。こうして、誕生会当日は狭い我が家に、子供3人、嫁さん、婿さん、その孫達3人の8人、それに我々夫婦2人を入れ総勢10人が狭い応接間に集まり、盛大に誕生日を祝ってくれた。涙がでるほどに嬉しい。というのは、今年5月で満80歳、傘寿の年を目出度く迎え、その祝いのために遠方から子供と孫がわざわざやってきて祝ってくれたからだ。妻のMakikoも喜寿を迎え、その上に10月には我々の金婚式も迎えることになっている。おまけに、80歳で健康な歯が20本以上あることを“8020”というが、その8020も達成できた。今年はこうしたいくつかのお目出たいことが重なる年となった。健康に恵まれたお陰で講義の旅と名付けて、1週間のうち5日は家を出ている。このような忙しいさなかなので、誕生会を迎え孫達と会えて嬉しいが、ゆっくり遊んでいる暇がない。一番遠方から来た佐賀の連中は学校があるというので2泊しただけで帰って行った。
 
 ローソクを灯したケーキをプレゼントされた誕生会は、生まれて初めてである。その上、可愛い3人の孫達から花束がプレゼントされ、たどたどしい字で祝いの文字を書いた色紙もプレゼントしてくれた。おまけに、今習っているというバレーやゲームを披露してくれ、お祝いパーティを盛り上げてくれた。小学4年生を頭に3人の女の子が集まったのであるから、想像つかないほどの賑やかさである。我々夫婦も男2人、女1人の3人の子供を育てた昔のことを思い出す。それに比べると女の子ばかりの孫3人は静かなものである。そうゆう私自身は男3人兄弟の長男として、戦後間もない食糧難のときに育ててもらったから、亡くなった両親はさぞかし大変な苦労をしたことと思う。その大変な思いを我々の子供達は目下行っている最中である。
 
 卒業した大学は理系で男子ばかり、最初に勤めた国立研究所も男子ばかり、その後に勤めたいくつかの大学も理系なので男子ばかりの職場で仕事をしてきた。よく、亡くなった母親が「近所に女の子のいる家は、赤いものがあっていいなあ〜」とつぶやいていたことを思いだす。そうゆう家に育った私なので、女の子が欲しかった。しかし、最初の2人が男の子、3人目になって女の子が生まれてきたので喜んだ。それが、いまでは女の子3人の孫に恵まれ、その上に教えている学生は、男子も数人いるが看護学校なのでほとんどが女子学生である。また、共同研究を今でも行っているが、こちらも看護大学の先生がたなので女性である。こうして、今では女性に恵まれた生活をおくっているためであろうか、この年まで元気を授かっているといえそうである。とはいえ、ここ10年ほどの間に「胆嚢除去手術」「白内障の両眼眼レンズ手術」「狭心症の冠動脈ステント3本挿入手術」を行っている。それでも、以上のような状況下にあるため健康に恵まれ80歳の誕生日を迎えることができた。相変わらず現役のときと同様な忙しさで動き回っているが、これも元気の秘訣かと思っている。【2015.5.17】
 
平成27年6月23日(火) 自宅にて記す