京都東山と近江路めぐり2008(10) いよいよ、京都東山と近江路めぐり2008最後の訪問先彦根城である。彦根城は八日市在住時何度か訪れ、桜とのコントラスト、紅葉に染まる陰影が記憶に残っているが、名勝庭園として名高い、玄宮園の中に入ったことは無かった。川越城喜多院とここは何故か訪れたいお思いながら果たすことの出来なかった庭園である。いずれも街中の入り組んだ通りを行く必要があり、車だと駐車場を見つけているうちに、時間がたってしまう恐れをもっていたからである。
しかしながらこういう時のカーナビの存在は大助かりである。彦根城の南側にある、お堀端の駐車場に車をとめ、大手橋を渡り、天守閣の方に向かう。
彦根城は今年築城400年と、開国150年を迎えるということと、世界遺産登録を目指した活動があり、催し物が活発に繰り広げられているようである。また折りしも、NHK大河ドラマ「天樟院篤姫」の主要人物井伊直弼が登場することもあり、盛り上がりを感じた。
天守閣の最上階まで急階段を上がり、琵琶湖を眺望した。竹生島がうっすらと見えた。八日市在住時代にMM氏ともども先輩のヨットに乗せてもらい、竹生島まで行き、帰りは、土砂降り、強風の中、必死になって湖岸にたどりついたことや、琵琶湖の水質を守るために滋賀県知事の武村正義、後のさきがけ党首の話を思い出した。武村正義の琵琶湖水質保全の話は、司馬遼太郎「街道を行く24近江散歩」にも取り上げられていて、司馬遼太郎の武村氏に対する期待の強さが伺い知れた。
話はやや脱線するが、MM氏と自分との共通項は、ともに圧電材料の研究開発に携わったことで、その場がM製作所の八日市事業場だったことである。
この圧電材料として最も特性が良く、どの応用分野にも使われているのが、略称PZT、ジルコンチタン酸鉛というセラミクスである。主成分に鉛が入っているので本来
ROHS規制に引っかかるが、代替材料が無いというだけの理由で
規制の対象から外されている。 しかし、この対象外とされる処置も、その業界において少なくても2社が代替デバイスを導入出来た暁には、その業界にROHS規制が適用されることになる。
従って、世界中の圧電材料メーカや大学によって、凌ぎを削った研究開発が進められている。その一例として、鉛が入っていなければ良いのだろう、という観点でビスマス系の圧電材料を研究対象とした企業や大学研究者がいたが、
ビスマスと言えども蒼鉛と言われる様に鉛にこよなく近い毒性のある元素である、鉛の様に使用量が多くない為、規制の対象になっていないが、鉛の代替材料として大量に使われ始めたら規制の対象になることは目に見えて明らかである。更に同じようにROHS規制の対象になりうる材料としてアンチモンがある。
アンチモンは、かってヨーロッパの飢餓時代に、栄養剤として注目されたことがあった。わずかな量を摂取するだけで人々がまるで栄養を摂ったように肥満化したからである。しかし、いつしかそれを栄養剤として摂取した人たちが次々に死亡することに直面し、アンチモンが毒性の極めて高い材料だということに気がついたのである。
琵琶湖条例では、全国に先駆けて、このアンチモンを規制の対象にしていて、琵琶湖領域ではこの材料が使えないようになっている。この様な
条例は全国の湖沼、河川にも適用されてしかるべきと強く思うのである。
さて旅物語に戻る。
さまざまなアングルから彦根城をデジカメに収め(写真)、次に向かったのは玄宮園である。彦根城の天秤櫓、表門を経てお堀の外側に出て、お堀に沿ってしばらく歩くと、玄宮園入り口に行き着いた。時刻が4:30を過ぎていて閉門間じかということと、彦根城拝観で購入したチケットがそのまま使えるかという心配があったが、どちらもOKであった。この庭園はすばらしかった。池に映った逆さ富士ならぬ逆さ城が見事で、その池畔にかしこまった聚楽第の様な茶室が見える(写真)。出来すぎではないかと思うほどであった。
池の周りを一周し、玄宮園を後にして、新幹線米原駅に向かった。
完 尚、今回の旅物語の後半に使ったデジカメ写真はMM氏撮影のものを使わせてもらった。ここで厚くお礼する。自分が摂った写真をセーブしたHDがトラブルに見舞われ、もろとも散失してしまったためである。