| 3. 龍泉青磁の旅(2016.5.24〜5/29)D1、5月24日 NH929、東京成田10:10−杭州12:50到着、杭州空港へ迎え 泊:杭州西溪天堂布鲁克酒店 住所:杭州市紫金港路21番
前泊先の日航ホテル成田に夜21時30分頃到着した頃は、部屋の窓から満月がくっきり見える(写真5.23-1-1)ほどの好天で、翌日からの杭州の悪天候の天気予報は信じられないほどであった。このホテルは最近の前泊の定宿となっている。最近通い始めた陶芸教室から帰宅し、夕刻、食事前に、出発しているので、夕食はホテル内のコンビニで購入した弁当であった。前泊、コンビニ弁当による夕食、翌朝の朝食(おにぎり、菓子パン+牛乳)は毎度のコースとなっている。
翌5/24(火)は、ホテルからの6:50発のシャトルバスに乗り、第二ターミナル経由で第一ターミナルへ向かう。おりしも先進7か国首脳会議(G7)の開催期間にあたるので、いつものバス内でのパスポートチェックは、いつもより厳しいのではないかと予測したが、チェックそのものが無かった。
第一ターミナル到着後、すぐやることは、現地で使用可能なWiFiルータの借用だった。いつもなら「テレコムスクエア」での借用のつもりだったが、ウェブ事前借用登録時に、割安感のあるワイホー・ネットに申し込みをしてしまった為、QLライナーというコーナーでの借用となり、対応も笑顔がなく、あまり感じの良いものではなかった。ちなみに、借用代は、あんしん保険料、モバイル・バッテリー借用料込みで、6日間で、6,396円(税込み)だったが、以上の両者(計2,692円:課税前)は不要なので、3,264円(課税前)で済ませばよかったのだ。それよりも、ノートPCを持参しないことにすれば、この金額も不要で、バッグ内のスペースも重量も軽くなり、良いことばかりなのだ。次回はそうしよう。
成田発10:10のNH929便(座席18K)に乗り込み、約3時間の空の旅を経て杭州空港に予定の約30分前に到着した。機内食は糖尿病食(写真5.24-1-1)で、それほどうまくはなかった。糖尿病食を予約している人は、座席シートの背もたれ部に目印となるシールを貼り、配食する客室乗務員に目立つようにする。すると周囲の座席の人からは奇異の目でみられることになる。
久しぶりに早起きをしたので、居眠りをしているところへ差し出されたので、暫し気がつかなく、客室乗務員に迷惑をかけたかも知れない。食事後再び居眠りをしているうちに、着陸30分前のアナウンスがあった。雲間を抜けて高度を下げていってるので、杭州は雨か、良くて曇りだろうことが分かった。
先ほどのアナウンスで、予定より30分ほど前に着陸したようだ。いつもの様に、入国手続きをして、最後に安全チェックをして、到着ロビーに至ると、今回もスルーガイドを務めてくれるお馴染み駱暁蘇さんが笑顔で手を振って迎えてくれた。
現地でのD1が始まった。雨は降っていない。今回は、D2で良緒遺跡を観光する予定になっていたので、そこに比較的近い、西湖の北西にある商業施設“西溪天堂”内にある杭州西溪天堂布鲁克酒店を目指し、駱さん運転の自家用車三菱パジェロで向かった。途中そのパジェロの窓越しに駱さんのご主人の張さんが勤務している杭州市の市役所(写真5.24-1-2)が見えた。
途中、「左折すると“古墩路”」という交通標識(写真5.24-1-4)に出会った。駱さん、張さんの住むマンションが面している道路である。前々回の中国旅行では、夕食の焼肉パーティまでの待機時間のひと時を彼らのマンションでくつろがせてもらったところだ。古墩路を挟んだ反対側に生鮮食料品スーパーがあり、旬の野菜、果物、鮮魚がどの様なものか見学させてもらっている。
話を戻す。 走行している道路の両側の建物には商店、民家を問わず、道路に面したところに足場となる櫓が延々とつながっている。駱さん曰く、「9月に先進20か国首脳会議G20が開催予定で、出席メンバーの移動に使われる道路に面したすべての建造物の一斉化粧直し工事をする。」のだそうだ。道路そのものも工事中の処があり、特に交差点近くの道路工事は運転者泣かせで、地元の駱さんも、途中で、間違えてしまった。
事前に、D1の宿泊予定ホテル杭州西溪天堂布鲁克酒店(布鲁克はBrook(ブルーク))とその周囲の地図をwebで調べると、すぐ傍に天目山通りがあることに気づき、事前に駱さんに、あの有名な曜変天目の天目と関係ありか、という質問をしている。それに対し以下の返答をメールでもらっていた。
質問2. 「D1宿泊ホテルの周辺地図を調べてみると、“天目山通り”という通りがあることに気がつきました。この「天目山」は、天目釉に関係していると推測していますが、このホテルの近傍に、窯があるのでしょうか?情報だけでも入手できないかと思いますが、可能でしょうか?」
答え2:「天目山は杭州の西側、80キロ離れたところですが、宋の時代から窯で焼き物を作っていて、「天目茶碗」と言った、具体的な窯遺跡についての詳しい説明は有りません。今年の年末頃、天目山が属している臨安市の博物館が完成する予定であります。館内では天目窯による焼き物などが展示されることになると思います。」
筆者からの質問(追加質問):「窯変天目(ようへんてんもく)という、世にも稀な陶磁器が世界に4個だけあり、そのうち3個が日本にあるのだそうです。それを誰も再現できていないことでも有名で、陶芸をやっている人にとっては、7不思議の一つなのです。今年の年末頃に、天目山が属している臨安市の博物館完成し、館内に焼き物「天目」が展示されるなら見学したいですね。今年の年末頃というのならば、11、12月ころに次回の中国観光を計画したくなりますね。また相談させて下さい。」
その後、曜変天目の再現性については、「曜変天目は、岐阜県の研究所が研究され、再現できるようになったというTV番組を見たことがあります。10年くらい前のことでしょうか。」と、40年来の付き合いで窯業に詳しいT.T氏が教えてくれた。情報が氾濫するネット社会では、一か所からのみでは信頼性に欠けるのである。
最終的な駱さんからの答え:「今後、調べてから相談させて下さい。」
以上のやり取りを思い出し、駱さんに、以上の話題をメールではなく、会話で蒸し返してみた。それに対し、駱さん曰く、「今、通行しているこの通りが天目山通りです。」確かにその通り、道路標識(写真5.24-1-3)からそれが確認できた。
そして、途中、「左折すると“古墩路”」という交通標識(写真5.24-1-4)に出会った。駱さん、張さんの住むマンションが面している道路である。前々回の中国旅行では、夕食の焼肉パーティまでの待機時間のひと時を彼らのマンションでくつろがせてもらったところだ。古墩路を挟んだ反対側に生鮮食料品スーパーがあり、旬の野菜、果物、鮮魚がどの様なものか見学させてもらっている
途中G20対応の道路工事の為、駱さんも運転しにくいところがあったようだが、間もなくホテルに着いた。ホテル名は、“杭州西溪天堂布鲁克酒店”で、西溪湿地公園(写真4.24-2-1)という、観光地として将来性を見込んだ国内外資本が集中的に建設した商業(娯楽)センター(写真5.24-2-2)内にあった。
そのホテルに現地時間14:00前後にチェックインした。パスポートを駱さんに渡すと、チェックインの手続き(写真5.24-1-5)全てを駱さんがやってくれるのだ。ロビー(写真5.24-1-6)は狭いが、清潔感とおちついた感じの雰囲気を受けた。
30分ほど休んだあと、500m程離れたところにある花市場を見学することにした。駱さんは家庭菜園をしていて、時々自転車でここへ買い物に来ると言う。「西溪花市」(写真5.24-2-3)という花果樹園芸関連製品と、何故か金魚を売っている店(写真5.24-2-6)が集う市場(写真5.24-2-5)であり、販売している花種として多かったのは、ブーゲンビリア、蘭、サボテン類、バラ類が、果樹では、ビワ、山桃、ブルーベリー、リンゴ、ブドーなどが販売されていた。中にはサボテン専門店(写真5.24-2-7)もあった。
果樹等の一連のカタログ/パンフレットをもらってみているうちに、日本で言う「紫陽花」は中国では「綉球(シュウキュウ)」ということが分かった。同じものを異なる言葉で表現するのは言語の異なる国同志では普通のことであるが、同じ言葉が異なるものを表す場合、誤解が生じやすい。特に同じ漢字を使う国同志の場合に混乱する。
例えば“手紙”と書くと、日本語ではレターであるのに対し、中国語ではトイレット・ペーパを指す、また中国語で“柏”と書くものが、日本語では“檜”のことであり、柏とは異なる樹である。また、習近平氏が自分の奥方の彭麗媛さんを、「これは私の愛人」と日本人に紹介したらどうなるか、“妻”という意味の“愛人”が、日本では不倫の相手、ということになってしまい、「愛人を伴って公式の場に現れるとはなんと失礼な。」、となり、外交問題に発展する恐れが出てくる。彭麗媛さんが美貌、美声であるだけに、まともに愛人と受け取ってしまう日本人もいるかも知れない。
中国人が、「これは柏である。」というのに対し、日本人が「いや、そうではなく檜である。」という双方のすれ違いが起きた場合、中国では神樹として、寺社や著名人の墳墓に植えられることの多い神聖な柏(日本語では檜)なので、それを否定されたら良い気分ではいられないであろう。日中間の政治的スレ違いの原因に、このような、言葉のスレ違いが無ければ良いが。
さて、花市場を後にして、ホテルのある西溪天堂へ戻ることにした。紫金路は地下道(写真5.24-3-1)で渡る。振り返ってみると、高さが100mもなさそうな山(写真5.24-3-2)が見えた。駱さんに。「アレって古墳ですか?」と聞いたが。「杭州には、あのような、小高い山が沢山ある。」との返事だった。
そして、西溪湿地へ続いていると思われる川(写真5.24-3-3)を渡る手前の道へ左折し、散策路を進む、途中、この季節(梅雨)には、日本でもよくお目にかかる黄色い金糸梅の花(写真5.24-3-4)を見て心をなごませた。金糸梅は紫陽花同様、梅雨に映える花と知られる中国が原産地の花である。また枝垂れ槐の樹(5.24-3-5)にも遭遇し、ボートを楽しむ人(写真5.24-3-6)、釣りを楽しむ人(写真5.24-3-7)など様々である。
右折すると出会う橋を渡る。そこから見た川(写真5.24-3-8)は、まさに湿地行きを思わせる。橋を渡り終わると、「西溪国家湿地公園」・「中国湿地博物館」と書かれた案内板(写真5.24-4-1)が現れた。おそらく、ここが商業娯楽センター側から公園や博物館への入り口なのであろう。その傍に、「杭州西溪国家湿地公園全景図」と書かれた案内板(写真5.24-4-2)があり、よく見ると、中国語の他、英語、日本語、ハングル語の説明書きもあった。これから多くの海外観光客を呼び込もうとの算段であろう。
自分たちは、逆に商業娯楽センター側へ、入ってゆくことになる。その証拠に屋外喫茶コーナー(写真5.24-4-3)が現れ、更に進むと北朝鮮レストラン(写真5.24-4-4)や、陶磁器を販売する“雅窯”という名の店舗(写真5.24-4-5)が現れた。陶磁器は青磁(写真5.24-4-6)がメインだった。棚に陳列しているのは青さが特徴の越州青磁(写真5.24-4-5)、テーブルに陳列されているのは黄緑色が特徴の龍泉青磁(写真5.24-4-6)欲しいと思ったが、龍泉では、はるかに安価に同等のものが手に入るに違いないと予想し、購入はやめた。ここの店員に、「(自分は)北朝鮮人か?」と聞かれたらしい。
そして更に歩くと、麺類を扱うレストランがあったので、そこで夕食を摂ることにした。 客は殆ど居ず、閉店直前の雰囲気であった。今回の中国旅行グルメの目玉にしている雲吞と、白ごまをふりかけた焼パンをセット(写真5.24-4-7)で注文し、食べた。そして、翌朝の出発時刻を8:10と約束し、自分はホテルに、駱さんは自宅に戻った。
尚、書きもらしたが、商業娯楽施設だけに、地下映画館街、フィットネス・クラブなど娯楽施設も通路から見学したが、設備は充実していて、休日には杭州市民で大賑わいすることが容易に想像できた。 本稿 完 つづく
|