槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/09/23 14:07:04|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-29-

D6-1:カシュガル・ウルムチからカシュガルへ
ウルムチ空港まで張さんに車で送ってもらい、北京時間朝8:15発のカシュガル行き中国南方航空機(CZ6806)に搭乗した。早めに予約できたためディスカウントで、片道750元(日本円で、12,000円あまり)の運賃(=620元(運賃)+空港税50元+燃油付加費80元)であった。ここから、再びウルムチに戻るまでは、駱さんとの二人旅+現地ガイド+運転手の旅となる。
 
搭乗して40分した頃、眼下を臨んでみると、並行した二つの山脈が認められた(写真上1)。北側は冠雪した天山山脈、そして南側が崑崙山脈、そして両者の間にタクラマカン砂漠、と思ったが、全く冠雪していない崑崙山脈というのもおかしいので自信の無いところである。
 
天山山脈の冠雪した頂上部はのこぎりの刃の様にギザギザであり、この中に、天池越しに見えたボゴタ峰もあるのかも知れない(写真上2)。
 
北京時間で、10:11には既に着陸態勢にはいっていて、眼下にカシュガルの街路の佇まいが見えている(写真上3)。ポプラ並木や野菜畑、果物畑が見える。視野に入った領域はほぼ100%緑の平原である。太陽光一杯に浴び、葉緑素一杯の葉になっている。
 
そして、何のトラブルもなくほぼ予定通りの到着である。タラップから降りて、乗ってきた飛行機を背景に、写真を撮った(写真上4)。駱さんもカシュガルは初めてとのこと。駱さんと写真を撮り合って、そのまま徒歩で、到着ゲートへ、飛行場は広く、地平線に接する空は真っ青であった。ウルムチから1300km余り西にある地なので、北京からの実質的な時差は3時間、日本から4時間という感覚でいるのが正しいのであろう。
 
この写真(写真上4)を後でみて気がついたのだが、乗ってきた飛行機に、中国新華航空とある。チケットには、中国南方航空とあり、南方航空の関連会社なのだろう(未確認)。出迎える人の群の中から、カーキ色のTシャツに、ジーンズを着た女性が駱さんをみつけ出しお互いにすぐ分かったようである。天池から、五彩湾に向かう車のなかで、携帯で現地ガイドさんと連絡を取り合っていたので、互いの服装など、目印を連絡しあっていたのだろう。
 







2007/09/23 1:00:38|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-28-

D5-2:ウルムチ・国際大バザール
新疆・ウィグル地区では、陽気な歌舞演奏が楽しませてくれる。トルファンでは見逃してしまったが、ここでは絶対見逃せない、という気持ちを察してくれた駱さんが開場時間までの調節をうまくやってくれ、一人だけでの観覧であるが、かなり前の方の席を予約できた。夕食つきの豪華な観覧であった。
 
入場ゲートには、本日の出演者だろうか、種々の民族衣装で着飾った綺麗どころが並んで微笑みを入場者に贈っている(写真上1)。一番手前の女性が偶然カメラの方を向いた時に、撮らせてもらおうとしたが、取られたポーズは両腕をクロスさせるポーズ、即ち撮っては駄目ヨ!、というサインだった。しかし、1対1で会話をした気分であり、思わず鼻の下を長くしてしまった。
 
夕食は、新疆・ウィグル地区の全ての料理、果物、ビール、アイスクリームなど、なんでもあり、バイキングで食べ放題である。シシカバブ、ビール、ポロ、スイカを小皿に盛って自分の席まで持ってきて、食べながら歌舞を見ることにした。人気のある料理や。アイスクリームのところは長蛇の列で、あっと言う間に無くなってしまう。
 
朝青龍の様に、体格が良く、モンゴル人に似た観客が多く、ひっきり無しに料理を持ってくる。凄い食欲である(写真上2。中国人の胃袋の大きさを思い知らされた。ちなみにトイレは会場内になく、腕に蛍光マークをつけてもらい、会場を出て隣接した所にあるマクドナルドのトイレを使わせてもらうのだった。会場にもどった時、腕にライトを当て、蛍光マークが浮かびあがればOKで再入場させてもらえる。
 
歌舞が始まる前に親切な中国人が席を替わってくれ、更に正面、前列に近づくことが出来写真を撮りやすくなった。
 
最初の出し物は歌舞というより曲芸、空中綱渡り”達瓦孜”である(写真上3)。そして、カラフルな民族衣装を着飾った踊り手が、時に静かに、時に激しく身体を上下、左右にくねらせる。コザック風の舞、ペルシャ風の舞、韃靼風の舞(写真上4)、モンゴル人による透明感溢れる歌唱と続き、最後に全出演者と観客が舞台にあがり共に踊る。
 
そして、最後はどこの民族も同じである。出演者とのツー・ショットで終了する。大変都合よいことに、駱さんが、丁度迎えに来ていてくれて、ツー・ショットのカメラマン役を引き受けてくれた(申し出てくれた)。このツー・ショット写真は混乱を避けるため開示しない。
 
上空を見上げると、幻想的な近代的イスラム寺院、”大バザール清真寺”の塔の青白い灯火が、天を漂う魂の様に揺らめく姿が目に入る。時計は北京時間で既に22:45をまわっている。すぐ側まで来てくれていた張さんの車にのり、ホテルに戻った時は24:00近くになっていた。







2007/09/22 23:10:43|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-27-

D5-1:ウルムチ・博物館
前日の天池、五彩湾観光からの帰りが遅かったことと、疲労が残っていたこともあり、出発は北京時間10:00である。一日中ウルムチ市内の観光で、張さんの車パジェロで、案内してもらえることになっていた。最初の訪問先は、新疆ウィグル自治区博物館である(写真上1)。斬新なデザイン、シリンドリカルな曲面とモスクの丸屋根を模した屋根。漢民族とウィグル族の融合された文化を展示していることが推察される。30元の参観券を購入し、石畳の通路を建物正面に向かってゆく。
 
参観券の博物館の容姿と写真上1の容姿とは少し異なる。石畳の両側の緑の様子が違うのである。そこは丁度工事中であった。参観券には、新疆歴史文物の陳列、新疆で発掘されたミイラの陳列、新疆に澄む種々の民族の習俗の紹介、新疆の革命の資料と書いてあった。
 
ここでは、予め駱さんが博物館専属ガイド(男性)を雇ってくれていた。建物の入り口にあるロビーで顔を合わせて案内されたコースに土産物店があり、次から次へと、買い物を促してくる。昨年の杭州の博物館で苦い経験があるので、要注意である。日本語の説明資料があれば購入したいと思っていたが、ホータンの玉石でできた夥しい量の宝飾品の中にラビスラズリのペンダントが目に入って、思わず歩をとめてしまった。ラビスラズリは中国では青金石というのだそうで、ラビスラズリの中に金が分散しているとのこと。
 
ラビスラズリのペンダントは自分が最初に書いた短編小説「運河の漣」の中で重要な役割を果たすのである。提示された最初の値段は25000円であったが、家内から餞別としてもらっていた金額に等しい10000円まで値切り、家内へのお土産とした。
 
博物館内のミイラ等展示品の状況は、どんな観光案内書にも詳しく書かれているので、ここでは省略する
 
ロビーまで戻ると、張さんが石製のベンチの上で居眠りをして待っててくれた。昨日の疲れがまだ残っているのだろう。
 
博物館を後にして、昼食を摂りに車で市内を巡っているうちに、ウルムチ市民に人気があると言われているレストランへ連れて行ってくれた。レストランといっても、日本によくある夫婦でやっているラーメン屋の様なところである。時刻は北京時間で、14:30、新疆時間で12:30で丁度昼食時である。にも関わらず、客は自分達3人だけである。ラグ麺を手打ちしているところが見れる(写真上3)一番奥の席に座り、当然の如くラグ麺(写真上2)を注文した。







2007/09/22 11:58:28|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-26-

【D4-11:ウルムチ・五彩湾C落陽と月】
太陽が西の地平線のかなたに沈み始めた。張さん兄弟が待ちに待った瞬間であった。北京時間で、21:15頃から日没が始まり21:30頃には完全に沈み込んだ。落陽を撮ろうとすると、五彩湾の山々は完全なシルエットになってしまうが、肉眼ではまだ山肌の断層模様を確認することが出来る。
 
シルエットとしてみると、またしても人の横顔の輪郭の様に見えてくる(写真上1)。一分ほど後に、違う角度から観ると、まだ地平線に接していない(写真上2)。完全に地平線の彼方に没するまでに、更に30分足らずを要した(写真上3)。
 
小山のふもとの方まで降り、そこから東方の上空を見ると、今度は五彩湾の小山が紺色の空に黒く浮かび上る。そして、更に視野を移すと、この時刻の空を暗黒ではなく紺色に染めるのに寄与している半月が目にはいる(写真上4)。シルエットを創れるのは月明かりのためである。
 
カメラに収めると小さくなってしまう月影であるが、目でみる月はもっと大きく見え、魅力的であった。平安時代の歌人がもしこの景色を見たら、どの様な詩を作るだろう。張さん兄弟は堪能しただろうかなどと思いながら車をとめていたところまで戻った。
 
張さん達とおなじ目的で、しかも杭州からやってきたキャンピングカーでやってきた家族と偶然出会い、何事か語り合っていた。きっと、この素晴らしい五彩湾の光景を共有できたこと、そして、長時間(張さん達は20日)かけて浙江省から車でここまでやってきた冒険心を御互い讃え合い、かれらがこれから目指すカナス湖(張さんらは観光済み)についての情報交換をしたのかかも知れない。車のバックナンバーから同じ浙江省在住ということが分かったとのことであった。
 
帰り道は夜のサバイバルレースの感があり、凹凸が激しいだけでなく、いばらの棘をも踏み潰してゆくドライブで、さすがのパジェロもその棘にやられパンクをしてしまい、途中でタイヤ交換といった思いがけないハプニングがあった。このため、遅い夕食がタイヤ交換したところで、ナンと西瓜とキューリの食事となった。それほどの空腹感がなかったので、これで十分だった。
 
そして、結局ウルムチに帰りついたのは、日が改まった北京時間の午前2:00頃であった。







2007/09/22 9:24:57|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-25-

D4-10:ウルムチ・五彩湾B】
既に時刻は北京時間で21:30、ウルムチ時間でも19:30、普通であれば、夏とは言え夜の帳の落ち始める頃。しかしここには地を這うような太陽光線を遮るものが無いため地平線のかなたに太陽が落ちるまで明るいのだろう。
 
この時刻でも、陰によって覆われていない小山は小山の断層と、断層ごとの色を明瞭に識別できる(写真上1)。その色は、黄土色、だいだい、白、黄緑色、赤茶色、グレーで時刻とともに色が変わってゆくようでもある。このうち頂上を覆っているのは、グレー、黄土色、白,黄緑色の場合が多く、赤茶色は殆どの場合、断層部を彩りしている。(写真上2)。
 
膝をがくがくさせながら、ついに麓の方から眺めた時に,最も高くみえた小山に登りつめた。振り返って見ると、眼下に他の小山群や、駐車してきた車や米粒の様な小ささの人の姿が見える(写真上3)。また足元の地層は、ヒビわれを開始しているようにも見え、下手すると体重によって、その地層(厚さ20mm程度)が層状剥離を起こし、人もろとも落下するのではないかという恐怖に囚われた。その一方で、この素晴らしい眺望にしばし見とれ、胸の奥に非破壊の記憶に残る様、しっかり眺めるばかりであった。
 
ところで、この足元の地層の一部は既に粉々にひび割れして、層状剥離し、その剥離片が至るところに散らばっている。その剥離片となる直前の断層を所々で見かけた(写真上4)。この剥離片の断面を観察すると、厚さ20程度の剥離片は二層または三層になっていて、中央部の層は、おなじ高さに成長した柱状の透明な(単)結晶がびっしり面状に配列し、その両面、または片面を砂礫層が覆っているという構造になっている。
 
この砂礫層は層状剥離に関与しているようで、剥離片の両面に付着している場合もあるし、また片面のみに残っている場合もある。この砂礫層には無数のキラキラと星の様に輝く結晶片が散りばめられている。
 
この柱状結晶が何であるか、きわめて興味深く、小さな破片を拾ってウェスト・バックの小さなポケットにしまいこんだ。いつか調べてみようという訳である。その場での推測では、水晶、石英系の結晶と観たが、分析してみないと分からない。
 
その様な魅力一杯の五彩湾だが、一つだけ気になったことも記しておく。前記した剥離片がいたるところに散在しているのだが、ところどころに青板ガラス(鉄イオンを溶解したガラス)の破片が散らばっていて、これは自然に現れたのではなく、人がばら播いたのではないかと思わせるような散らばり方をしているところが、何箇所もあったことである。黄緑色に見える正体がこれではないかと疑いたくなってしまったのは残念なことであった。