槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/09/25 0:25:08|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-34-

D6-6:カシュガル・老城@】
ここは、観光案内本にも、「シルクロード紀行No.8カシュガル」朝日新聞社刊にも地図にも掲載されていず、事前に知らなかったこともあり、最初の予定に入っていなかった。しかし、古きよき時代を遺しながら、現在も生活空間として使われていて、現役の老若男女、子供がいろいろな表情で生活している。
 
30元の入場料を払い、入口に「カシュガル老城」と書かれている看板の下をくぐり、中に入る(写真上1)。その外観は土とレンガからなり、「城」という漢字が、土から成る、という書く理由が頷ける。トルファンの交河故城、高昌古城の様な遺跡と同じ運命に陥る前駆状態に今あり、土から成る建物で囲まれた観光用地区という感じがしないでもない。
 
老城には電線が張り巡らされていて生活に使われていうことが分かる(写真上2)。そして城内では、野菜等の食料品の青空市場があった(写真上3)。城内に入ったばかりの所は柳を主体とした木々や、貯水池、天山山脈の行き解け水を曳いた水道口もあった。飲めると言うので、その水を手に掬い、一口手皿でのどを潤した。駱さん、グランベールさん、共にその様にしたのを真似ただけだが、これが日本に帰国直後から始まった猛烈な下痢の主因になったのではないかと反省至極の行動と言えた。
 
以下に、入場券の裏に書かれている説明書き(英文部)を和訳する。
 
カシュガル老城は二つの大きな路地と約20の小さな路地からなり、そこに10000以上の人が住んでいて、完全なイスラム文化が息づく迷宮となっている。この老城は10世紀に、カシュガル王朝が創建した王宮であり、王朝時代の全ての王が兵士を派遣し、王宮を守ってきた。ここには12の単位の神託と市街保護区があり、古い路地、古い形式の住居、9つの竜泉、その他の文化遺跡、ウィグルの歴史、文化、風俗を納めた素晴らしい建造物がある。20の住居を訪れれば、人々の生活スタイル、伝統工芸品、ここならではの地方色豊かな料理を見ることができる。
 
有名な詩人、郭小川は次の様に書いた。「天山山脈に入らずして新疆馬が強いことを知ったとはいえない。同様に、カシュガルに至らずして、新疆の長い歴史が分かったとは言えない。この路地を歩いてみなければ、何も解らない(ところが、この路地を歩いて見れば全てがわかる
 
 
 







2007/09/23 23:58:49|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-33-

D6-5:カシュガル・職人街B】
次に訪れた職人街の店は金属製品を扱っている店で、軒数は多かったし、火を使って金属を熔解している釜なども路上脇に置かれていて実演しているところもあり、最も職人街らしい一角であった。カシュガルの産物は果物、野菜の農産物が80%を占めるが、残りの一部を、鉄、銅、錫、石炭などの鉱物が占める。金属は精錬までするようだが、銅、錫は融点が低く、一度精錬した金属を、もう一度溶解させ、硬化する時にいろいろな形状に加工することが容易で、加熱炉とそれを置く場所があれば最終製品までの加工が可能である。
 
写真上1の煙は、金属を溶解またはそれに近い塑性変形しやすい温度に加工するための加熱源として何かを燃やしている煙である。コークスでも使っているのであろうか。金属材料は殆どが、銅か、銅と錫の合金、白銅で、これに七宝焼きの様に七色に彩色を施す。これらの金属は加熱しなくても容易に変形できるので路頭で細工している職人を良く見かけた(写真上3)。
 
最終製品は、水差し、花瓶、壷、やかん、スプーンなど多彩(写真上4)で、店頭には広告塔的な存在の巨大な水差しや花瓶が置いてある場合が多かった(写真上2)。ちなみに、余りにも美しく見える金属加工品の小さなやかんを買ってしまった。値切って70元(日本円で約1120円)で購入。
 
錫に鉛が加われば、低融点合金の”半田”であり、金属製品特に銅や白銅の接合に使える。ここの職人街で、この鉛-錫半田を使っていなければ良いが、と余計な心配をしてしまった。
 
帰宅後、熱湯を入れたら、子供の頃ぶりき加工している現場で臭ったのと同じ異臭がし、とてもやかんとしての実用には耐えない。そこで、装飾品として飾ることにして写真を撮ってみたら、博物館に陳列してもおかしくないほどの逸品と化した。これらは最後のセクション(補遺)で紹介する予定である。
 
時刻は北京時間で、12:30。
 
 
 
 
 
 
 







2007/09/23 22:59:09|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-32-

D6-4:カシュガル・職人街A】
更に先にゆくと、パン、ナン職人の店があった(写真上1)。新疆・ウィグル地区はナンのメッカであるが、粉をこねて、成型して、焼き固め、場合によっては模様をつけるというのにも技術を要するので、職人街に店を出しているのであろう。但し、軒数は多くはなかった。
この職人が被っている帽子は殆ど白だった。
 
次に足を運んだのが楽器職人の店で、グランベールさんが案内してくれた店は職人街の中では最も有名な店で、NHKの「新シルクロード紀行」の取材陣も来たことがあるとの話で、もらった名刺には、「ウィグル楽器工房(五代目)モハマド イーミン・アババクリ」と記され、メール・アドレスまで、Muhammad 998@china.com、と記載されている。
 
店内では、その工房で製作された楽器を演奏していた(写真上2)。リズムが良いので、楽器の本当の音色が聞きとれない。しかしこうも多種類の楽器があって良いものか、と思うほど寸法、デザインの異なる楽器が所狭しと壁に掛けられたり、縦かけられている。
 
奥の工房(工場?)も見せてもらった(写真上3)。そこには作っている最中のものと、加工に必要な道具が散在していて、中に注射液という瓶も置かれていた。道具類は、ニッパー、ヤットコ、ハサミ、の類が多いようであった。挟んだり、締め付けたり、合わせる工具が重要なのだろう。
 
おなじ工房の中に完成したばかりのピカピカの楽器が複数台置かれていた(写真上4)。
値段を聞いて見ると、梱包して、運送費込みで、日本円で16000円程度とのことだった。
 
この店は、民族楽器だけでなく、バイオリンも置いてあり、民族楽器の製造技術があれば、バイオリンなどお手の物とでも言いたげに陳列してあった(写真上2)。
 
名刺には管楽器の絵もあったが、店の中には見あたらなかった。
 
 
 
 
 







2007/09/23 22:35:19|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-31-

D6-3:カシュガル・職人街@】
エイティガール清真寺の左側の角を曲がると、職人街の通りとなる。職人街には多様な製品が販売されているが、大別すると、@)木製加工品、A)金属加工品、B)衣服・食品に大別されると思った。@)は、ゆりかご、行李等の家具調度品、A)は、新疆産の銅、錫、鉄を使った壷、花瓶、水差し等、B)は衣装、帽子などの衣服やナンやパンの食料品で職人の手にかからない果物や花を販売しているところは無かった。それになんと言っても欠かせないのが楽器である。これらを、職人街@〜Bに分けて旅日記として紹介する。
 
最初に目に入った店は、帽子職人の店である(写真上1)。ウィグル人の青年以降の男性は必ずといって良いほど、頭より小さい帽子を被っている(写真上2)。真っ白いのと、これでもか、これでもかと装飾を尽くした帽子で、観光客しか買わないのではないかというデザインの帽子である。良く観るとウィグル人の異端児が買うのであろか、カウボーイ・ハットや紳士帽も混じっている。斯く言う自分も、持っていった麦わら帽子が五彩湾での荒行でズタズタになってしまったので、前日カウボーイ・ハット風の帽子をウルムチのバザールに行った時に購入している。また、装飾を尽くした帽子は飾り置物に丁度良いと思って一品購入した。
 
そして、次にグランベールさんは、通り(写真上2)を更に5〜6分歩くいたところの、家具・丁度品職人の店に案内してくれた。ここには、赤ん坊のゆりかご、行李、などが所狭しと陳列されている。もしかしたら奥のほうには棺桶も置いてあるかも知れない(写真上3)。
いずれも木製品であり、凝った透かし彫りと、種々の色を塗りつけた彩色を木板の表面に施している。これらを購入する外国人観光客は先ずいないだろう。風習や運搬の労の壁を乗り越えられないから。
 
そして、次に訪れたのは、瓢箪細工職人の店である(写真上4)。装飾品として細工されたものと、パンなどに飾りつけをする道具として細工されたものがあり、瓢箪の表面には精緻な彫や色彩を施したものが多い。また瓢箪の底部に剣山の様に金属製ピンを沢山模様になるように立てた、パンに模様づけをする道具はなるほどと思い、使い方も容易に連想できたが、赤ん坊用排尿管(ゆりかごに連結する?=写真2、4の筒状のもの)は全く何か分からなかった。写真1〜4に写ったコーナーを約15分かけ、北京時間で12:07をまわった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 







2007/09/23 15:51:55|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-30-

D6-2:カシュガル・エイティーガール清真寺
カシュガル市街はトルファン、ウルムチと異なり、道路が碁盤の目の様に配置していない。先ず、東西に伸びる”人民路”と南北に伸びる”開放路”が直交する配置になっていて、この交点より東か西か、南か北かによって、人民西路とか開放北路などと呼ばれる。そしてこの交点を円の中心とするように、4つの円弧をなす”雲木拉克夏路”、克孜都維路”、”帕依納甫路”が、北西、西南、南東、東北の位置にある。
 
エイティー・ガール清真寺は、”開放北路”、”人民西路”、”雲木拉克夏路”に囲まれた地区にある、新疆・ウィグル地区で最大規模のイスラム寺院である。エイティー・ガールとは、祝日に礼拝する場所、という意味らしく、日に5回の礼拝を前の広場や建物の中を使って行うのだそうだ。礼拝の時は観光客は中に入れない。
 
その広場で清真寺の全景写真を撮った(写真上1)。広場中央でこちらを向いている女性が駱さん、もっと向こうの黄緑色のパラソルの近くにいるジーンズとカーキ色のシャツを来ている女性が、カシュガルを案内してくれるグランベールさんである。彼女は西安大学で日本語を勉強した才女(?)で、漢字では古蘭拜尓と書き、一児の母とのことである。
 
彼女の案内でモスクの中に入った。長い外廊下があり(写真上2)、そこでも礼拝できる様に、マットが敷いてある(写真上4)。マットは鮮やかな青で、この清真寺の模様が織られている。イスラム教徒がひざまずき頭を床につけて礼拝する様を思い浮かべた。
 
外廊下から内側に入ると、仕切られた部屋があり、時計が置いてあったり、壁かけ飾りが置いてあったりする。恐らく長老達が、礼拝が始まる前に待機する場所ではないだろうか。また、鮮やかなタイルばりのドームを頂く礼拝堂があり、一度に4000人もが入れるとのこと。天井を支える柱には彫刻が施され、天井には一面草花の模様が描かれている(写真上3)。
 
この清真寺は1442年に創建され、19世紀に、ある篤志家(女性)による寄進で拡張され現在の規模になった、とのこと。