槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/10/03 0:13:49|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-49-
【D7-7:カシュガル・ブルンコル湖】
時刻は北京時間で13:45頃、カラクリ湖を後にして、車で50分ほど戻った地点である。往きにも当然右手に目に入り、素晴らしい景色だと思いながら通り過ぎた観光地である。車を路肩にとめ、そこから冠雪したコングル峰を伺う(写真左上、中)のも良いが、反対側のブルンコル湖の景色はさらに素晴らしかった。路肩から湖面近くまで急斜面をズリ降りて草の生えている水際まで行き、駱さんのカメラで、自分と駱さんの写真を撮った(写真右、写真左下)。この辺では手に玉石をたくさん持ち歩き、観光客に売ろうとして動き回っているのはカザフ族であろうか。







2007/10/02 23:50:25|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-48-
【D7-6:カシュガル・カラクリ湖E】
カラクリ湖からの岐路は往路と同じだったが、道路と雲をアクセントとした、仙境ともいえる素晴らしい光景に遭遇したので、それを取り上げる。時刻は北京時間で13:30、カラクリ湖から20〜30分の地点で,いずれも車の中から補助席の駱さんが撮ったものを掲載させていただいている。
 
車の前をヤクが横切ったりすることもあった(写真右)。また、雲海が今いる地点より低く見えたり(写真中)、あるいはかなたに雲間に冠雪したコングル峰(7719m)が認められた(写真右及び左下)。







2007/10/01 23:18:26|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-47-

【D7-5:カシュガル・カラクリ湖D】
カラクリ湖の湖畔には幾つかのパオが散在している。そのうちの一つ(写真上1)が、運転手のモハマットさんの知り合いの人が住んでいるらしく、いつのまにかパオに入ってゆき、暫くして我々にも入ってこないかというお誘いがあった。
 
パオは円錐状の天蓋の先から、煙か、湯気の様なものが出ている(写真上1)。喜んで中に入ってゆき、靴を脱いでカーペットの上に座る(写真上2)。右からカシュガルの日本語ガイドをしてくれたグランベールさん、運転手のムハマットさん、自分、駱さん。
 
パオの入り口に入ると三日月形の土間があり、土間には天井まで達している煙突がついたストーブが置いてあり、火のついたストーブの上にはやかんが置いてある。円形の土間ではない残りの空間が床になっていて、赤地の模様入りカーペットが一杯に敷いてある。円筒の内壁にはやはり赤地の模様入り厚手の布地が貼られている。
 
新疆・ウィグル地区に住む民族はウィグル人(814万人)が全体の47%を占め、残りを漢民族(570万人)とその他の少数民族が占めるが、なかでも多いのがカザフ族(128.7万人),回族(78万人)、キルギス族(16.4万人)、蒙古族(15.9万人)、タジク俗(4万人)、錫伯俗(4万人)とつづく。上記の如く人口内訳が書かれたホテル備え付けの観光案内パンフには、さらにカザフ族は季節によって居を移し、青々とした草が茂った水辺のに住み、性格は素直で、親切で、如何なる旅人をも温かくもてなすことの出来る民族であることが記されている。
 
そのカザフ族の人達が、このパオの住人のようだ。モハシモバロズさん(28)、ボハジャリさん(27)の夫婦と、息子の3人が住んでいるようだ。更に関係はよく分からないビニヤミエさん(25)とグズエリニュリさん(28)という人達も住んでいるとのこと。パオの中は5人は十分に寛げる広さを持っている。息子はまだ6、7歳であろう。素直そうな男の子だった(写真上3、写真上4
 
パオの中では、ストーブで温められていたやかんの中の馬乳茶とナンをご馳走になった。
お昼代わりとして十分だった(写真上2)。
お礼の代わりに、持っていた小銭全て(紙幣で合計5元程度)をその子に上げた。20年後にこの少年がどの様な大人になっているか見てみたい感じがした。
 
 
 
 







2007/10/01 23:07:02|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-46-

【D7-4:カシュガル・カラクリ湖C】
北京時間で13:15、カラクリ湖に到着した(写真上1)。残念ながら旅行案内書の写真の様な快晴ではなく、曇りである。旅行案内書によると、「カラクリ」というのは「黒い湖」という意味で、普段は青い湖水が、黒雲がかかり雨模様になると黒く変化するのだそうだ。
 
晴れ間も見える曇りなので、観る角度によっては湖面や湖岸は無彩色になったり、有彩色になったりする。
 
門構えになった、「カラクリ湖」と書かれた立派な案内標が湖畔にあり、記念写真を撮った。屋根瓦の被さった朱塗りの案内標に唐草模様と共に鮮やかな青で「客拉庫勒湖」と横書きされていて、屋根瓦には一対の対向した小さな竜が鎮座している。この様子からこの門標が少数民族によって立てられたのではなく、漢民族によるものとの推測がつく。
カシュガルには漢民族の人口が急速に増加しているらしい。
 
湖畔にはパオが散在していて(写真上2)少数民族が生活している。しかし生活の糧は観光客への土産物(綺麗な石の飾リ物)の売り上げが主ではないかということが、帰り際に売りに来る住人(?)の多さから推測できた。生活の厳しさは分からないが、天気の良い日に冠雪した峰が湖面にくっきりと映った光景を観ることが出来れば、それだけでも幸福に違いないと思うのは旅行者の邪推かも知れない。写真2では残念ながら、峰が雲に覆われているので、湖面に映る勇姿は拝むことが出来ない。
 
湖の水辺には、湖水の無いところは全て草が多い、そこだけ観るとどこにでもある風景といえそうだ(写真上3)。ここに至るまでに道の両側に迫る様に見えた無毛の山肌とは余りにも違う光景で、緑が目に入るので安堵感を得られる。
 
緑を従えた湖面には不毛の山並が写っているが、冬になると、冠雪した山並みが写り、湖岸に生えた草々も枯れるか、雪に覆われるのだろうが、その頃はここのパオに住む人達もパオを畳んでこの地を離れるのだろう。
 
ちなみに、グランベールさんの話ではカラクリ湖を挟む一方の峰であるムスタガータ山は「氷河の父」と愛称され、雪の厚さが300mにもなるところがあるとのことである。カラクリ湖の最深部が35mとのことなので、なんとその10倍もあるのだ。自然の凄まじさを感じる。
 
しかし、最近の温暖化現象がここまでしのび寄っていれば、今は300mもなく、その分湖の深さが増しているかも知れない。
 
 
 
 
 
 







2007/10/01 21:30:50|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-45-
【D7-3:カラクリ湖・B】
北京時間で11:40頃、ホテルを出て約3時間、カラクリ湖に間近の地点である。山肌がまるで砂で出来たような山々が道路に迫ってくる。また天気はめまぐるしく変わる。雨粒が車の窓ガラスを叩いていた(写真上2かと思うと、いつの間にか晴れ間が出てくる(写真上1)。雲の切れ目からの太陽光が妖しく山肌の色を変える。その変わった部分はベージュの毛布の様な色を呈し、目に安堵感を与える(写真上3
 
それまでの山肌は断層が見えていたり、まるで刃物の様に研いだ様な峻険な山肌だっただけに余計そう感じたのかも知れない。草木は全く無い不毛の地であるが、そういったものがあれば、高原とでも言いたいところである。
 
帰りに山間部を抜け出たあとに聞いた話では、前日に快晴でも、翌日に豪雨で道路が寸断されてしまうことがあるとのこと。そういう時は、その日のうちに帰ることは出来なくなるとのこと。