槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/10/05 20:34:42|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-54-
【D8-3:ウルムチ・楡の樹のある店】
ウルムチに予定通りの時刻に着き、迎えに来てくれていた張さんのパジェロに乗り込みウルムチの市街地に向かった。夕食は張さんの友人が美味しい店を知っているので、そこへ行くことになっているという話であった。最初の待ち合わせ場所で、その友人の胡玉軍(フー・ユエチェン)さんが乗り合わせてきて、その店まで運転してゆくことになった。そして暫くして、胡さんの知人の唐宏(タン・ホン=女性)さんが待ち合わせポイントから乗り合わせてきた。本日は、この5名がフルメンバーらしい。
 
市街地から1時間ほど車にのり途中で幹線から外れ、道も舗装ではなくなり、さらに道を左折し、小径に入り込んだところに店があった。店の名前は聞き忘れたが、店の中庭には100年以上たっている楡の樹があり、これがこの店のシンボルとなっているらしい。この中庭でも食事は出来るらしいが、建物の中の部屋を使わせてもらうことになった
 
先ずは最初に自己紹介をしあった。自分は名刺を渡し、二人にはメモ用紙に氏名を書いてもらった。ビールで乾杯した後、料理が運ばれてきた。鯉料理や野菜(大根、セロリ)炒めなどが出てきた。飲み物はビールの後は「古城」というアルコール度50%の高級酒で、小さなウィスキーグラスに容れてストレートで飲む。自分も最初の一杯をゆっくり飲んだが本高級酒なのだろう、アルコール度を知らなければきっとぐいぐい行ってしまうだろうと思うほど舌触りが良く、またぴりぴりと喉を焼く様な喉越し感もない。昏倒してしまうとまずいので、最初の一杯を最後の一杯としたが、張さんと胡さんはどんどん進む。
 
料理も本日のメイン料理、胡さんが、この店で一番美味しいと一押しの料理が運ばれてきた。豚の角煮に良く似た料理で、豚の代わりに羊という具合で、確かに羊肉が持っている癖を殺した豚の角煮にそっくりな味となっている。
 
歓談の内容は、血液型の話になり、偶然だが全血液型が参集していることが分かった。
駱さんがA、自分と張さんがB、胡さんがAB、唐さんがO、そして中国で最も大きなシェアを示す漢民族の中で最も多い血液型がB型とのことであることが分かった。
 
またオリンパスの知名度についても質問してみたが、イメージとしてはカメラ・メーカというのが強く、医療機器メーカとしての知名度は低いようだ。唐さんは医療関係の仕事に従事している検査技師ということだが、オリンパスの内視鏡は記憶しているほどでも無いようだ。内視鏡は国産(中国製)を使っているとのことである。
 
また、「古城」に関して、かって、安土城という「古城」の城跡で、酒を会社の仲間と飲み交わしたことがあるなどと話しているうちに、李白と酒の関係の話になった。これまで考えもしなかった李白と酒の関係を張さんが教えてくれた。これまでは酒を呑むことは興趣であり、酒を呑むこと自体が風情であると思ってきたが、張さん曰く、「酒を極限まで呑んで自分の意識をギリギリのところまで酔わせ、興奮させ。そこで思い浮かんだ言葉をつなぎ合わせて普通の人には思いつかない最高の詩を作るのだ、酒は最高の作詩のためのツールなのだ。」という。
 
そして、どの様な話からそういう話になったのか記憶が無いのだが、「自分が飼っている鳥を鳴かそうとしても鳴かない時、どうするか」という話をして、「日本の現代につながる近代の歴史を造った3人の統治者がいて、それぞれ、「鳴かぬなら殺してしまおう不如帰」、「鳴かぬなら鳴かしてみよう不如帰」、「鳴かぬなら鳴くまで待とう不如帰」と言ったが、人間の本性を言い当てている。ちなみに最も長期に亘って日本の統治者となりえたのは、「鳴かぬなら鳴くまで待とう不如帰」と言った統治者で、この考え方が美徳とされている。
 
最後に、張さんの夢を聞かせてくれた。
張さんは現在、杭州でアパレル関係の仕事をしているが、将来は胡さんと組んで新しい仕事をする機会を狙っている。国をまたがる貿易の様な仕事で、中国と隣接した諸外国との間に同じ物資でも価格に大差があるものがある。その物資をそれらの国に売却することによって莫大な利益が得られるはずとのことである。
 
それを聞いて、この地域にはシルクロードを通って西のものを東へ、東のものを西へ流すことによって大きな利益を得た隊商の精神が残っている。ただし、絹や茶だったものが、現代的な物資に置き換わっているだけの話かも知れないと思った。あるいは、西からの隊商のメンバーのDNAや東からの隊商のメンバーのDNAが生きているといえる。
 
この日の中国人4人との歓談は、今回のシルクロードの旅のまとめにふさわしいもので、これを企画してくれた張さんに大いに感謝しているところであります。
 
帰りはアルコールを一滴も飲まなかった駱さんがパジェロを運転して行くことになり、車の中では張さんが気持ち良さそうに、カー・ステレオから流れる吉幾三の「酒よ」に合わせて日本語で気持ち良さそうに謳い続けている。時折、Y字路になると「湾右!ワンユー」と言ったり、「湾左!ワンゾー」と言ったり、「直進!ツーソン」と駱さんに指示しているうちにホテルに着いた。時刻は北京時間で翌日の2:00を回っていた。
 
それから日本に帰る準備をして、寝付いたのは3:00をまわっていた。
 
 
 







2007/10/05 11:15:11|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-53-
【D8-2:カシュガル・カシュガル空港】
エイティガール寺院広場近辺でコーラを飲んだりして更に時間を潰し、タクシーに乗ってカシュガル空港に着いたのは14:30頃でした。下痢気味で空港のトイレにかけ込み、ズボンを汚してしまい、それを洗うなど余分な時間を食ってしまいましたが、洗った部分は搭乗時間を待っている間に乾いてしまい、改めて気温だけでなく以下に乾燥しているかを実感させられました。飛行場は閑散としていて、かなたに低い丘が見えるのみで、他の飛行機も飛行場内の整備車も目に入りませんでした(写真左)。北京時間16:00にチェックインがはじまり、ちょうどこれから飛行機に搭乗する直前カシュガルでの最後の写真を撮りました(写真中=自分、写真右=駱さん)。
 
【D8-3:カシュガル→ウルムチ:機内】
ウルムチまでの1.5時間の間、駱さんとの間で話しをした話題をメモを頼りに話しをした(と思われる)話題を記します。
@イスラム系人民が豚肉を食べない理由
>>>ブタは汚らわしい動物と見なされているから。(神聖な動物と見なされているためかと思っていた。同じ中国人でも漢民族はそうでもないのであろう。漢民族は日本同様十二支が生きているが、猪ではなくブタである。西遊記に登場する猪八戒(=猪悟能)もブタ。
 
似たような話題で、中国でカラスが見られない理由をを駱さんから教えてもらったことがありますが、応えは縁起が悪いだけの鳥なので徹底的に駆逐されたから。日本では不吉プラスごみ荒しで嫌われる一方、鳥の中では最も賢い、童謡にも歌われるなど親しみを感じるところもあって、中国の様に徹底的に駆逐されえないものと思います。もっとも新疆・ウィグル地区の強い太陽光線を黒い羽が効率よく吸収し、熱対策が出来ずに淘汰されるに違いない
 
A中国のお茶の種類
龍井茶に代表される緑茶、ウーロン茶に代表される紅茶、プーアル茶に代表される黒茶が日本人の殆どが知っている中国茶だが、この他雲南の少数民族が啜る白茶、更にそのほかの少数民族が嗜好する黄茶がある、とのことでした。朝日新聞社刊「週刊シルクロード紀行No.8カシュガル」のなかで茶の呼び方について面白い話を宮下佐江子氏が寄せているので、この旅日記に引用したいと思います。
 
・・・・、お茶をティーと呼ぶのは、英語、仏語、イタリア語、チャと呼ぶのは日本語、ペルシャ語、チベット語、トルコ語、アラビア語、ロシア語で、この差は、広東語のchaと福建語のtayの違いから来たもので、チャは広東から直接もたらされたか、陸のシルクロードによるものであり、ティーは福建から海路で運ばれた地域で使われている。
 
B家内、息子達の中国語読み、中国人名前の付け方 木火土金水、風水の法則にしたがってつける場合が多い。
 
C中国の少数民族の話、中国には56の少数民族がいる。日本にもアイヌ民族がいるがそれ以外にあるという話は聞いたことはない。
 
D中国の女性ボーカルグループ「黒鴨子:ヘイ・ヤー・ツー」について
百度という中国のサイトから中国民歌を無料でダウンロードさせてもらい100曲あまり貯まった。その内訳は、二胡、笛、楊琴、胡蘆、馬頭琴などの器楽演奏が主だが、中に黒鴨子の謳う中国民歌が入っている。駱さんもCDを持っているとのこと。
 
E駱さんらが杭州市への帰途立ち寄って行く計画の地名 甘粛省 夏河県、青海省 ボタラ宮など
 
F「運河の漣」について、簡単なあらすじ。そこに登場する人物(中国人)の名前が不自然ではないか
 
 







2007/10/05 0:19:26|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-52-

【D8-1:カシュガル・人民広場、公園】
カシュガルからウルムチに戻る日である。16:15発の便なので、15:00頃には空港に着いている必要がある。そこで、ホテルをチェックアウトする時刻を10:00頃として、その後は、ホテルから歩いてすぐの人民広場、人民公園をゆっくり散策することになりました。
 
人民広場には毛沢東の像があり、イスラム風の塔がありました(写真上  1)。像と塔は共に色、模様は異なるが、広場の象徴の様に雲ひとつない空を背景に聳え立っていました。j時刻は北京時間で10:00、新疆時間でまだ8:00を少しまわったおころなので、広場には人影はまだ少ないのですが、この日は金曜日なので、一日に5度のイスラム教徒の礼拝があり、その時刻になれば人々でごったがえすことになるのでしょう。
 
人民東路と解放南路が交差する位置にあった人民広場を更に南に歩を進め、木々が多く、池や植物園やレストラン,、立派な建物もある(写真上2)人民公園というところを散策し、時間つぶしをすることにしました。公園では気功をする人、二胡の演奏をバックに大声で歌の練習をしている中年の女性、そぞろ歩きをする人、先生に引率された幼稚園または小学校低学年の小さい子の群、いろいろなカシュガルの人達が時を過ごしているという感じでした。
 
公園の一角をゆっくりと散策して、また人民広場の方へ戻りました。今度は少し角度を変えて南面する毛沢東の像を写真に納めました。この写真を見ると毛沢東は国旗に向かって敬礼しているようにも見えます(写真上3)。
 
そして我々は解放路と人民路の交叉点を北に少し戻り、職人街を経てカシュガル観光の起点となったエイティーガール寺院前の広場にやってきました(写真上4)。職人街では、前々日寄った楽器工房ではないところに寄ったが、ここには身の丈が二階の高さほども
ある弦楽器が展示されていてど肝を抜かれました。







2007/10/04 0:30:28|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-51-

【D7-9:カシュガル・カラクリ湖からの帰り】
カラクリ湖へ行ったこの日の天気は本当にめまぐるしく変わった。快晴というのはついに無かったが、晴れから小雨へと刻々と変わり、帰り道で北京時間で16:00頃空が急に暗くなってきて、あちこちに土埃やつむじ風が舞っている。ひどい時は100m先も見えないほどであった。
 
往きに途中下車し市場を見学したカシュガルから65km程度のところにあるカシュガル市最南端にあるオパール村も、この土埃やつむじ風には形無しである。そういえば、春先に偏西風に乗って日本の上空に漂ってくる黄砂のふるさとはこのあたり(新疆。ウィグル地区の砂漠)だと言われているらしい。竜巻が起らないだけましだが実際には起るらしい。
 
帰途車の中でしゃべりつづけたのは運転手のムハマットさんと日本語ガイドのグランベールさんであり、これまで披露していない話題をこのコラムで紹介しておく
 
政府供給の集合住宅の話:往きのカシュガルのホテルを出発して間もなく国道沿いに団地風の建物が見えたが、高価なので、入れないという理由もあろうが、今ある隣同士の付き合い、2〜3世代家族のもちつもtれつの共同生活、たとえ家がぼろでも、冷暖房、上下水道が整っていなくても、これまでの生活のよさを放棄してまで移りたくは無いというのが本音であろう。グランベールさんは資金がないからと言っていたが、それだけではないだろう。
 
モハマットさんのプライベートな話:彼は×いちで離婚と再婚を経験している。かって日本人母娘を車で観光案内したことがある。ふとそのプライベートな話を披露したところ、その娘の方が最近離婚したことなどの身の内話を始め、それによって、わだかまっていた気持ちの整理が出来感謝されたこと。彼は、お母さんのミキャラム・ムカラアプサタルさん、奥さんのアプトラヒムさん、3人の子供エミン、エト、ファイーの6人で生活しているとのこと
 
そのミキャラムさん手つくりのクッキーを車のなかでご馳走してくれた。
 
いよいよ、カシュガルでの観光イベントが全て終ろうとしている。今日一泊して身体を休め明日、再びウルムチに戻る。
 
 
 
 







2007/10/03 22:28:05|旅日記
中国 新疆・ウィグル地区の旅(シルクロードの旅)-50-
【D7-8:カシュガル・カラクリ湖G】
ブルンクル湖から車でまだ20分ほどしか経っていない北京時間の14:00少し過ぎ、目に入った山は鋼色で刃物を思わせる。これまでこの近辺で見てきたベージュ肌の山でもなく、又断層が現れている山でもない。岩肌というのが正しいかもしれない。岩肌だから風食はされず、岩肌だから、斜面に堆積する土も、砂も、雪ですら堆積しえない。堆積するとしたら、山の頭頂部だけである。巨大な単結晶が転位部でへき開した後の様である。