槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/10/11 22:56:03|槐ウォッチング
1)秋口の槐(槐)

【槐ウォッチング:序】
狭山市と川越市の境界の入間川沿いにある安比奈親水公園がウォーキングのホーム・グランドで、端から端まで歩いて片道15分のコース。そこで週一回、ウォーキングで汗を流す。その公園内に6。7本のえんじゅの樹が植えられているのです(写真上1、写真上4)。それに最初に気がついたのは、今から5年ほど前、ちょうど今頃の季節でした。
 
枝一杯に豆の様な実をぶら下げているのでした。上から2枚目の写真は今年(2007年)10月7日に撮った写真ですが、ちょうどそんな実の成り方でした
 
その時は、「実が成る前には、どの様な花を咲かせたのだろう。」と思ったのと、その豆の様な実を手に取って、潰してみるとネバネバした液汁が滲み出てきたのです。セメダイン的な感触で、指についたその液汁をすぐ洗い落さないと後が大変という気持ちになった程度で、その樹の名前は知りませんでした。
 
一方、「えんじゅ」という樹の名前は、中国の著名な小説家、金庸の義侠小説や、宮城谷昌光の中国の春秋戦国時代を扱った小説にたびたび登場するので、知っていました。特に、宮城谷昌光著の「孟嘗君」の冒頭にいきなり登場し、重要な役割を果たす場面は印象的で、人間の運命のいざないを担う大樹という印象を持っていたのです。
 
そして、翌年の1月、ウォーキングをしながら、ふと、えんじゅの樹の方に目を遣ると、樹の根元あたりに、まるで小さなガラス片を播いたかの様に冬の陽射しを浴び、キラキラとその一帯が輝いているのです。ほんの少し観る位置を変えただけで、まるでプリズムを透過し分光されたように青みがかったり、黄色がかったり、赤みがかったり見えたのでした。
 
不思議な想いが生じ、実態を確認するため、ウォーキングの歩行方向を変更し、その樹の方へ近づいて行きました。そして、近づくとそのキラキラ輝く実体がえんじゅの種ということが分かりました。スイカの種の様な表面に光沢を帯びた無数の黒い種が敷き詰められるように落ちていたのです。
 
そんなことがあり、この樹が気になり始め、この公園に大小7本が植えられていることが分かったし、そのうちの一本に「えんじゅ」という樹名のたんざくがぶら下げられているのが目に入り、その気になりはじめた樹の名前が「えんじゅ」ということが分かったのです。
 
そして、何故か、この種を持ち帰って発芽させてみようと思ったのです。発芽、苗の生育過程で、面白い振る舞いをすることに気づきました。
 
今後、それらについての紹介や、この樹に関するウォッチング情報を紹介しようと思います。
 
 







2007/10/06 23:44:32|物語
ごろつき犬と苦学生 最終回
 「マダム、先程から不思議でならなかったんだけで、何故そんなうちわ話を知っているんですかね。」
 「実はあまり明かしたくないんですけどね、あの親分実は私の兄なの。誰にも言わないでね。」
 「そーでしたか。もしかしたらマダムのつくり話かなとも思っていたんですが。それを聞いて、一度に真実味を増してきましたね。ところでまだ先があるように思いますね。」
 「あることはあるんですが、今度は兄の内輪話がからんでくるので、話しにくいのですけど、オフレコにしてくださいね。」
 「悪いようには書きませんよ。」
 
 「実は、その自転車での事故の時、あの学生さんもちょっとした怪我をしていたの。ひじ肘のところをすりむいて血が出ていたんだって。それを見た兄が、そのチンピラさんに向かって、『すぐ、この学生さんを山の手病院へ連れて行って手当てしてもらえ』と命令したんですって。おまけに『お前、きちっとした服装してゆくんだぞ』とチンピラさんに付け加えたというらしいんですが、おかしいと思いません?」
 「それもおかしいけど、山の手病院みたいな大病院、紹介もなく突然行ったって診てもらえるんですか?」
 「普通はそうですよね。ここからが兄の所の内輪の話なんですよ。」
 「兄には目にいれても痛くない、とても出来の良い息子がいてね、中学を卒業する時、家を出て行っちゃたの。その時のことを兄ったら後になって、息子に勘当されたんだって言うのよ。息子を勘当するというのはあっても、親を勘当するというのは無いわよね、普通は。でもその後のその息子の素晴らしい成長を知れば誰だって兄の言葉はおかしな言葉では無いとうなずけるわ。」
 「分かった。例の学生さんがその息子さんにうり二つとか。」
 「そういうストーリーも良いかも知れませんが、この先がいい話なんですよ。」
 「その後、兄は荒れたわ。やくざの世界に足を入れてしまったの。兄も頭の悪いほうではないし、かっぷく恰幅もいいからすぐ、親分になって、この界隈では知らない人はいないという存在になったんですよ。妹の私は情けなくて仕方がなくてね、父のお墓参りする度に、先祖にお願いしたの、兄の改心を願ってね。」
 「兄の息子がどのようにして成長したかはさておいて、成長した息子が兄の前に現れたのが今から五年前、なんと三十年ぶり。兄ももう六十二歳、息子だって三十七歳になっていたのよ。息子の方は山の手病院の医長になっていて、医学会、患者さん双方から名医で通っていると、以前私があの病院で世話になったとき耳にしたの。三十年ぶりの父と子の再会なんてどんなだったでしょうね。想像できないけど、その時の様子を直接兄から聞いたの。よっぽど嬉しかったのね。ここまでやって来て詳しく話してくれたわ。」
 「それを話してもらえると嬉しいなあ。」
 と記者は取材のことを忘れて話に引き込まれていった。
 その続きを聞かないと帰れない感じであった。
 「コーヒーお代わりできますか?」
 その言葉が、「続きを聞かせてくれ」という意味であることはマダムにすぐ分かった。
 
 マダムは新しいコーヒーカップにウインナコーヒーを入れて持ってきた。
 そして記者が頬肘をついているカウンターテーブルを、ふきんで丁寧に拭いて、その上にバラ模様が描かれたコースターを置き、その上にコーヒーカップを置いて、話を続けた。
 
 相変わらず他に客の姿は見えなかった。
 
 「兄ったら、息子が神様のように見えたと言ってました。兄の口から神様なんて言葉を聞いたの初めてだったのでびっくりしたけど、私もその話を聞いたとき、一瞬、先祖への祈りが通じたと思い、神聖な気持ちになったのですよ。こういうことだったらしいの。」
 「兄は、その日初めて息子が山の手病院でお医者さんになって勤務していることを知ったのですが、同時に、そんな遠いところではないので一緒に住んでくれないかと懇願したのね。
 自分ももう六十歳過ぎ、建て増し、改築なんでもするから、と頼んだの。奥さんをその二年前に癌で亡くしていたので、さみしくて仕方がないところに諦めていた息子が現れたものだから、そう頼むのも無理もないわよね。」
 「そうですよ。自分だって同じ立場だったら同じことを言うね。」
 「息子のほうは何と言ったと思いますか?」
 「三十年も親子の絆が切れていたんだから、拒否したんでしょ。」
 「ちょっと近いけど、それが全く童話みたい。こう言ったんですよ。『本当は一緒に住みたいと思うけど、五年ほど準備させて下さい。これから五年のうちに、お父さんが人を助けたいと思う人が現れたら、その人を病院に連れてきて下さい。もちろん病院だから、病人、けが人の類ですけどね。普通は紹介状がないと駄目だけど、お父さんの名前を出せば紹介状なしで診療できる様にしておきます。ただし三回だけです。』だって。兄には酷な話ですよね。兄自身は自分が患者として息子に診てもらえないし、五年間にたったの三回なんてね。でも兄ったら幸せな顔して話をしてくれた。」
 「へー。ということは例の学生さんがその三人のうちの一人という訳?」
 「そうなの。ちょうど五年という約束の最後の年。少し焦っているのかも知れません。ほら、先だって例ののら犬が車にはねられたことがあったでしょ。あの時、あまりにも痛々しい声で鳴くものだから兄も近くまで行って、あの犬を病院につれて行こうと思ったんだって。だけど人間じゃないから駄目だということに気がついて、しばらくそこにいたら、例の学生がきて、オブってその犬を連れて行くのを見てたんだって。その姿に打たれるものがあったんだって、そんなことがあってのチンピラさんの当り屋だったわけ、兄はその学生こそ山の手病院の息子のところへ連れて行くべき人間と映ったんでしょうね。」
 「でも、ぎりぎりだったけれど、現れてよかったですね。」
 「そうですね。医者である息子のほうは怪我をした学生をみて、一目で自分の父の他人に対する優しさを感じとって、学生さんに、『三十年の空白を取り戻すことが出来ます。』と言って頭を下げたらしいんですよ。」
 「そんなことがあって、兄ったらここへ来て、あの学生さんに夕食の面倒をみてやってくれと頼みにきたのよ。それ以来なの学生さんが毎日五時にここへ来て夕食を食べてもらっているのは。もしあの学生さんの出現がなかったらきっと、兄もその息子も私も味気ない生活を続けていたでしょうね。」
 
「いや〜。これは現代版おとぎ話ですね。一服の清涼剤でした。ありがとうございました。」
 「あと一時間ほどしたら、あの学生さんここに現れるはずだけど、会って行きますか?」
 「いや、この話は記事にするには勿体無い。素晴らしい話でした。あの学生は一体何者なのかな。……」
と言ってその記者は店を出ていった。
   −完−
 







2007/10/06 23:31:15|物語
ごろつき犬と苦学生 第三回
 店の外はしとしとと雨が降っていた。
 記者は傘の縁からしたたり落ちる雨滴を見ながら、
 「あの犬は傘を持たない人間と同じ、そこに傘を差し伸べたのが、あの学生だったのだろうな」
と、自分に言い聞かすようにつぶやきながら、小走りに社に帰って行った。
 
 午後になって雨がやみ、空が明るくなって、行き交う山手線の車窓に映る空の色が青白くなってきた。
 
 午後の取材は、例の喫茶店のとなりのマダムの店と決めていた記者は、記事の構成をノートにメモし、それを机に置き、代わりにカメラを持ち出し、また山手線沿いの坂道を登って行った。
 木目が浮きあがり、しんく深紅に彩られた西洋風の扉を開けると、隣の喫茶店とはうって変わって、全体にきらびやかで、上を山手線の電車がはしっているとはとても思えなかった。
 天井には四方を鳳凰、亀、竜、虎の頭が長く突き出たシャンデリアが四体ぶら下がっていて、その上を電車が通過しても揺れはなかった。奥の方にこはくいろ琥珀色に輝くカウンターがあり、その奥に厨房があるようであった。
 
 記者はカウンターに指先を触れ、二、三度左右にこすりながら高さのある腰掛に腰をおろしながら、厨房の奥の方に聞こえるように、
 「雨が上がった途端に、急にお腹がすいてしまった。劇辛のカレーライスいただけますか?」
と呼びかけた。
 すると、奥から、マダムの声で、
 「お客さんよ。お冷や差し上げて、紅蓮ちゃん。」とあり、
 またしばらくして、「あーいけない、紅連ちゃん、今日は午前中だけだったわ。」
 といい、エプロンで、手をぬぐいながら、片手に水の入ったコップを手にして厨房から出てきた。「劇辛のカレーライスですね?
 何かトッピングつけますか? 今日はエビフライ、牡蠣フライ、鯵のフライがありますが。」
 「いや、何もいりません。コーヒーもお願いします。」
 「今、すぐですか?それともカレーライスのあとですか?」
 「コーヒーはお代わりありですか?ありであれば、今すぐ、無ければ、後で持ってきてください。」
 「お代わりは何回でも結構ですよ。ではすぐ持ってきますね。」
といって、電話をかけに行った。
 どうやら隣の喫茶店からの出前のようだった。
 電話から戻ってきて、カウンターの内側で、食器をタオルで磨き始めた。
そして、
 「お客さん。ひょっとして隣のマスターが言っていた記者さん?」
 「そうです。マスターから連絡がありましたか。」
 「あの学生さんと犬の話ね。いいわよ、話してあげる。」
と言いながら、タオルで拭いていた皿に、ご飯をのせ、更に店自慢の、とっておきのカレー汁をかけて持ってきた。
 
 そして今度はコーヒーミルでコーヒー豆をひ挽きはじめた。
 なぜかもったいぶっている様に感じた記者は、
 「例の学生さん、毎日ここに来るのですか?」
と、話の緒をきった。
 「日曜以外は毎日きます。」
 「よくお金が続きますね。決して安くはないんでしょ、ここは。学生の身でぜいたく贅沢だなあ。」
と言い訳を期待して、記者はふっかけてみた。
 挽いたばかりのコーヒーの粉を、ろ紙ごしにロートに乗せ、同時にコーヒーカップとサイホンをカウンターに置き、熱湯を注いだ。
 
 そのコーヒーを記者に差し出し、不本意な顔をしながら、その問いに答えようとした。
 ここは大事な部分と思ったのだろう、言葉を選びながらまじめな顔をしている。
 「あの学生さんは、贅沢するほど裕福ではないわ。むしろ極貧といったことばが当たっているわ。だって、たった三畳の部屋を借り、部屋には一切暖房がなく、毛布もなく薄い布団だけだって。そんな状態で、あの黒い野良犬に出くわしたらしいの。あの傷ついた犬を背負って自分の部屋に運び込み、大学を休んで介抱したんですって。雑巾に温かい湯をしみ込ませて、体中丁寧に拭いてあげたのよ、きっと。それで、二、三日するうちに犬の方も快方に向かい、さすがのあのゴロツキ犬も感謝したのね。こんどはあの学生さんを守るように、付き従うようになったのよね。」
 
 「なんだ、その程度のことか」
という記者の顔色でも読み取ったのだろうか、あわてて、
 「そこまでが序の口の話なのよ。これからが本番。聞きたい?」
 記者はそこで初めてコーヒーに手を伸ばし、
 「聞いても良いですよ。」
 と相手に話の面白さを促す為、突っぱねる様な言い方をした。
 そして、「では本番に移りましょう。続きを話してください。」
 
 食べ終わったカレーの皿を洗い場に運んでゆき、しばらくして戻ってきたマダムは、
 「あの学生さん、またもや自転車で事故を起こしてしまったんですよ。こんどは雨も降っていないし、交通量も多いわけでなかったのにネ。しかも相手が悪かったのよ。ごろつき風のお兄さんでね、あとで分かったんだけど当たり屋だったんだって。」
 「でも当たり屋って、車を相手にするんだよね、普通。」
 「普通はネ。その当たり屋は駆け出しのチンピラらしく、兄貴分から命令されて、車相手だと、失敗すると大怪我するかも知れないといって、自転車にしたらしいの。だらしないチンピラですよね。」
 「どうも、犬のごろつきと言い、人間のごろつきと言い、あの学生さんの出会いの宿命なのかなア。」
 
 「話を続けますね。....」
 「まだ続きがあるのですか。」
 「そーなんです。....そのチンピラさんすぐ言いがかりをつけ、自分の家で話あいたいと言って、チンピラの親分の家に連れて行ったんですよ。そこまでは筋書き通りというところだったんでしょうね。」
「ところが?」
「ところが、チンピラの親分はチンピラと学生さんの顔をかわるがわる見ているうちに、チンピラを叱り飛ばしたんだって。」
 「どうしてなんでしょうね。」
 「その学生さんの真剣な目つきに何かを感じたらしいんですよ。」
 
 そこまで聞いて、
 「コーヒーお代わりよろしいですか?」
 記者は一息いれ、先ほど来不思議に思っていたことを、マダムに尋ねてみた。
    −つづく− 







2007/10/06 23:10:32|物語
ごろつき犬と苦学生 第二回
 翌日、その客が、今度はカメラを手にしてコーヒーショップに入ってきて、店の入り口に最も近い椅子を陣取り、奥に向かって、「マスター、少し早いがまた来たよ。モーニングひとつ。」と声をかけカメラの手入れを始めた。
「いらっしゃいませ。今朝はまたいらっしゃるというので、少し早く開店したんですよ。九時まではまだ充分ありますよ。モーニングね。」
「今日は、雨がふっているけど、例の学生さん、同じようにそこ通ってゆくかね。」
「この間、ちょうど同じ様な雨の日にちょっとした事故がありましてね。それ以来は雨が降っても雪が降っても小走りですよ。」
「なにがあったの?」
「それについては、隣のマダムが何から何まで詳しく知っていますよ。隣のマダムが店の前に椅子を置いてまで、あの学生を応援している理由ですよ。ただ昨日話したとっておきの話とも関係しているので、あの学生さんと犬が通っていったあと、少しその話を教えてあげますよ。」
「それなら、その話を聞いたうえで、今晩は隣の店で取材といこうかな。」
「ただ、夕方五時から五時半までの間は駄目ですよ。あの学生と犬の貸切だから。」
「へー、そんなのあるの。益々面白くなってきたね。」
「お客さん、九時だからそろそろきますよ。準備しなきゃ。」

まもなく、例の学生が、かばんを抱え小走りに、昨日と同じ様に駅の方へ走ってゆくのが見えた。
 そして、昨日と同じように、その直後に一匹の真っ黒い大きな犬が、後ろを追いかけてゆくのが見えた。
 しかし、よく見ると、右後ろ足をすこしびっこを引いているようである。記者である、その客は十ショット近く写真をとったあと、入り口近くの椅子から店主のいるカウンターの方に席をうつしてきた。
「・・・・、それで、その話というのは?」「コーヒーお代わり要りませんか?御代は要りませんよ。あと丁度二杯分熱湯とブレンドした粉があるんですよ。その代わり私もお相伴させていただきますから。」
「すまないねえ。それなら頼むよ。でも開店休業にしなくても良いよ。」
「開店休業にしなくても、この時間帯はほとんどお客さん来ませんから。じゃ、ちょっと待っていてくださいね。オリジナルブレンドを入れて差し上げますから。新聞でも見ていてください。」
「じゃ、そうするか。・・・・」
「相変わらず暗いニュースばっかりだな。なんとかならんかな全く。」とぶつぶつ言っているところへ、お盆にコーヒーカップを二つ載せて、店主がやってきて、
「全くですね。お客さんは新聞記者なのだから、世の中景気よくする記事をぼんぼん出せば変わってくるのにね。」
「ところが新聞記者は、真実を報せることが仕事でね。良い方向に書いても、それが真実とかけ離れてしまえば、記事のねつぞう捏造ということになってしまうんでね。」
「それなら、臭いものに蓋というのは駄目なのでしょうかね。報道することによって世の中を暗くする様な記事は、知っていても載せない、というのは駄目なんですかね。」
「それは、記者によって違うでしょうね。だって本当に臭いか臭くないか、世の中を暗くする記事かどうかなんてことは、本当は記者にだって分かりゃしない。先ずは取材する記者によってふるい篩にかけられ、更にデスクによって振るいにかけられるのだからね。また臭いかどうかわからなくても、他社がスクープしたネタをデスクの指示で取材に行かざるを得ない時もあるよね。」
「今回のネタはどうですか?」「これからだね。まだ殆どなにも分かっていないから、マスターの話しだいかもしれないよ。」
 そう聞いて、店主は頭をか掻きながら、「責任重大だな。私の話を聞いたとたんに、そんなら止めた、なんてことにしないで下さいよ。」
「それは、保障は出来んな。私の記者としての目が第一関門、マスターの話が第二関門、隣の店のマダムの話が第三関門、そのあとどの位関門があるか分からないが、関門が多いほど記事としては面白くなる。では、第二関門の話を聞かせてもらおうかな。」
「私は隣のマダムほど話が上手でないので、その分下駄を履かせて下さいね。」
「分かったよ。では、その事件とやら話してくれますか?」
「あれは、ちょうど今日と同じで雨が降り、どんよりとした日でしたね。天気が悪いものだから、あの学生さん、朝寝坊でもしたのでしょう。自転車で駅に向かっていたんですよ。この坂をね。そうしたらタバコ屋のある十字路あるでしょ。そこの少し手前で、あの大きな黒い犬とぶつかってね。突然横から出てきたから、学生さんもブレーキをかけたらしいけど、雨で道が滑り易くなっていたこともあって、よけようがなかったんですね。十字路は注意しても、その手前のしばがき柴垣からまさか犬が出てくるなんて、誰だって予測は出来ませんよ。」 そこまで聞いた記者は、
「そうか、この話の主人公はやはり、犬ではなくて人だな。」
とひとりごち、店主自慢のオリジナルブレンドをすすり、
「マスターも随分、その学生さんに肩入れしてますね。」
と聞いてみた。
「そりゃそうですよ。これから続く話を聞いていただければ、誰だって、この暗いご時世での一服の清涼剤と思えますから。本当言うと記事にするのも勿体ない話なんですよ。」
「それはどういう意味?」
「ほら、心にそっとしまっておきたい話というのが有るでしょう。あれですよ。」
「そう、マスタの心の中には沢山しまっておきたいとっておきの話があるようだね。」「そんなことはありませんけどね。私はここで店をやりはじめて三十年、その間、前の坂道を歩く人の姿を見て来ましたけど、本当に歩き方というのは、世相を反映するものなんですよ。それにこの坂は実は意地悪なんですよ。」
「どうして?」
「登り坂と下り坂で、どの様なイメージをもちますか?朝これから頑張ろうというときに下り坂、疲れて家路につこうという時に登り坂。そんな坂なんですよ。」
「これから頑張ろうという時は上り坂、頑張ってきてご苦労さんと言いたいときは下り坂、そうあって欲しいという意味?」
「お客さんは新聞記者だからご存知と思いますが、朝(あした)に紅顔、夕べに白骨、という言葉ありますよね。仏教で。ところが、この坂道は朝(あした)に白骨、夕べに紅顔という感じでね、朝はまじめに会社に行って、帰りにはお酒をひっかけて、顔を赤くして帰ってくる、という感じなんですよ。」
「マスターは、随分哲学的なことを言う人だね。でもそれが庶民というもので、それでもいいんじゃないの? ところで衝突してからどうなったの?」
「あ、脱線してしまってすいません。その自転車がね、その犬の右の後足をひ轢いてしまったんですよ。そしたら、ものすごい声でいかにも痛そうにキャイーン、キャイーンとあの犬が泣いたんですね。あれだけ図体の大きい犬なので、その声といったら、駅からも聞こえた、と帰りにこの店に立ち寄ったお客さんが言っていましたよ。」
「学生さんのほうはどうしたの?」
「自転車から放りなげ出されたんですが、顔に擦り傷を作った程度で、しばらくうずくまっていたんで、通行人が心配して近寄って声をかけたんだけど、なんともなかったらしいですよ。その学生さんたら黒い犬の方を指差しているので、今度は通行人達は、犬の方へ寄っていって、それまで、人に噛み付くわ、子供を追っかけ回すごろつき犬だったものだから、こわごわ近寄って、『いい気味だ、これは報いだ』とか『くたばってしまえ』とか、中には弱っているのを幸いに棒っきれで叩く子供もいたんですよ。」
「事件で取材に行くと、逮捕された人間に対するまわりの人間が罵倒する様とよく似ているね。」
と記者が話しているところに、他の客が入ってきた。
 それを見た記者は、「じゃ、また来るからね。続きを頼みますよ。」
「すいませんね。ではまた明日。」記者は、傘をさし、店を後にした。

    −つづく−







2007/10/06 22:50:19|物語
ごろつき犬と苦学生 第一回
 山手線の、とある下町の駅の近くにあるコーヒーショップである。
 天井の上を山手線の電車が、通過するたびに食器棚のコーヒーカップが振動でずれ、そのたびに、そのコーヒーショップの店主がもとの位置に戻す。
 そんなことの繰り返しを十五分おきくらいにやっている。
 
 毎朝、その店で時間をつぶしてゆく客がいた。
その客が店主に、「マスター、世の中景気が悪くなってゆく一方なのに、不思議にこの界隈の店は景気が良くなっているらしいじゃないか。この店もそんな感じらしいね。」と、不思議な顔をしながら尋ねた。
 「そうなんですよ。あの犬なんですよ。今九時だから、ちょっと外をみていてください五分もしないうちに理由が分かりますよ。」
 と、店主は、戸外を指さしながら、手を休め、視線を外に移しながら答えた。
 
 すると、まもなく一人の学生が、かばんを抱え小走りに、駅の方へ走ってゆくのが見えた。
 そして、その直後に一匹の真っ黒い大きな犬が、後ろを追いかけてゆくのが見えた。
 ただし追いかけてゆくといっても、じゃれたり、か噛み付こうとして追いかけているのではないことだけはすぐわかる。
 
 「マスター、あの犬は例の、貧乏神と言っていたのら犬じゃないか。それと景気がどういう関係なの?」
 「実はね、お客さん、どうもあののら公、改心したようなんですよ。というより、あの学生に手なずけられたという方が正確かな。」
 「そういえば、あの犬、以前見境無くこのあたりを通りかかる人に噛み付こうとして、なかなかつかまらないといっていた犬?」
 「そう。不思議ですよね、すべての人間が敵みたいな感じの犬で、人には絶対なつかないと思っていたのだけれど、なぜかあの学生にだけには従順で、いつも後をまるで家来みたいに従ってゆくんだよね。」
 「なるほど、これまであの犬を怖がって遠ざかっていた客が戻ってきたという訳ね。」
 「そうなんですけどね、それプラスその犬の変身ぶりを噂に聞いて面白がって見物にくる客も出てきて、ちょっとしたにぎ賑わいになってきたという訳なんですよ。隣の店のマダムなんか毎朝その光景を見るのが日課になってしまったようで、店の前に腰掛を置いてこの時間その椅子に座って待っている始末ですよ。」
 「ああ、それで、隣のマダムが店の前でうろちょろしていたのか。…、ところで、その学生は何者?」
 「よくは分からないけど、坂を登りきったところに、三畳間ばかりの下宿屋があって、そこを借りて住んでいるらしいよ。そんなんだから、きっと貧乏学生なんでしょうね。隣のマダムの言うことには、とてもすがすがしい感じのする若者で、今の日本にはもういなくなってしまったタイプのようですよ。」
 「しかし、どうやってあれほどまでに獰猛だったあの犬を手なずけたのか興味あるね。」   
 「お客さん。記事にでもするんですか?」
 「あれっ、僕が新聞記者だということ知っていたの?」
 「いやね。なんとなくそんな感じがしていたんですが、やはりそうだったのですか。」
 「明日は確かこの店休みではないよね?明日はもっと近くで見てみよう。」
 「お客さん。あの若者に関しては、もっととっておきの話があるんですよ。明日話してあげましょう。」
 「ところで、学生さんが授業を受けている間、あの犬は何して待っている訳?」
 「くっついて行くのは駅までだけですよ。その後はまたしょぼしょぼと戻ってきて、この界隈をうろついているだけですよ。ただね、以前と違うのは、全くおとなしくなって、かわるがわる違う店の入り口の隅の方にかしこまって、まるで招き猫というか、招き犬みたいで、そうなると不思議なもので、代わるがわる、店の者がえさをやるようになって、まるでやくざが改心して托鉢僧になったような感じなんですな。だいたい横になって寝ているか、そうしてどこかの店の前でかしこまっているかですよ。そうこうしているうちに、学生さんが帰ってくる時刻になって、また駅までお迎えに向かうという日課ですね。」
 「まるでハチ公じゃないですか。…ではまた明日くるね。」コーヒー代を店主に渡し、その客は店を後にした。
             つづく