槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/11/21 14:56:39|物語
運河の漣(5)  最終回
        運河の漣(最終回)

   〜〜〜 11.四面聖獣銀甕 〜〜〜

 紅蓮は余程疲れていると見え、陶製のテーブルの上に、まわるく腕を組み、その上に額をのせスヤスヤとうたたねをしていた。
「では、あなたと、娘さんの住所、氏名、年齢、生年月日をこの紙にメモしておいて下さい。」
と、古物商の主人は言った。
東伝は自分の名前を書いたあと、紅蓮の名前を書きながら、年齢がなかなか思い出せなかった。最初にあの槐(えんじゅ)の木の下で会ったのは確か十二才の時だった。そして五年たったから十七才だったかな。
今となっては、毛沢東かぶれしていない貴重な乙女と言える。鉦渓から預かった大切な娘でもあり、中国という国家から預かった大切な資産でも有るような気がした。
そして彼女が何か重要な運命を背負っている少女の様な気がして仕方なかった。また、東伝自身もこの少女に関わることが自分の避けることの出来ない運命の様な感じがした。
この年になって、この様な重要な責任を自分に負わせ、緊張した日々を送る様に配剤した天に感謝せねばと言い聞かせた。

 紅蓮は、自分が濃いブルーと赤で出来たレターデーションの中を東に歩いている自分が見えた。空を飛んでいるようにも感じる。そして背後からは地鳴りの様に響く声で
「青い(へき)璧を簡単に諦めるな。四面聖獣銀甕(しめんせいじゅうぎんよう)を手放すな。これらは汝の命と思うのじゃ。良いな!」
と謎の様な言葉を浴びせてきた。
 次の瞬間、二つの青い玉璧が四面聖獣銀甕の竜の両眼に納まるのが見えた。納まる瞬間、竜の眼孔から白い火花が出て、しばらくすると、竜の眼孔は赤熱状態となり、手が付けられなくなってきた。
それを見た紅蓮は必死に、
「風来(ファンライ)、風来」と叫んでいた。しかし、声が出ないのである。風を起こせば冷却し、赤熱状態が納まると思っていたのであるが何故か声が出ないのであった。
 この年一九六七年は、上海において上海コミューン(上海人民公社)が、後に江青を含めた「四人組」として断罪されたメンバーのうちの三人によって成立させられた。
この運動は紅衛兵を媒体として次第に中国全土に拡散し、武装闘争が各地に展開されていった。
そして、東伝らが日本に脱出しようとしていたこの時期には、武闘の中心は武漢や湖南地方に移っていて、その年の二月頃に比べいくらか沈静化していた。
この武闘を直接見聞していた上海の外国人街の住人達は非常な危惧を抱いており、中国から脱出したいと願っていた良心的な中国人をなんとか助けてあげたいと、考えていた。
 この店の主人も然りで、日本人でありながら、体格は大柄で、眼鏡もかけてなく、しっかりした世界観の持ち主であった。同時に商人でもあるので、利潤に対しては敏感であった。その目を通して、この不思議な組み合わせの老人と娘を庇護する気になっていたのであった。
 その視線を感じとった東伝は、この店の主人に身を委ねることにした。2日間中国を脱出するのが遅れるが、その間、外国人街の中にいれば先ず安全なので、日本のことを出来るだけ頭につめておくことにした。
 東伝は先程から何事か寝言を言っている紅蓮の方をみつめ、
「紅蓮ちゃん、さてホテルに向かうかな?」
目をこすりながら紅蓮は起き上がり、
「東伝さん、さっきの銀製の容器売っちゃったの?」
「いや、ここの店の主人が日本に行ってから売った方が良いと言うものでまたしまったよ。どうしてかな?」
「それだったら良いの。さっき居眠りしていた時、例の崑崙(こんろん)の仙人が出てきたの。そして、「青い璧を簡単に諦めるな。四面聖獣銀甕を手放すな。これらは汝の命と思うのじゃ。良いな!」と言ったの。青い璧はどうなったかな。」
東伝はほっとすると同時にこの店の主人に感謝するばかりであった。
 崑崙の仙人は紅蓮にとってだけでなく東伝にとっても絶対的な存在であった。そのお告げであれば、絶対無視できないのである。この店の主人があの様に言ってくれなかったら、今ごろ他人の手に渡っているのである。
「分かった。ホテルに行く前に、もう一度海岸へ行って青い璧を拾いにゆこう、細い棒があれば取り出せるかもしれない。懐中電灯も借りて行こう。」
 店の外に出て見たら、すでに先程のレタデーションは空になく
濃紺の空となっていた。
 海岸は外国人街の外にあるので安全とは言えないが、この時刻はどこでも夕餉の最中であり、人影は少なく人に怪しまれることは無いと言う計算があった。
 青い璧を落とした岩は容易にみつかり、直ぐ岩の裂け目に懐中電灯の光をあててみた。
 光は裂け目の底まではっきりと照らしていたが、青い璧は何処にも見えなかった。東伝と紅蓮が交互に覗き込んでみたが、無い事は明らかであった。
 青い璧がこの岩の裂け目に転がり落ちたのを知っているのは紅蓮と東伝だけで、海岸にはあの時他に誰も居なかったので、誰かが吊り上げて持ち帰ったということは有り得ないことであった。
 しかし、見つからないのは、何度目をこすって見直しても同じで、諦める他無かった。東伝は沈んで行く自分自身の気持ちを、抑えて、
「紅蓮ちゃん。諦めよう。四面聖獣銀甕を手放さなかっただけでも良かったではないか。」
「うん、そうね。東伝さん、ホテルへ着いたら四面聖獣銀甕をもう一度見せて欲しいの。もしかしたら、…・」
「えっ?もしかしたらどうしたかな?」
「いいの。今日泊まるところは昨日と同じ?」
「いや、昨日のホテルの近くだけど、もっと安全なところらしいよ。先程の古物商の主人が手配してくれたんじゃよ。さあ行こう。」
ホテルに入ると早速カウンターから、「呉 東伝さんと 薄 紅蓮さんですか?海南堂の主人より伝言があります。良いですか? …… パスポートとビザは明後日午前中にここに代りの者が持参します。日本への船便はセントメリー号で午後三時に五号波止場から出港します。部屋は、三階七号室と八号室の二部屋となっています。食事はロビー横のレストランで自由に出来ます。お支払いは既に全て海南堂さんが済まされています。ではごゆっくり。」

 三階の廊下からホテル独特の香りがした。恐らく木製の廊下が
腐り防止のためにタールが塗られているためであろう。
三階フロアの最も奥に、八号室、その手前に七号室があった。奥の突き当たりの窓からは港に停泊中の外国船の灯かりが点々と見えた。
「紅蓮ちゃんは七号室で良いかな?明日はまだ出発出来ないだろうから朝は遅くていいんだよ。七時に起きて。八時頃朝食にしよう。」

東伝は紅蓮に翌日の予定を伝えたが、何か忘れている様な感じがした。
「分かった。………。」
と紅蓮は答え、東伝は、紅蓮が七号室に納まるのを見届けて、隣の八号室に入っていった。
東伝は持っていた荷物をテーブルの上に置いた時、忘れていることを想いだした。
早速、四面聖獣銀甕を両手でかかえ、紅蓮の部屋に向かった。ドアをノックすると、すぐにドアがあき、
「思いだしてくれたのね。」
と言って東伝の顔と東伝の両手に抱えられた四面聖獣銀甕を交互に眺めた。そして、
「私がつけていた青い玉璧が、四面聖獣銀甕の青竜の目に納まっている、というお告げがあったの。」
と、早口に、か細く言った。
 東伝は今までのこともあり、すぐにそれを信じ、
「そう言うことだったのか。四面聖獣銀甕を手放さなくて良かった。」
と言いながら再び海南堂の主人に感謝した。
明るい灯りの下で確認すると、確かに四面聖獣銀甕の青竜の眼は
濃紺色に輝いていた。
 東伝も紅蓮も、良くは覚えていなかったが、濃紺色でなかったことだけは覚えていたのだった。

その晩、前夜と異なり紅蓮は熟睡した。
しかし、何か夢をみた感じがしていた。
朝、起きたら既に東伝は起きていて、ホテルの回りを散歩して来たという。ちょうど散歩から帰って来て、八号室に入る時に紅蓮に気がつき、
「紅蓮ちゃん、わし等は運が良かったよ。昨日、わし等が乗る予定だったあの船沈没したらしい。助かったものは一人もおらんかったらしい。定員オーバーが原因だったらしい。
ところで、紅蓮ちゃん、今日は一日中特にやることはなく待機する身なんじゃが、どうかね少し日本語でも覚えてみようか一緒に。」
「簡単な挨拶くらい日本語を知っておいた方がいいわね。そうしましょう。海南堂さんに行くのでしょ?」
「よし、決まった。そうしたら今から食事をして、戻って少し一服してから出掛けることにしよう。荷物を入れるボストンバッグのようなものも買いにゆこう。九時半出発で良いかな?」
「いいわ。」

  〜〜〜 11.出港 〜〜〜

翌々日、薄紅蓮、呉東伝は、予定通り上海の港を出港した。
何日か前には両親と別れ、今度は母国を離れることになった。
 蘇州の自宅を、両親ともども追われることになった時、運河の川辺に埋っていた槐(えんじゅ)の木や、運河に突き出た薄べったいが、強靭な石段を、自分と共に生きてきたものとして、名残惜しく思ったものだ。が、それと似たものを船に乗り込んでから、上海の港に手をかざして眺めてみても 、それらに類するものは何も見つからなかった。
紅蓮は、国というものを意識するにはあまりにも若すぎた。
だから他国に向かうことがそれほど大袈裟なことの様に感じなかった。
 と言うより、それまでのことより、これから自分が経験するであろうことを考えるほうが魅力的であり、これから自分達がたち向かう新しい境遇の方がはるかに関心があったのだ。
 東伝は、そんな紅蓮の横顔をみて、頼もしい感じがした。この紅蓮の横顔を見る限り、「青年は八時、九時の太陽だ。」
といった毛沢東の言葉は、やはり正しいのかな、という想いがした。
 上海の陸地が小さくなるにつれて、行き交う船も、
鵜蓬船(うほうせん)からジャンクへ、そして貨物船と、次第に大きくなってきた。そして行き交う船の数も滅法減ってきた。

翌朝には、神戸港へ着く予定であった。
江南の地を東洋のベニスと言ったマルコポーロが、黄金の国ジパングと呼んだその国に行けるなんて、なんと素晴らしいことか。
確かに言葉は通じないし、生活の習慣が違う。
お金の価値も違う。
何もかも違うのだから不安がない訳ではない。
海南堂の主人の話しからは、生活レベルは中国よりはるかに上のようだ。
また、敗戦から立ち直って、急激に経済発展しはじめていて、人手はいくらでも必要なようだ。
国民一人一人の教育レベルは、アジアでも屈指のようである。
紅衛兵の様な、集団的なヒステリックな暴動や迫害も無いという。
――――その国でわしらは何が出来るだろう。
――――鉦渓、蕾蓮夫婦から預かった紅蓮を、幸せにしてあげることが出来るであろうか。
東伝は考えれば考える程心細くなるが、生活費だけは困らないだろう、という楽観的な見通しを持てたことが唯一の希望であろう、と考えながら水平線の方を眺めていた。

彼らが神戸埠頭 に着いたのは一九六七年七月二十九日午前八時三十分であった。

この物語のつづきは、また別途話をすることになるでしょう。それまで一先ず終わりにします。

  〜〜〜 完 〜〜〜








2007/11/09 23:30:00|物語
運河の漣 (4)
       運河の漣 (4)

    〜〜〜 10.形見 〜〜〜

いつの間にか、日が傾きつつあった。
  西の空は青から赤へのレタデーションが美しかった。
西日が部屋にこぼれてきているのをぼんやり見ていた紅蓮に母蕾蓮が話しかけてきた。
「紅蓮、この服は中国人が着るには珍しい服だけど、日本や欧米では違和感のないデザインなのよ。私のお母さんが阿片戦争の頃、英国人からもらったもので、大事にしまってあったの。あなたが日本に行く時に、私のかたみと思ってもっていってね。中国は、今は誰でも人民服を着るのが普通だから、こういう服は着れないし、いつ、こういう服が自由に着れる様になるか分からない。お母さんの代りに着てね。」
と言いながらその服を広げてみせた。
「まあ、奇麗な色、あの夕陽の青と赤の間の色と同じね。それを見ていると、心が吸い込まれる様な感じがするわ。深みのある色ね。」
「もともとロングのスカートになっているし、英国夫人用のサイズだから私には大きすぎるけど、あなたは私より大きくなるでしょうから、丁度良い大きさだと思うわ。確か生地はビロードと言う名前だったわよ。日本でゆとりが出来たら着てみてね。」
「有り難う。大事に着るわ。お母さん。」
そう言いながら紅蓮はそのワンピースを胸の前にぶら下げて合せてみた。
その姿を見て蕾蓮(らいれん)は、これを着ている紅蓮(こうれん)の姿を本当に見る事が出来るであろうか、とふと心細い思いをしたのだった。
ところが、紅蓮もその時、
――― お母さん達無事でいられるのだろうか。
ふと不安になっていたのだ。

 六時になって、舟問屋のおかみが上機嫌で夕食を運んできた。
胡轟耳(ころうじ)が気の毒がって、この食事の費用代を支払った、というのだ。
ところが彼らはその話しを聞いても誰一人心からの喜びを示さなかった。彼ら四人とも廊下で胡轟耳とすれ違う時に受けた印象は東伝が受けた印象と同じで、視線に冷たいものが含まれている様に感じていたからである。

しかし、ここ数日のはりつめた緊張感がほぐれてきた為か急に空腹を感じてきたので、そんなことを忘れて箸を着けはじめた。
 そして皆それぞれに、それぞれの思いをかみ締めながら、重い雰囲気でゆっくりと食事を済ませた。

 舟問屋のおかみが、顔を見せ、
「では、東伝さん、お嬢ちゃんそろそろ準備してね。
李櫂和(り・ようわ)さんにはもう伝えてあるから、なにかあったら相談してね。準備出来たら出発ということにするから合図して下さいね。」

外に出たらもうすっかり暗くなっていた。
突堤につながれた鵜蓬船の舳先には赤い提灯がぶら下げられていた。
 その灯かりが運河の水面に反射し、ゆらゆらと揺れていた。
 紅蓮の荷物は蕾蓮が準備して、東伝の旅装はおかみが用意してくれた様だった。

 舟の屋根の下に黒くうずくまった陰が僅かに動いた。既に、
胡轟耳が舟に乗り込み出発を待っていた。
船頭の李櫂和が手を差し伸べて紅蓮を舟上に招きいれた。
 続いて東伝が飛び乗った。
 旅程の長さにしては、二人ともそれぞれ片手に袋をぶら下げただけの軽い旅装であった。
それだけに、旅程の長大さを知る者にとっては、その袋に貴重品が入っていることが手を取るように分かってしまうのであった。

紅蓮は両親にどの様な顔を向けて良いか分からなかった。
 この地に残留する両親は、どの様な目に会うか分からない。それを思うと居たたまれない気がしたが、その様な不遇な地を後にして異国に旅立つ自分はどれほど運が開かれているだろう。
現状を打破すべく努力研鑚すれば、全く新しい境地に立てる可能性がいくらでもある新世界に旅立つのである。
 おそらく両親はこの地に於いて、現状を打破すべく努力研鑚すれば、するほど厳しい立場に立たされるに違いないのだ。

 李櫂和が櫂の先を運河の石段に突き当て、大きくゆっくり一杯一杯に伸ばした。
 鵜蓬船は暗い運河をすべり出し、離岸する瞬間小刻みに揺れていた赤い灯火が揺れを少なくしてゆく。
 ぴったり八時出発である。これだったら定期便と全く変わらないので、怪しまれることは無いだろう。

両親の姿は間もなく暗闇に溶け込み、櫓を漕ぐ音だけが耳に聞こえる様になった。
 そうなってから、紅蓮は東伝(とうでん)と共に胡轟耳のいる舟屋根の方に近づいていった。
胡轟耳は酒を呑んでいるようであり、その為か陰鬱な感じは受けなかった。というよりそういう感じを受ける前に胡轟耳が愛想よく紅蓮に話し掛けてきたため、そういう印象を受ける暇がなかったというのが事実だろう。
「お嬢ちゃん、これから上海に行くそうだね。物騒な世の中だから気をつけなくてはいけないね。おじさんはもともと上海出身だから良く知っているが、外国人の多いところでね、中国ではないみたいだよ。そうそう自己紹介しておこう。わしは胡轟耳と言う名前で、君のお父さんと同じ位の年かな。同じ舟に乗り合わせた仲間と思って、困った事があれば遠慮無く相談してくれるかな。」
「私は薄紅蓮、この人は呉 東伝さん。私達上海経由で日本へゆくの。上海までこの舟でご一緒ね。よろしくお願いします。」
 東伝は自己紹介の手間が省けたと思いつつ軽く頭を下げた。と同時に胡轟耳は傍らからもう一つのコップを指し出しながら、
「呉さんですか、船宿のおかみから、あなたの噂を耳にたこが出来るほど聞いていましたよ。今回は大冒険ですね。でもこれからは中国本土に居続けることの方が大冒険かも知れませんけどね。」
といって同意を求めているようだった。東伝は初対面の印象から簡単には気を許さない方が良いと決めていたが、コップに酒を注がれるとついついそれを受け取り、表情を崩せざるを得なくなった。そして、
「じゃ、御相伴しますかな。全く静かな夜ですね。嵐の前の静けさですかな。所で胡さんは上海にいらっしゃった時は何をされていたんですか?」
と初対面以来気になっていたことを聞いてみた。
「嵐ですか。何の嵐ですかね?この国が傾くことですかね。それともあなたがたのこれからの旅ですかな。いずれにしても人の世なんてのは常に嵐とその前の静寂の繰り返しですよね。
違うのはその周期の長さと、振幅の大きさでしょうかな。私が上海にいたのはちょうど自分にとって嵐の時期だったと言っても良いでしょうな。しかもその周期はとてつもなく長かったですよ。そんな私の話しなど退屈以外の何者でもありません。」
――――そうか、それがこの人間を暗くみさせている理由かな。
と、東伝はは一人ごちた。

紅蓮の家の前に差し掛かった。全くの暗闇で、当然ながら人の気配が全くしなかった。
しかし、外壁をよくよく見るとまたもや落書きがしてあった。
紅蓮はなんの興味を示さなかった。
失望しても絶望しても仕方がないことを、ここ数ヶ月の経験から紅蓮は身にしみて感じとっているし、今は上海や日本の国へ渡航することの期待のほうがはるかに大きかった。
父鉦渓と、母蕾蓮の悲しげな顔が紅蓮の胸に浮かび上がった時は一瞬紅蓮の目が涙で濡れた。
彼等をのせた鵜蓬船はチャポチャポと音を立てながら波静かな水面を滑る様に東へ東へと向かった。
蘇州城の城郭を過ぎ、
京杭運河を横切り東上するうちに何時の間にか空が白み始めた。
鳥のさえずりや鶏の鳴き声が聞こえてきた。すこしづつ人影も見られる様になった。
十字やT字に交わる他の運河がひっきりなしに現われ、中には自宅の庭に引き込まれた水路があり、そこには足変わりの鵜蓬船やボート、いかだが係留され、その周りをあひるが右往左往していた。
何気なくそれを眺めていた船頭の李櫂和は、
―――――あと半分の道のりだな
と独りごち、東伝は、
―――――この風景こそが平和な中国の夜明けではないか、
と独りごちた。紅蓮は、
―――――日本の国にも同じように運河が沢山あるのかしら、
と独りごちていた。そしてもう一人の同乗者胡轟耳はこの時とんでもないたくらみを練っていたのだ。

それぞれの気持ちと企みを持った人達を乗せた
鵜蓬船が、
上海に着いたのは翌日の夕方であった。大きな外国船が停泊していて、それらの間で
鵜蓬船が、落ち葉の様に水面に揺れていた。
その水面は既に運河から揚子江のものとなり、長江の大きな流れを
覆っていた。

紅蓮は、初めて見る大都市の佇まいと外国船に目を見張っていた。

鵜蓬船の小屋根の下では胡轟耳が東伝にしきりと話しかけていた。
「東伝さん、日本行きの便があるのだが、それを利用しませんか?渡航費は少しですが、普通より安くなっていますよ。私の知り合いがやっている船会社の便で、一日おきに便があるし、乗客も中国人ばかりなので安心出来ますよ。」
「日本の何処の港に着くのですか?安全な航路を通るのでしょうね。」
「下関経由で、神戸が終着港です。中国語で書かれた日本の地図も乗客は全員もらえるのですよ。間もなく港につきますから、それまでに決めておいて下さい。」
「ビザやパスポートを持っていないのだが、問題無いのですかね?」
「そうでしたね。安心して下さい。舟の中で発行できますから。」
東伝は迷った。この種の話しには必ず落ちがあるものだ、ということを経験的に知っていたからである。
しかし、追われる身の東伝等にとって贅沢を言ってはいられなかった。下船直前に、東伝は、
「例の話しお願いすることに決めました。よろしくお願いします。便は明日か、明後日をお願いしたいのですが良いですか?今日は便があっても駄目なのです。少し疲れているので、上海で一泊か二泊してからにいしたいのです。それに、持ち物を換金して渡航費を準備しなければならないのです。」

胡轟耳は皆そうしてんだと言わんばかりに、
「そうしたら、明日、朝5時にこの場所に来て下さい。その時、出港日時と場所などの連絡をします。渡航費一人50元もその時渡して下さい。大人も子供も同じ額ですから併せて100元ですね。ではそれまでお会い出来ませんから、明朝までご機嫌よう。」
と、相変わらずの陰影に満ちた表情で東伝に告知し、無愛想に先に
鵜蓬船を降りて行った。

東伝は、温和で誠実な船頭の李櫂和(りようわ)に礼を言うとともに、舟問屋のあるじやおかみによろしく伝えてくれる様に、また、李櫂和にもなにかと紅蓮の両親の薄鉦渓、蕾蓮夫妻に気を遣ってくれるよう頼み、紅蓮を伴って鵜蓬船を下船した。

下船してから、すぐ所持していた金目の品を路銀に変えるべく
外国人街を嘗めるようにして歩き回り、古物商を探した。
 とりあえず人民元五百元と日本円二十万円に換金した。取りあえず、日本への十分な旅費を手中にしたのであった。
運良くその古物商が日本人だったので、日本にある店舗の連絡先を聞くことが出来た。
 古物商は東伝等がまだ換金していない高価な古物を大分持っていると見抜いた為か、日本に行ってから困ったことが起これば、ここへ連絡すれば、中国語で用を足すことが出来る、と言って、中国語を操る日本人の氏名と連絡先を教えてくれた。
兵庫県芦屋市打ち出の小槌町斎藤英爾と、書いたメモを渡してくれた。名前を教えてくれれば、今日にも連絡しておくと言うので、
呉東伝、薄 紅蓮、出発日、明日か明後日、上海出港とメモした紙片を古物商に手渡した。古物商を出て宿をみつけることにした。なるべく外国人街に近いか、街中にあるのが好ましかった。
 さすがの紅衛兵もここまでは手をだせないのであった。
 しかし近来、外国人、特に欧米人は危険を感じ、その数は減りつつあった。
 それに対し増加しているのは、インド人と日本人であった。インド人は欧米人の代理、日本人は地理的にいつでも退避できるという地の利のためだが、このような激動の時代にあっては人口の流動があり、それに伴う換金需要がある。
 換金の担保になるのは多くの場合、その地の骨董品の場合が多い。そこに目をつけていたのである。
 海外へ渡航しようとする中国人は本人が考えている以上に値打ちのある骨董品を換金する場合があり、ほぼ言い値で換金している。

宿泊費は数倍したが、紅衛兵にでも見つかって、渡航できなくなると厄介だったので、無理して外国人街内にあるホテルに宿泊することにした。そして東伝は紅蓮に向かって、
「紅蓮ちゃん、こういう高級ホテルにはめったに泊まれるものではない。明日は朝早いので、しっかり休んで体力を温存しておこう。」
と言って、ベッドの上に坐り込んだ。そして明日朝一番から起こりうることを順にイメージして、必要なことはメモしておいた。
翌朝五時、約束通り船着き場へ行くと、既に胡轟耳は来ていて、東伝等の姿を見つけると、彼らの方へ歩み寄ってきた。
「予定通りですな。船は、今夕七時にここに書いてある浜辺から出港します。船はそれ程大きくない船内に乗客が沢山乗り込むので、やや窮屈でしょうが、慣れればどういうことはありません。それから船代は乗船してから支払って下さい。では時刻と集合場所を間違えない様に注意してやってきて下さい。では私はこれで失礼します。快適な旅を!」
と言って消えていった。
―――出発の時刻まではまだ十四時間もある。昨夜宿泊したホテルも既にチェックアウトを済ませて来ている。今夕七時まで何をして待とうか。
と、東伝は考え込んでいたが、思い付いたことは、
「紅蓮ちゃん、少し浜辺に行って、海でも見ていようか。」
だった。
「うん。なんでも東伝おじさんの言う通りにする。だってあのおばさん、東伝おじさんのやること、言う事が間違っていた事は一度もない、と言っていたもの。」
と、いいながら二人は潮の香りが一段と強くなる方へ足を動かし始めていた。
紅蓮は東の太陽をみつめながら、
「毛首席は、青年は八時九時の太陽だ、と言っているようだけど、どんな太陽かしら。」
「そうだ、あそこに、腰かけるのに丁度良い、平たい岩が見えるじゃろう。あそこに腰掛けて、その太陽を見ていよう。紅蓮ちゃんは、六時七時の太陽だから、丁度この時刻の太陽じゃて。わしは同じ八時九時でも夜の八時九時じゃよ。」
と少し寂しげに言いながら、二人でそこに腰掛けた。

 太陽光を真正面に受けて、水平線から刻々離れて行く様子がありありと分かった。
 まるで、水面が中国で、自分たちが太陽のようである。しかし、大きな違いは太陽の軌道は、宇宙の法則にしたがって逸れることはない。
ところが、自分たちの軌道は、全く保証されたものでなく、運気にしたがって、自分たちで拓いてゆかねばならないのである。
 太陽の前を、二、三片のちぎれ雲が横切るのを二人は見ていた。
それは瞬間の出来事だった。
 ちぎれ雲の雲間から漏れ出た一筋の光線が偶然彼らを照らし出した。
そして紅蓮の首に掛かった青い璧をその光線が照らした一瞬、青い璧はカチカチと甲高い音をたたて首飾りの留め金から外れ、彼らが坐っていた岩板の僅かな割れ目の間にころげ落ちていった。
紅蓮はあせった。一生の半分以上紅蓮の肌身に一瞬たりとも離れずに紅蓮を見守ってきたもので有る。
東伝はそれを見ていて、最初は縁起が悪いと思ったが、思いあたる事はなにも無いと、思い直して、紅蓮に、
「見つかりそうかな?割れ目の底まで転げ落ちてしまったようじゃて、取り出すのは無理じゃろう。ところで、考えてみたんじゃが、ここで時間を潰すというのは、安全とは言えない。昨日行った外国人街の骨董品屋へ行って色々日本の詳しい事を聞き出してみよう。惜しいじゃろうが諦めるしかないな。」
と、突き放す様に言った。そして外国人街の方へ歩きはじめた。

骨董屋に入るやいなや、
「あらまア。昨日の呉東伝さんとお嬢ちゃん。日本行きの便は決まりましたかな。どうぞ、どうぞ、出港まで時間があれば、お茶でも
呑んで行きなされ。」
と、東伝と年齢がいくつも変わらないという風体の主人が語りかけていた。東伝は、胡轟耳に聞いた通りの話しをした。
「そんな時刻、場所から出港する便は無いはずだが。……、そうか、また蛇頭(じゃんとう)のたくらみだな。止めた方が良いんだがな。・・・・、
 そうだ、貴殿らは確かパスポートを持っていないし、ビザも持っていなかったはずですね。訳ありの渡日らしいから正規の方法では取得出来ないでしょうが、我々外国人に任せていただければ、申請して三日で入手出来てしまいますよ。
 どうですか、見た所、訳ありだが精神は気高そうに見える。住所、氏名、生年月日だけ教えて下さい。無料ではありませんが、その方が安全ですよ。
 船便も、きちんと港から出る便を利用した方が日本に着いたあとどれだけ身分が保証されて生活しやすいか分かりませんよ。是非そうしなさい。任せていただければすぐにでも手続きの代行を始めさせてもらいますが。」
そんな話しを東伝がその主人としている間、今朝起きるのが早かったためか眠気に勝てない紅蓮は座布団の上で横になって眠りに落ちていた。東伝はそれを見た後、
「よろしくお願いします。但し、お金は昨日ここで円に換金した現金しか持っていないので現品でよろしいかな?それで良ければお任せしましょう。ついでに二泊分のホテル代相当の換金もお願いします。」
「現品とはどの様なものをお持ちですかね?お見せいただけますか?」
 費用が高くかかりそうなのを感じた呉東伝は、持ち物の中で二番目に高価な品物を出した。
紅蓮の父、薄 鉦渓家に古くから伝わっていた銀製の急須であり、ずっしりと重く、四方に飛び出る様に竜、亀、虎、鳳凰が彫刻されている。
かっては大量に錫が採掘された無錫の近くなので、実は錫製で、せいぜい明代に造られたものだろうと思っていたが、近所にたまたま骨董品の鑑定を趣味にする人物がいて見てもらったら、本物の銀で、時代も明代よりはるかに古いと言われ、それを希望的観測で期待していたのである。
その古物商の主人は、一瞬、
「あっ。」
と、驚きの声を上げそうになったが、そこは商売人で、さめた顔つきで、
「これは、たいそうな品ですよ。本当にお売りになるのですか?」
「いや、実は、これは人から預かったもので、日本への路銀の足しにしてくれと言って預けられたものなんですよ。そこで居眠りしている娘さんのお父さんがもともとの所有者で、訳があって、代々
棲んできた家を残して他の場所に隠れ住み始めたんですよ。」
「悪い事は言いません。これは日本に行ってから日本で売った方が得ですよ。うちの本店が日本の神戸にあるので、そこで売って下さると約束していただければ、パスポート、ビザの手配、日本への船便の予約等日本への一切の渡航手続きを無料で引き受けますよ。
 その上、日本で一年は遊んで暮らせるだけの額は任せていただくのですけどね。如何ですか?」
「有り難いことです。是非そうさせていただければと思います。よろしくお願いします。」
と、東伝は紅蓮の方を振り返ってみた。

   〜〜〜 つづく 〜〜〜







2007/11/06 21:52:11|物語
運河の漣 (3)
     運河の漣(3)

   〜〜〜 9.新天地 〜〜〜

 鉦渓の気持ちは既に決まっていた。
――――家を捨て、この国を捨てよう。自分はもう駄目だろうが
蕾蓮(らいれん)と紅蓮(こうれん)は、誰からの迫害からも守らなくてはいけない。
――――そうだ、日本だ。終戦後日本は平和国家に生まれ変わって、すさまじいほどの経済発展を始めたと聞いている。なんとか蕾蓮と紅蓮を日本に匿おう。問題はどうやって日本に送り出すかだ。

 呉東伝(ご・とうでん)さんに相談してみよう。すぐにも決行だ。 そう決めたのだった。それを明日中に実行しないと間に合わない。
そして自分の家に着いた。

 鉦渓(しょうけい)は自宅にたどり着くので精一杯だった。
 門の戸を開けようと力を加えたものの、その力の反作用で
鉦渓自身が戸の前で倒れかけてしまったのだった。
 鉦渓は性根尽き果て気を失ってしまった。
――――こんなひどいことするの誰?
紅蓮には信じられないことだった。
 父鉦渓からは、この世に根っからの悪人なんかいないと教えられていたので、最初は「誰?」という疑問も湧き上がらなかった。
 しかし、父の無残な姿を見ると、次第に、「何時?」、「何処で?」、「何故?」と憤怒を交えた疑問が湧いてくるのであった。
蕾蓮が、
「直ぐ汚れをとらないと破傷風になってしまうわ。紅蓮、お湯を沸して。早く。」
と、言うか言わないうち、紅蓮は竈の方へ向かっていた。

 先ず傷口の汚れを落とさねばならない。
布に熱湯を浸し、傷口をぬぐっている妻蕾蓮の目からはとめどもなく涙が垂れ落ちていた。半分は夫の苦しんでいる姿が気の毒でならない涙だが、半分はこういう事をした人間への反抗心的な悔し涙であろう。

鉦渓が気がついた時は既に日も改まっており、眼前に妻
蕾蓮、一人娘の紅蓮、そして呉東伝の心配気な顔を認めたのだった。
「気がついたわね、あなた。大丈夫?」
「お父さん、頑張って。」
鉦渓は二人の言葉を聞き、呉東伝のまなざしと肯きを感じた。鉦渓は呉東伝にまなざしで返したが、そのまなざしには絶望と諦観が混じっていた。

「今何時?」
 これが、鉦渓が戻ってきて最初に口にした言葉であった。
「朝八時よ。今熱いお茶とご飯を持ってくるから待っていてね。東伝さんも召し上がっていって下さいね。」
と、強い口調で言った。
 蕾蓮にとって、今この場で呉東伝が唯一頼りになる存在であり、その呉東伝になるべく永くこの場に居て欲しかったのだった。
鉦渓にとっても大切な話があるので帰ってもらっては困るのだった。だから、
―――私からもお願いします。
と視線で二、三回大きくうなずいた。
「今日一日しか猶予がない。大切なものはまとめてすぐにでも出てゆける様にして欲しい。 」
それがどういうことか東伝は察しがついたが、蕾蓮と紅蓮はどういう意味か咄嗟には分からなかった。
 そう感じた鉦渓は、
「明日、紅衛兵達がこの家を壊しにやってくる。その前にこの家を捨て、新天地に逃れることにした。」
と具体的に説明しはじめた。
「新天地って、何処?」
「海を経た隣国日本だ。今のこの国よりましだろう。かつては敵国だったが、今は平和憲法のもと、すさまじいほどの経済発展を始めていると聞いている。新天地になるかどうかは本人の努力次第だが、ここよりは良いだろう。」
「だけど、あなたのそのけがではとても無理でしょう。そんな遠くの国より、この国でもう少し奥地、酒仙や敦煌では駄目なの?それに日本までどの様にそて行くつもり?」
「わしはこの国に残り、結末をみたい。蕾蓮と紅蓮は行って欲しい。東伝さん、日本に行く何か良い方法は無いだろうか。」
東伝が答える前に、蕾蓮は言った。
「あなたがこの国に残るのなら私も残る。あなたと一緒に戦う。紅蓮、あなたは行きなさい、まだ若いんだから。言葉だってすぐ覚えるでしょう。東伝さん、私からもお願いします。日本にゆく何か良い方法はないでしょうか?」
東伝が答える前に、今度は鉦渓が言った。
「蕾蓮、一生後悔することになるかも知れないよ。それでも良いのかい?」
しばし、この様な会話が鉦渓、蕾蓮夫婦の間に交わされて、結局蕾蓮は鉦渓の元に残ることになった。

その頃合いを見計らって、東伝は三人に向かって話始めた。
「実は、わしもな、こんな国にほとほとあいそをつかしたよ。三十年位前に中国にきた日本人を知っている。住所、氏名、顔を知っているのでなんとかなるだろう。30年も前のことだからまだ生きているかどうか分からないが、なんとかなるだろう。
よろしい、わしは紅蓮ちゃんにお付き合いしよう。わしが紅蓮ちゃんを日本に連れていってあげよう。紅蓮ちゃんに依存がなければだが。
この様なわしの運命は何故か暗示されていたように思うんじゃ。実は初めて紅蓮ちゃんに会った時の前の晩不思議な夢を見た。
霧の中から一人の白眉、白髪、白装束で青銅色の皺の深い顔をした老人が現れて、
『わしは千年をかけて西方からここにやってきた。ここからはお前の番だ。藍(あお)い色の璧(へき)の所に舟をつけよ。そしてみつけたら同じ事を言え。そして更に東に向かうのだ。』
と、わしに言ったんじゃよ。そして、運河に舟を浮かべて東に流れてゆくうちに、紅蓮ちゃんに出会ったんじゃ。その時、確かに紅蓮ちゃんは藍い色の璧で造られた首飾りをしていた。
 しかし、そんな話、つい最近まで忘れとったんじゃよ。ところがつい最近また似た様な夢を見ての、白眉、白髪、白装束で青銅色の皺の深い顔をした老人が現れてな、
『時は迫った、いよいよ東に行くのじゃ、藍色の壁を持って』と、告げられたのじゃ。
その日本人から五年ほど前に手紙が来た。
刺繍を贈ったお礼だったんじゃ。」
東伝が一気にそこまで話して、一息いれると、紅蓮は、
「東伝おじいさん、これね、藍い璧って。」
と言いながら首かざりを左手でじっと握りしめた。そして、
「私もそのお爺さん知っている。私の夢にも出てきてこう言ったわ。
 運河を観ていたら急に虹が現れ、後ろからそのお爺さん、
『その虹の向こう側のたもとには日本と言う国がある。そなたはその日本と言う国に近く行かねばならない運命にある。その時に迷ってはならぬ。同じ場面に次に出くわす時は、二度「風来」と大きな声で叫ぶのじゃ。』
それで、
『一人で行かなくてはいけないの?』
って聞いたら、
『東伝さんが一緒に行く。東伝さんはもうこの事を知っている。しかし、その時が来るまで東伝さんには何も言ってはならぬ。分かったね。』
と、言って消えたの。」
それを聞いた鉦渓、蕾蓮、東伝は胸をなでおろした。
三人とも紅蓮がこの話を嫌がったら話はぶち壊しになる、と思っていたからだ。

「東伝さん有り難う。何もかも東伝さんのお陰だ。何から始めたら良いかだけど、いずれにしても路銀が必要なはずだ。蕾蓮、金目になる小物を全て集めなさい。
 何処かでお金に替えられると良いのだけれど。駄目だったら肌身放さず多少重いけど持ち歩けば良い。その他の祖先から伝わった家財は明日、紅衛兵に皆取り上げられる前に何処かにかくしてしまおう。」

「いや、お礼を言わにゃならんのはわしの方かも知れん。いや例の白眉、白髪、白装束で青銅色の皺の深い顔をした老人は今後も導いてくれるかも知れないから、その老人に感謝しておくことにしようて。
 それと、今後の作戦だけど、その金目の品物わしに預けてくれんか、これから運河を上る舟に乗って、かってわしが世話になった船問屋に行って、そこの主人に掛け合ってみよう。お金に替えてくれる様、頼み込んでみよう。あの主人も紅衛兵の暴虐には憤懣(ふんまん)やるかたない無い思いをしているし、将来日本との貿易を夢見ているから、なんらかの援助はしてくれるだろう。
 十時にその船問屋の舟がそこの運河を通りかかるので、至急、金目の品物を集めて下さい。わしはそれに乗ってかけあってこよう。五時にそこを東に下る舟に乗ってゆけば、夕刻近いので目立たなくて良いだろう。わしは今から自分のところに帰って荷物をまとめ、九時半頃ここに戻ってくる。
それまでに準備しておいてくれますか?
それから、鉦渓さん、ついでにあなたがたも一時的にわしのいた船問屋に匿ってもらったらどうかな?それも考えておいてくれますかな?わしが時々借りていた部屋が使われていないはずじゃ。
ここよりは窮屈じゃろが、安全なはずじゃ。 では九時半にここでな。」
そう言って東伝は鉦渓の家を出ていった。

「紅蓮、もう二度と会えないかも知れない。父さん、母さんの事は心配しないで、とにかく精一杯生きて欲しい。父さん、母さんは東伝さんの好意に甘えて東伝さんのいた船問屋で世話になることに決めた。
太湖のほとりだからここからそれ程遠くない所だ。」

東伝は約束の時間から十分程遅れてやってきて鉦渓の家に入ってきた。
 東伝はいつもの温厚な顔にやや緊張感を漂わせていた。
「東伝さん、金目のものはこんな程度しか有りませんでしたよ。だけど無いより良いでしょう。」
「それだけあれば充分でしょう。一人一袋づつ持ってゆけばどうですか?」
「そうですね。日本の物価は中国の十倍以上と聞いています。紅蓮に一番価値ありそうな品物を持たせましょう。」
と言いながら、鉦渓は翡翠(ひすい)が散りばめられた銀製の印章の入った袋を紅蓮に渡した。そして、
「東伝さんにもお世話になるのだから、少ないですが、これを渡しておきます。途中路銀に窮したらお金に替えて路銀の足しにして下さい。」と言いながら、ずっしりと重そうな品物を渡した。
 東伝は、それを受け取りながら、
「では私は紅蓮ちゃんと運河のほとりに立っていて舟が来るのを待っていましょう。舟が来たら紅蓮ちゃんにここまで知らせに来てもらいますから、鉦渓さんと奥さんはそれから家を出てくれば良いでしょう。」

紅蓮は東伝と連れ添って運河のほとりに立ち、槐(えんじゅ)の木にもたれかかる様にして運河の流れを見つめていた。
 何度か鵜蓬船(うほうせん)が東から西に通り過ぎていったが、どれも東伝の目指す舟ではなかった。

「紅蓮ちゃん、初めてあったのもここだったねエ。幻想的な出会いだったなア。
崑崙(こんろん)の仙人のお告げだったからなア。」
と東伝は感慨深げに話し始めた。すると紅蓮が答えた。
「私にもにもお告げがあったこと話したわよね。『そなたは日本と言う国に近く行かねばならない運命にある。その時に迷ってはならぬ。同じ場面に次に出くわす時は、二度 風来 と大きな声で叫ぶのじゃ。』 と言っていたわ。風来というのは何のことかしら。」
「紅蓮ちゃんそう言っていたね。「風来」の意味はわしにも分からんよ。ま、なるようになるさ。あっ、きたぞ、あの舟だ。お父さんお母さんを呼んでらっしゃい。家を出てくる時は必ず鍵をしめて来るように言うんだよ。」
そう言いながら東伝は両手を大きくふりながら、舟を呼び迎えた。

その舟の櫓を漕いでいたのは偶然にも、東伝がここに降り立った時、ここまで舟を操ってきてくれた船頭と同じであった。
東伝が船頭に事情を話しているところへ、
薄家の鉦渓、蕾蓮、紅蓮が各自両手に布袋をぶら下げて近づいてきた。

「東伝さん。ではお願いします。」と鉦渓が言うと妻蕾蓮は、
「今度この家を見る時はどの様になっているのかしら。」
と、眉間に皺をよせて不安げに呟いた。
「奥さん、神のみぞ知る、かも知れませんね。今は一刻も無駄に出来ません。では舟に乗って下さい。運良く、顔なじみの船頭さんだから安心して下さい。」
東伝の予定は、一度太湖のほとりにある舟問屋の主の所へゆき、そこから、再度同じ運河を東に向かい、上海に至る道程をイメージしていた。
 問題はその先で、上海から日本海を渡り、日本大陸に至るまでの方策が立っていないのであった。

 紅蓮は、舟からいままで住んでいた自分の家を、しげしげと眺めていた。

 臨水壁(りんすいへき)がこれほど美しく、また運河のすぐ傍に植えられた槐(えんじゅ)の木がこれほど頼り甲斐ありげに天にそびえているとは気がつかなかった感じがする。
 槐の影が、臨水壁にくっきりうつり、風が来ると槐の影が揺れ、紅蓮達に手を振って別れを告げているように見えた。 
 鉦渓(しょうけいは)は妻蕾蓮(らいれん)に向かって、
「諦めよう。」
と暗く呟いた。蕾蓮は鉦渓に向かって、
「なんとかなるわ。先ずは体力をつけないとね。世の中が変るまでじっと耐えましょう。」
 それを聞いた東伝は、
「鉦渓さん、奥さん。こんな世の中がいつまでも続くものではありませんよ。しばらくは太湖を見ながら悠々と自然と接していなされ。今度わしらがこの国に戻る時は世の中すっかり変っておるじゃろ。なあ、紅蓮ちゃん?」
「うん。日本から帰ってきたらお父さん、お母さんに楽させてあげる。私には良い世の中と悪い世の中の区別はつかないけれど、きっと良い世の中を探してみる。楽しみにしていてね。」

紅蓮は運河に向かって突き出した石段をずっと眺めていた。幼い時から何百回、何千回とその上に乗っかり運河の流れに目をやったり、鵜蓬船(うほうせん)から野菜等の買い物を受け取る為に身を乗り出したことだろう。

初めて気がついた事だったが、その石段は、石段というより薄べったい細長い石板を2、3枚重ねた感じで合計でも10cmも無い。それでよく折れもせず、また路肩から崩れ落ちなかったものだと感心していたのだった。
この鵜蓬船に乗っている、自分、両親、東伝お爺さん、皆あの石段の上を渡ってこの舟に乗り込んだのだ。
 そう思うと頼もしいものに別れを告げる悲しさを感じた。
鵜蓬船には上海で買い込んだと思われる雑貨が所狭しと並べられて、その向こうで東伝が何やら、船頭に話し掛けている。
おそらく、上海から日本への道程について意見を求めているのだろう。
アーチ橋の下を通る毎に、声が残響して東伝らの声がはっきり聞き取れる様になるのだった。幅約二メートル長さ八メートル程度の船の中央近くに竹製のシェルタがかかっていて、疲労で困憊(こんぱい)していた父鉦渓はそのシェルタの下で休んでいた。
 母蕾蓮は鉦渓に寄り添いしきりに鉦渓の汗をふいていた。
紅蓮は東伝等の話しが気になったが、彼らの話しを理解するには知識が少なすぎた。
 日本へ渡る方策が決まったのだろう。東伝が紅蓮の方に向かって、
「紅蓮ちゃん、うまく日本に向かう船に乗れる様、例の仙人に頼む事にしよう。」
と、話しかけた。
船頭との話しの中に、神戸、大阪の名前が何度と無く出てきているので、
―――日本の神戸か大阪という所へゆくのかな。
ということが分かったが、返事の代りに、
「夢に、仙人がちゃんと出てきてくれるかしら。」
という言葉が出た。

太湖のほとりに有るその船問屋に着いたのは丁度昼頃であった。 店のおかみが最初に東伝に気がついて、甲高い声で、
「久しぶりじゃないですか、東伝さん。お元気?」
と言いながらも鉦渓一家が一緒にいるのを認めて、愛想良く彼らに頭を下げた。
船問屋を往来する多くの老若男女を観てきているだけあって、人を見抜く力が備わっていて、鉦渓一家がならず者や浮ついた人達でないことをすぐ見抜いた。そして、
「どういう事情か知らないけど、とにかく先ずはおあがりよ。あいにく主人は出掛けているけど、私が代りにお相手するよ。東伝さん、なにかあったんですか。」
といい、東伝の話しに耳を傾け始めた。

 東伝の話しを聞きながら、時どき、あいずちを打ったり、眉間に皺をよせることがあるが、大抵は大きな声であけっぴろげに話しをする感じであった。
 それを横目に見ながら、紅蓮は、
―――この女の人だったら、ふさぎがちな父も気が楽になるし、母も付き合い易いに違いない、と安心した。

 そのおかみと東伝が一瞬、共に顔を雲らせた。東伝が、
「そうですか、あの部屋には先客がいましたか、それは困りましたね。」
と、本当に困った様な顔をして蕾蓮の方を見つめた。するとおかみは、
「なんとかしますよ。困った時はお互い様だよ。あの部屋に居候しているのは、特に主人とも深い関係がある訳でなく、行く宛てが無いというのを主人が聞き、仕方なく部屋を貸してやってんだよ。
 わたしゃ気味が悪くて仕方がないんだよ、あの住人。食い扶持(ぶち)が増えるわけでは無いし、特に悪い事している様でも無し、ちょっとした用心棒と言う感じで居てもらっているだけだよ。
 それよりあの部屋をあけてもらったとしても、4人はいくらなんでも狭すぎますよ。」
と、鉦渓らを喜ばせる様なことを言った。 東伝は手を横に振りながら、
「ところが、わしら四人の内、ここに世話になりたいと思っているのは二人、即ち鉦渓夫妻だけなんじゃよ。わしとここにいる紅蓮ちゃんは日本に渡ることになっている。」
「親子離れ離れなんて残酷な、二人も三人も同じこと、少し窮屈かも知れないけど一緒に暮らしたらいいのに、遠慮することないのよ。」
「いや、おかみさん、ご好意は有り難いんじゃが、わしらもう決めたんじゃよ。行くも行かぬも一長一短あってな、将来のことを考えたらこれが一番いいんじゃよ。」
「そーお? 東伝さんの言う事に今まで間違ったことがないからそれが一番良いのでしょうけど、それにしてもお嬢ちゃんは不憫(ふびん)ね〜。じゃ、東伝さんとお嬢ちゃんは何時頃旅たつの?」
「今日の夜中の内には立って、暗いうちに、
鉄鈴関(てつれいかん)、廣済橋(こうさいきょう)、斎門(さいもん)を抜けてしまいたいんじゃ。
蘇州のお城を通り抜けたいんじゃよ。たしかここから夜八時に
 上海に向かう便があったじゃろ。あれに便乗させてもらうと有り難いな。」
「分かったわ。漕ぎ手さんは東伝さんも良く知っている李櫂和(リヨウフー)さんよ。じゃ少し待ってね、
 胡轟耳(こ・きょうじ)さんと話しをつけてくるから。」
と言って奥の部屋の方に消えた。

この船問屋の裏庭には大輪の芍薬の真紅の花が咲き誇り、縦に地面に埋められた太湖石(たいこいし)とマッチして美しかった。
その芍薬の花と太湖石を四人四様の気持ちで眺めていた。

 散った花弁の行方を想う鉦渓と蕾蓮、
 異なる色の芍薬の花を思い浮かべる紅蓮、
 開花した花のすぐ近くに佇む芍薬の蕾をみつめ、
蕾の咲いた時の色と大きさを想う東伝
  人生の花模様 −

しばらくしておかみがにこやかに戻ってきた。そして、
「話しはすぐついたわ。事情を説明したら普段にこりともしない
胡轟耳さんが、どういう訳か急に機嫌が良くなって、おまけに今夜上海まで見送りをすると言うの。」
「そうですか。それは有り難い。どのような御仁か分からないけど、それではその方に挨拶くらいはしておこう。」
と言いつつ、東伝はその部屋の方に歩きはじめ、鉦渓夫婦、紅蓮も後を追った。
部屋に向かう途中、胡轟耳と思わしき人物とすれ違った。
東伝はその視線が、東伝がこれまでに親交を結んで来た人達が決して見せた事のない部類のものであることを感じた。しかし、胡轟耳と言う人物に間違いないと思い、その視線を忘れ、軽く会釈した。
 その人物の足音が聞こえなくなってから、東伝は、
「多分、今のが胡轟耳と言う人だろう。ということは部屋はもう開いているということだ。夜八時まではまだ時間がある。部屋ですこし作戦を練ろう。」
と言って、気を緩めさせなかった。
鉦渓は、
「これから、最も沢山の難事を処理して行かねばならないのは東伝さんだ、いくら日本に知人がいるといっても、その人に連絡をとれるかどうかも分からない。
その前に、どの様に中国を出国するか、日本に至る手段は、日本への入国をどの様にやってゆくのか、渡航費への換金はどこでどの様にしたら良いのか、等々、すぐにでも迫ってくる問題が山積みされている。
 しかもそれらを紅蓮の面倒を見ながら処理してゆかねばならないのだ。
 それを、全て年齢が鉦渓よりはるかに上の東伝に一任してしまっていることが申し訳なくて仕方がないのだった。
 この弱りきった体力では致しがたのないこと、せめて東伝さんが気分的に楽になる言葉を投げかけることにしよう、
と自分に言い聞かせた。
 そして、心の中で東伝に向かって両手を合せた。そして、一瞬の安堵を得た為か、鉦渓はつい居眠りを始めた。

   〜〜〜 つづく 〜〜〜







2007/11/01 20:55:08|物語
運河の漣 (2)
         運河の漣 (2)
    〜〜 7.拉致 つづき 〜〜

東伝は、紅蓮を家の中に連れ入れる際に同じ落書きを目にした。
紅蓮の家に、紅蓮と連れ立って向かっている間は、鉦渓と同じように、誰が、何故、何処へ奥さんを連れて行った、と何度も何度も繰り返し考えてみたが、その落書きを見たとたん、悪い予感が胸中を横切った。

周瑯(しゅうろう)が、赤い塗料をいっぱいに含ませた筆を握り、力一杯その筆先を薄家の白壁になぐり書いている姿が目に浮かんだのだった。
 最近の周瑯は、考えてみたら東伝の目の届く範囲に殆ど居たことがなく、本人の口から集会所にいりびたっていることを聞かされていたのであった。

薄家の中に入ると、まな板の上に、にんにくの茎が途中まできざまれ、その横に包丁が置かれて居るのが分かった。
竈の火の勢いもそろそろ終焉に近づいているかの様な弱々しい火であった。
紅蓮はその竈(かまど)に、横に積んであった枯れ枝を必死になってくべた。
まるでその火を絶やしたら、全ての終わりとでも感じているかの様なくべかたであった。
火の持つ温かさと明るさ、これを必死になって絶やさない様に、と必死に祈っているかの様な形相であった。
そして、今度は、紅蓮は心配を紛らわすかの様に、まな板の上のにんにくを、切り刻み始めた。
 不幸を、にんにくに閉じ込め、それを必死になって切り刻んでいる様な形相であった。
呉東伝(ごとうでん)も玄関の近くの台座に座り込み、身動き一つせずに、じっと一点を見つめて瞬き一つしない。
 東伝にしても気もそぞろで、何から考えて好いか結論が出ないのだ。
「東伝お爺さん。何考えているの?最近のお父さんと同じ格好をしている。さみしそう。お父さんも、お母さんも、もう少ししたら帰ってくるわ。」
それを聞いて東伝はどきっとした。

そして、確実に世の中が益々混沌として行く様に思えて仕方なかった。

翌朝、母、蕾蓮が一人で先に帰ってきた。
 最初は東伝がいることにも気がつかなかった様だ。東伝がいることが分かり、東伝の方を向いておじぎをしたが、その表情にはゆとりが全くなく、目には光彩が全くなく、いかにも疲れ果てた感じだった。
「奥さん、ご主人は? 何があったのか教えてくれませんか?」
「………」
「主人が吊し上げをくったのです。私はおとりで、狙いは主人だったのです。」
「私は主人のことを洗いざらい聞かれました。主人の思想だけではなく、日頃の言動についても聞かれました。それに、うちの外壁のいたずら書きについても、今回の分だけでなく、前回の分についても、誰がどの様に修復したか、とも聞かれました。」
「一体誰なのです、奥さんやご主人を拉致したのは?」
と、いつものゆっくりと、髭を捩りながら、まるで仙人のように話す話振りから、一転して切羽詰まった話振りに変わっていた。
 傍で聞いていた紅蓮は、この出来事の異常性を察知することが出来た。
「四、五人のグループがやってきて、外壁に大きな字を書き始め、気がついた私が注意したら、逆にそのうちの二人に両腕を取り押さえられ、これは壁新聞で、誰も止めることは出来ない。階級敵人は糾弾され、自己批判しなくてはならない、と言うの。
 階級敵人、て何?ちゃんと説明しなさい、と言ったら連れていかれてしまったの。連中、みな若い人ばかりで、力が強かったものだから抵抗することは不可能で、紅蓮に「東伝さんの所に行 っているお父さんに連絡して」、と言って、夕食の準備姿そのままで、仕方なく集会所に同行したの。」
「そうでしたか。」
そう言いながら、東伝は押し寄せてきた荒波に今にも飲み込まれそうな暗澹(あんたん)とした気持に襲われた。
―――― 日本軍に襲われた時や、国民党との争いの時よりひどいのでないか、自らつくり上げてきた文化を、自ら否定し、忠孝と言った、この国の人達が、長い年月を使って醸成してきた精神をも破壊しようとしている。

押し寄せる波の速度より早く疾走すれば、荒波に飲み込まれず、被害を受けないで済むかも知れない。
そう思いつつ、つい数日前に紅蓮から質問されたことを思い出した。

「お父さんに聞いたらそんなこと知らなくていい、と言われたのだけれど、」
「閻魔(えんま)殿を打倒し、小鬼を開放しよう、て何のこと?」
「北京は、針一本水一滴しみ通せないとは、何の意味?」

この頃一時劣勢に立っていた毛沢東が、盛んに劉・ケに攻勢を掛け始めた時期で、多くの大字報(だいじほう)、壁新聞に毛沢東主導の文革標語が、見られる様になっている。
集会所の様な公共の場を提供する建物の壁には赤い大きな字で標語が書かれているのを見る機会が多くなってきていた。
「資本主義の道を歩む実権派を叩き潰す」、
「四旧(しきゅう)の打破」、
「四新(ししん)の創造」
「職位がどれほど高かろうが、どんなに古参だろうが、絶大な声望があろうと、毛沢東思想に反対するならば断固糾明する。」
などいくつかの標語が、至る所に掲げられる様になってきている。
これらの標語は、中国各地に蜂起して、つながりのなかった紅衛兵組織が急速に連帯化を強めるのと歩を合せて広まっていった。
 そして反革命分子への叩き潰し活動が具体化し、無理やりにでも反革命分子を洗い出す、ことが各地で起こり初めている。
反革命分子を探し出し、自己批判させることが毛沢東への忠節と考えていたのである。このことが各地で惨劇を生むことにつながった。

「四旧とは旧い思想、旧い文化、旧い風俗、旧い習慣のことらしい。」
「それじゃ、うちの様に歴史のある古い家は壊されるということなの?」
「そうなるかどうか分からないが、注意した方が良いかも知れないね、紅蓮ちゃんのお父さんはその家の主ということで、連れて行かれ、尋問されているのかも分からんね。」
「奥さん、ご主人は、最近何か言っていませんでしたか?」
「じっと考え事しているばかりで何も言ってくれませんでした。
 ただ知り合いがひどい目にあって、自ら命をたった人がいて、その人が亡くなる直前に主人に会いに来て、この屈辱に耐えることが出来ない、と言っていた、と言っていました。」

東伝は、一度周瑯から、
「職位が高く、古参であり、声望のある人はこの辺では誰ですか。」
と聞かれた事があった。その時、東伝は
薄鉦渓(はくしょうけい)の名を挙げたのだった。
――――そう言えば前回の落書き事件があったのはその直後だった。
しかし、世の中の情況は今みたいにひどくなく、軽く言った積もりだった。
そして周瑯は鉦渓と東伝に注意された。
――――それを根にもっての今回の拉致事件でなければ良いが。
東伝は思い切って聞いてみた。
「集会所に周瑯は居なかっただろうか。」
「…………………・。」
「いや、申し訳ない。それより先に、ご主人のことを聞かねばならんかった。ご主人とは会えたかね?」
「血相を変えて集会所に飛び込んで来たのは分かったのですが、すぐ他の部屋に連れて行かれました。多分隣の部屋だったのでしょう。主人が大きな声で怒鳴るのと、主人の悲鳴が交互に聞こえたの。次第に声が弱くなって行くのが分かったわ。」
 東伝は、チラっと紅蓮の方を見たら、唇を青ざめぶるぶる震えているのが分かった。見方によっては恐怖によって、また他の見方によっては怒りによって。
蕾蓮は怒りと恐怖と情け無さで目が吊り上っていた。そして、
「戚冷廚(いれいちゅう)が悪いのよ。
私が「戚冷廚(いれいちゅう)を全く相手にしないで主人と結婚したのを根に持ってんだわ、今でも。奴は私に好意を持って、色々理由をつけて近づいて来たけど、何故か下心のある人間の様に見えて心を許さなかった。」
「それで、ご主人のこと逆恨みしていたのか。」
「今までは、何も口実が無いものだから私達に危害を加えることは無かった。だけど、最近の階級敵人探しで、その口実をみつけ、襲い掛かって来たんだわ。卑劣な奴。」
「それでは、周瑯(しゅうろう)はそこには居なかったんだね。」
「良く分からなかったけど居なかったようだったわ。でも周瑯と言う名前は何度か耳にしたの。」
そこまで少し離れていた所で聞いていた紅蓮が、
「お父さんはそれでどうなったの?お父さんはどうやったら助けられるの?」
と涙を浮かべながら聞いたのだった。
「紅蓮ちゃんは心配しないでいい。きっとこの東伝が助けるから。それより、もう遅いから寝なさい。」
と東伝は言ってはみたものの具体的な対策が思い付かなかった。

時は一九六七年。
もうひとりの主人公となる
薄晃一(うすき・こういち)が大学四年。翌年社会人生活を兵庫県伊丹市で始めることになる。
 その同じ頃、紅蓮の身の上に起こったことが、やがて、晃一の身の上にも関わってくるのである。しかし、それが現実的な話になってゆくのは、その時から三十年以上もあとのことである。

    ―― 8.文化大革命 ――

 紅蓮は心配で仕方なく、なかなか眠れなかった。
なにごとか、母蕾蓮(らいれん)がしきりと東伝に相談しているようだった。

 いつしか家の外の、槐(えんじゅ)の木がざわざわと、ざわめいているのに気がついた。
すぐ傍(そば)まで行くと槐の木が紅蓮に語りかけているのが分かった。
「紅蓮よ、あそこに浮かんでいる李(すもも)の花を見るがよい。わしが合図をしたら、わしが纏っている葉の一枚をもいで、運河の水面に浮かべておくれ。
 もうすこししたら、あの李の花弁が岸の方へ近づいてきて、わしの分身である葉が、あの李の花びらの上に乗ることになる。その様子をよーく見ておくのじゃ。」
紅蓮は、一片の葉をもぎとり、視線を水面に浮かぶ李の花弁の方へ移した。運河の流れはあくまで遅く、とても紅蓮の立っている運河の岸辺に近づいて来るようには思えなかった。
ところが、突然、一筋の鋭い風が運河の向こう岸から紅蓮のいる岸の方へ局所的に吹いた。と思う間もなく、水面に浮かぶ李の花弁が紅蓮の方に吹き寄せられて来た。
 すかさず紅蓮は言われた通りに一葉の槐の葉を小さな漣(さざなみ)によって小刻みに揺れる李の花弁の近くに落とした。
「これでいいの?」
と後ろを振り向きながら聞いてみたら、そこには一人の白眉、白髪、白装束で青銅色の皺の深い顔をした老人が杖を持って靄(もや)の中に立っていて、
「それでいい。これから何が起こるか良く見ておくのじゃ。」
と言っているように聞こえた。
再び視線を水面に浮かんだ李と槐の葉の方に移すと、槐の葉は
琥珀色の舟の形に変っていて、李の花弁はピンク色の帆の形をして、その舟の上にしっかりと据えられていた。
そして運河の水が混沌とした鉛色から、小さな七色のビーズを七筋の帯状に敷き詰めた様になり、その帯の起点にその舟が浮かんでいるようであった。
 その帯の起点は、虹の起点のようにも見えた。
その老人が、持っていた杖の先を、水面につけると、小さな波紋が起こり、その波紋にのって琥珀色の舟は西から東に向かって動き始めた。
「その虹の向こう側の、たもとには日本と言う国がある。そなたはその日本と言う国に近く行かねばならない運命にある。その時に迷ってはならぬ。同じ場面に次に出くわす時は、二度「風来」と大きな声で叫ぶのじゃ。出来るかな?」
「一人で行かなくてはいけないの?」
「東伝が一緒に行く。東伝はもうこの事を知っているのじゃ。しかし、その時が来るまで東伝には何も言ってはならぬ。分かったね。」

紅蓮が肯こうとして後ろを振り向いてみると、既に老人の姿は無かった。
そして、その代りに父鉦渓が背を落として、西に向かって、とぼとぼと歩いている姿が見えた。紅蓮は、
「お父さん、お父さん、待って。」
と声を出そうとしたが、声は出なかった。
気がついたら、東伝が紅蓮の手をやさしく握って、
「早く帰ってきてくれるといいね。お父さん。」
と呟いている東伝の姿が見えた。
――――夢だったのか、全てが夢だったらいいのに。
と紅蓮はそっと呟いた。夢の中での出来事をそっと胸の奥にしまい、深呼吸をしてみた。

「がたっ、がたっ、がたっ、」
突然玄関の扉に何かがぶつかった様な音がした。 そして続いて
「ズズズ―っ」
と何かがずり落ちる様な音がした。

「わしが見て来よう。」
と東伝が扉の方に向かっていった。しばらくして、
「ご主人だ。おおけがをしとる。奥さん、早くこちらへ来て手を貸しておくれ。」
「まあ、あなた、何されたの?早く手当てしないと大変だわ。
紅蓮ふとんを敷いて。それと傷薬も持ってきて。」

鉦渓は息も絶え絶えで、気を失っている状態であった。
衣服はあちこち破れ、泥があちこちについていた。髪の毛は泥が固まってこびりつき、所々傷から滲み出た血液か混じって赤茶けた色に変色している。目の周りは赤く腫れ上がり、鼻血を流した跡が痛々しかった。
 首の周りには針金の食い込んだ跡がはっきり認められた。
――――こんなひどいことするの誰?
紅蓮には信じられないことだった。
 父鉦渓からは、この世に根っからの悪人なんかいないと教えられていたので、最初は「誰?」という疑問も湧き上がらなかった。しかし、父の無残な姿を見ると、次第に、「何時?」、「何処?」、「何故?」と憤怒を交えた疑問が湧いてくるのであった。

 先ず傷口の汚れを落とさねばならない。
 布に熱湯を浸し、傷口をぬぐっている妻蕾蓮の目からはとめどもなく涙が垂れ落ちていた。
 半分は夫の苦しんでいる姿が気の毒でならない涙だが、半分はこういう事をした人間への反抗心的な悔し涙であろう。


文革の嵐は益々激しくなる。そしてついに薄家を直撃することになる。

薄鉦渓(はくしょうけい)は腫れ上がった顔に朝日が射しているのに気がついて目が覚めた。
同時に自分を囲む様に妻、蕾蓮、娘、紅蓮、そして呉東伝までが自分を覗き込んでいるのが分かった。
3人とも心配顔をしているが、心配の仕方が三人三様であることが、そのまなざしから分かった。
――――紅蓮は自分の受けた傷、打撲を、
――――妻蕾蓮は自分が受けた仕打ちを、
――――呉東伝は自分の持つステイタスが受けた仕打ちを、
紅蓮は、
――――早く傷、打撲が治ればいいのだけれど。
そして東伝は、
――――これで済めば良いが。
と言うように、三人三様で覗き込みかたが異なるのが分かった。

 鉦渓は一晩ゆっくりと休んだために、すこし表情に生気が戻ってきた。
 昨夜、自宅に崩れ込む様に帰ってきた時は、
――――自分が本当に心を許せるのはもうこの三人しかいなくなってしまった。
と、闇夜の中で心を更に暗くし、心細い思いに迫られるのであった。
その三人の中に、家族以外の呉東伝がいることが救われる思いだった。

鉦渓は自分の身の上に起こったことを整理してみた。
――妻が拉致され、集会所に駆けつけたのが、一昨日の夕刻だった。
集会所について見たら、蕾蓮は十人程の若者に囲まれて何か尋問されていた。
どうやら、妻に自分の落ち度をしゃべらそうとしているのだが、蕾蓮(らいれん)は頑として無視していたのだ。
若者達から少し離れて、鉦渓が見知った男がいた。
かつて、妻蕾蓮に好意を寄せていた隣の町の戚冷廚(いれいちゅう)だ。
 仕掛け人がこの男であることはすぐ察しがついた。
その男の方へ近づき始めた時に、蕾蓮が自分の姿に気がつき、
「あなた!」
と叫んだ。
すると、戚冷廚は、
「我々が標的にしなくてはいけない本当の階級敵人はそこ にいる男だ。ここにつれて来て自己批判してもらおうではないか。」
と言った。
この時はまだ体力があったので、常日頃思っていることを大声でどなり返す気力があった。特に戚冷廚以外はまだまだ若く、最も若いのは十五才にも満たない位だった。
話せば分かる、と簡単に考えたのが拙かった。

戚冷廚の個人的な恨みであれば、若者達に言い含めることが可能、と思ったのだった。

「君たち、心の純真な若者達よ。君たちは、私の妻蕾蓮に何をしようと言うのかい?一人の人間、しかも分別のある大の大人をこの様に拉致するなんて、君たちにとって、よほど納得の行く正当な理由が有るに違いない。一つ私にその理由を聞かせて くれないだろうか。」

「…………………。」

「しかし正当な理由というのはある人にとってはそうかも知れないが、他の人にとっては、全くその逆になってしまう事だってある。そういう時必要なのはその理由を深く深く掘り下げていくことだ。そうして行くとその理由の一部は実は正当ではなく不当で、不当とばかり思っていたことが実は正当だったりすることがある。
純真な心の持ち主である君たちは多分分かるだろう。
 君たちの心にこのことが分かっているから、その理由について答えられないに違いない。」

「………………。」

「そうなってしまうのは、しっかりした自分自身の考え方を持っていないからだ。
また、他人の言動が正しいかどうかより、自分にとって都合が良いか悪いかでその考え方を容認したり拒絶したりする。それで良いのだろうか?君たちはまだ若い。
他人の言動が、本当に正しいかどうか判断することは簡単なことではないだろう。だから古人の知恵を受け入れれば良いのだよ。」

「………………。」

「幸い我が国には、数千年かけて醸成され、先人が残してくれた大いなる知恵がある。忠孝を尽くそう。義を重んじよう。文化がある。先人が残した文化的遺産に誇りを持とう。」

「…………………。」

「だけど、君たち全員が同じ考え方で纏まっていなくてはいけない理由は何もない。 もっと人間は独創的でありたいものだ。だから君たちの一部は妻に恨みがあるかも知れないが、他の一部の人は妻に恨みなどないだろう。だから、妻を帰して欲しい。」

「宜しい。君の奥さんは今日中には帰してあげよう。しかし、君に対しては別の部屋でもう少し尋問させていただく。」
と言ったのは、その部屋の隅の方でニヤニヤしていた戚冷廚(いれいちゅう)であった。

 薄鉦渓(はくしょうけい)は、
―――――演説が功を奏したかな、
と思ったが、それが全くの間違いだったことが、別室での尋問が始まってよく分かった。しかし分かった時は既に遅かったのである。

鉦渓は、部屋を移る際に、少年達の顔をじっくりと眺め回し、知っている少年がいるか確認した。
周瑯が居ないのを確認し、一安心した。
隣の部屋に入ってみると、人数は更に増え合計三十人はいただろうか。
戚冷廚ほど年をとってはいないが、先程の十人程の若者とは二、三才しか年を取っていないだろう。全員が二十才には届いていないと思われる若さであった。

「もっと思慮深くなってね。」
「どうして縛りつけなくてはいけないの?」
「誰があなた達を焚き付けたの?」
と言う蕾蓮の声が不自然なほど大きな声に聞こえた。

何と隣室との間の壁に拡声器が、ぶら下げられていて、そこから聞こえたのだった。
――――と言う事は先程の自分の演説は全てこの三十人はいると思われる、素性の知れない者達に聞かれてしまった、と言う事だった。
その三十人は、全員が、コの字に並べられた机を前にして冷たい表情で坐っていて、自分の方を一斉に注視した。
注意深く彼らを観察してみると全員机の上に赤い小さな本を置いて居た。
毛沢東語録であった。
三十人のうちの、リーダー格の男が十人の若者達のうち、最も鉦渓の近くにいた若者に、人指し指を向けて、次にその指先をコの字の中央に向け二、三回縦に指先を振った。

 鉦渓を引き出してそこに坐らせろという指示だ。
鉦渓に最も近くの左右にいた二人が、それぞれ片腕をつかみ、犯罪人を引っ立てるように鉦渓をコの字の中央に連れ出し、これから土下座させるような姿勢で坐らせた。
集会所と言ってもちゃんとした板葺きの部屋でなく、やや湿った土間であった。
 しかもその土は、普段、ここで集会を開く人達が呑んだお茶の残りや出がらしを平気で土間に捨てるのだろう。湿っているどころではなく、水溜りになっている所もあった。
左右にいた二人の若者はもとの位置に戻るのではなく、そのまま、鉦渓の左右に立ったままの形になった。

隣室から最後に戚冷廚(いれいちゅう)が移ってきた。
 それを合図に鉦渓の正面に位置したリーダー格の男が口を開いた。
「も、も、毛主席の教えに反する、げ、言動をしたと言う、こ、紅衛兵同志からの、ほ、報告があったので、れ、れ、連行し、と、と、と、取り調べを行うものである。
先ず、その、げ、げ、言動とは関係なく、最初に、ボ、ボ、ボ、ボーイーパ薄一波との関係を聞く。」
「名前は知っているが、親戚でも何でもない。親戚ではないが、彼の言動に共感することは多い。」

薄一波は、後年、ケ、小平首席時代になって副主席にまでなった人物であるが、この頃は毛沢東一派とケ・劉一派との政治闘争の矢面に立たされていたケ・劉一派側の代表格であった。
既にこの時期(一九六六年五月)に政治闘争の決着は、ほぼついていて、
「党、政府、軍と各文化界に紛れ込んだブルジョア階級の代表分子、反革命主義分子と生きるか死ぬかの闘争をする。」
という目標が、毛沢東主導の中共中央政治局拡大会議で掲げられたばかりであった。
そして、その標語は、組織化されたばかりの紅衛兵の、具体的な行動目標となった。
 各所で目標達成の為の糾弾会が開かれる様になってきた。これに
危惧を抱いたケ・劉は、「大規模な糾弾会を開いてはならない。」
「大字報は街頭に出してはいけない。」
と言う通達を出した。しかし紅衛兵は、これに反発し、通達を伝達する為に、中央から派遣された工作員と激しい衝突が起こった。
 そして年末近くになって、ケ・劉の協力分子と見做された薄一波は陳雲(ちんうん)、王震(おうしん)、陳毅(ちんき)、楊尚昆(ようしょうこん)、陸定一(りくていいち)、万里(まんり)、等と共に公開批判に晒されることになる。

 蘇州の薄一家に事件が起きたのはちょうどその半年前であった。
 この頃、既に薄一波は、毛沢東にとって危険分子とされ、本人は勿論、その周囲の者達もその言動がマークされつつあった。
 リーダー格の男はその事を確認したかったのであろう。

さてこの薄鉦渓に対する糾弾会はどの様な形になるのだろう。
 紅蓮らが日本へ渡るきっかけとなった出来事である。
今度はリーダー格の男の、隣の男が聞いてきた。
「隠してもそのうち分かることだ、当局の調べでは遠い親戚関係にあることが分かっている。先程、彼の言動に共感することは多い、と言ったのは良い証拠だ。ところで、お前は毛首席を批判したことがある、と言う事を周瑯という少年の仲間が当局に報告にきた、と聞いている。事実か?」
「だれだれを批判したと言うことではなく、ものごとのあるべき姿を話しただけで、今でもそれは正しいと思っている。」
「先程お前は隣の部屋で若者達に話し掛けていたことを覚えているか?君たち全員が同じ考え方で纏まっていなくてはいけない理由は何もない。 もっと人間は独創的でありたいものだ、と言っていた。これは若者達に団結するな、と言っているのに等しく、明らかに毛首席の考えに反する。
お前の様な四旧をかばおうとする人間は我々の敵、階級敵人で自己批判に値する。」
と、挑発するように言った。

 鉦渓は、こんな奴等を相手にするのがばかばかしいとは思ったものの、自己批判どころか、もっと自分の考えを分かり易く説明してあげようと思い、”古きをたずね新しきを知る”
ということについて語りはじめた。
 少年達に比べ、少しは思慮深い大人が三十人のうち一人はいるだろう、と思ってのことだったが、それが間違いだった。
リーダー格の男が、
「じ、じ、自己批判するまで、ど、土下座だ。」
と、言うのを合図に若者達が入れ替わり立ち代り鉦渓の首を片手で抑え、もう一方の手で頭を抑え付け、額が土間に着いてしまう様な土下座を繰り返させられた。
最初は、額に湿った泥がつくくらいだったが、次第に額は赤らんで来て、五十回ほど繰り返した時には血が滲んできた。
 そして屈伸を繰り返した腰にも、かなり疲労が困憊(こんぱい)してきている。
 途中、首や頭を抑えている若者の手を払いのけて、立ち上がったが、体のバランスをとることが出来ず、前のめりになり、リーダー格の男の方へにじり寄る様な格好になった。
この時、上目使いに前方を見つめる格好になり、鉦渓の視線がリーダー格の男の視線に一致した。
リーダー格の男は、それを鉦渓による威嚇(いかく)ととったのか、更に激しい敵愾心(てきがいしん)を燃やしてしまった。
 そして、
「この男の首に、自己批判するまで「階級敵人」の看板をぶら下げよ。」
 すると、若者の一人が横幅五十センチ、縦三十センチ、厚さ五センチはあると思えるあつばん厚板に針金を通し、板には階級敵人と
朱書きしたつるし看板をどこからか取り出し鉦渓の首を通した。
厚板は湿気を吸い、かなりの重量感があり、これを針金がつるしていて、その針金を鉦渓の首がぶら下げているのである。表面が
錆びている針金が皮膚表面を横ずれするごとに、まるで、やすりをかける様に、鉦渓の首に赤い線が深くめり込んで行くのである。
まるで、最初からシナリオが書かれていたかの様に、事が運ばれてゆくのである。

 鉦渓は、精神はまだ耐えられる範囲であったが、体力は消滅直前まできており、今にも気を失いそうになっていた。それでもまだ、吊し上げが続いた。
「お前の家の外壁に壁新聞が書かれた時、それが毛首席の指示によるものであるにも拘わらず、それをすぐに消してしまった。これは、毛首席の教えを拒否するもので、許されないことである。何故教えに反することをしたのか。」
「お前の家はこの蘇州でも古い方に入る。古くからの書画、骨董品があるはずだが、大事にしているものが有るだろう。」
「………、金目の物はないが、古い書画や茶碗はある。古くはあるが今でも使用している。これらは手放す訳にゆかない。」
「何を言うんだ。古いものを打ち壊すことこそ毛首席の教えだ。」
 鉦渓は情けなかった。
 紅衛兵を道具にして、若者の特性を悪用して、自分の思いを遂げようとしている毛沢東が自分の前にいる訳ではなく、自分にむごい仕打ちをしているのは、自分の娘と同年齢の子供達だ。
 まだ分別の備わった大人ではない。
 その若者達が、何が良いことかも分からず、ただ、文化大革命に反対するもの、毛首席に反対する者は血祭りにあげよ、というスローガンに従っているだけなのだ。
 情けないと思ったものの、その意志を声に出す程体力が残っていなかった。しかし、残った体力を絞り出す様に立ち上がり、声を上げた。
「君たち! 君たちは自分やっている事がわからんのか。忠義、孝行、正義、礼節といった言葉を放棄したのか。
 そりゃ、古いものの中には打破する価値のあるものも多い。
しかし殆どが長い時間をかけて、そう、君たちのお爺さん、お祖母さんも関わりながら作りあげられたものばかりだよ。それを壊すということは、君たちのお爺さん、お祖母さんを葬るということだよ。場合によったら君たちのお父さんお母さんをもだ。
それが人間として許されることでは無い事が分からないのか?」
そこまで言って鉦渓は気を失ってしまった。

 鉦渓は認識が甘かったのだ。
本来中国は儒教の精神が尊ばれ、信義忠孝礼節の国であり、親をないがしろにすることなど考えられないことであった。
自分の学問の師は時にして、自分の両親より大切にされることがある。
それゆえ、若者を集団で暴力に走らせる為には、その対象として師をすえることが最も効果的で、多くの教師が"反動的ブルジョア学術権威"のレッテルを貼られ、生徒が教師を襲うということが、あちこちで起こった。
 本来親よりも大切にされる師が、この様な目に会う事を知った親は、それより尊敬の念が薄い対象の親は何をされるか分からない、ということで親達も意見がましいことは恐くて言えなかった。

 階級敵人のレッテルを貼られた人の子供たちは、その親を尊敬する素振りを見せると、仲間外れにされるだけでなく、集団で同年齢の子供達にいじめられる。
 従って子供たちも親の立場があやしくなると、親を無視したり、軽蔑するような態度をとったりせざるをえなかったのである。
保身は大人も子供も同じである。
その風潮を煽っているのが、国の導き手である首席である限りこの国に希望は持てない。

絶望的な結論に達した鉦渓は、体を支えていた気力を一挙に消え失せ、その場に崩れた。
 それを合図に紅衛兵達は解散した。
 鉦渓の顔に紅衛兵達の靴が蹴散らす土埃が、顔面ににじ滲んだ血に付着してゆき、人の顔とは思えない様な形相となった。
鉦渓が気を失う直前に耳元に届いた紅衛兵達の言葉は、
「こんな程度では毛首席の期待に答えていることにならないだろう。」
「薄鉦渓の家にある全ての古物を焼き払うのはどうだろう。」
だった。

隣室で拘束されていた妻蕾蓮に、戚冷廚は、
「あんたの主人はもう少し、ここで尋問され、会合が終わったら帰されることになると思う。だから取りあえず一度家に戻って待っていたらどうか。送ってゆこう。」
と、蕾蓮の肩に手を触れてきた。
 蕾蓮は汚いものでも振り払う様な仕草で思い切りその手を払いのけて、
「一人で帰る。こんなにひどい目に合わせて天罰が下るわ。」
と言って、鉦渓のことが心配でならなかったが、家に帰ることにした。

真っ黒い大地に整然と植えられた黄色のさとうきびが地平線まで続いて、地平線の上に黄色がかった太陽が輝いている。
太陽の姿を直視出来る程太陽光の強さは弱々しくなってきている。
この地球上におこりつつあることを鉦渓の知識を総動員して考えると、この世の終末という答えしか帰って来ない。
 鉦渓は高台に登り、地平線の方に目をやると、さとうきびが一列づつ倒れかけ、倒れる姿が少しずつ、波が押し寄せる様に晃一の立っている方に近づいてくるのである。
太陽の輝きは益々弱々しくなり、空も薄暗くなってきた。このままゆけば、あと数時間で暗黒となることが予想された。
―――その数時間の間にやらなくてはならないことがあるはずだ。
―――そうだ、家族のもとへ行かなくては、蕾蓮、紅蓮を至急探しにゆかないと。
―――暗黒になったら蕾蓮(らいれん)、紅蓮(こうれん)を探すことも出来ない。
 しかし、思ったように足が動かないのである。声も出ない。
 なんとかしないと。
 なんとか蕾蓮、紅蓮を探し出し助け出さないと。

サトウキビ畑の色も既にセピア色にかわり、そのうち完全な無彩色になることが容易に想像できた。
蕾蓮、紅蓮を探し歩いているうちにけがをしたのだろうか首の周りに強烈な痛みを感じはじめた。
額もひりひりする痛みを感じている。
 何処をけがしたのだろうか?
 探しだそうとしても瞼が開かない。
それでも思い切って気合をいれて目を開けてみた。

目の前に分厚い板が傾いて横たわり、その角に自分の
額がのっていた。額から滲み出した血がその板の表面を一筋になって流れ落ちているのが目に入った。
その板に括り付けられている針金が赤く染まり、ぐるっと鉦渓の首にまとわりついているのが分かった。

そうだ気を失ったのだ。
気を失っているうちに体力が少しは回復したのだろう。
情況がすこし呑み込めて来た。
目の前は、先程の不気味な夢と異なり、明るい太陽の光が差し込んでいる。
それでも自力で立ち上がれる状態ではなく、地べたに座り込む姿勢になるのが精一杯であった。

「早く家に帰らなくては。」
と腕の力で近くにあった椅子にもたれかかり、腰を浮かせ傷ついた体を起こし、次にその板にくく括り付けられている針金を首からはずした。針金は赤く染まっているだけでなく、肉片もこびりついていた。
 既に首筋の皮膚の感覚はなくなっていて、無表情にそれを見つめるだけであった。
視線もうつろで、視線の先は定まらないが、それでも必死に腕の力で、その部屋の扉にしがみつき立ち上がり、隣の部屋にたどりついた。
どうやら、その部屋は蕾蓮が拘束されていた部屋とは異なる部屋の様で、床には麦藁が敷いてあり、それを見たとたんに、また鉦渓は気を失い麦藁の上に倒れ込んでしまった。

それが幸いしたのだった。
紅衛兵らは今夜も鉦渓を吊し上げる予定だったのである。
 紅衛兵らは、前日と同様トラック2台に分譲し、気勢をあげながらその集会所へやってきた。
 鉦渓の昨夜の弱りかたであれば、動けずに同じ場所にまだ倒れ続けているだろうと紅衛兵らはたかをくくっていたのだ。
ところが、そこに鉦渓の姿が見えないことが分かり、隣の部屋を改めることもせずに、鉦渓の吊し上げは諦め、今度は戚冷廚の吊し上げをすることになったのだ。
そして、戚冷廚の吊し上げをしているうちに、ついには鉦渓の自宅を破壊する事に決まった。
この無軌道さや、あての無い暴虐さこそが毛沢東の望むところで、それによって切り開かれた道を、大手を振って歩いて行こうと考えていたのであろう。
 それを決行する日を二日後にするという話が麦藁に埋没して横たわっていた鉦渓の耳に聞こえた。
鉦渓は紅衛兵らが解散して一人もいなくなったのを確認し、ありったけの力を振り絞り、なんとか自分の足の上に立ち、一歩一歩足をひきずりながら家に向かったのであった。
身体は、さんざん痛めつけられていたが、頭の方は冴えていた。
外は既に暗く、曇っていたのでその姿を認める者は誰も居なかった。

鉦渓の気持ちは既に決まっていた。
  
 〜〜〜 つづく 〜〜〜







2007/10/27 20:47:21|物語
運河の漣 (1)
          運河の漣(さざなみ)

     −1.出会い−

時おり、五月のそよ風が水面に達し、小さな漣(さざなみ)をつくる。
 そよ風の強さによって、漣の出来方が違う。
 強い風の方が小さな漣を作る場合があれば、逆に弱い風の方が小さな漣を作る場合もある。水量によってもこの様子は違う。
 運河の河岸に植えられている槐(えんじゅ)の樹に、左手の手の平をあて、うつむきかげんに河面を見つめ、時折長い髪が頬を撫(な)でる。右手でその垂れた髪を肩の後ろに撫で送る。
 そのしぐさは、運河の水を掬(すく)い取って体を清め洗っている様に見えるのであった。
 また、彼女の姿は歩いている時はしなやかな青竹の様にも見えるので、この界隈(かいわい)の人の中には清竹(チンズー)ちゃんと呼ぶ人が何人かいる。しかし薄紅蓮(ボウホワンリェン)と言うのが本名である。
「清竹さん。今日は何か分かったかな?」
と、後ろから眉毛と髪の毛を白くした男が、にこやかに話かけてきた。

紅蓮(こうれん)は振り替えるまでもなく、声の主が誰か分かっていた。
――――東伝おじさんだわ。今日は何を教えてくれるのかしら。
と紅蓮は心が広がる様なうれしさを感じた。
 そして、振り返えりながら、
 「河の水はどうしていつも同じ方向ばかりに流れているの?坂でもないのに、いつも西から東へ流れているのはどうして?」
「面白い質問だ、だが待てよ、難しい質問だからすぐには答えられんぞ。」
 この様な二人の会話はもう五年は続いているだろう。
この東伝(とうでん)おじさんの本名は呉東伝(ご・とうでん)、年は七十を少しすぎた所であろうか。
「東伝おじさん、今日は空の色きれいにかけました?」
東伝おじさんは若い時は画家だったらしい。しかし、家庭を持ったら画家ではやって行けず、三十才から五十才までは、小学校の先生を、それ以降は運河を行き交う舟で、蘇州から長江を経て南京へ、野菜、茶、酒等を運搬する船問屋の番頭をしていた。
 そして、五年前に、ここ蘇州市楓橋路(ふうきょうろ)に移り住んだらしい。
「わしは千年かけてここまでやってきたんじゃよ。」
というのが東伝おじさんの口癖であった。そして、
「わしは、千年の空を漂ってきた風を描きたいんじゃ、太湖(たいこ)の空にはそれがある。」
と言って、毎週一回づつ、太湖まで二日がかりで絵を描きに行くのである。
 その帰りに、この槐(えんじゅ)の樹のある運河のほとりを歩いて通る時に紅蓮(こうれん)の姿を見かけるのだった。
 初めてあった時は、紅蓮はまだ十才だったが、今はもう十五才となり、自分が何者かを考える年頃になっている。


蘇州は運河の多い町で、家と運河の間に全く路地の無い白い臨水壁(りんすいへき)が立ち並んでいるところもあれば、逆に今、紅蓮と東伝おじさんが立っている所の様に路地越しに運河が接している所もある。
 その様な所からは、視線を少し上方にやれば、必ずといって良いほど円弧を描く橋が見える。その円弧は殆どが半円に近く、円弧の頂点にたてば、家の屋根瓦を上から見下ろすことも出来るくらいである。また円弧の下にはその一つ先にある同じ様な形をした橋が見える。

 太陽が、ちょうどその橋のあたりまで落ち、まぶしいけど、その紅く染まった夕陽に見とれ、紅蓮は手をかざしてそちらを見ていたら、その橋の下をくぐって東伝おじさんと、野菜等を乗せた烏蓬舟(うほうせん)がやってきて、この同じ場所を通りがかったのである。
 紅蓮が今たたずんでいる足元にあり、路面から水面に突き出た、こぢんまりとした石段に舟を着け、東伝おじさんが舟から下りてきた。そして、
「お嬢ちゃん、何か用かな?手招きしていたみたいじゃったが。」
と言いながらその石段を上がってきた。
 普通だったら見知らぬ人が近づいてきたら、十才程度の少女であれば警戒したり、おびえたりするものだが、紅蓮は杖を立てて船首に立っている白髭の老人の姿が、父から聞いた事の有る封神演義(ほうしんえんぎ)に出てくる崑崙山(こんろんさん)の仙人の様に見え、自分の方に近づいてきても、恐怖より好奇心に駈(か)られ、舟が近づいてくるのを待っていたのであった。
 そして、石段を、杖をつきながら上がってきた東伝おじさんに向かって、
「おじさん誰?崑崙から来たの?」
と、か細い声で聞いてみたのだった。
「わしは千年かけてここまでやってきたんじゃよ。」
というのが答えであった。その時、紅蓮のそばに佇む槐(えんじゅ)の樹が、ざわっと、身震いするように揺れた感じがした。
それが、紅蓮が覚えている五年前の紅蓮と、呉東伝の最初の出会いであった。

 呉東伝は前日、船問屋の番頭を辞めた。
妻に先立たれ、二人の息子も成長し、長男の呉蔵伝(ご・ぞうでん)は北京で、次男の呉学伝(ご・がくでん)も、四川で既に家庭を持って安定した生活を送っていた。
 孝の厚い二人の息子とも自分の所へ身を寄せないかと言ってくれたが、呉東伝は絵を描きながら静かに老後を過ごしたいという夢を捨て切れず、丁寧に、二人の息子からの、その誘いを断り、自分のことは一切心配しないで欲しいことと、船問屋の番頭を辞め、若い時の夢だった絵を描いて暮らして行きたいことを告げた。

−絵を描くのにこれほど景色の美しい地はない。その景色に人々の生活がよく融和している。それを描きたい。−
と思っていたのである。
  船問屋の主人は前夜、他に何人かの船頭、店の店子、主人の家族を集め送別会を開いてくれた。その席上、主人は、
「人生の船出に年齢は関係ない。かつて、戦国時代の秦(しん)に仕えた百里渓(ひゃくりけい)という宰相がいたが、その人が仕官したのは七十才の時で九十才以上になるまで、秦の宰相を務め。」
といって送ってくれた。そして、
「明日、東へ下る舟便があるので、それに乗ったらどうか、呉さんの下りたい所に舟を着けるように、船頭に言っておこう。それにわずかだが餞別(せんべつ)も積んでおくので取っておいてくれますか。」と付け加えた。
呉東伝は、すっかり気が緩み、深酒してしまった。
 自分が長く世話になってきた部屋にもどり、部屋を眺めまわしているうちに眠気が急に襲ってきた。
 旅立ちの準備はすっかり出来ていたので、その場で腰を落とし、横になった。
霧の中から一人の杖を右手に持った白眉(はくび)、白髪(はくはつ)、白装束(しろしょうぞく)で青銅色の皺(しわ)の深い顔をした老人が現れて、「わしは千年をかけて西方からここにやってきた。ここからはお前の番だ。青い色の璧(へき)の所に舟をつけよ。そしてみつけたら同じ事を言え。そして更に東に向かうのだ。」
と言って一瞬の内に消え去った。
―青い璧なんてあるものか、皆黄緑色ではないか。
と思ったものの、いずれにしても夢の中の話、そんなに気にすることは無い。それより、これから自由気ままに生きてみよう。
と念じながら本格的な眠りについたのだった。

翌日、皆に別れを告げ、船上の人となり、運河の流れにのって東に向かっているうちに昨夜のお告げが気になり始めた。
 船首に立ち、周囲の光景を見落とさない様に見回していたのである。その為には、なるべくゆっくり舟を進めなければならない。
 最初に船頭にその旨告げて以来、船頭は殆ど櫂(かい)をこ漕(こ)がず、舵(かじ)だけ操っていた。
 運河の流れに載っているだけの動きなので、人が歩く速度と同じ位であった。
 行き先と到着時刻は成り行き任せだったので、それで良かったのだった。
 最後は海に出るか、間違って北に向きを変えても長江、南に向きを変えたら知らない土地なので困るが、そんなことは先ず無いと、根拠が全くないのにそう思っていた。
 顔馴染みの船頭が、
「呉さん、そろそろどこか立ち寄るところ見つけないと日が暮れてしまいますよ。」
と声をかけた。

 既に太湖の湖岸の渡村(とそん)と言う所にある船問屋を出てから、十時間程たっている。
東へ東へと舟を進めているのだが、蘇州まで30km以上ある上、運河が、突然T字路となり、南か北に向きを変更する必要があり、その都度、迂回したり、運河の流れに逆らって、舟を進めたりした為であった。
複雑に絡みあって、運河が横たわる寒山寺あたりを過ぎて、京杭運河に出て東へ向かっている最中であった。
 右手には蘇州のメイン通りの一つである楓橋路(ふうきょうろ)が、東西に平行して走っている。
 更に東方に直進すると、蘇州の中心地になるが、そこまでは、まだ10kmはありそうな、西方郊外で、運河はくびれたり、蛇行するあたりであった。
 ちょうど、円弧の形をした橋をくぐった所であったろうか、一人の少女が手を振っているように見えた。
すると、船頭もそれを見つけたのか、
「呉さん、向こう岸に手を振っている少女の姿が見えますね。手を振っているようですな。一休みするのにちょうど良い。ちょっと舟をつけてみましょう。」
と言って、少女が立っている足元あたりに、ちょうど良い石段の方に舟の舳先(へさき)を向け、少しずつ近づけていった。
 呉東伝は舟から下り、石段を上がりながら、
「お嬢ちゃん、何か用かな?手招きしていた様じゃったが。」
とたずねてみた。彼女は、
「お爺さん誰?崑崙(こんろん)から来たの?」
と、問い返した。

呉東伝は紅蓮の顔をしげしげと見つめ、はっとした。
 彼女の透き通る様な首肌に小さなペンダントが架かっていたのである。それに夕陽が、直射して朱色に見えた。
首肌は夕陽によって益々紅く染まり、それをみた呉東伝はいつかこの少女を描きたいものだと独りごちた。
 近づくと、少女はペコリと頭を下げて挨拶した。その瞬間、そのペンダントは彼女の首元でチャリと音をたてながら踊り、三つに割れた。
もともと三枚が重なっていたのだろう。外側の二枚は、夕陽に照らされて朱色に染まっていたが、挟まれている残りの一枚は一瞬だけだが青い色をしていたのを認めたのだった。
 材質も、チャリと聞こえた音や紐を通す穴のあけ方からいって、璧(へき)であることは察しがついた。
 しかし、色合いからいうとラビスラズリでないとも言えなかった。
だから呉東伝は、
「わしは千年かけてここまでやってきたんじゃよ。」
と答えたのだった。
その瞬間、彼女のすぐ傍に植えてあった槐(えんじゅ)の樹が、ザワッ、と揺れ動いた様に見えた。
 それを呉東伝は夢に現れた白眉、白髪、白装束で青銅色の皺の深い顔をした老人の肯きと確信した。

五年前の二人の初めての出会いは、そのように因縁的な、あるいは運命的な出会いであったのだ。
 それ以来、呉東伝はその界隈に一軒間借りして、そこに住み込む様になった。
 この五年間に紅蓮は呉東伝に多くのことを教わった。
呉東伝も、紅蓮が教えることを一つ一つ素直に吸収し、また、いろいろ質問してくるので教え甲斐があった。
数年前に、長男の呉蔵伝が、北京から画材の全てを送ってくれ、絵を描く準備は全て整った。

 そこで、週に一度、35kmの道のりを歩いて太湖に出掛け、泊りがけでスケッチをする様になった。
 宿泊は、以前働いていた舟問屋の住み込んでいた部屋を、そこの主人が年に一幅(いっぷく)、主人に、彼の画いた絵を主人に提供すれば、それで良いということになっていた。

ちょうどその帰り、紅蓮が槐(えんじゅ)の樹にもたれ、川面を覗き込んでいるところをみつけ声をかけたのだった。
 既に十五才になっている薄紅蓮は大人びてきて、胸のふくらみがなければ、それこそ青竹といった感じで、しなりの強い性格も併せ持っているように誰もが感じた。
「河の水はどうしていつも同じ方向ばかりに流れているの?坂でもないのに、西から東へいつも流れているのはどうして?」
 五年間の彼女の質問は、空、川の水、西の果て、東の果てに関するものが殆どであった。
 この時の質問は、それまでと異なり、川の水と西の果て、東の果てが組合わさったもので、この様な質問は初めてであった。
 答えかたに工夫がいるのは、単に物理現象として説明するのではなく、人間の生きざまに対比させて分かり易く説明することだった。
 方角については、特に東方に興味を抱く様な話し方をしなければと注意していた。

 この様に紅蓮が質問し、呉東伝が答えるという話しの仕方だったので、五年間たっても肝心なことを紅蓮に聞いていなかった。

    −2.薄家−

 蘇州は運河の多いことでヨーロッパにも知られ、東洋のベニスと言われるほど水運が発達している。
東西南北に運河がはりめぐらされている。十字路、T字路、Y字路、L字路と言うように全ての字型路(じがたろ)がそろっている。
 少し北には東西に流れる長江が流れ、西には呉東伝(ごとうでん)のいた太湖(たいこ)がある。
運河は両岸とも臨水壁に囲まれ、踏み込む空間が全く無いところがあれば、家の中庭がそのまま運河に接している所もある。
 また両岸とも数メートルの道幅の通りが造られている所もある。薄紅蓮の生まれ育った家はその様な通りに接して立っている。
 その家屋の白い壁には青灰瓦(あおはいがわら)が長年の雨水で
泥奨化(でいしょうか)し、流れ落ち灰色の縦スジを描いている。
 この様な自然がいたずらした落書き以外に白い壁には何の汚れもなかった。
 しかし、十五年前に壁を塗り直すまでは、落書きが絶えず、紅蓮の父は人通りの多い時間帯になると、毎日必ず通りに出て見張りをしていた。

その頃のことを紅蓮の父、薄鉦渓(はく・しょうけい)は、紅蓮が小さい時によく聞かせたものである。
「ちょうど、お前が母さんの腹から出てきた年だったよ。母さんえらく難産でな。お前を生んだあとは、ぐったり疲れきって、かわいそうだったよ。」
「ということは一九四八年のことね。その年に何があったの?」
「その頃は、世の中騒がしくてね、丁度今のこの国、中華人民共和国が、出来る一年前の事だった。同時に、それまで同じこの大陸に住んできた一派が東方の海に浮かぶ所へ移り住み始めた頃だったかな。」
「その人達って悪い人?」
「お父さんも軍人だったから、その立場から言えば敵なので悪い人達ということになるが、もともと世の中には悪い人間なんていないんだよ。戦争をすると、勝った方は善人、負けた方は悪人ということになってしまうが、勝った方に悪人はいるし、負けた方にも善人はたくさんいることだってあるのだよ。」
「お父さんは人民解放軍にいたんでしょ?その中に悪人いた?」
「悪人なんかいなかったよ。もともと悪人なんて居ないのだよ、この世の中には。」
「そうしたらどうして戦争がおこるの?」
「相手が憎くなるからだよ。憎くなればやっつけてやろうと思うだろ?」
「でも力が無いと、そう思っても何も出来ないわ。それよりどうして憎くなるの?」
「紅蓮は人を憎く思ったことはないか?」
「無いわ。お母さんが人を憎いと思ってはいけないといつも言っているもの。」
「そうだよ。お母さんの言う通りだ。大切な考え方だよ。」
「でもそのお母さんが、一度だけ憎いと言った事があるんだよ。」
「へー、いつかな?」
「遼審(りょうしん)での戦いの時って言っていた。ちょうど私が生まれる三ヶ月前のことで、持っていた食べ物を全部持って行かれた時だって。」
「そう、お前が生まれる三ヶ月前の九月、あの時は、丁度父さんが、人民解放軍の軍人として、遼審へ行っていた時だ。お祖母さんも畑に行っていて家には誰もいず、母さんもお腹にお前がいたので、動き回ることが出来ず、助けを求めることも出来なかった。例の一派に、貯えていた食べ物を全て持っていかれてしまったんだよ。戦争になるとそんなこと普通のことになってしまうんだよ。」

紅蓮は背をまるめ、襟の両端を両手でつかみ、ぎゅっと襟をしめつける様な格好をして上目使いに父の話を聞くのだった。話の内容がこわくなって来ると、この様な仕草をするのが彼女の癖だった。
それが分かっていた父鉦渓は、紅蓮がその様な仕草をすると話題を変える様にしていた。そして「封神演義」(ほうしんえんぎ)のつづきををするのだった。

父、鉦渓は、最近急に、自分の娘がこの物語に強く興味を抱き始めていることに気がついていたが、その理由が分かるまでに一年はかかった。

父、鉦渓は、自分の娘が、近所の同じ年頃の子供たちと比べるとはるかに賢く、しっかりしていると感じていたが、それは「封神演義」を話してあげる時に特に感じることであった。
「封神演義」は「西遊記」、「水許伝」と並ぶ、中国の代表的な「演義物」であるが、一種の歴史小説でもあり、人間の業(ごう)、愛憎(あいぞう)、魂胆(こんたん)等をふんだんに盛り込まれていて、とても十才の少女に理解できることは多いとは言えないところが少なくはなかった。

鉦渓は自分の娘に物語を聞かせながら時折、ここは、先ず理解は出来ないだろうな、と思う所がある。
 その様な時、必ずと言って良いほど紅蓮はその意味、その理由、父の意見を聞いてくるのだった。
最初は父と子、教師と生徒といった感じであったが、次第に、鉦渓は答えに窮する様になってきた。
 親のメンツとして答えに窮する訳に行かず、鉦渓も少しずつ予習をする様になってきた。
 おまけに、ある時を境にして、紅蓮は自分の意見まで言うようになってきたのである。こうなると、もはや「封神演義」を題材にした勉強会であった。

そのある時というのが、ちょうど、急に、自分の娘がこの物語に強く興味を抱き始めていることに気がついた頃と、一致していて、その理由が実は鉦渓は気になっていたのだった。

 崑崙、仙人と言う言葉が出てくると目を輝かせ、話を中座させ、矢次ばやに質問してきた頃であった。
 そして、夕刻近くになって毎日必ずといって良いほど外に出て行って運河に目を注ぎ、橋の方に手を翳(かざ)して見ている事に気がついた頃とも一致していた。

鉦渓は気になって、ある時、妻の蕾蓮(らいれん)にそのことを知っているか聞いてみた。
 蕾蓮は微笑みながら、
「知っているわよ。もう一年も前からかしら。最初は、槐(えんじゅ)の樹の、幹の胴回りをはかりにゆく、と言っていたけどね。あまり毎日ゆくものだから私も気になってね。ずっと見ていたの。そうしたら通りがかったお爺さんが、あの子に話し掛けてきて、そのお爺さんも、あの子もそれは楽しそうに何かをしゃべっているの。そのお爺さんも悪い人ではなさそうだし、一時間も二人でしゃべっていることがあっても私は何も干渉していないの。」
と母親として、自分の娘のことはちゃんと把握しているつもりと言わんばかりに鉦渓に説明した。

 鉦渓(しょうけい)は、
「そうか、一年も前からか、迂闊(うかつ)だったな。一体何をしゃべっているのだろう。お前の観相であれば間違いないだろうが、一体何者なのだろうな。」
と独りごちた。
 妻、蕾蓮(らいれん)は思い出した様に付け加えた。
「そうそう、そう言えばそういう時、あの子ったらいつもへんな事聞くのよ。千年も生きられる人間なんて居るの、って。どういうことかしらね。」

「そうか、なんとなくつじつまが合ってきたね。」と満足げな顔をした。そして妻に、
「そう言えば、紅蓮が我が家の壁を十五年前に塗り直した理由を聞きたがっていたよ。自分の生まれた年と同じなので気になるのだろう。どうしても戦争の話が絡んでしまうので話が脱線してしまうんだ。聞かれたらうまく話しておいてくれ。」
「あなたとの話の中で出てきた話題なら、私には話さないわ。あの子はそう言う子よ。それより、没収された畑はもう返してもらえないのかと、母さん悲しんでいたわ。
 大躍進(だいやくしん)て本当に言葉通りになったのかしら。去年、その政策が中止されたようだけど、何も変わらない様な気がするわ。この国はこれからどうなって行くのでしょうね。」

 中国では文化大革命が起る数年前のこと、毛沢東の失政と言われる「大躍進(だいやくしん)」がすすめられた年であり、一九六三年のこと、紅蓮は話に出てきた様に十五才であった。

 この年、一九六三年は、一九五三年以来進められてきた「大躍進」が、毛沢東による自己批判により、正式に停止された翌年のことであり、政策の中心地である四川省から離れた江南の地では、まだ余韻がくすぶっていた。

富国の為には鉄鋼と穀物の大増産が必要なため、鉱石からの鉄だけでは足りず、人々の家の竈(かまど)の鉄も壊されては供出させられた。
 しかし実際には、それでも目標値の半分程度しか達成できず、それも中央への誇大報告を、うのみにした数値であり、実際は更に少なかったと断言出来る。
食糧は、更に深刻であり、実際の生産量は目標値の1/3程度であり、自然災害の影響もあり、栄養失調で千五百万人〜四千万人もの人が餓死している。

紅蓮らのいる江蘇省(こうそしょう)は、古代から農作物の収穫が豊富であったが、自然災害には勝てず、他省と同様人民は疲弊(ひへい)した。
 国民党のメンバーは、中国大陸から既に海を渡り、残るは、中国共産党員と彼らに従属する人民である。
 従って、かつての国民党と共産党との間の激烈な争いは殆どなくなり、毛沢東による完全統治が種々のスローガンの元にすすめられてきた。
「大躍進」もその一環であったが、目標が高すぎたのと、運悪く大きな飢饉に見舞われ、政策としては毛沢東自身認めざるを得ないような失敗であった。

「「大躍進」は失敗だった、と毛主席が昨年一月に発表していたよ。何もかも同時進行になって、それを遂行する人材がいなかったのが拙(まず)かったよな。科学技術発展十二ヶ年計画なんか五年も前倒しだったもんな。それに、何もかも二本足路線だったじゃないか。」、と紅蓮の父、鉦渓は母、蕾蓮に知っている全てを使って答えた。
「そうね、工業と農業、中央工業と地方工業、大型企業と中小企業、西洋技術と中国固有の技術、それら相対するものを全て同時に発展させようとしたのが無理だったのね。でも失敗を失敗と認めるなんて正直でいいわね。」
と蕾蓮は半ば独り言の様に話を合せた。

「だけど、そんな話を聞くと誰だって不安になるよな、この国はこれからどうなって行くのということに誰でもなるよな。でもおそらく次の路線をもう決めているよ、我々一般人民にとって辛い政策でなければいいんだけれどね。こないだの人民日報ではソ連との関係が問題になっているとあったね。ソ連と戦争でもして兵役にでも取られたら大変だ。」
「戦争なんてまっぴらだわ。すくなくとも紅蓮の世代までは戦争が起らないで欲しいものね。」
「そうだね、我が国は古代から戦争ばかりで、うちの家系は二千年年も前から戦争の当事者になることが多かったけど、どうしてだろうね。がんばっちゃう家系なのかな。」
「阿片戦争、清日戦争、最近では、日本統治に対する抗日戦争、朝鮮戦争、国民政府との戦争、美国(米国)とも仲が良くないし、今度は同盟関係にあったソ連と?信じられないわ。」
「呉越(ごえつ)時代からだものね。」
「そして漢の時代も、でしょ?」
「そう、うちは前漢の三代目文帝の母、薄后(はくごう)の家系の子孫だからね。」
「本当なの?」
「本当さ。なんとなく漂う気品があるし、このようにこの界隈で一目おかれるのもそういうことがあるからさ。薄后はこの地、かつての呉の国、即ち今の蘇州にあたる所が出身なんだよ。」

漢の文帝は前漢三代目の国王で、名君とされた。漢はかの劉邦が項羽との争いに勝ち得た結果、打ち立てる事の出来た国家であったが、劉邦亡き後は、妻の呂太后(りょたいごう)が国を操り、呂氏一族以外の血筋を根絶やしにしようとした。
ところが八人いた劉邦の息子のうち二人だけは、その難から逃れていた。
 一人は七男准南王(わいなんおう)の劉長(りゅうちょう)と四男代王の劉恒(りゅうこう)であり、共に漢から見れば僻地(へきち)に追いやられていた。
 今でこそ上海、北京と大都会になっているが、当時は僻地中の僻地で、呂太后からみれば全くの関心外で、どうでも良い劉家の
係累であった。
 というより呂太后は薄夫人に全く嫉妬を感じず、息子の恒(こう)とともに代へ行く事を許したのだったが、そのまま忘れてしまったのだろう。
 劉長は落ち着きがなく、驕慢(きょうまん)な所が目立ったのに対し、劉恒は慈悲深く、寛大であり、家臣や臣民から慕われる所が大きかった。
 当然のことの様に、劉恒は長安に迎え入れられ帝位についたのだった。
謚(おくりな)を文帝(ぶんてい)といい、文帝と、その子景帝(けいてい)の父子の治世は人民が、安堵することの出来た四十年ということであり、次につづく漢の黄金時代である武帝(ぶてい)の時代につながる準備期間と言われる。

この様な善政は、皇帝になって初めて行えることではなく、物心ついた頃からの情操の蓄積が長じて人格となって、行動力が訓練されて初めて可能になるもので、誰もが同じ経過を辿れるものではない。
 それにもっとも強く関わったのは、母親である薄(はく)夫人であった。
 文帝は、宮殿内のカーテンに刺繍(ししゅう)をすることを禁止したり、自分の陵墓も、金銀銅錫といったきらびやかな金属で修飾することを禁じたりする程の倹約家であった。
 常に人民が視野にあり、皇室の出費が普通に生活する人民の生活費の何倍にあたるかを、常に念頭に入れた治世をしたということで、現代でも人気のある歴史上の人物である。

何時の世も、そういった人物の母親は、賢母と謂れ、その賢母である薄夫人の出身地が、ここ呉の国、現在の蘇州あたりなのである。その蘇州で、必ずしも多くはない薄姓を持つ紅蓮一家が、その
末裔と思われるのも不思議ではないのである。

おまけに、紅蓮の父、鉦渓(しょうけい)、母、蕾蓮(らいれん)は、共に字はよく読め、計算は得意で、社会情勢に明るかったので、ますますそう思われ、周囲の人から尊敬を勝ち得ていた。

   −3.隣水壁−

そんな薄家の白い隣水壁(りんすいへき)に、いたずらがきがされたのは、その年の旧暦の最後の日、大晦日だった。

門をとんとんとたたく音が聞こえた。母蕾蓮が、「きっと、東伝(とうでん)さんよ。紅蓮、ちょっと開けてきて」
と、本を読んでいた紅蓮の方を向いて、半分命令調に頼んだ。
それをきいて紅蓮は嬉しそうではあるが、怪訝(けげん)な顔をして、
「七時頃来るって言っていたのに、早かったわね。まだ餃子出来ていないんでしょ?」と門を開けに行った。

 中国では正月よりも春節(しゅんせつ)の方が重要で、はるかに国民的行事と言えた。家族全員で餃子をつくり、春節を祝うのである。
 この春節の室内装飾に欠かせないが年画である。鯉を抱いた幼児、豊作を喜ぶ農民、歴史上の人物、民間に良く知られた物語が描かれる。ここ蘇州の桃花鵜(とうかう)は、山東省の維坊(いぼう)、天津の楊柳青(ようりゅうしょう)と共に三大産地とされていて、毎年春節の二〜三ヶ月前から、にわか工房があちらこちらに立てられて、大量に生産するのだった。
 殆どが版画刷りだったが、世の中に二つと無い絵柄を注文する物好きも少なからずいた。
 絵を描いて食べていけるのなら、それを仕事にして生活して行きたい、と思っていた呉東伝(ごとうでん)にもその様な話が舞い込み、ちょっとしたアルバイトと思い手伝っていたところであった。
 その工房に年画の注文をしに来たのが紅蓮の父、鉦渓だった。
 たまたま、受注残の年画を全て描き終えて、熱くなった頭を冷やそうと屋外に出ようとしていた呉東伝と入り口で出くわした。
 鉦渓は、以前たまたま紅蓮が呉東伝と楽しそうに、運河辺りで話しているところを垣間見ており、顔を見覚えていたが、東伝は鉦渓のことを知らない。
 そのため、すれ違いざまに、鉦渓は軽く呉東伝に挨拶したが、東伝は単純に工房への客と思い、「いらっしゃいませ」と返しただけで、表に出てしまいそうになった。
 鉦渓は、呉東伝の背に向かって「失礼ですが呉東伝さんではありませんか?娘がいつもお世話になっています。運河辺りで。」と、話し掛けた。
 それがきっかけで、顔を合せる度に挨拶だけで終わらず、いつしか一時間もの間、工房で語りあうことがあるようになった。
 親子というのは似たもので、紅蓮が呉東伝の話に、異常に興味を覚えるのと同じように呉東伝の話に夢中になってしまうのであった。
紅蓮の呉東伝の話に対する異常な興味の根底に「封神演義」があり、その「封神演義」を、子守り歌代わりに話してきたのが父
鉦渓であることを考えれば当然のこととも言える。
 そんな訳でもっともっと時間をかけて呉東伝の話をじっくり聞いてみたいと思っていた。
 また鉦渓は、これまでの断片的な話から、呉東伝がたった一人で生活していること知っていた。

 春節は、中国全土で人民の大移動が起こる。
 蘇州、上海、広東の様な産業の栄えている土地に、働きに来ている人達は、この時期一斉に故郷に帰るのである。

 呉東伝は、家族を持っているが、息子達は、北京や四川で家庭を持って安定した生活を送っている。
 この春節も交通費はもつから自分達のところへ来ないか、と便りがあったが、趣味に忙しくて暇が無いといって、丁重に断っていたのである。
 断片的な話をつなぎ合すとそういうことになり、それだったら
春節の間、自分達の家に招待して家族同然にくつろいでもらおうと計画したのである。そして七時頃、来てもらって夕食を一緒にしようと思っていたのである。

 中国では、昔からお客さんが来たら、普段でも餃子を振る舞う習慣がある。
 また春節には家族そろって、餃子料理の前工程を、家族団欒をしながらこなしてゆく、という習慣もある。

紅蓮の母、蕾蓮が、丁度その準備をしている時だったので」ある。
門をとんとんとたたく音が聞こえた。

紅蓮が玄関の、つっかえ棒を、はずして外を見たが誰もいなかった。
「誰もいないわ。」
と、紅蓮が言うと、
「変ね、確かに戸をたたく音がしたように思ったけど。」
と蕾蓮はよくあることとでも言うかの様に、あっと言う間にその事を忘れてしまい、また餃子作りの準備を、鼻歌を歌いながら作業を続けるのであった。
丁度七時に近づいた頃であろうか、外の通りが急に騒がしくなってきたのに気がついたのは、
紅蓮と
蕾蓮同時だった。てっきり鉦渓と呉東伝二人一緒に帰ってきたのかと思ったが、騒がしくなってからなかなか中に入ってこないのだ。
それどころか戸外の騒がしさは、益々ひどくなり、大きな声で言い合っているのが、はっきりとってくるのだった。そして戸をたたく音が聞こえた。
聞こえる声の様子から四、五人の大人が、一人の若者を、よって、たかって非難しているように聞こえた。
そしてその四、五人の大人の中に、
鉦渓がいるのを紅蓮も蕾蓮も認めた。

紅蓮も
蕾蓮も、鉦渓がそんなに怒っているのを聞いた事がない。一体何が、起こったのわからないが、紅蓮は母に、
「お母さん、外へ行っちゃだめよ。すぐ入ってくるわよ。」
と、
眉間を狭くした母に、忠告した。
案の定、程なくして、
「全く、最近の若い者は何を考えているか分からない。」
と、顔を真っ赤にして、鉦渓が扉を開けて中に入ってきた。
「何があったの?」
と先に聞いたのは紅蓮であった。
「ひどいものだ。うちの家の壁に大きな字でいたずら書きをした若者がいる。しかも時代おくれだ。」
「なんて書いてあったの?」

大躍進万歳と壁全体に大きな赤い字で書きよった。人の家の壁を何と思っているのか、全く。おまけに
大躍進などもう終わっているのに。」
と言っているうちに、最後まで聞かずに蕾蓮は扉を開けて外に出ていった。
紅蓮も後に続き扉の外に出ていった。
紅蓮が表に出た時、丁度、
呉東伝が、
薄家に到着した様で、呉東伝は、落書きされた壁の前にたたずみ、先程からそれを見ているようだった。
その表情は暗くて分からなかったが、肩を落とし、左手に杖、右手は呉東伝より更に背丈の小さな人間の、手首を捕まえているようだった。
時折、その手を振り解こうとするのだが、はるかに強い力で手を掴まれていたのだろう、少し、呉東伝の右肩が揺れる程度であった。その子供の様な若者が、先程父が
憤慨していた相手に違いなかった。
二人は言葉を交わす風でもなく、特に呉東伝は気持ちを落ち着かせる為に、壁の前に
佇(たたず)んでいるように見えた。
しかし、紅蓮、蕾蓮の姿に気がつくと、その子供の様な若者を従えて、紅蓮らの所へ近づいて来た。そして、
「こんばんワ。こいつがとんでもないことしよった。」

憤りと、申し訳ないといった感情が混じった様な、妙な表情で、すぐ傍まで近づいて来た。
近くで、その若者を見ると、ふて腐れたような態度をしていたが、反省の色が無い訳でも無さそうだった。紅蓮と視線が合うと、すぐうつむいてしまい、あとはただもじもじするのみであった。
「ほらっ、ここのご主人に丁寧に
謝るんだ。さあっ、中に入りなさい。」
一度だけ手を振り解こうとしたが、うまく行かず観念したのか、呉東伝から、背としりを押されて、抵抗せずに薄家の扉をくぐった。
驚いたのは、それを見た父、
鉦渓であった。
先程詰問している最中に逃げられてしまったあの若者を、そんなに力があるとも思えない呉東伝が抑え付けている。
「薄さん。大変申し訳ありません。わしの知っている子でのう。なぜこんな大それたことをしたのか理解できんのじゃ。それよりは、とにかく悪い事しよったんだから謝らんといかん。これ、
周瑯(しゅうろう)、手ついて、ご主人に丁寧に謝れ。」

鉦渓は、その少年の所に近づいて、その少年の顔を覗いてみた。少年の顔に一筋の涙を認めた鉦渓は、
「どうしてあんなことをしたのか訳を聞こう。こちらへ来なさい」

竈(かまど)の方に呉東伝ともども招き入れた。
ことが収まりつつあることを感じた
蕾蓮は、また餃子の下ごしらえを続けた。
呉東伝、
周瑯、
鉦渓、そして
紅蓮の4人が、竈に近いテーブルを囲むことになった。
「紅蓮、お茶持って行って。」
と母に言われ、お盆に載った茶碗の数が四つあったのを確認し、何故か、ほっとしながら四つの茶碗を一つ一つテーブルに載せて持って行った。
先程から紅蓮は、
周瑯をじっと観察していたのだが、とてもそんな悪い事をするように思えなかったのだ。
父、鉦渓は家の中に招きいれたということで、怒りが解けていることを知っていたが、母の感情は読み取れなかった。気性の激しい母だけに、どの様な言葉が投げつけられるか心配だったのだ。
涙と埃にまみれた顔の汚れを落としてあげればどんな風になるのだろう、と興味を感じたのだった。そしてその少年をかばう立場に立っている自分の心象が不思議でならなかった。
こんな場面では、被害をうけた主人は、犯人を
殴り、蹴り、怒鳴り散らすと言うのが普通である。
そういう展開を予想していた
呉周瑯は、逆に気味悪がった。と同時に薄一家が、人に聞いた様な利己的な人達では無い様に感じていた。呉東伝が口を開いた。
「この少年は
呉周瑯という名で、年は十五だから、紅蓮ちゃんと同じだな。わしとは親戚でもなんでもないんじゃが、
年画描きの仲間の息子なんじゃ。
その仲間が、最近亡くなっての、時々この子の様子を見にいってんじゃよ。
それに、ほれ、
周瑯の首にかけているものをみてくれ、紅蓮ちゃんが首にかけているものと同じじゃよ。青い
璧(へき)で出来たペンダントじゃよ。」
それを聞いた紅蓮は、周瑯の首周りを、周瑯は紅蓮の首周りを見てびっくりした。それ以上に驚いたのは紅蓮の両親、鉦渓、蕾蓮である。二人とも紅蓮がつけていたペンダントは、時々目にしていたが、どのように手に入れたか全く知らなかったのだ。
少なくとも両親とも買ってあげた記憶は全くなかった。器用な紅蓮であったので、その辺に落ちていた小石に小穴をあけて、糸を通しただけのものと思っていた。

 太湖の湖畔に落ちている小石の中には、その様な色をしているのも有るだろう。その程度に思っていたのである。
「その二つの関係を、わしが知っているわけではないけど、二つを並べてみると何故か意味ありげに見えてくるのじゃよ。…・・、そんなことは良かったんじゃ、周瑯、素直に謝りなさい。何故あんなことをやったのか話してごらん。」
「……………」
うつむいたままで何も口を開こうとしない周瑯を見て、今度は鉦渓が言葉を継いだ。
「周瑯君、何も言わなくちゃ分からないではないか。何か訳があるのだろう。君が自分から進んでやったとは思えない。誰かに言われてやったのかね?」
「………………・」
「第一、大躍進万歳なんてのは、古いよ、君。毛沢東が、自ら大躍進は失敗だったと認めているのを知らないのかね?毛沢東が経済音痴と言っている人もいるくらいなのに。やはり、四川からここまでは距離があるんだね。」
と鉦渓が言うと、思い付いた様に呉東伝が、
「そうそう、この子の亡くなった父親の出身が、四川省成都じゃよ、確か。父親の三番目の弟が、周瑯と一緒に住んでいるのじゃったな。周瑯、そうじゃろう。違うか?」
と口を周瑯の耳元に近づけて念を押すように言った。
 この念の押しかたは聞きようによっては、
「そそのかしたのは、その周瑯の父の弟じゃろが。」
と言っているようにも聞こえた。
 その瞬間、周瑯の顔に変化が現れたのを、紅蓮でさえ見逃さなかった。
 誰からみても図星であることが分かった。
 そこまで分かれば取りあえず良いだろうと言う気持ちが鉦渓にも、呉東伝にも紅蓮にも蕾蓮にもおこり、話題を変えようという雰囲気に包まれた。
 その時、呉東伝は白髭を撚りながら、
「そやつに、動機を、正さんといかんが、それとは関係無く、壁の上塗りはわしにやらせてくれんか?勿論ただでな。こやつにも手伝わせるからそれで許してくれんか?」
と鉦渓、蕾蓮、紅蓮の順に視線を移し、哀願するような目つきになった。
「 いや、少し考えさせて下さい。いずれにせよ、そろそろ壁の塗り替えを考えていた所だったから。」
と言い、先程迄鉦渓の顔に漂っていた眉間のしわも無くなってきた。
 紅蓮は、その言葉を聞き、父の心の広さを感じ、心暖まる気持ちになった。そして先程から、気になっていたことを、紅蓮が口にだした。
「周瑯さん、あなたもそのペンダント、夢の里の仙人にもらったの?」
名前を呼ばれた周瑯は実は先程来他のことを考えていたのだ。
しかし、咄嗟に、
「僕の叔父さんのことだけど、悪い人では無いと思う。」
と言ってしまった為に、また話がぶり返してしまった。やはりはっきりさせておくべきだろうと鉦渓は思い、
「それは周瑯君の叔父さんが、悪い人などと思っている訳ではないのだよ。ただね、扇動されてはいけないのだよ。その運動の根底に何があるか見極めてから賛同したり、拒絶したりするべきなのだよね。
 その判断をするには、多くのことを知らなくてはならないし、経験も必要だ。僕が心配するのは、その様な判断基準を持たない若者をターゲットに、過激な思想や運動が先に支持され、それが中堅年齢層の大人を、吊し上げることによって人々に浸透してゆくことなんだ。」
と、周瑯の方を見ながら忠告したが、鉦渓の気持ちとしては何も周瑯に限らず紅蓮をも含め全ての若者に奉げたい忠告であった。
それを聞いていた東伝も、いちいち肯いてはいたが、鉦渓のこの言葉を毛沢東が聞いたらなんとするだろう、というかすかな不安を感じた。

    −4.階級敵人−

東伝は、かつて、太湖湖畔にある舟問屋で、番頭の様な仕事をしていて、烏蓬舟(うほうせん)に乗って蘇州から長江を経て南京を往復することがあった。

長江とは揚子江のことであり、川上に向かって舟を進めれば四川省へたどり着き、従って逆に川の流れに乗って、四川や途中の重慶の文化が江南の地にもたらされることは、なんの不思議もなかった。 四川は、毛沢東の政治活動の発信地であり、この頃、知識階級の吊し上げが始まっていた。
学校の先生、大学の教授や、作家、芸術家等の知識階級が、次から次へと吊し上げを食らい、粛正されていった。その様な知識階級の吊し上げ運動は、都市から農村部へ拡散しつつあった。
 拡散は、陸路より水流に乗って拡散する速度の方が、はるかに早かった。
 東伝は、舟問屋の番頭をしていたことがあり、しかもそれを辞めた今でも、太湖に絵を描きに行く時に寄宿する、その舟問屋で長江の水流にのって伝わってくる生々しいこれらの情報が、頻繁に耳に入ってきた。
「大躍進」の失敗の穴埋めに、毛沢東が何か大きなことを画策しているだろうことは東伝でも肌で感じられる。
特に最近「階級敵人」と言う言葉を耳にする事が増えはじめていて、地主や商人だけでなく学校の先生もやり玉に挙げられ、「階級敵人」にされる事もあった。
 ものごとを理詰めで、批判することが出来るのは、知識階級である。地にへばりついている人間ほど批判が下手である。
 誰であろうと、自分の掲げる政策や思想が万全とは思わないし、批判に晒(さら)され、不完全燃焼でおわってしまうことがあることを知っている。
 完璧な思想など最初からあるはずなく、思想を周知し始めてから、修正に修正を重ねて完成されたものに仕上げて行けば良いのである。
しかし最初の段階で、鉦渓が周瑯に諭した様に、
「その運動の根底に、何があるか見極めてから賛同したり、拒絶したりするべきなんだよね。その判断をするには多くのことを知らなくてはならないし、経験も必要だ。」
とされてしまったら、思想が頓挫してしまうのは、言わずと、しれたことである。
 もしその思想が権力者により創出されたものであれば、その様な発言者は危険分子と見做されるだろう。
 ものごとの根底を見極めるのは知識階級の性である。
知識階級=階級敵人、という簡単な式を適用されて罪科を問われる知識人が増えてくるかも知れない。
そして、経験者=年輩も、そのひとの経験に基づいて物事を冷静に見つめ、自分が築いてきたものさしで計れない事象は、最初は受け付けないか拒絶するかである。

呉東伝は、自分がかつて、小学校の教師をしていたのは、はるか昔だし、思慮深い年齢をはるかに超えているので心配はしていなかった。またこの様な重苦しいことを考えるのは、煩わしい感じがして仕方なかった。
しかし、薄鉦渓(はくしょうけい)は、ともに該当する人種でもあり、世代でもある。
 呉東伝はそのことが気になったのである。

      −5.桃花弁−

そんなことがあって二度程、薄紅蓮、父鉦渓、母蕾蓮、呉東伝に四季がめぐり、一九六六年の春が訪れた時のことである。
この頃、父鉦渓の心は、「階級敵人探し」の標的にされた知人のことを知り、沈む一方であった。妻の蕾蓮に対し、庭に咲いた桃の花を見つめながら、
「いつ自分が標的にされるか分からない。なぜこんな国になってしまったんだろう。 
桃華の似合わない国になってもらいたくないよ。」
と何回呟いたか分からなかった。
紅蓮は、父の、そのようなしょげた姿を見るに忍ばず、最近はよく槐(えんじゅ)の木のところで佇み、西から東に涛々(とうとう)と流れる運河の水面を見つめることが多くなってきた。
 時折通過して行く烏蓬舟に積まれた荷量は、ここ数年滅法減ってきているのが紅蓮にも一目瞭然で、無性に寂しくなってきた。
 時折、川底に根をはっていると思われる水草が見え隠れしているのが目に入った。

―――涛々とは流れるが、濁って川底を決して見せないこの流れ
―――音をたてずに流れるが、清い水草を時折見せるこの流れ
―――さっき見えた水草と、今見えた水草は同じ水草?
―――水草が見える時と見えない時、どういう時の違い?
―――水草はどちらが嬉しいの?

 季節柄か、時折桃の花びらが、流れてくる。そして水面に現れた水草と、偶然遭遇すると、まるで、挨拶するように、共に一瞬、動きを止め、まとわり付き合う。

―――私は桃の花びら?それとも水草?
―――桃の花びらの方が良いわ。
―――小石さん、水草のまとわりつきから助けてあげなさい。

と言って、紅蓮は小石を利き手の左手につかみ、花びらめがけて投げた。
 小石は少し手前に落ち波紋を作り、その運動によって、桃の花びらは、水草のまとわり付きから開放され、また旅を再開した。
波紋は水面を伝わり、紅蓮の足元直下の水面まで伝播してきた。
水面は、鏡から皺のある布敷きにかわり、天の色が映らなくなった。
 しかし、すぐに波紋は減衰し、もとの鏡面に戻ってきた。
 驚いたことにその鏡面に東伝お爺さんの笑顔が映っていたのである。
 呉東伝は、
「そうか紅蓮ちゃんは桃の花びらの方が良いか。桃の花びらになってもっと明るい所まで旅をしたいのじゃね。」
と小さく肯きながら、すこし顔を曇らせ話かけてきた。
「東伝お爺さん。さっきの桃の花びら最後に行きつくところは何処かしら?流れの果てはどうなっているの?」
 東伝には紅蓮の気持ちが痛いほど分かった。
 東伝自身、小学校の教諭を辞めたあと、船問屋で働くことにしたのは、運河の流れにのって東へ東へとゆけば、もっと刺激的で夢のあるユートピアにたどり着くに違いないと、漠然と思ったからであり、桃の花びらも烏蓬舟(うほうせん)も同じことだった。
「じつはな、この爺さんもこの流れの果てがどうなっているのかよく知らんのだ。ただわしが大昔学校の先生をやっていた時に、生徒達に教えた中にこういうのがあった。聞きたいかな?」
「知らないのに教えたの?」
「こら、こら、年寄りをからかうでないぞよ。」

「………・・そう、今から六百年程前はこの国は、元と言う名前じゃったが、その時代に、ヨーロッパからマルコ・ポーロという名の商人がやってきてな、ここら一帯を東洋のベニスと紹介したらしい。そして同時に、更に東方の海の果てに、ジパングと言う名の島中黄金で出来た国があると紹介しているんじゃ。事実かどうか知らんが本当かもしれんな。」
 呉東伝は、その様に説明しながら、嘘をついている自分が情けなくなった。
 本当はその国が、この国を侵略し、人々に危害を加え、この国の文化をも、容赦無く変えようとした鬼の住んでいる島国というのが、呉東伝にとっての真実なのを、曲げて、まるで天国の様な形容をして説明したのである。
「今のこの子に対する説明はこれで良いのだ。」
と自分に言い聞かせているうちに、又他のことが頭に浮かんできた。
 かつて、舟問屋を辞する前夜夢に出てきた仙人の言葉だ。
「わしは千年をかけて西方からここにやってきた。ここからはお前の番だ。青い色のへき璧の所に舟をつけよ。そしてみつけたら同じ事を言え。そして更に東に向かうのだ。」

―――更に東に向かう、とはどういうことなのだろう。わしもこの子に「わしは千年をかけて西方からここにやってきた。」とすでに言ってあるが、更に東に向かう、は実行していない。

 この子は、しきりに東方に対して深い好奇心を示す。その言葉と何か関係が有るのだろうか?
―――もうこの子だって十五才だ。日本と言う国を知らないはずはない。とすれば、彼女にとっての東方とはどういう意味なのだろう。理想郷と言う意味だろうか。

 この時の会話が、紅蓮のその後の人生に大きな影響を及ぼすことになろうとは、紅蓮は勿論、思慮深い呉東伝にとっても予測も出来ないことだった。
「東伝お爺さん、私、お父さんの事が心配。最近いつも、じーっとして暗い顔ばかりしている。こんなこと初めて。何かお父さんの為にしてあげられること無いかしら。」
 語り掛けてくる紅蓮の声によって現実に引き戻され、東伝は、
「いかん、いかん 現実から逃避してはいかん」と自分に言い聞かせた。それを聞いた紅蓮は、
「何がいけないの?お父さんは現実から逃避する様な人間じゃないわ」
とムッとした表情で目を吊り上げた。
「そう、現実から逃避しないから、深刻な悩みに襲われているんじゃ。」と言いそうになったが、危うく息を飲み込んだ。
 そんなことを言っても、紅蓮にとっての心の解決には、一切結びつかないのが分かっていたからであった。
「お父さんにしたら、紅蓮ちゃんのそう言う親孝行の気持ちと笑顔が、一番の薬だよ。そうだ良い事がある。こんどは紅蓮ちゃんがお父さんに「封神演義」を聞かせてあげたらどう?」
 それが父鉦渓の気を紛らわすことに役立つかも知れないということが瞬時に理解でき、
「ちょうど良い場面無いかしら?何でも良く知っている東伝お爺さん教えてちょうだい。」
 そんな話をしている所を、母、蕾蓮がみつけ、
「あら、呉さんご機嫌如何?いつも紅蓮の話し相手になっていただいて申し訳ありません。これから夕食ですが、ご一緒に如何?主人も喜ぶと思います。紅蓮お連れして。」
と呼びかけてきた。
「いえ、折角ですが、今夜は周瑯(しゅうろう)と一緒に夕食する約束になっていましてな。又の時に取っておきましょう。」
と言いながら、薄家の門前を通り過ぎて去っていった。

     −6.憂談−

 時代は更に暗くなり、いよいよ文革時代に突入してゆくのである。
 時代が暗くなってゆくのか、明るくなって行くのかは受け取る人間の立場によって大きく異なる。
 暗くなってゆくと、とったのは知識階級、明るくなって行くと、とったのは学生、農民、労働者だった。
 この物語に登場する人物はどの様に分類されるだろうか。


呉東伝は、運河の上を高々と跨った半円の橋のふもとで、運河の水面をまじまじと見つめながら、先程の紅蓮との会話を思い出していた。
紅蓮の質問になんと答えてやったら良いか考えていたのである。
来るはずの周瑯がなかなか来ないので、その間考える時間が出来た為である。若者が二人、三人と、何人かづつ、橋を急ぎ足で渡ってゆくのを見ながら考えていたのだった。

運河の対岸にある、臨水街をなす民家の窓から、灯かりが、ちらつき水面で反射し、所々きらきらと明るく見える。
 民家の青灰瓦(せいはいがわら)の青白色は、暗くて既に分からなくなっている。
 その代り、青灰瓦の上に大きな真円の月が、民家の窓灯かり以上に明るい光を落としていて、わずかに瓦の色が分かるようであった。

「東伝おじさん。東伝おじさん。」
と背後から呼びかけている声に気がつくと、周瑯が他の若者三人と立っていた。
「やっと来たか、友達も一緒かな。」
「叔父さん、悪いけど今夜一緒に食事出来ないんだ。」
「なんだ楽しみにしていたのに。急用でも出来たのかね?」
「うん、これから解放軍に学ぶ集会があるんだ。」
 片手に赤い小さな本を持って、目を輝かせて、当然のことをするんだ、と言わんばかりの勢いである。他の若者三人も、全く同じ目つきで、うなずいていた。
「そうか。じゃあ、又の機会にするか。急いでいるんだろう。行きなさい。紅蓮ちゃんのお父さんの言っていたこと、忘れんでな。」
立ち去った若者達の後ろ姿をみつめながら、
――――あれが噂に聞く毛沢東語録か、と一人ごちながら、つい最近、紅蓮の父である薄鉦渓との会話を思い出した。

「呉さん、いらっしゃいますか?お久しぶりです。家内が扇子の柄について相談してきてくれ、と言うもので、お邪魔しました。」
 工房の奥の方で作業をしていた東伝は、工房の入り口にやや猫背にしてつっ立っていた人が、薄鉦渓ということが分かる迄に間があった。
 それは鉦渓の背後が明るすぎる為だけではなく、いつもは背筋をピンと伸ばしていた鉦渓にしては似つかわしくない風情だった為であった。
 しかし、声と言葉遣いの丁寧さからそれが鉦渓であることが分かると、
「丁度今刺繍のまとまった仕事が、一段落したところですよ。どーぞ、こちらへ。」
と言って、その刺繍を背の方にしまい、代りに、先程まで作業台と思わしき台板を裏返した。そして、
「一昨日じゃったかな、わしが舟問屋の番頭をやっていた時の知り合いが、竜井茶(ろんじんちゃ)の出来立てを持ってきよった。一服如何かな、それともとっておきの老酒(ラオチュー)の方が良いかな?」
東伝は、紅蓮の心配そうな顔を思い出し、少し気晴らしの相手になって見ようと思ったのだ。

 扇子の柄の相談というのが鉦渓の奥さん、蕾蓮の気遣いということも分かったし、先日は、夕食への誘いを周瑯と食事をするという理由で断っていたので、なお更、多少無理槍にでも、話し相手になろうと思っていた。
 話に誘い込む為に、
「最近の若いものは、何を考えているのか分からん。徒党を組んで右往左往しておる。赤い小さな本を抱えてのう。何が面白いんじゃろう、あんな本。」
 その言葉に誘われ、鉦渓は、工房に彼ら以外に誰も居ないのを確認し、堰(せき)を切ったように、
「結局、毛沢東と劉(りゅう)、ケ(とう) との間の政治闘争だと思いませんか?」
「最近、徐々に、林彪(りんぴょう)を引き込んでいるから毛林(もう・りん)とケ劉(りゅう・とう)との政治闘争だね。」
「若い人達が、その道具に使われているのを見ていられませんよ。全く。」
と、しばらく鉦渓と東伝の憂談(ゆうだん)が続くのであった。

「海瑞(かいずい)精神に学べ、と言い始めたのは当の毛主席なのにねえ。訳が分かりませんな。」
と、呉東伝が言えば、
「最近は、文芸が、政治論争に利用され、作者は、今ごろどう思っていますかね。」
と鉦渓が答えた。

明の時代、海瑞(かいずい)と言う名の、清廉潔白な官吏が、時の官吏の不正や悪行を見かね、断固とした態度で処置をした結果、逆に皇帝から罷免され、故郷に帰る、という筋書きで、七年ほど前に、毛沢東は「海瑞精神に学べ」と民衆に呼びかけたのだった。

 中国五千年の歴史に於いて、官吏の不正と、それを正す立場の官吏との間の物語はどれほど多かったか分からない。二十世紀に入ってからも阿片戦争における林則徐(りんそくじょ)の活躍の舞台は目と鼻の先である上海であった。

その「海瑞免官」という歴史劇がブルジョア、地主、富農の復活、毛沢東の政敵である膨徳懐(ほうとくかい)の名誉回復を狙った政治的陰謀を狙ったものだ、と毛沢東は激しく非難したのだった。

「私などは、毛沢東が何を考えているのか分かりませんよ、文芸批判はあっても良いが、それを政治的陰謀等に何故結びつけなくてはいけないのか、中華の誇りは何処へ行ったのか暗い雲がたちこめる様な気分になって来ましたよ。」
と、鉦渓は、天を仰いだ。
「薄(はく)さん、そう悲観的になりなさるな。この国は、古来この様な政治闘争が繰り返されてきたが、じき元に戻るて。」
と、呉東伝は言ってはみたが、呉東伝にしてもこんな世の中は初めてだった。
 仙人の様な風体をした呉東伝だったが、例の夢に現れた白眉、白髪、白装束で、青銅色の皺の深い顔をした老人、西方から千年の時をかけてやってきた、と夢枕で語り掛けた老人に、これからの中国を占ってもらいたい所だった。
「薄さん、そう言えば竜井茶(ろんじんちゃ)をこないだ、昔の船問屋時代の仲間からもらっての。一杯飲んで行きなさい。なんとも言えんいい風味じゃよ。それを呑んだら、そろそろ奥さんが心配している頃じゃろ、この話はまた日を改めてやろうじゃないか。」
と、東伝は鉦渓にやんわりと帰宅を促した。

         −7.拉致−

 しかし、これを最後に二度と二人の憂談はなかった。
 鉦渓は、東伝との気のあった話で気分を少し軽くし、東伝の工房を出ようとした時であった。
 紅蓮が走って工房の方へ向かってきているのが分かった。近づくにつれ、何を言っているのが分かってきた。
「お父さん、大変、お母さんが連れて行かれてしまった。お母さんを助けて。」
 びっくりして、顔をのぞかせた東伝にも、
「東伝お爺さん、お母さんを一緒に助けて。」
と、泣きながら訴えるのであった。
すでに鉦渓は、全速力で自宅の方へ走りはじめていて、それを追うように、紅蓮と東伝が続く様な感じになった。
 既に夕暮れ時をとっくに過ぎており、暗闇と化した運河に沿ったその道に殆ど人は居なかった。

自宅の五十メートル程手前で、鉦渓は近所に住む何人かの人とすれ違ったが、皆、気の毒そうな表情を鉦渓に向けた。
 鉦渓は走りながら、誰が、何故へ妻を連れて行った、と何度も何度も繰り返し自問してみたが、その原因が自分にあるようにしか思えなかった。
自宅に辿りついてみたら、白壁に赤く染まった、大きく書かれた落書きが目にとまった。
「造反有理」と大書されていた。
 鉦渓にとっては初めて見た言葉だが、その意味を考えているゆとりはなかった。
 戸を開き、中へ入ろうとした時、近所に住み親しくしている陳顛倍(ちんがんばい)夫婦が興奮しながら、
「東伝さん。奥さんが、最近よくこの辺をごろついていた若い者四人に無理やり連れて行かれたよ、奥さんが落書きを咎めたら、逆に「階級敵人」等と罵倒され、両腕を掴まれ連れて行かれたんだよ。」
「何処へ連れて行かれたか分かりませんか?」
「運河沿いの集会所に連れてゆく、と主人に言っておけ、とそいつらが言っていましたよ。迂闊にやつらの罠にはまってはいかんよ。」
と忠告してきれたのだろうが、最後まで聞く前に、鉦渓は、集会所の方へ走り始めていた。
途中、息を次いで追いかけてきた紅蓮、東伝に気がつき、
「蕾蓮が集会所に連れて行かれた。これから行ってくる。紅蓮は家で待っていなさい。東伝さん、娘と一緒にいてやってくれませんか、お願いします。」
と顔を強張らせ走っていった。
    〜〜〜 つづく〜〜〜