西方流雲(16)
<<< 19.セピア色の悪夢 >>>
初秋の頃、教室の後の方に座って、教師の話を一生懸命に耳を向け、黒板に書かれた文字を一生懸命読もうとするのだが、なにか乳白色の不透明なモノが邪魔して声 が聞こえないし、教師の顔すら良く見えない。 黒い輪郭を着た何者かが、ノートに文字をすりつけている。 腰掛けている椅子は木製で最近ではどんな店でも見ることの出来ない程の骨董品である様に見える。 やや体がほてっているのが感じられる。 何の科目の授業か分からないにも拘わらず、鉛筆を握りながら、生ぬるく、薄暗く、しかも前の椅子に座っている生徒も何か白い不透明なものによって良く見えないのだ。 どんなに重要な一瞬かもしれないし、又どんなに些細な一瞬か分からないが、上の前歯が折れたのだ。何の苦痛もなく折れたのである。割れた前歯のかけらは、真白いこれから書こうとしたノートの上に落ちたのだ。 私(晃一)はそのことを隣の黒い輪郭に告げ、席を立ち、家に向かった。 私(晃一)は一生懸命ペダルをこいだ。 電車が通っていないのに締っている踏み切りに差し掛かったが、 灰色に装った雑草が生い茂った昔の東久留米の駅 薄暗い不透明な空気に浮かぶその駅からこの踏み切りまで、 生い茂った雑草で線路が見えない。 人一人いない。 この踏み切りはどの位締まり続けているのだろうか? もし、この町に人がいれば、この踏み切りはその人によって開けられていただろう。 踏み切りを上げる前にこの町から人が居なくなったのだろうか? 仕方なく私(晃一)は両手で踏み切りを持ち上げそこを通り過ぎ家に向かった。 その頃にはとっくに日が暮れていたが、濃紺の空には星もなく、真っ黒い木が大きく揺れている。 途中の家家は灯かりが全く灯いていない。 ただ、音だけは、ゴーゴーと遠くからやってきて、近づき、遠ざかってゆく。 それがひっきりなしに繰り返される。 それが何の音か分からなくても全く気にならなかった。 もやもやとした数百メートルの道を、重い足をひきづり、十字路まで来た。 その角に、記憶にある高山さんの二階建の建物が見えたが、 不思議なことに、一軒分道路側にずれているのだ。 ずれる前の、元の空間は濃紺の闇が包み、木も土も何もかも無くなっていた。 高山さんのおばさんが話かけてきた。 しかし、何を言っているのか聞き取れないないのだ。 ゴーゴーゴーと音を出しているだけの様にも見えた。 黒く、茶色く、まるで蝋人形が話かけて来ているようだった。 自分とおばさんとの間には何キロメートルもの距離があるようにしか思えない。 体が非常に重い。 風ひとつ吹いていない。顔や手には何一つ新鮮な空気は触れてこない。 家の前の庭に着いた。現れた家は、かっての改築前の家だった。 紫色の芝生を踏んで、窓から中を覗いた。一枚ばりのガラスなので中が良く見えた。 弟が汗を一杯かいて、座布団の上に横たわっている。母が自分の顔をみつけ、 悲痛な面持ちで何か話かけてきた。 しかし、声がよく聞き取れず、ゴーゴーゴーという音が聞こえるばかりだった。 三畳間に、姉がいた。泣いていた。 どうしたのだろう。とっくに嫁に行って家にはいない筈なのに。 自分の空間が分からなくなった。 自分の足がどこについているかも分からなくなった。 まるで悲しみのどん底に足をつけているように思えた。 何があったのだろう。 まるで、一生を通して起こりうる全ての悪い事が目の前に一度に起こっているようなのだ。 ゴー、ゴー、ゴー、相変わらず同じ音が聞こえる。 まるで、地球が自らの軌道を失い、万物の破壊に至りつつあるような暗さである。 たとえ、地球上に核戦争による破壊が無くても、何かの弾みで全ての人間がこの様な悲しみを同時に味わうだけで人類は滅びてしまうのではないか? ゴー、ゴー、ゴー、 ゴー、ゴー、ゴー、 ゴー、ゴー、ゴー、 晃一ははっと気がついた。 両手が胸の上に置かれ、なんと無く汗ばんでいる自分に気が付いた。 寮の前の道路を頻繁に走る車の音がゴー、ゴー、ゴー、と音をたてている。
今、伊丹にいるのだ。 しかし、いやな夢だった。なんとなく気になったので、明日家に電話をしてみようかと考えている内に本当の眠りについたのだろう、次に目を覚ましたのは翌朝の七時だった。 また、晃一にとってのいつも通りの一日が始まるのだった。
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