槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/12/15 22:31:52|物語
西方流雲(16)
          西方流雲(16)

       <<< 19.セピア色の悪夢 >>>

初秋の頃、教室の後の方に座って、教師の話を一生懸命に耳を向け、黒板に書かれた文字を一生懸命読もうとするのだが、なにか乳白色の不透明なモノが邪魔して声 が聞こえないし、教師の顔すら良く見えない。
黒い輪郭を着た何者かが、ノートに文字をすりつけている。
腰掛けている椅子は木製で最近ではどんな店でも見ることの出来ない程の骨董品である様に見える。
やや体がほてっているのが感じられる。
何の科目の授業か分からないにも拘わらず、鉛筆を握りながら、生ぬるく、薄暗く、しかも前の椅子に座っている生徒も何か白い不透明なものによって良く見えないのだ。
どんなに重要な一瞬かもしれないし、又どんなに些細な一瞬か分からないが、上の前歯が折れたのだ。何の苦痛もなく折れたのである。割れた前歯のかけらは、真白いこれから書こうとしたノートの上に落ちたのだ。
私(晃一)はそのことを隣の黒い輪郭に告げ、席を立ち、家に向かった。
私(晃一)は一生懸命ペダルをこいだ。
電車が通っていないのに締っている踏み切りに差し掛かったが、
灰色に装った雑草が生い茂った昔の東久留米の駅
薄暗い不透明な空気に浮かぶその駅からこの踏み切りまで、
生い茂った雑草で線路が見えない。
人一人いない。
この踏み切りはどの位締まり続けているのだろうか?
もし、この町に人がいれば、この踏み切りはその人によって開けられていただろう。
踏み切りを上げる前にこの町から人が居なくなったのだろうか?
仕方なく私(晃一)は両手で踏み切りを持ち上げそこを通り過ぎ家に向かった。
その頃にはとっくに日が暮れていたが、濃紺の空には星もなく、真っ黒い木が大きく揺れている。
途中の家家は灯かりが全く灯いていない。
ただ、音だけは、ゴーゴーと遠くからやってきて、近づき、遠ざかってゆく。
それがひっきりなしに繰り返される。
それが何の音か分からなくても全く気にならなかった。
もやもやとした数百メートルの道を、重い足をひきづり、十字路まで来た。
その角に、記憶にある高山さんの二階建の建物が見えたが、
不思議なことに、一軒分道路側にずれているのだ。
ずれる前の、元の空間は濃紺の闇が包み、木も土も何もかも無くなっていた。
高山さんのおばさんが話かけてきた。
しかし、何を言っているのか聞き取れないないのだ。
ゴーゴーゴーと音を出しているだけの様にも見えた。
黒く、茶色く、まるで蝋人形が話かけて来ているようだった。
自分とおばさんとの間には何キロメートルもの距離があるようにしか思えない。
体が非常に重い。
風ひとつ吹いていない。顔や手には何一つ新鮮な空気は触れてこない。
家の前の庭に着いた。現れた家は、かっての改築前の家だった。
紫色の芝生を踏んで、窓から中を覗いた。一枚ばりのガラスなので中が良く見えた。
弟が汗を一杯かいて、座布団の上に横たわっている。母が自分の顔をみつけ、
悲痛な面持ちで何か話かけてきた。
しかし、声がよく聞き取れず、ゴーゴーゴーという音が聞こえるばかりだった。
三畳間に、姉がいた。泣いていた。
どうしたのだろう。とっくに嫁に行って家にはいない筈なのに。
自分の空間が分からなくなった。
自分の足がどこについているかも分からなくなった。
まるで悲しみのどん底に足をつけているように思えた。
何があったのだろう。
まるで、一生を通して起こりうる全ての悪い事が目の前に一度に起こっているようなのだ。
ゴー、ゴー、ゴー、相変わらず同じ音が聞こえる。
まるで、地球が自らの軌道を失い、万物の破壊に至りつつあるような暗さである。
たとえ、地球上に核戦争による破壊が無くても、何かの弾みで全ての人間がこの様な悲しみを同時に味わうだけで人類は滅びてしまうのではないか?
ゴー、ゴー、ゴー、
ゴー、ゴー、ゴー、
ゴー、ゴー、ゴー、
晃一ははっと気がついた。
両手が胸の上に置かれ、なんと無く汗ばんでいる自分に気が付いた。
寮の前の道路を頻繁に走る車の音がゴー、ゴー、ゴー、と音をたてている。

今、伊丹にいるのだ。
しかし、いやな夢だった。なんとなく気になったので、明日家に電話をしてみようかと考えている内に本当の眠りについたのだろう、次に目を覚ましたのは翌朝の七時だった。
また、晃一にとってのいつも通りの一日が始まるのだった。

     <<< つづく >>>







2007/12/15 22:23:57|物語
西方流雲(14)
         
  西方流雲(14)

         <<< 17.ドル・ショック >>>

会社からの帰りいつもの通勤路を歩いていたら、国鉄伊丹駅の前あたりで、後ろから「薄さーん」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみると、一年後輩の別所と倉井であった。
「二人とも、今日は早いやないか。」
「薄さんこそ、はやいやないすか、どないしはったんですか?」
「給料日だから、何か食いにでも行こうかなと思っただけだよ、たまには。」
「うちらも、そうなんよ。一緒に行かへんですか?いいとこ見つけたんですよ。」
「そうだな、一度寮に戻って、六時半に出掛けよう。」
「そうしましょう。そう言えば薄さん、いよいよ電工と紡績が完全に一つになるらしいですね。」と別所が言った。
「ちょっとは良くなるんですかね。」と倉井と続けた。
「良くならないと合併の意味がないよね。何が良くなると思う?」と晃一は逆に問い掛けてみた。
時折、そよぐ初夏の風が、かれらの口から発する声が、晃一の耳に届くのを邪魔する。
晃一の問いに答えあぐねているようであった。そこで、晃一が思っていることを口にだしてみた。
「…、だけど、合併しないと企業としてやっていけなくなるという方が当たっているかも知れないよ。」
「どうしてですか?」
と、別所と倉井が一緒に聞いて来た。
「だって、繊維産業が今後とも基幹産業として生き残れると思う?
これからはエレクトロニクスだよ。広瀬社長だってそう思っているに違いないよ。それと世界経済特に日本とアメリカとの関係が気まずく為って来ているんと違うかな。あっ、寮に着いちゃったな続きは後でやろうや。じゃ六時半にここで待っているよ。」
「はい、じゃ後で。」

寮から歩いてゆくと、寮に帰ってくる社員達の姿に出会った。皆、給料日のせいか、顔がほころんで居るのが、まだ暮れていない夕日に照らされて読み取れる。
「薄さん、今夜は何処に行きましょうか、どこか心当たりありますか?」
と、歩きながら別所が聞いてきた。そして何も言ってこないのを見て、
「実はこの間、良いところ見つけたんですよ、そこで良いですか?」
晃一はどの様な店かは全く聞かずに、
「そこでいいよ。」
と、答えた。
「僕もそこでいいよ、どこか知らないけど。」
と倉井が笑顔で答えた。それと同時に別所の足取りが急に速くなった。アーケードを阪急伊丹駅に向かって少し行った所で、
「あそこの角を、右に曲がったところに、うまくて感じのいいお好み焼きやがあるんですよ。」と別所が言った。前に戸津と一緒にいったことのある店ではないかと察しのついた晃一は、
「その店の娘が可愛いんだろう?」とからかった。
晃一は、あのさっちゃんと、沢井工場長の顔、沢井工場長の口からでた、
「言って良いのか、分からへんけど、社長の話では、もう、繊維事業をやめるんやて。」という言葉を思い出していた。
四ヶ月程前のことだった。そして戸津の苦悩に満ちたあの時の顔も思い出した。
彼らはその角を右に曲がりその店に駆け込んだ。別所が、
「又、来ました。今日は三人で来ました。」といって店に先頭になって入ってゆき、その後に晃一と倉井が従って入って行った。お母さんの方が、
「お出でや〜す。」といいながらキャベツを刻む手を休め、エプロンで手についた水分をぬぐいながら、お冷やを持ってきた。他に客はまだ一人も居なかった。
「あら、戸津はん、おいでやす。」
「戸津さんじゃなくて、薄さんですよ。それに、倉井。」
「あら、ほならあの子間違いよったんや。もう一人の人が戸津さんやったんか。 」
「薄さん、やはり、来たことがあったんですね。戸津さんと一緒に来はったんですか。さっきの言い方おかしいと思いましたよ。」
「何か言ったっけ?」
「ここに可愛い子がいるんだろう、と言ったじゃないですか。」
「あら、わたしのことかいな。」
「いや、おいしいお好み焼きが食べられる、と言ったんだよ。じゃ先ずビール三本と僕はえびたま、別所と倉井は何にする?」
と言って話をそらした。」
「………、」
「何にしようかな」
「ほな、決めはったら呼んでください。」

「今日はさっちゃん手伝いに来ていないのかな」
と晃一は小さな声で呟いた。
「あ、やっぱり可愛い子というのは本当の話?」
と倉井が目を輝かせた。
「紡績の社員だよ。合併する事になったらどうするのかな、どこの職場に来るんだろうね。」
と晃一は気になっていたことを言った。
「どうして薄さんはそんなことまで知ってはるんですか。でも合併というのは本当なのですかね。」
「多分間違い無いだろうね。紡績に居た人は大変だよね。話しによると、年配の社員と、若い女子工員が殆どで、中堅社員はごく少数で、そう言う人たちは殆ど同業会社に転職するのではないかと言われているらしいんや。」
「それに、聾唖(ろうあ)者も何人かいるらしいですよ。うちの社長は篤志家だからね。」
と倉井が続けた。そして今度は別所が、
「ところでさっき、薄さんは合併しないと企業としてやっていけなくなるという方が当たっているかも知れないよ、といいはったじゃないですか。どういうことですか?」
「個々の企業の体質が良くなくて業績が悪化する場合は、個々に体質改善すれば良いのだけれど、今度の様にその産業そのものの前途が期待出来なくなったり、海外からものを買ってもらえなくなるというような社会現象というか経済情勢が原因で業績が悪化する場合は個々の会社をてこいれしても間に合わないんだよ。いま丁度そんな感じらしいよ。紡績事業から撤退してエレクトロニクスに業種転換しつつある会社はいくらでもあるらしいよ。」
「そんな感じはしますね。紡績産業に固執する限りは先進企業の仲間には入れないでしょうね。だけど社会現象というか経済情勢というのはなんなんですか?」
「最近、日本製テレビの輸入ダンピング゙税の問題とか、日本の経済侵略ということでアメリカが神経をとがらせているという話を新聞で目にすることが多くなって来たよね。
何故日本製のものがアメリカになだれ込むか、……、品質はまあまあで安いからだよね。いくらリッチな国でも一般の消費者は安いものに目をむけるよね。」
「日本人の賃金が安いからですよね。」
と倉井が、お好み焼きにマヨネーズをかけながら言った。それに対し、晃一は、
「何故安いんだと思う? それは1ドル360円だからだよ。もしこれが極端な話1ドル36円だったらどうなると思う。アメリカ国内で1ドルするものが日本では360円払わないと買えないものが36円で買える様になるんだよ。アメリカ側からすれば、日本国内で360円するものを1ドルで買えたのが10ドル払わないと買えないと言う事なんだよ。そうすると今度はアメリカ人は、日本人の賃金はなんと高いのだろうということになるよね。」
「手品みたいな話ですね。だけどそんなことが起こりますかね。」
「起こると思うよ。先月のニュースだけどアメリカのタイム誌が「日本企業の侵略克服」といった特集記事を組んだらしいよ。1ドルを360円より安くするというのが一番手っ取り早い克服方法ということだよね。」
との晃一の説明に納得した様に二人とも何度もうなずいた。
ビール瓶が三本とも空になったのに気がついた別所が、
「すいませ〜ん。ビールあと三本お願いします。」
と声をかけた。すると間もなく、「はい、どーぞ。」と若い女の子の声。三人は声の方に一斉に視線を向け、倉井はゴクンと喉を鳴らし、別所は「今晩は」と言い、晃一は「久しぶりだね、さっちゃん。元気?」と聞いた。「元気です。うち、戸津さんと薄さん逆に名前覚えとったみたい。お母さんなんか言ったでしょ。」と何故か顔を赤らめた。
「何も言ってへんよ。駄目じゃない。僕より顔を赤くして、飲んだの?」とアルコールで軽くなった晃一の口から、からかい半分の言葉が出た。さっちゃんは薄くちいさな唇を動かして、「いややわ、薄さん。うち、来年にならんと飲めへんの。」と言った。この一言で三人とも、彼女は十九才なのだ、と心の中で呟いたに違いない。
「他に何か作りましょうか?」
「ここの鉄板でつくってくれるの?」と皆が聞きたい事を別所が代表して聞いた。
「はい、良ければ。」と彼女の答え。
「じゃ、材料取って来きますさかい、少し待っててくれはりますか?」と言って奥の方へ戻っていった。
それを合図に、また先程の話が続いた。
「そうか、繊維産業なんて殆ど輸出だから、そうなったら大変やね。たったそれだけの理由で、一挙に売り上げが20%や30%落ちてしまうなんてことが起こってくるわけか、経営者は何の為に会社を経営しているかわかんなくなるやろね。」と別所が再開した。
「だけどそうでなくても何の為に会社を経営しているか分かっていない経営者も結構いるんじゃないかな。確固たる経営理念が無い経営者が多いんじゃないかな。会社の経営者というのは何を目的に会社を経営してるんだろうね。」
と晃一は難しい課題を持ち出した。三人の話はまだ延々と続くのです。
「会社を経営する目的というより、その前に本来は会社を設立する目的があって、それが何か、ということじゃないですかね。」
と、先ず別所が答えた。すると今度は、
「もしかしたら戦争する目的と同じかもしれないですね。」
と、倉井が答えた。
晃一は腕時計を見てからグラスの中のビールの残り具合を確認してから、店の奥の方を見て、目配せして、注文を追加する素振りを見せた。すると、さっちゃんが右手に伝票、左手に鉛筆を握って、晃一らのテーブルにやってきた。晃一は彼女が十分近くに来てから、
「そう言えば、いつか忘れたけど、この店に幻の酒が置いて有るって、さっちゃんのお母さんが言ってた気がするんやけど。」
と全く違う話題を持ち出した。
「呉春でしょ。こないだまであったんやけど、一週間ほど前に来はったお客さんが全部飲んでしまったらしいの。また仕入れとく様にお母さんに言うときます。」
「だったらいいや。ビールあと二瓶持ってきてくれる?」
「はい。他にお料理はよろしいですか?」
「うん。もうお腹一杯や。」
と別所と倉井が声を合せて言った。

「話は違うけど、先日社長が村多製作所のことを例にとって盛んに羨ましがっていたのだけれど、その中に社是の存在というのがあって、その社是の中に会社経営の理念が書かれているらしいよ。」
と晃一は先ほどの話題に戻した。晃一は続けた。
「実際の言葉は知らないけど、要は、”製品を世の中に提供することによって社会の発展に貢献すること”らしいよ。」
「成る程、分かり易く納得の行く言葉ですね。これは誰も否定出来ませんよ。」
「それだったら戦争する目的とは違いますね。」
と倉井は前言を思い出して言った。
「問題は供給した製品と社会の発展の関係だよね。その製品によって、衣食住が満たされ、生活が豊かになるという物質的貢献のしかたもあれば、その製品に触れる事によって心が豊かになり、希望や夢が生まれてくる心理的貢献、そういう場合は良いけど、逆に、製品を供給した結果、世の中が便利になった反面、人々が危険にさら晒される事が増えたり、人々を堕落させたり、不安に陥れるような関係は困るし、場合によっては罰金ものだよね。しかし、大体はその中間的な関係でも十分商品価値が出てしまうので、そんな企業理念を考える必要もないのだろうね。」
「でも、その目的は達成出来るのだけれど、社員の収入は少なく、休みも少なく、社内設備や、福利厚生設備等の労働環境が悪いという場合でも社会に貢献出来れば良いんですかね。」
と、別所が疑問を投げかけて来た。
「それは良くないよ。村多製作所の社是には「協力者の共栄を喜び、これを感謝する人々とともに運営する。」と言う一節もあるらしいんだよ。協力者というのは、労働組合員や外注業者であったり、社員の家族であっても良いわけで、会社を運営する人、即ち経営陣は 協力者の共栄を喜び、これを感謝する人でなくてはならないということらしいよ。」
「立派な社是ですね。問題はその社是通りに会社を運営できるかということですよね。人間の本性は苦境に立たされた時にどういう態度に出るかで分かりますよね。村多製作所というのは今まで苦境に立たされたことがあるのですかね。会社も法人と言うくらいだから同じじゃないですか。」
と倉井が口を挟んだ。そこまでは知らない晃一は、
「目標にする会社の良いところは我々に話しても、そのようなことは知っていても社長は話せないのと違うかな。」
ということを言って、遅くなってきたので、とりあえず、この場での議論は打ちとめて帰ることにした。

店の前まで見送りに出てきたさっちゃんは、
「私達の仕事どうなるんでしょうね。」
とぽつりと一言言ったあとは、またいつもの様に、
「有り難う御座いました。薄さん、別所さん、倉井さん。またお待ちしています。」
と、微笑みを忘れずに見送ってくれた。

寮への帰り道、倉井が、
「可愛い子やったな、彼女。常連になろう。彼女左利きやったな、薄さんと同じや。」
別所が、
「お母さんとは全然似てないと思わへん?
むしろ薄さんに雰囲気が似てて、兄妹といってもおかしくない感じ。倉井はそう感じへんかった?」
といった。
まさかそんな事を言われると思っていなかった晃一は、
「まさか、でもそうだったらうれしいけどね。彼女のこと、職場の上司はどう言っていると思う? 夕鶴だってさ。彼女の働いている紡績の工場長の沢井さんと言う人とほんの立ち話程度だけど、話す機会があったのだけど、沢井さんに言わせると、彼女のこと、「夕鶴みたいな子でな、時々ふわっといなくなる様な気がする時がある」と言っていたよ。ロマンティックな話だよね。現代版夕鶴か。」
と応じた。すると別所が、
「あれ、その言葉薄さんのことを同じように誰かが言っていましたよ。」
と言った。倉井があいずちを打ちながら、
「尾崎さんが言ってはったと違う? たしか尾崎さんが言ってはりました。夕鶴とは言ってませんけど、薄さんが時々ふわっといなくなる様な気がする時があると言ってはった。」
と言った。益々思いがけない方に話がそれて行きそうになったので、晃一は、「尾崎にはあの店のこと言うなよ。さっちゃんに写真を撮らせろとでも言いかねないからね。
あっ、もう寮に着いちゃった。腹は一杯になりましたかな?またそのうち話の続きをやろうよ。」といって寮のそれぞれの部屋に散った。
周囲の同僚達と会社について議論するうちに、晃一には好ましい会社像というのが見えてきた。あとは、それに対する好ましい労働組合像を描いてみるということになる。
しかし、二ヶ月ほど後に、ドルショックが起き、日本経済は混乱に陥った。晃一の勤務している会社にもその余波が押し寄せ、会社の合併、労働組合の合併の動きが加速されることになり、晃一が考えていたペースなど待ってくれないのだった。晃一の組合活動にも大きな挫折感を抱かせるようなことが起こってくる。また一方で晃一の身にもまた不可解なことが起こりはじめるのである。

      <<< つづく >>>







2007/12/15 22:17:24|物語
西方流雲(13)
          西方流雲(13)


    <<< 16.「迷いの窓」と「悟りの窓」 >>>

会社の廊下で女性達に捕まった。その内の一人、大居さんが代表して、
「薄さん、今度の賃上げ何故私たち、少なかったんですか? 男性と同じ仕事しているのにおかしいと思うんですが」
と詰め寄って来た。実は晃一もそのことに気が付いていたのだが、一度に変える訳にゆかず、時間切れで調整しきれなかったのである。しかし、そうとも言えず、
「会社がケチで少ししか出さないんですよ。」と言いそうになったが、男女差を問題にしているのか、金額が少ないことを問題にしているのかよく分からなかったので、
「去年よりは良いはずなんですけどね。」と、事実で、最も差し障りの無い言い方で答えた。するともう一人の女性が、
「私達、去年高卒で入った男子より少ないんですよ。」と自分達が理系短大卒であるのにおかしいといわんばかりであった。確かに、この会社は男女差、年齢差、勤続年数差が大きく。同じレベルの仕事をしていても給料に差があった。特に男女差は大きく、一時金などは基礎金額に差がある上に、月数も差があるのであった。そこで、
「勤続年数の差は大きいんですよ。だから同レベルは無理にしても差が出来るだけ小さくなるように、駄目で元々、人事に掛け合ってみましょう。期待しないで待っていて下さい。」
と言ってその場をやり過ごした。そして晃一は何故男女差があるのか考えてみることにした。
 そして、不思議なことに、人事に交渉してみたらすんなりと通ってしまったのである。多分、一人 二百円という少ない増額である上、理系短大卒の女子社員は五人に満たない小人数で会社側の負担が僅かだったからだろう。大居さん達にとってはメンツの問題であり、会社側にとっては、その程度の金額で、組合に恩を売っておければという思惑が噛み合ったのだろう、と思ったが、人事課長の口から出た、晃一にとって気になる言葉は忘れる事の出来ないことだった。それは、
「今年は色々あるから、この程度のことは協力させてもらわないとね。」
この言葉が具体的に何を意味するか、晃一にはよく分からなかったが、組合にとって負担となることが実際に起こるのだろう。
晃一にとって最初の舞台、即ち賃上げ交渉はそんな形で殆ど大きな問題も起こさずに山を越しつつあった。
要求額8190円に対し、なかなか額が出なかったが、もう一方の労組の上部団体である全繊羊毛部会の様子見であり、見方によっては儀式みたいなもので待つだけ、ということで執行委員の腹は固まっていた。
 最低で7000円。それを下回る時は争議も辞さないという姿勢は見せているが、7000円を割るという悲観的な見通しは誰も持っていなかった。
 もう一方の組合と同形態の争議行為はするつもりはなかった。順法闘争、残業拒否程度の経験はしてみたい気がしたが、個人の趣味でやるわけに行かない。
結局、賃上げ額は、7335円で決着が着いた。

そんな五月のある日、久しぶりに京都を訪れる機会があった。

会社から帰って、部屋に置いてある買ったばかりのステレオのスイッチをひねると、京都を歌った歌謡曲のメロディーが流れて来た。

   あの人の姿懐かしい たそがれの河原町
  恋は、恋は弱い女を どうして泣かせるの
  苦しめないで、アア責めないで 別れのつらさ知りながら
  あの人の言葉思い出す、夕暮れの高瀬川♪

寒さを殆ど感じなくなり、体の動きもスムーズ゙になってきた様だ。
 何故か急に京都へ行きたくなって、誰にも言わず一人で出掛けた。今年初めての訪洛であるが、目指すは遣迎院だった。
しかし、拝観はしていないことが分かり、行き先を金閣寺、光悦寺、浄福寺に変更した。
 尾崎と一緒ではなかったので車の便はなく、結局、阪急電車で四条河原町まで行き、そこからは京都バスで行く事にした。

 金閣寺まで、まだしばらくあり、従って、まだ西大路から北大路にさしかかる前、バスの窓外には道路の両側に、商店の佇まいがまだ沢山見えるあたりの所だった。
 バスの中央あたりの座席に座っていた晃一は面白いことに気が付いた。ある特定の座席のみが妙に入れ替わり立代わりするのである。最初は、どこからか観光で来た様子の学生の隣で、三条京阪からずーっと空席になっていた所であった。
 それまでやや離れた所に立っていた買い物かごをぶら下げた女性が、腰掛けた。
 前から少し遠慮がちで、座るか座るまいか躊躇しているようだったが、車内の誰かが降車の合図のボタンを押しキンコンカン、キンコンカン、キンコンカンと音が鳴り始めたのをきっかけに腰をかけた。
その停留所では、三人ほど降りて、五人程度が乗ってきた。その中に和服を着た三人連れがいて、その内の一人はかなりの年齢のように見えたが、京都の歴史を少なくとも八十年は背負い続けているような貫禄のある御婆さんだった。
 その人が買い物かごを持って、先ほどまで空席だった席に座っていた女性の前あたりまで来た時、その女性は自然に席を譲った。
 その仕草は次の停留所で降りるという風であり、最初は席を譲った風ではなかった。
その御婆さんはそれでも、ほっとした様にその席に座り、手にした格子縞の布袋をじーっと見つめ続けていた。
 その布袋の中には、きっともっと静かな落ち着いた佇まいの京都が入っているに違いなかった。
 もしそうならば、晃一はその布袋の中に入り込んで、その御婆さんがまだ二十代の頃の静かで落ち着いた佇まいの京都に触れてみたい気持ちであった。
 いくつか先の停留所でバスのドアが開いた瞬間、外から飛び込んで来たパチンコ屋からのチーンジャラジャラの音はそんな晃一の気持ちを現実に引き戻した。
 その次の停留所で、その御婆さんは降りていった。そして空いたその席には、その停留所から乗って来たピンクのミニスカートと白いハイネックセータが良く似合う若い学生風の女性だった。
 服装は先ほどの老婆とは全く違うが、なんらかの形で、京都の血、場合によったら、足利義満や嵯峨天皇の血が流れているかもしれない。
…………・・、などと勝手なことを想像しているうちに、いくつか先の停留場で赤ん坊を抱いた若い母親が乗車してきて、その学生風の女性の側まできた時、その女子学生風の人は躊躇せずに、席を譲ったのであった。
そんな、バスの中の情景が晃一の心に清い風を吹き込み、京都が人ごと好きになった。
バスは更に北へ進み、「源光庵」という停留場でバスを降りた。この寺の本堂には珍しい丸窓があった。本堂には「迷いの窓」という四角い窓と「悟りの窓」という丸窓と、があり、二つの窓越しに庭園を望むことができるようになっているらしい。
「迷いの窓」の最中の晃一にとって「悟りの窓」へのトランジションは気になるところであり、それぞれ四角い窓と、丸い窓にしていることに、なんとなく感じるものがあった。
 晃一にとってのアクションガイドというのも、丁度、この「迷いの窓」と「悟りの窓」の間に挟まれて存在する時空の様なものかも知れないと思った。
しばらく源光庵の境内と「血天井」を見学したあと、晃一は更に足を伸ばし、常照寺という吉野太夫に因んだ寺に辿り着いた。ここも源光庵同様、質素で落ち着いた感じのする寺であった。
初めて訪れた寺で、門構えは極めて控えめで、境内も有名な寺とは雲泥の差で落ち着いた佇まいであった。
京都の寺というと、観光の対象として、千年の都の生き証人としての存在と見られがちで、晃一自身ここに求めるものは古都の吐息であり、再建されたばかりの堂塔伽藍にはあまり興味は無かったし、ましてや生活臭の漂う寺にさほどの興味はなかった。
堂内からは勢いのある複数の声からなる読経が聞こえた。
この寺は本阿弥光悦の土地寄進を受けて開創した鷹峰檀林(檀林=仏教の学問所)の旧跡で、旧山城六檀林のひとつ、往時は広大な境内に三十余棟の堂宇が並び、多くの学僧が学び、賑わっていたということであり、今でもその名残が有るのだろう。
読経の声を耳にしながら、本堂を通りすぎて境内の奥の方へ歩いて行った。程なく境内は突き当たりとなり、そこから斜面となって下る山肌となっている。
このあたり一体は鷹ガ峰と呼ばれ、峰の頂や中腹にいくつかの寺が建っている。この寺は少なくとも中腹より高い位置に有るのだろう。見下ろすと、若芽の混じった熊笹が密集しており、それをかき分けるように、かえで、なら、くぬぎ、桜などの木々が不規則に生え出て、空まで覆っている。
日光を透したそれらの若葉は競い合って成長したせいか、若葉同志接触しあい、五月のさわやかな微風にゆられて、さーっという白色音を奏でている。
 微風は斜面を這い上がって、斜面を見下ろしている晃一の頬にやさしい感触を与えた。
晃一はもう少しこの感触に浸ろうと思って表面が平らになった大きな石台に腰をおろし、両腕を天に向け深呼吸をし、顔を天に向け大きく深呼吸した。
 思い切り深呼吸をして、五月の薫風を一杯に吸い込もうとした。
 その瞬間、甲高く残響のある声で女性が何かをささやいている感じがした。
 耳鳴りにも似た感じであったが、そんな単調な音ではなく、何かを晃一に語り掛けているような声そのものだった。
 晃一の五感が敏感になった次の瞬間、それまで天空をほぼまんべんなく覆いつくしていた木々の若葉が天空の一点を避けるようにざわめいた。
 その一点だけが五月の陽光を直接通す様になり、青い空が姿を現したようだった。
 急に眩しくなった晃一は手をかざしてその光をさえぎろうとした瞬間、その一点をピンク色の衣をまとった飛天が横切るのが見えた。
 薄いピンクの布切れでもあるようだし、衣でもあるようだし、最初に飛天らしき顔が見えた様な感じもした。
晃一の脳裏にはそのような光景はかって一度も存在したことが無いので、何度もその光景を反芻してみた。
 反芻するに従って、飛天の唇の動きまでが鮮明になってきた。
 そして、その唇の動きは先ほどの甲高く残響のある声のささやき声に同調しているのがわかった。
 また、そのまなざしはやさしく、慈悲のこもったまなこであった。
さらに反芻を重ねているうちに、その飛天の衣は透き通って来て、飛天の乳首や恥部までもが見えてくる様だった。
 そんな感じがしたとたん、さきほどの天空の一点はもとの様に薄黄緑色の若葉で覆いつくされていて、音も先ほどと同じ白色音に戻っていることに気が付いた。
 そんな想像をしてしまった自分を誰かが叱っている様な感じがして後ろを振り返ってみると、本堂の堂壁に一遍の短冊が糸でぶら下げられており、微風に煽られて、ひらひらと舞っているのが認められた。何かが書かれているのがわかり、近づいて読んでみると、

少時俗塵離れ(しばし、ぞくじんをはなれ)
清風(せいふう)に座し、相倶(あいとも)に心閑(こころしずか)なるを楽しむ

と書かれていた。
 晃一は「そうだ。それが京都にきて寺を訪れる目的なんだ。」と納得した。先ほどまでの清風がなんとなく涼風に感じられてきたので、その寺を後にした。
そして、帰途晃一は彼にしては珍しくすぐ暗記することの出来た、

「少時俗塵離 清風座 相倶心閑楽」

という文句を思い浮かべ、自分にとっての俗塵は何で、清風とは何かを眠気の中で考えてみた。
 しかし結論はでなかった。それ以上になぜあの様な読経も聞こえる神聖な場所で、飛天の乳首と恥部というエロチックな場面を想像してしまったのか不思議でしょうがなかった。
帰りに阪急伊丹駅の近くの定食屋で夕食をとり、のんびりとゆったりした足取りで寮にたどり着いた。時計を外しながら時刻を確認してみたら、夜八時過ぎであった。
寮にたどり着く道すがら大気に漂う匂いは慣れたとは言うものの、染料と薬物が交じり合った何ともいえぬ臭いで、清風とは正反対の環境と思えた。
畳の上に横たわって天井の木目を凝視していると、最初は京都の余韻が残っていて、遠い昔に歩いた事のある道をまた歩いたという気持ちに為って来た。
しかし、寮の廊下をどかどかと早足で歩く音によって現実に引き戻されて、壁にかかったカレンダーに目をやった。
いよいよ労働組合に合併についての検討が具体的に始まるのだ。

       <<< つづく >>>







2007/12/15 21:59:37|物語
西方流雲(12)
           西方流雲(12)

     <<< 15.青は藍よりとりて藍より青し  >>>

 労組委員長として当選した晃一とともに、組合を運営して行く事になったメンバーは、副委員長 藤尾 、書記長 淵田、総務部長 堤、調査部長 坂口、青婦部長 松木であり、この内、副委員長を除き、ともに会社の現況を憂い、足並みを揃えて立候補した 同志であった。
 副委員長はどうも会社からのお目付け役と言う感じだった。
年齢的にはその副委員長が最年長で勤続年数も多く、なあなあ的な感じだが温厚で丸顔の好漢であった。
 次に坂口氏で晃一の一年先輩、何かと今後要となってゆく書記長淵田は晃一と同期であったが、それまで殆ど話す機会はなく、ともに立候補しようと話あったのが初めてであった。
彼は市内にある実家から通っていて、色白で髭剃りあとが青く清らかな感じがする好青年である。
 総務部長の堤はまだ若く二十才になったばかりであるが、素直でぽっちゃりした感じで、いつも笑顔が絶えない。
 晃一等が率いて行く事になった労働組合に専従は一人もいない。従って、通常は、通常の社員として普通に仕事をしているのである。
 晃一は、高橋モーレツ課長のもとで、組合活動に関しては追い風を受けながらも、必ずしも順調とは言えない技術テーマの実施に忙しかった。
 晃一の技術テーマは共沈法という方法で高性能フェライトメモリコアを製造する技術を開発する事だった。通常のフェライトメモリを製造する方法はすでに確立され、IBM等のコンピュータメーカは既にこのフェライトメモリコアを用いてコンピュータを製造販売していて、また国内のいくつかのメーカは、このフェライトメモリコアスタック、即ち書き込み、読み出し用の配線を施したユニットを製造販売していた。
 晃一は高橋課長が何処からか手に入れてきた、世界で最小サイズのフェライトメモリコアを見て驚いた。外径0.25ミリという途方も無い寸法のドーナツ状のセラミクス素子であった。
 その時点で晃一等が実現できているレベルと、その世界最小サイズのフェライトメモリコアとの間の技術レベルのギャップの大きさの大きいのにショックを受けた。
 外観だけの実現でも何年かかるか分からない。しかも、磁気特性の評価技術の確立、目標磁気特性の達成を含めて考えると、気が遠くなるような気がした。
 しかし、一方ではなんとかなるという怖さ知らずの気持ちもあり、学生時代にテニス部で鍛えた体力に任せ、がむしゃらに実験を繰り返してゆくという感じであった。
 その日も既に就業時間も過ぎて残業時間帯に入っていて、成型体を炉に投入し、丁度、一段落ついて、居室の自分の机に戻った時だった。書記長の淵田と同じ課の万木(よろづぎ)という男が一緒にやってきて、万木が
「淵田書記長に殴られた。」と血相を変えて晃一の所にやってきた。後を追う様に一緒に入ってきた淵田も顔を真っ青にして、唇を震わせていた。
 淵田は何か反論するかと想ったが結局何も言わなかった。しかし、本当にそのようなことがあったのか、またあったとしたら、その原因が何か。
 それを知っておかなくてはいけないと思った晃一が二人に聞いてみて分かった事は、そのようなことが起きたのは事実で、その原因は万木の淵田への中傷であった。
 しかし、万木は中傷したつもりは全く無いということで、人から聞いたことをそのまま確認してみようと思っただけと言うのであった。
 幸い他に誰も見ていなかったので、それで済ますことが出来たかも知れないが、その、人から聞いたこと、と言うのがどの様なものか、知っておかなくてはと感じ、晃一は二人に聞いてみた。
 しかし二人の口は重く、肝心なことは何も聞くことが出来なかった。
 翌日、晃一が居室に遅くまで残っていたら、そこへ万木がやってきて、「昨日のこともう少し詳しく話をさせて下さい。」
と言ってきた。
 晃一は、やはり淵田の前では言いにくいことだったのか、と 昨日、深く詮索しないで良かったと胸をなで下ろした。
「ではゆっくり話して下さい。あまりびっくりするようなこと言わないでよ。」
とは言ったものの、昨日の 淵田の形相を思い出すと予断は出来ないと覚悟して聞くことにした。
「薄さんは政党は何処を支持していますか?」と全く関係無いことを聞いてきた。全く関係無いと言うのは正しくなく、組合活動を初めて、自分は一体どの政党を支持すべきなのか迷っていたのだった。
 しかし、これから話す内容とは関係無い筈だと思っていた。晃一は、
「特に一貫して支持している政党はなく、自民党を除いて全ての政党に投票したと思うけどね。しかし、そんなことがどうして関係しているんだろね。」
と答えたが、じれったい感じがした。更に、万木は、
「共産党にも投票したことが有るのですか?」
と、質問してきた。晃一は、
「そりゃあるさ。若い時には勢いあまって、投票した事もあるし、学生時代には労音というのにもよく行ったよ。しかしよくよく考えると自分の性格には合わないことがよく分かったよ。だから逆に民青みたいのには拒絶反応を示すね。」
と、言いつつ、相手の言いたい事が分かってきた。すると、万木は、
「それを聞いて話し易くなりました。実は淵田さんの所、伊丹市で八百屋さんをしているんですが、お父さんは伊丹市でも名の通った共産党員らしいんです。僕は入社時の調査でそんなこと簡単に調査できるはずだし、そんなことはないんじゃないかと思ったんだけど、たまたま二人だけのことがあり、そのことを聞いてみたんです。」
「そーだったのか。それで淵田君はなんて答えたの?」
「答えるどころか、殴ろうとして手を挙げたんですよ。」
「なんだ、昨日は殴ったと言ったじゃないか。」
「いや、殴られはしませんでした。だから今こうして訂正に来たんです。」
「そういうことだったのか。でも問題が三つ残っているね。」
「何ですか?その残っている三つの問題というのは」
「先ず、昨日、君が淵田君に殴られたっと言った時、何故彼は否定しなかったかだね。
次に、君にその様な噂を吹き込んだのは誰か、と言うことと、三つ目に、その噂本当かどうかということだね。」
「僕がその様な噂を聞いたのは仁田人事課長からですよ。」
「そうか、やらしいですね。会社は。」
「しかし、最初と三つ目の点は本人じゃないと分かりませんよね。………、でも薄さんもこの二つのことは事実次第ではやりにくい事になりますね。」
そう言われた晃一の胸には薄い鉛の板がぶら下げられた様な感じがした。
「では、薄さん、僕はこれで失礼いたします。これからは当人の前でその人の噂を確認するなんてことはしない様にします。」
と言って万木は部屋を出ていった。
「でも、人の噂は悪いものばかりでないから、いい噂だけを選り分けて確認するのであれば本人のまえでも好いのではないかな。」
と、独り言をいいながら、自分の机の上に散らかった書類をかたづけ始めた。
 その中に「賃金実態」という小冊子があった。これは、各社の賃金実態や昇給、一時金、各諸手当が載っている。
「これは書記長の淵田にじっくり読んでおいてもらおう。」と晃一は考えていたものだった。
 その時、またドアのノックの音がして今度は淵田が入ってきた。
「薄さん、これから帰るところですか?昨日のことで話があるのですが、今かまいませんか?」
「いいですよ。もう帰るところでしたから。もう皆帰ったからそこの椅子に座って下さい。話をじっくり聞かせてください。」
「昨日はお騒がせしました。………、昨日万木君は僕が彼を殴ったと言っていましたが、実はよく覚えていないんです。でもそれはどちらでもいいんですよ。何故かというと、要は僕の父が共産党員だということがそうさせたのだと思うんですよ。だけど、だからといって僕がそうだとは限らない。僕はむしろクリスチャンで、親父には正直いってついてゆけないところが有るんですよ。親父も僕のことを何を考えているか分からん奴と思っているようです。」
「そういうことですか、よく話してくれました。有り難うございます。大騒ぎしないで良かったですよ。」
「でも、多分薄さんは分かっていませんよ。………、ところで、薄さんこれからある所へ一緒につきあってくれませんか?」
分かっていませんよ、などと言われて心情穏やかでない晃一は、
「そんな遠い所でなければね。」
「大丈夫、歩いても15分くらいです。では行きましょう。」

淵田書記長が案内してくれた所は、人の気配一つしない教会であった。
 お寺であれば線香の香りがするのであるが、この教会で香る匂いはニスの匂いである。
 なにやら晃一にとって不可思議な空間である。
 ニスの香りは4列に並んだ木製の長椅子が放っていた。
 木製の長椅子の色は明るい黄色であり、ラワン材の針目が見えるような明るさだった。
 イエスキリスト像が十字架とともに正面の白い壁を背にしていて、何かを語り掛けているように見えた。
 その両側の窓にはステンドグラスが掛かっていた。
 十字架のイエスの方に視線を戻し、視線を目の高さと同じ高さに目を移すと、演説台の様な机が一つ配置され、その両袖に大きな花束が花瓶に生けられている。
 また、ピアノが出入り口に近いところに配置されていた。薄暗いお寺の佇まいとは明と暗の好対照と言えると思った。
 なるほど、教会というのは葬儀も結婚式も出来る空間だなと思った。お寺は葬式はやっても結婚式をするのは非常に希である。  一通り内部を見回した結果、やっと自分自身が何処にいるのか確認できた。
そこへ、先ほどから何処かに消えていた淵田書記長が何時の間にか晃一の背後に来ていて、
「薄さん、この様な教会は初めてですか?……、僕は学生時代からクリスチャンですからこの様な場所にくると何故かほっとするんですよ。昨日の様なことがあるとこの様な所へ来ないと気分が収まらないんですよ。 」
と、語り掛けて来た。晃一は、
「初めてですよ、こういう厳かなところは。……、ところでお父さんの思想とは随分違うんですね。」
と返事と問いを同時に発した。
「そうですね。僕は小さい時から親父の唯物的で、物事を四角四面に捕らえる考え方がいやで仕方が無かった。もっと、観念的で丸みがあり、多少曖昧さや無駄があっても、もっと、ゆとりのある生き方をしたくて仕方が無かったんですよ。学生時代は親父が共産党員でも、自分がクリスチャンでも、両者が同じ屋根の下に住んでいても全く問題は無かった。
 所が就職活動を始めると、このことが重くのしかかって来て 自分の人生にも影を落としてきたんですよ。就職するのが自分で、親父でないのに、最後は親父が共産党員ということが分かってしまい、決まりかけた内定が取り消されてしまう。
 これほど不条理なことはないですよね。親が共産党員だとその子供も共産党員にされてしまう。…………、実はね、聖書の中にこの様な文章があるんですよ。
“全て好い木は好い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。好い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が好い実を結ぶことも出来ない。“、……。類似した文章が何度も聖書に出てくるのだけど、この文章だけは気分が良くないんですよ。わかります?」
「東洋にも似たような言い回しが有るよね、古代中国の故事に、“青は藍よりとりて藍より青し、氷は水より為りて水より冷たし、直木も撓めて輪となすを得て、しかも輪は直木に戻らず。”……だっけ?」
「そうです。その言葉を、もしクリスチャンに為る前に知っていたら、僕はクリスチャンになっていなかったかも知れませんよ。この言葉の方が違和感がないのは僕が日本人で儒教的な倫理観を子供の時から植え付けられて来たからかも知れません。この言葉は学問の勧めを言っているらしいけど、環境次第で人間は良くも悪くも為るという教訓的な言葉で、先程の聖書の一文とは反対なのですよ。  この言葉は聖書の言葉が人にやる気を失わせるのに比べ、やる気を起こさせる対照的な言葉の様に感じます。」
「確かにその様な感じがしますね。だけど、それより、理工系でありながら、クリスチャンというのは思想的に矛盾を感じる時はないですか?真理を極めようとする気持ちと神を信仰する気持ちとの間には、壁があるように思えてならないんですけどね。」
と、晃一は日頃疑問に思っていたことを口にした。
「確かにその通りかもしれません。しかし、矛盾を感じるというより、技術屋であればこそ、その対極の宗教にあこがれるというもあって良いんじゃないですかね。」
「なんとなく分かりますね。………だけど、宗教にしても、イデオロギーにしても、技術にしても世の中を暗くするようなものは駄目ですね。」
晃一は 続けた。
「この教会の明るさと言うのはなんとも言えませんね。ニスの香りと言い、この黄色のベンチと言い、日本の寺とは偉い違いですね。」
「天井のライトの所為ですよ。………これがなければ、こんなに明るくはありません。世の中を明るく照らす光源の存在も大事なのですよ。」
天井のライトの話になったので晃一は先ほどから気になっていたことを聞いた。
「…………、所で、こんな時刻に、最初からライトがついているけど毎日こうなの?年中無休で教会の中を明るくしておくの?」
淵田書記長はその天井のライトを見ながら、
「いや、そんなことはあらへん、僕も実は気になっていて、先ほど裏まで行ってみたんだけど誰も姿が見えなかったんですよ。いつもは、宿直の人がいるんだけど、いないんですよ。買い物でもしに行ったかと思っていたけど、未だに帰ってきた様子が見えないんや。、……………。」
と言って、イエスの方を向いて、なにか呪文を唱え、更に十字を切ってから、
「さあ、帰りましょうか?ライトはこのままにしておいていいでしょう。」
と言った。

 晃一は寮の自分の部屋に戻ってから、問題は解決したのだろうか?と自問してみたが答えは出なかった。答えが出たのは翌々日であったが、淵田は、
「書記長を辞めさせて欲しい。」と言ってきた。
晃一にとって早くも舵取りの難しい状況に為ってきた。

これから晃一にとって初めての賃上げ交渉が正に始まろうとしていている。更に労働組合の合併、ニクソンショックと言うように、この年、様々なことが起こり、若さと体力で乗り切って行くのだが、全てが初めての経験である。その都度、アクションガイドの欠如に悩まされながらも多くの経験をして行くのである。
なかなか思うようにならないものだとやや暗い気持ちになっていたそんなある日、会社の構内で、なんとなく惹かれる女性と出会う。
 まだ物語は起承転結の承である。

      <<< つづく >>>








2007/12/15 21:41:06|物語
西方流雲(11)
      西方流雲(11)

      <<< 14.労働組合論 >>>

そんなことがあった二月も終わり、三月に入った。
よくよく考えてみると、三年目の最後の月、石の上にも三年、三日、三ヶ月、三年その最後の月である。
 この場合の三年と言うのは本当は、忍耐、我慢のことを言うのだろうが、晃一にとっては、三年という月日を忍耐という言葉で置き換えるのは適当でない様な感じがした。というのは、この三年間苦労したという感じが殆ど無かったからである。

 風変わりな体験はしたが、それは、夢の中をさまよう様な感じのもので、そこで何か生気を吸い取られるような体験を何度かしたが、精神を疲れさせる様なものではなかった。
 その一方で、同期の仲間で一目置いていた戸津が三年たったところで、別の道を歩いてゆくことになったのだ。
晃一は人と人との触れ合いは、Y字型、逆さY字型、X字型の3つに分けられると思っていた。
今まで、ずーっと一緒に生活してきたが、ある時を境に異なる環境で生活することになるのがY型、親元を離れてここにこうして生活している晃一の場合がそうである。
 また、それまで全く異なる環境で生活してきたもの同志がある時を境に、同じ環境のもとで生活するようになるのが逆さY字型、触れ合いで、今の晃一と尾崎ら友人達の関係がこれに該当するのであろう。
 そして、それまで全く異なる環境で生活してきたもの同志がある時を境に、同じ環境のもとで生活するようになり、他のある時を境に、異なる環境のもとで生活するようになるのがX字型であり、戸津との関係がこれに相当していると感じていた。出会いの後に別れがある。一期一会もX字型の同義語だろう。
 この他、O字型の触れ合いというのがあり、晃一の人生こそがこれに該当しているということに身をもって経験するのは、この時から三十年以上もあとのことになる。
 それはさておき、この頃の晃一は、
“I have not any "Action Guide" to follow.”
であり、身の回りにおこることに対し執着することが無かった。
 自分が周りに作用するより、周りが自分に作用する方が多く、強いという感じがしてならなかった。
 そんなある日、たまたま倉井が部屋を尋ねてきた。
入ってくるなり、
「日中国交回復国民会議が結成されたらしいじゃないですか、良かったですね。」
と言った。晃一はそのニュースは知っていたが、何故良かったのか分からず、
「それがどうした? なんで良いの?」と、腰をおろす前の倉井に上目遣いに問いただしてみた。
「だって、高橋課長が言ってはりましたよ。薄さんが異常に中国に関心を持っている。どうしてなんだろうって。」
「そういうこと? 特に関心がある訳ではないんだけど、毛沢東語録を愛読している高橋課長に関心があって、こないだ色々高橋課長の中国での体験や毛沢東語録について聞いてみたんだよ。倉井の方はベ平連どうしてんの?」
「最近はただ過激であれば良いという運動のしかたをする連中がいるんで困るんですよ。」
「京浜安保とか赤軍派とか?」
「 そうです。良い指導者がいないんでしょうね。それで思い出しましたが、こないだの新年会での薄さんの言葉グサッと来ましたよ。」
「そんなこと言った? なんだったっけ?」
「社会に対する貢献の仕方で、なんとか連という団体に入って、なんとか連のトップの人が言うことに従って行動するというやり方は自分には合わない、と言ったじゃないですか。僕のこと言っているなと感じましたよ。」
「そう言えばそんなこと言ったような気がするな。あれは特別倉井のことを指して言った訳じゃなかったけどそう取ったのなら申し訳ない。」
「分かっています。薄さんは人にいやみを言える様な人ではないということは僕らは皆分かっています。それより組合活動に興味があるように感じましたが、やるんですか?」
「いや、迷っているんだよ。どのような労働組合が良いのかイメージがはっきりしないんだよ。労使の関係にしたってどの様な姿が理想かよく見えないんだよ。一般的な労使の関係というのは本や新聞等である程度わかっても、うちの会社の特殊性というのもあるし、それを無視する事は出来ないと思うんだよな。」
「労働評論家だってそんなはっきりしたパラダイムなんか持っていませんよ。…・。ところで一般的な労使の関係というのはたとえばどういうことですか?」
「ものを売る方と、買う方とどちらが立場が強いと思う?」
「それは需要と供給の関係や、売り買いするものによって違うんでしょうね。」
「そうだよね。需要が供給を上回る時は、売る方が強いし、供給が需要を上回る時は買い手の方が強くなるよな。売り買いするものは労働力だ。ところが、基本的には買い手の方が強いんだよね、一対一の場合はネ、一対一の場合はだよ。
 たとえば、給料をもう少しあげてくれとか、会社の食堂の食事をもう少し良くしてくれ、トイレを水洗にしてくれ、ということを面と向かって一人で社長に談判に行ったらどうなると思う?」
「軽く聞き流しでしょうね。へたしたら職制にフィードバックされて居心地が悪くなるでしょうね。」
「そうだよな。そうしたら、もし社員の80パーセントがまとまって陳情に行ったらどうなるかなア。」
「80パーセントどころか30パーセントでも耳を傾けると思いますよ。」
「耳は傾けるかも知れない。しかし、その通り実行すると思う?」
「実行はすぐには無理でしょうね。」
「もし、その交渉を毎年同じ時期にやって、会社側も準備をしやすくする。そしてすぐに実施しないにしてもその次の交渉の機会までには実施してもらう、という習慣をつけさせる。」
「なるほど、定期的に団体で交渉するのですね。」
「そう、問題はどの程度まで自己主張するかで、会社が危うくなっても主張を通すという立場と、会社あっての社員という立場に立ち、労使協調路線とどちらを指向するかだよ。」
「そうですけど、会社から見ても同じ事で、社員の生活が成り立たなくなっても、会社の方針を如何に貫き通すか。あるいは社員あっての会社と言う立場に立つか?ということと同じですよね。」
「そうだね、僕は体質的に労使協調路線だね。御用組合と労使協調は混同され易いし、混同されると労働組合にとってはマイナスイメージになるので、そうならない様な施策が必要になるね。会社側に寄りすぎていないと言うイメージを与える施策と、会社に非協力過ぎると言うイメージを与えない施策の二つが必要に思うんだけどね。倉井はどう思う?」
「確かに、それは大事でしょうね。だけど何か具体的な施策って有るんですか?」
「好いか、悪いか、まだ十分に吟味していないが、上部団体への加入と会社への各種提案じゃないかなと思っているんだよ。」
「何を提案するんですか?」
「はっきりいうと、会社の経営に対する提案だよ。例えば週休二日制とか、新規事業に関する提言とか、…・・だね。」
「でも、提案が受け入れられて、それを会社が実施して、悪い結果になってしまったらどうするんですか。又、意識の高い組合員はいいかも知れませんが、一般の組合員は賛成しないんじゃないでしょか。」
「提案の内容次第だと思うよ。例えば持ち株会の様なもの。うちの会社は株式を公開していないので関係ないけど、毎月一定の金額を従業員に払ってもらってそれを時価で割った数の株本人の持ち分にするというのが普通だけど、実際にはその1割増しの株を対価とするという方法とかね。いろいろあると思うよ。」
「株は無理にしても、社内預金だったら、預金金利を市中金利より一分増しにするということであれば可能ですよね。」
「まだいくらでもあると思うよ。それはそうと最近非常に良い言葉を聞いたよ。企業理念というか経営理念とか、そう言う絶対的な重みを持つ深みのある言葉の様に感じたんだよ。」
「何ですか? お気に入りの言葉というのは。」
「それはね、”企業は人なり” という言葉なんだよ。簡単明瞭、覚えやすくていいだろ?」
「企業を良くするも悪くするも人次第ということですか? しかしここで言っている人というのは職制上の人を言っているのでは無いですか?」
「特に、経営者に近い所にいる管理職や役員は勿論そうだろうが、実際に生産する所に近い人間の質というのはある意味ではもっと大切だと思うよ。いくら経営に近い人間が立派な経営思想をもっていても、一般の社員がその通り動かなくては何の意味も無いんだものね。」
「と言う事は、実際に生産する所に近い人間の質というのは、経営に近い人間の言う事を聞いて受け入れる人間ということになるのですかね。」
「いや、そこが一番誤解しやすい所なんだけど、そうじゃなくて、先ず立派な理念があって、それをベースに経営者は経営者としての役割を果たし、一般の従業員は一般の従業員としての役割を果たすということじゃないのかな、と思うんだよね。その理念というのは確固として普遍的な考え方であり、例えば職制上の立場から見ても労働組合員の立場でも受け入れることの出来るものでなくてはならないし、それに従えば、社員の殆どの社員が均等に利益を享受出来るものでなくてはならない。」
「と言う事は、必要なのは、まず経営指針、そして、その経営指針に従って生産活動、経営活動をする社員の二つの高い質、ということになるんですね。」
「いや、その二つだけではなく、もう一つ大切なのがあると思うんだよ。」
「何ですか?」
「それは、現在進行中あるいはこれから実施しようとしている活動がその理念に沿っているか、適っているか否かをチェックする存在だと思うんだよね。
あるいは、その指針がそのままで良いのかを常に監視する立場というか役割が必要だと思うんだよ。」
「分かりました。その立場と言うのが薄さんが目指す労働組合と言う事になるんですね。」
「その通り、勿論監視するだけでなく、実際にはその理想的な状態を実現する為の活動を忘れてはならないのは当然だけどね。」
「そんなにうまく行きますかね? 労働組合を一人で運営する訳ではなく、他の組合役員の協力を取り付けないと潰れてしまうんじゃないですか? また一般の組合員だって自分の利益と天秤にかけながら賛否を決めるのではないでしょうかね。」
晃一は少し顔を歪めながらため息混じりに言った。
「そうだね。同僚、上司、部下と比べてどうか、世間と比べてどうか、人間なんて常に天秤屋さんだよね。これは人間の本性だから否定するわけにいかない。この本性を認めた上でどうするかだよね。天秤の片方に乗せるものは組合員の欲求みたいなもので、これを安定した位置にとどめておくには天秤の他方に同程度の重さのものを乗せないとバランスが取れない。こちらが組合員の社員としての功績とでもいうものかな。」
「権利と義務と同じですか?」
「いや、権利と義務というのは硬い響きの言葉、明るさが無いよ。欲求、あるいは夢や希望を重いものに置き換えようとするなら、それに相当する功績というか成果をあげなくてはいけない、というのは当然のことで、これも人間が本能的に知っていることだよね。
逆に予定以上の成果をあげた場合、それに相当する利益を提供しなくてはいけないよね。……・まあ、理想論ばかり明確になっても、実際の組合運営が出来るわけではないんだよね。先ず具体的に何をするかだ。倉井だったら先ず何から始める?」
「そうですね、僕だったら、先ず人間にとって最も悪い出来事から最もよい出来事に思い付くことを全て並べてみますね。特定の人間にとってではなく、人間の本性を下に敷いた上で並べるんですよ。最悪の出来事は死、次はそれに近い傷害、病気、事故、被災、更に盗難、中傷、誹謗、不和、不潔、好い方は清潔、友情、親切、善意、結婚、長寿、財産、健康、誕生、援助、平和 かな。善悪の地図とでも言うのかな。次に、現在の状態が、悪い出来事が起こらないようなシステムになっていないか、助長するような風土がないかどうかをひとつづつ挙げてゆき、対応策がとられているかをチェックし、また好い事については、それが推奨されるシステムになっているか、抑え付ける風土がないかをチェックしてゆくんですよ。」
「じゃ、それが死という最悪の出来事の場合はどうなるの?」
「社内の安全衛生を常に確保出来るシステムになっているか、で例えば我が社の場合、炉やプレス機を使っているから感電とかけが怪我、人間テスターなんてのはもっての他ですよ。必要なのは安全点検システムですよ。これにはある程度金がかかるので会社側はしぶるかもしれないので、ここに労働組合の役割があるんですよ。」
「なる程ね。じゃ、好い方で、財産の場合はどうなると思う?」
「財産を増やすシステムになっているかで、これは収入が増えることと、出費を抑える意外に無いですね。例えば社内預金の金利を高くしたり、同じ物でも安く購入できるシステムがあれば大分助かるし、家を購入する時の低利資金貸し出しなどいくらでもありますよ。」

 二人の労働組合談議は尽きるところが無く夜遅くまで続いた。
 そして、その一週間後の三月四日、晃一は労働組合の委員長に立候補する決心をしたのだった。
 それはもう一つの重要な問題に対する考え方がまとまってきたことによるのだった。
読者は覚えているだろうか、紡績工場の沢井工場長の言った次の様なことばを。
 「社長の話では、もう、繊維事業をやめるんやて。それで旋盤の扱いくらい勉強しておきと社長に言われ買うたんや。」
と晃一の耳に入った言葉は、その時以来耳に残っていたが、その直後に繊維事業をやめることを職制から直接聞き、沢井工場長や坂本幸子はどうなるんだろう、と気になっていた晃一だった。
 ところが、それとともに、労働組合も、全繊同盟加盟の組合と晃一らが所属している、人数は少ないがエレクトロニクス事業を核とする組合の合併話が出ていたのだ。

ここで晃一らが勤務している会社の沿革について触れる必要があろう。

 その前身は関西でも名のある中堅の紡績会社であり、かっては種紡(たねぼう)と渡り合うほどだったらしい。ところがある時社員の一部が造反し、まとまって大量に会社を辞め、その種紡に転職されたことがあった。
 当然、会社は危うい状態になり、資産売却等で凌いだ。社長は再建するにあたって、紡績事業は、いつまでも続くものではない。
 新しい事業に参入しなくては、ということで小さなエレクトロニクス会社を設立し、紡績事業部の部長をその会社の専務とし、実質的な社長に据え、同時に技術、生産分野の筆頭責任者として渡辺部長を招聘したのであった。
 そして要職の管理職にはその分野で先行していた東京の小泉製作所という会社から引き抜いたのだった。その設立したエレクトロニクス会社は紡績会社の敷地の最も猪名川に近いはずれに建屋が作られ、別会社になっていた。
 労働組合も別途新しく結成され、労働組合同志の交流などは少なくとも晃一の入社した一昨年には全くなかったらしい。一方、紡績の方の労組は上部団体として同盟に加盟しており、民社党員籍の役員や共産党員の役員もいて、組合活動に精通している人たちが何人かいるという話であった。更に、不可解なことであったが、倉井、別宮ら、晃一の一年後輩から入社即紡績側の労組に加入ということになっているのであった。

 そして、その年の三月末近く、組合役員選挙で一票差で対立候補を下し、労組委員長になるのである。しかし、その船出は必ずしも順風満帆とは言えず、最初の洗礼が晃一を襲うのだった。

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