槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/12/25 19:57:44|物語
西方流雲(20)
         西方流雲(20)

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 冬の古都は冷え込む。
 雪は積もらないが、北山の方では毎日少しづつ降り、解ける前にまた降るものだからいつしか根雪になってしまう。
 道路上の雪は、踏み潰されて路面が見える筈だろうが、つい先程まで少し降っていたのだろうか、足跡や轍がうっすらと白いベールで覆われている。
 杉林の根元でベルト状に根雪を両側に携えたとなった白帯に挟まれたその小道は、急な上り道となって右手に急カーブして途中から見えなくなっているが、玄琢方面へ至っている筈である。
「これでは、フィルムがすぐなくなってしまいよるで。さっきの茶店の所だけで十枚も撮ってしもた。」
と、尾崎が白い息をはきながら深閑な雰囲気を壊した。
「雪の白、茶店の黒、茶店の前に配置された縁台の上に立てられた朱塗りの唐傘、そして、白川女風もんぺ姿の小さな女の子、絵になったよな。カメラ持ってこないで失敗したよ。」
と、晃一は応じた。
「 一つ不足しても絵にならない、ひとつ余分でも絵にならないとはこのことだなあ。」
と、尾崎はいかにも満足げに呟いた。

 その日は年も改まり一月も十五日、成人の日である。
「京都に写真撮りに行くんやが付合わへん?」
と誘ったのは尾崎だった。
 その前日、噂されていた希望退職募集の話が正式に会社から発表されたのだ。そして十八日には、これに関する労使協議会を開くことになっていた。
その夜晃一は尾崎の部屋を訪れ自分の情けない気持ちを聞いてもらったのだ。
「尾崎、自分の未熟さに愛想をつかしたくなったよ。希望退職募集の話が正式に会社から発表されたのだが、こうなって、何もかも透き通る様にはっきりしたよ。組合合併の後押し、与那嶺副人事部長の引き抜き、淵田書記長の暴力沙汰事件をきっかけとした退職への追い込み、その他細かい事を挙げたらきりがないけど、皆、このことの為の準備だったんだよな。そこまで読めなくて情けないよ。」
「薄、それは無理や。誰だってそんなこと無理や。」
「それにもう一つ情けないのは、労働組合長と言うのにピンと来ないんだよね、希望退職募集と言うのが。中にはこれを境に大幅な人生設計のやり直しをするはめになる人がいるというのにね。その人の立場になって考えることが出来ないんだよな、情けないけど。」
「我々は、既婚者ではないし、紡績関係の仕事をしてきたわけでもないし、そういう立場になれと言う方が酷や。今回は旧紡績労組の執行委員に任せてしまえばいいんやないか、あまり深刻に考えん方がいいんやないか?
 薄は労組の将来にとってというより、会社の将来にとって重要な人材と思われているんやから、当たらず触らずでいいんとちゃうか。会社だって、将来の人材には若い時になるべく多くの経験積まさせてやろ、というのが本音やないか。」
「それでは、他の組合員に申し訳ないよ。」
「そんなことあらへん。薄自身が納得のゆく待遇を獲得出来る様にする、と言う事が他の組合員の待遇向上につながるんや。だからあいまいな妥協をするというのが一番まずいこっちゃ。」
晃一は、尾崎の言いたい事が良く分かっていたが、何故か明るい気持ちになれなかった。
 沢井工場長のやさしいまなざしや、明るく微笑みかける坂本幸子のまなこに寂しそうな影がさす様子が頭にちらついたからかも知れない。
 晃一は視線を畳の上に深く落としながらも、
「自分はなんて友に恵まれることよ。」
と友との巡り合いをありがたく思うのであった。すると尾崎は、
「薄は今年になってもう京都へ行きはった?さっき京都北山の方では雪がちらつく、と天気予報で言いよったで、雪の京都の写真を撮りに行こうと思うんやけど、暇やったら付合わへん?」
と、無理にでも連れてゆくと言わんばかりの誘いかたをした。
 晃一は自分の気を安らげるというより尾崎の好意に答えようと言う気持ちで、答えた。
「今年初めてだよ。光悦寺や円通寺の雪なんてのは素晴らしいだろうね。行こう、行こう。」
「よし決まり。最近高感度フィルムを買ったばかりやどんな写真が撮れるか楽しみやな。車を北山通りの市営駐車場に置いてそこから歩くことにしよう。…・、所で薄、彼女は連れて行かなくていいんか?」
 晃一は、
「いいんだよ。じゃ明日な。八時頃寮の玄関前で待っているよ。」
と言って、尾崎の部屋を辞した。
 晃一は自分の部屋に戻る途中、ふと光悦寺の側にある玄啄源光庵での不思議な経験と、彼女と尾崎に言われて、菟新明初子と一緒に三千院に行った時の不思議な出来事とが、ちらっと脳裏をかすめたが、気にするほどではなかった。
尾崎も晃一が部屋を出ていったあと、菟新明初子との間がこじれてなさそうなのを感じ取って安心した。
 何故なら、晃一があの日帰ってきた時、晃一に
「なんだかえらく顔色が悪いよって、何かあったんかと思うたで。ところで昼間彼女が来て手編みのマフラーを薄に渡してくれ言われて、預かっといたで。これや、確かに渡したで。」
というだけにしておく積もりが、
「菟新明初子さんや。知らんとは言わせへんで。」
とまで言ってしまったことに後悔し続けていたのだった。
 そこまで言わなければ真実なのだが、その一言を付け加えてしまった為に、好意からとは言え嘘をついてしまったことになるからである。
事実はマフラを実際に届けに来たのは菟新明初子本人ではなく、彼女の仲の良い友人だったのである。
「本人が」と言えば喜ぶと最初は思ってそう言ったものの、本人が直接晃一に手渡すと言うのが本筋であって、下手な嘘をついてしまった、と後悔していたのだ。
「第一、後で薄が彼女に会えばばれてしまうではないか、そう言えばあの時、薄はへんな顔しておったもんな。」
 そんな気まずさもあり、今年になって晃一と話をしたのは初めてだったのである。
尾崎はあの時の晃一の変な表情がそんな理由によるのではなく、もっと奥深い、晃一のその後の性格に深く影を落とすことになる理由によるものだとは夢にも感ずいていない。
 ましてやその原因になる出来事が、彼女と二人で京都に行った時の出来事によるものとは全く知る由も無いのだ。

 この時、晃一も、尾崎も翌日の訪洛で更に不可解な出来事が晃一を襲うなど夢にも思わなかった。


「全く雪山みたいな急坂だったな。砂利道の上の雪だから良かったけど、これが舗装の上の雪だった大変だったぜ、薄。」
「全く、あと二百メートル程行った右側にあるはずだよ、光悦寺が。尾崎、フィルムあと何枚位ある?」
 晃一と尾崎は右へ大きくカーブした急坂道を滑らない様に、注意深く歩ききった。そこからは舗装になっていて、雪も舗装の上ではすぐ解けてしまうのか、雪で滑るという心配は全く無かった。
「三十六枚撮りだからまだ二十枚は残っているよ。それにポケットにまだ一本持ってるで。光悦寺ではぼんぼんとるで。」
と、尾崎は心をわくわくさせているようだった。
 吐く息は白く、天を仰ぐと、どんよりと重い雲が垂れ下がっている。だからいいんだと尾崎は言わんばかりに足取り軽く晃一の前を歩いて行く。そして、少し行ったところで、突然、
「ここや、ここや、薄、やっと着いたで、…、なんや観光客なんて居そうもないで、寺も拝観させとらんかも知れへんで。」
「大丈夫だよきっと。このへんではこんな天気珍しい事ではないんじゃないかな。だとすれば休みにする事はないよ、よほど特別なことが無い限り。」
 尾崎はどんどん先に入ってゆき、既に木製の拝観料入れにお金をほうりこんでいる。

 光悦寺は大きな山門がある訳でもなく、寺院と言うより光悦の別荘という感じで、太虚庵という茶室と光悦垣というのが有名で、遠方に眺望できる比叡の山並を借景とした閑静な寺で、熊笹が一面に生い茂っている。
その熊笹はそれほど厚みがある訳でない雪の重みに耐えかねて、笹の葉が地面に接するように撓んでいる。
そして、熊笹の絨毯の丁度切れ目あたりに、上辺が白くなった光悦垣がゆったりと配置され、光悦垣の向こうには太虚庵がみえ、その縁台には薄っすらと、その半分が染め分けられている。

突然、青い閃光が、晃一の網膜に焼き付いてきた。
そして少しして、次にピンクの閃光が晃一の目に飛び込んできた。
「一度、これをやってみたかったんや。」
と、尾崎がストロボから赤いストロボ用フィルターをはずしながら、深閑とした雰囲気に向かって素っ頓狂な声を上げた。
次のフィルタをとりつけるのに躍起となっている。

すると、その時、晃一の背後から、
「ちちちっ。」
と鳥の鳴き声がしたので晃一が後ろを振り返ったら、先程晃一らがくぐって入ってきた本堂と別堂を結ぶ渡り廊下の下のくぐり口を出て行く人の姿が見えた。
 深い青紫色のロングのビロード服を身に纏い、頭には黒い淵の大きな帽子を被っていた。
晃一は咄嗟に渡り廊下の下のくぐり口に走り寄っていったが、その人の姿は既に見えなかった。それどころか、うっすらと積もった雪の上に残された足跡は、先程晃一と尾崎が残したものだけで、どう見ても他の足跡は認められなかった。それが分かった瞬間、天地がぐらぐらと揺れる様な感じがした。
そして暗黒の視界の先に、透き通る様な白い肌にピンクの薄絹を纏った女性が躍動し、何か舞っているようだ。注意してみると、それは飛天が宙に浮かび晃一の方に近づいたり、遠ざかっているのだった。
「ちょっと待ってください。もし。」
と一生懸命声を出そうとするのだが、全く声が出ないのだ。
・ ・・・・・・・・・・
・ ・・・・・・・・・・

「薄、薄、薄 大丈夫か?どうしたんだ?」
「ご迷惑かけて申し訳ありません。」
「いいえ、それより救急車呼びましょうか? でもこの天気じゃここに着くまで一時間かかるかもしれへん、そうや、お医者さんに来てもらいまひょ。いま電話してくるよってに、見ていてくれはりますか?」
「お世話になります。こんなこと初めてですよ。一体こいつどうしたんやろな。薄、薄、しっかりしろ。」

「電話してきました。お医者さん、すぐに来てくれはりますよ。はい、おぶをお飲みよし。お医者さん、すぐ来てくれはるえ。落ち着きなはれ。」
 尾崎は、一服すすると少し落ち着いた。落ち着いてみると、面倒みてくれている人が、光悦寺の尼さんだということ、そして自分達がいる所がお堂の中であることが分かった。
「すみません。」
と尾崎は小さな声でぼそぼそ言って途方に暮れていた。
 労働組合の合併の問題で疲れていたのかな。それとも彼女との交際で何か問題が起っているのかな、などとあれこれ考えているうちに、玄関の方から、
「何処に居てはるんやろ。まだ息してはるかな。じゃ上がらせてもらうで、薫尼(くんに)さん。薫尼さんは相変わらず元気そうやな。精神が出来てる為やろな。」
「うちのことやあらへん。早う診てあげなはれ。相変わらずやな、恒(つね)さんは」
恒さんと呼ばれる医者は部屋に入ってくるなり、尾崎の腕を手にとり脈をとり始め、おもむろに、
「なんとも無いやないか、顔色もいいし、」
と言ったものだから、尾崎はきょとんとしていたが、薫尼さんは我慢しきれず、けらけら笑い出し、
「恒さん、間違うたらあかへん。みてあげにゃならんのはその人ではあらしません。」
と言ったものだから、つい尾崎もげらげら笑い出した。
 二人の笑い声に刺激されたのか、それまで閉じたままの晃一のまなこが開き、きょとんとして、
「尾崎、こんな所で何やってんだよ。」
と小さな声で呟いた。
 すると、その医者は、自慢するように、
「ほれ見い。ちらっと見ただけで、気絶しているだけだと分かった。人と言う動物はな、他人の自然な笑い声が聞こえると目が覚めるのや、反対に回りの人間が心配ばかりして沈んだ声で話しをすると、なかなか目が覚めへんのや、そこで笑い声を誘う為にわざとあんたの脈を診たんや。この薫尼さんに感謝せんとあかんで、もし彼女が笑わなかったら、あんたも笑えなかったやろ。あんたも薫尼さんも笑わんかったら君の友達は正気に戻れたか分からへんで。じゃ正式に診てみようか、脈をとらせてもらおうかな。………大丈夫や。全く問題あらへん。ところで何歳かな?そして名前は?」
「僕は薄晃一と申します。年は二十五歳です。そこにいるのは尾崎繁利といって会社の友人です。」
と何事も無かったかの様にしゃべった。すると尾崎は、
「尾崎繁利といいます。薫尼さん?、すみません馴れ馴れしい呼び方して、そして先生、世話になり本当に有り難う御座いました。診療代おいくらでしょうか? 薄、まさか健康保険証持ってへんやろ?」
と、晃一の方に向かって聞いた。すると、その医者は、
「診療代なんていいのや、丁度患者も誰一人来ておらんかったし、だれか話相手おらへんかなと思ってたところや、そうしたら、光悦のマドンナからの電話や、あんたら
キューピットや。」
 医者から光悦のマドンナと言われ、尾崎から薫尼さんと呼ばれたその尼僧は、ほんのりと顔を赤らめ、
「いややわ、恒さん。うちも息子が亡くなって、こんなけらけら笑ったのは久しぶりや、堪忍え、薄さんとやら、笑ったりして。二十五才と言えば息子も生きていれば同じ歳やわ。」
と言いおわるや否や、恒さんは、
「あの時は大変やったな、薫江さんの髪が急に白くなって急にふけてしまったものな。わしはかわいそうで見ておれんかったよ。その髪を下ろして僧籍に入ったと聞いた時は、涙がでたよ。薄君、尾崎君、結婚後の別れ話と後遺症つきの病は母親の命を十年は縮めてしまうもんやで、まだ君たちは二十才の半ば、体力と精神力を今のうち大いに鍛えて親を心配させるようなことはせんようにな。」
「はい、分かりました。いろいろと本当に有り難う御座いました。」
と、晃一と尾崎は同時に頭を下げた。そして、晃一は、何かこのまま一期一会で終わらせてしまうのが勿体無いような気がして、
「すみません、後でお便りを出したいと思います。住所とお名前教えていただけるでしょうか?」と言い、その宛先として、
京都市北区鷹峯光悦寺町二十九という住所と尼僧である小村薫恵こむらけいえ)さん、彼女の幼馴染みの医師、里村恒爾(さとむらつねじ)の名を聞いた。宛先は光悦寺気付にしてくださいとのことであった。
 すっかり落ち着きを取り戻しゆとりの出てきた晃一に向かって、里村は、お堂の中の太い柱にかかった柱時計がまだ午後二時なのを確認してから、
「薫恵さん、悪いけど、いつものお茶たててくれんかね、この人達にも。」
「そうやわ、何かの縁かもしれへん。ここのお茶は特別なんえ。飲んで暖まってからお帰りよし。すぐ用意しますやさかい少し待っててくれはりますか。」
と言って六畳程度の部屋を出ていった。
「ところで、薄君とやら、そこの襖に何か書いてあるかね? 襖絵に特別の興味があるようだね。」
と里村は、さっきから襖絵の一点を凝視している晃一を見て話し掛けてきた。尾崎もそのことが気になっていたと見えて、
「そうだよ、又気分でも悪くなったとちがうんか?」
「いや、そうでなくて、この絵の構図をみるのはこれで三回目なんだよ。最初にこの構図を目にした時のことを思い出していたんだよ。」
と晃一は答えた。尾崎は晃一が変人ではないことをPRしようとして、
「実は、薄は今、会社の労働組合の委員長やっていて、つい最近まで会社から人員削減の提案が出され、その対策に振り回され、少し疲れ気味の様で、根っから京都好き人間なので、気分転換させてやろ思うて、私が誘い出したんです。」
晃一はそれを聞いて、またもや、
―――――「自分はなんて友に恵まれることよ。」
と友との巡り合いをありがたく思うのであった。
「友とは良いものだな。良い話を聞かせてもろた。有り難う。…、所で薄君、意識をなくす前のことを聞こうと思っていたのだけれど、……」
と晃一の顔色を伺いながら話し掛け、そして続けた。
「どうやろその襖絵の構図のこと話してくれへんやろか。最初にその構図を見たというのは何時頃のことやろか?」
「ほんとに小さい時のことで、小さい時はよく熱を出し、うなされることがよくあり、熱にうなされ、ふと襖に目をやると、襖の模様が、次第に歪んできてついには丁度そこの襖絵の山水画の様な風景になってゆくんです。すると墨で描かれた高い急峻な峰峰が動き始め何時の間にか恐い顔をした閻魔さんの顔になるんです。それに指をさして、「あっ、あっ、」と弱々しい声をだすものだからお袋が心配して、「この子の運命はどうなっているのかしら」、「長生き出来るのかしら」と心配したらしいです。すると親父がある日、「音楽物語」と言う本を買ってきて、モーツアルトの魔王という一節に似たような場面がある。将来大音楽家になるかも知れないよ、と言ってお袋を安心させたとのことです。そんなことをふと思い出していたんです。」
「そういうことだったのか。ところで先程三回その襖絵の構図をみたことがあると言ってはったな。2回目のことを聞いてもよろしいか?」
と言った所で、薫恵さんがお茶を持って部屋に入ってきて、
「このお医者さんは答えにくいこと平気で聞くやさかい大変でっしゃろね。さあこれすすって体暖めておくれやす。お茶菓子もどうぞ。」
とやさしく語り掛けてくれた。すると里村は、
「わしゃ、医者やで、何故この薄君が気絶したか聞き取ろうと思たんや。薫恵さん。
分かっとるくせに。……さ、折角や、このお菓子頂こうや。どうや薄君話せるかいな。
思いだせんかったらいいけど。」
「いえ、忘れるはずありません。おととしの事ですから。あれは社会人になったばかりの年で五月の連休のことでした。そこにいる尾崎と一緒に那智の滝に行った時のことです。
 滝壷に向かう途中に中国風の寺院があるんですが、そこに巫女さんがいて、その巫女さんが後を付いてきて、と言うものだから、後に従っていったら、寺の中にある廊下を従って行くうちに、廊下の突き当たりになったんです。すると、その巫女さん、突き当たりに飾ってあった壁絵の中に吸い込まれる様に絵に描かれた飛天と一体化してしまったんです。
そんなこと現実にあるはず無いので、意識の逸脱を起こしただけだと忘れる事にしたんです。その壁絵に描かれていたのが、その襖絵と全く同じ構図だったのです。」
そこまで晃一が言い終わると、尾崎が、
「そう言えば、そういう事あったな。でもあの時は気を失うことなんか無かったよな。」
と和菓子を口に入れながら言った。
 それをトリガーにして今まで晃一の身の回りに起った数々の不思議な出来事や、つい最近、菟新明初子と三千院に行き、そこでも今日と同じような気の失いかたをした事を一気に披露した。

 尾崎は目を丸くして聞いていたが、里村と、薫恵尼は晃一の話の中に源光庵の話が出てきた事に格別興味を持ったみたいで、そのことを更に聞いてきた。

里村は手に取った茶碗と和菓子を交互に見つめながら、ぼそぼそと話し始めたが、その顔は医師の顔というより、歴史学者または文学者の顔だった。

「京都というと、最近は観光都市としての一面ばかりが強調されて 日本人の歴史の故郷ともいわれるが、京都を舞台として、歴史を作ったと言われる人たちの陰に、彼らと戦って敗者となって落人と呼ばれ、京都に住んでいる人たちやその子孫がいることを忘れる事は出来ない。平家の落人と言えば有名だが、それ以前にも、壬申の乱、その後の承久の乱、天慶の乱、保元の乱など大小問わず戦乱の世で敗者になった人達は多い。
とりわけ、保元の乱での敗者となった崇徳院(すうとくいん)の怨霊は有名だが、崇徳院に長く付き従っていた人達は崇徳院が島流しにあった後も京都にとどまり、崇徳院の怨霊を継承すべく代々京都の奥深い所に住んでいて、 災いを及ぼすべき対象を探し続けているという言い伝があるんや。しかし、その怨霊も京都の中心地まではおりて行けず、京都盆地の切れる東山、北山、西山の麓あたりに徘徊していると言う話なんや。関ヶ原の戦いの頃にはその言い伝えも消えかかっていたのやけれど、関東側が伏見城に立てこもり、鳥居元忠以下全員が場内で切腹、斬首して絶えた時の血塗れた床を天井の板材として用いた寺院が、京都中心部の周辺に建立された。

 南部の三十三間堂近くの養源院、東北部三千院近くの宝泉院、洛北正伝寺、源光庵、西北の妙心寺天球院がそうなのだが、取り分け北部に建立された正伝寺と源光庵は比較的近隣に建立されており、意味ありげと言われている。崇徳院の怨霊が居付き易くなっているのがこのあたりだと言える。
西南部に血天井の寺院がないのは、崇徳院が島流しにされた讃岐の方角だからや。その怨霊は、日本の近代にも影響を及ぼし、明治天皇が即位する時に、わざわざ四国讃岐の崇徳院の霊が祭られている白峯御陵に勅使を送り、崇徳院の命日にあたる八月二十六日に宣旨を読み上げ怨霊を鎮めることと天皇の加護を祈願したとのことである。
この様にこの当たりには怨霊が明治まで住み続けたと言われた。ところが明治天皇の崩御とともに、怨霊は再び活動をはじめたというんじゃよ。」
そこまで神妙に聞いていた晃一がやおら声を出し、
「その怨霊はどんなことをするのですか?それに何故再び活動を始めたということが分かるのですか?」
と、里村と薫恵尼の方を交互に見ながら真剣な顔をして尋ねた。尾崎も晃一ほど真剣ではないが、晃一の問いに何度もうなずいた。
「崇徳院というのは、自分の出生の秘密を知らない、一途に思いつめるタイプの、天皇になりそこなった人間で、皇位継承のクーデターを起こし、讃岐に流罪された。
 彼は反省の証として頭をまるめ、流罪地で五部大乗経の写経を行い、これを京都の寺社に収めようとした。しかし、朝廷にこれを拒否され、五部大乗経の写経は流罪地へ返された。これを知った崇徳院は激怒し、写経の大功徳を全て悪行に使う、と宣言したのだ。崇徳院の霊は讃岐にあったまま、以前の家来やその子孫達が、京都の町々で悪行をしては崇徳院の怨霊と言いふらして、怨霊のすさまじさを喧伝したのだった。
 崇徳院は写経によって、反省の気持ちを認めてもらうことを一途に念じ、裏切られ、復習の気持ちを抱いた。そやし、その怨霊は人に認められたい、認められたい、と一生懸命になっている人の心に住み着き、それがかなわないということが分かった時に活動を開始するということなんや。
 京都大学の学園紛争のすさまじかったこと、あれもそやなかったかな。……・、何故再び活動を始めたということが分かるかと?
それはな、我々代々ここ鷹が峰に住む人間がひしひしと感じていることが何よりの証拠や。本阿弥光悦は徳川家に代々仕えた家柄で、徳川家の庇護のもとに全国各地をスパイのごとく歩き回り、ここを発祥の地とする種々の芸術品を売り歩いたと言われているが、徳川家に仕える前までは家系を辿ると、かって崇徳院の姻戚だった秦(はた)の甕悦(かめむつ)という人物の末裔ということらしいで。
 今この辺、鷹が峰、に住んでる住民殆どがさらにその末裔ということになっているんや。」
 ここまで言って、里村は薫恵尼に目配せをするように、
「大分、話し込んでしもた。もう四時や、源光庵の前からバスが出ておる。気分はなんともないやろ。確か16時13分や、今から行けば間に合う。ではまた尋ねて来なはれ。体に気いつけてな。」
「バスではなくて車できたのですが、いずれにしても帰ることにします。本当にお世話になり有り難う御座いました。また面白い話をしていただき有り難う御座いました。そのうち続きをじっくりお聞きしたいと思います。その時はよろしくお願いします。」と晃一と尾崎は深々と頭を下げ、光悦寺を後にした。
駐車場に向かう途中、行き先が京都駅になっている市バスに出会った。
 バスは晃一らが乗り込むものと思ったのだろうか、しばらく止まっていたが、晃一らが乗車する意思がないことが分かったのか、一度短く警笛を鳴らし、走りだした。
駐車場に到着し、二人は黙って車に乗り込んだ。
車の中は冷え冷えとし、彼らの吐く白い吐息がタイヤに巻いたシャーン、シャーンと規則正しく道路をうつチェーンの音によって乱されて行くようだった。
 繰り返しかれらの鼻口から吐かれる白い吐息が同じ様に繰り返し繰り返しチェーンの音によって消されてゆく度に、光悦寺での体験と見聞が御伽噺のなかの出来事だった様に思われるのだった。
尾崎にとってはその程度ですんだが、晃一にとってはその程度で済まされない話であった。彼らの白い吐息も、次第に透明になっていた。
それまでおしだまっていた尾崎が先に口を開いた。
「薄、本当にもう大丈夫やろな。今日のことは多分忘れた方がいいやろ。あの二人、親切にしてくれはって、世話になったけど、なんや気味悪うて仕方あらへん。自分達は崇徳院とりまきの末裔で、怨霊を誰かに植え付けてやる、とでも言わんばかりの言い草で、早く退散したかったで。だけど、薄は魂を抜かれるように一生懸命聞いてはるので仕方なく付き合っていたんや。」
と晃一に恨みでも有るような口振りで話し掛けて来た。
 尾崎は今日の出来事を反芻し、彼なりのけじめをつけたのだろう。
 そう思った晃一はと言えば、いまだ光悦寺での出来事を反芻している最中で、とても簡単には気持ちの整理が出来るような状態ではなかった。
 里村の話の中で気になっていた崇徳院の怨霊と血天井の関係、そして光悦寺で気を失う直前に横切った鮮烈な光景、 そして連鎖的に、源光庵での体験、三千院に菟新明初子と一緒に出掛けた時におきた出来事、考えて見ればいずれも血天井に関係している。
 では那智での出来事は一体何だったのか。そして自分は一体何者なのだ。
 この時以来、晃一は自分の身の回りに対し、もう少し敏感になり、懐疑的にならねばならないという、基本的な人格作りを意識しはじめたと言ってよい。
 そしてこの人格はこれからの晃一にとって、数々の難問を晃一のそばに手繰り寄せることに役立ってしまうのだった。
 しかし、晃一の口からは、いかにも優等生的な言葉が出てきて、尾崎の杞憂を払拭するものであった。
「尾崎、光悦寺での里村医師の話だけど、お医者さんだけあってよくしっていたね。
 崇徳院の例をだして人生訓を話してくれたりして、ああいう閑静な所に住んでいるとゆとりをもって、もの事を分析し、自分の人格に組み込めてゆくんだろうね。あの人はもしかしたら鷹が峰の仙人かも知れないよ。」
 尾崎もそれに同意し、
「全くその通りだね。鷹が峰の仙人とはいいね。しばらくしたらお礼の手紙出すんやろ。もし、俺の今日の写真が間に合ったら、それも同封させてくれるやろか?」
と言ったが尾崎の本心は何となくさっきの二人を気持ち悪く思っていて、これ以上あの二人に深入りすることが、薄の為に良い事ではなく、晃一の行動を知っておく必要がある為と感じたからであった。
晃一と尾崎は雪の中を伊丹に帰りついた。途中阪急伊丹駅近くで食事をしたこともあり、二人が寮にたどりついたのは八時すぎであった。晃一は自分の部屋の自分の座布団に腰を落とした時にはもう翌日のことを考えていた。晃一にとって、この日起った事はもう忘却のかなたの事になっていた。
 そして、何故か自分の身が根無し草に似た存在であるような感じがしてならなかった。

―――根無し草付き合う寒夜に寝床なし。―――――

光悦寺ショックも少しづつ記憶が希薄となり、特に尾崎の撮影した写真を数枚添えてあの時の礼状を出したあとは、全くと言って良いほど忘れているのだった。
 晃一は会社からの希望退職の募集提案の対策におおわらわであったし、尾崎は4月以降ソニーからの半導体製造技術の導入準備に忙殺されていた。
 労組は、昨年年末に紡績と晃一の電工労組が合併され、したがって、労使協議会の一切に旧両労組の執行委員が出席することになっていた。
 紡績側労組はプロの活動家といっても良く、三井三池争議の経験のある人が二名で民社党員、また共産党員一名が執行委員のメンバーとなっている。
 年齢的にも殆どが四十才台、油ののったばりばりの人達で、組合活動に掛けているという感じの人達である。
 晃一の周りの殆どが、、
「今回の希望退職の募集提案は繊維事業部対象のようなものだよ。彼らに任せておけばいいんだよ。」
といったものだった。
 晃一が希望退職の募集提案を考える時の原点は、沢井工場長と坂本幸子がどうなるだろう、というもので、もしこれが無かったら恐らく執行委員といっても、彼の周囲の人達の声にすぐ染まっていただろう。
 晃一は繊維出身執行委員と同じ様に退職者が少しでも良い条件を獲得出来るように、と言う気持ちで一杯だったが、なにぶん、晃一は妻子を養う身分ではないので、実感出来ないのであった。
 しかし、旧繊維労組はこの難局を乗り切る為というより、少しでも良い条件を獲得する為に、上部団体である全繊同盟の助力を得ながら会社との交渉に臨むことが決まっている。
 労組は既に合併しており、晃一も旧電工労組の執行委員長ということで、全て同席しなくてはいけないことになっていた。
晃一から積極的に発言するという場面は無いと思われたが、晃一なりに、この合理化案にたいする基本的な考え方を持っておく必要があるだろうと思い、先程から、畳の上に横たわり、天井の板の木目を追いながら考えていたのであった。
――――少し眠くなってきたな。
と思っていたところに、ドアをノックする音が聞こえた。
「薄さん。いてはる? ちょっとええですか?」
と別所の声であった。
晃一がドアを開けると、右手にレッドを抱えてかっかとして別所が突っ立っていた。
「入れよ。なんかあったの?」
と、晃一は枕を隅にどけて別所が座れるスペースを作った。
「彼女に別の男がいよった。そんなこと一度も何も言わんかったんよ。」
「誰かから聞いたの?」
「彼女が言いよった。」
「なんだ、別所との仲が進展している証拠じゃないの。羨ましいな。今回は壁に穴をあけることもしていないようだし、甘えているんじゃないの? ゴールまで時間の問題じゃないの?」
と感じたことを正直に言ってあげた。
「そうなれば良いんですが、何考えているか分からん様になることがあるんです。」
「水割りでいい?。氷がないもんでね。」
「ええです。薄さんは何してはったんですか?」
「会社から出てきた合理化対策案、どう考えたら良いものか、天井とにらめっこしながら考えていたんだよ。」
「希望退職の募集の話ですね。繊維労組が相手の様なもんやから、静観してて、いいんやないですか?」
「そうも言ってられないんだよ。だって、今まで紡績やってた人が、大勢、電工の仕事に移ってくるんだよ。片方の器にあった水を他方の器に一挙に移してしまおうというんだよ。当然他方の器の容量はそれ程大きくないのでこぼれる水がある。こぼれない様に無理して入れると容器がこわれてしまう。いずれにしても他方の容器に何かがおこることになる。他方の容器に入っていた水の温度が五十度だったとする。新たに移された水の温度が四十度だったら、混合された水は何度になると思う?」
「水の温度というのは給料を始めとした労働条件ですね。」
「そう。会社も新たな容器を用意しようとしているけどね。それだけで良いはずが無いよ。こちらの容器の容量も少しでも大きくして行かないといけない。」
「ソニーからの半導体製造技術の導入ですね。尾崎さんも行くらしいですよ。だけど本当に繊維の生き残る道はないんやろか。」
「全繊同盟上部役員の話では、ファッションや、特殊な繊維製品を開発することによって、十分国内で、新規需要を喚起することが可能で、通産にもそう言って繊維業界生き残りの為の金融面の優遇施策の実施の陳情をしているんだよ。
先週は東京へ皆で行って、陳情書を渡して来たんだよ。だけど現実は厳しそうで、最初の予定通りになってしまうんと違うかな。何分、日米の国家間の取り決めがことの発端だからね。」
「じゃ、社長ばかり責めても可哀相とちゃいますか?」
「ある意味ではそうだろね。だけど、ここでお互い安易に妥協すると、希望退職に応募する人だけでなく、会社に残る人にとっても、会社にとってでさえ、後に禍根を残すことになると思うんだよ。だから、観点を変えて、会社に残る我々労使にとっての
労働条件を向上させる為の課題を明らかにして、課題解決の為の施策実施の約束を取り付けるんだよ。」
「そこまで考えてはったんですか? ところで労働条件を向上させる為の課題って、薄さん、具体的に何か思い付きはりましたか?」
「具体的にと言われると困るんだけど、水を入れる容器の大きさを大きくするか、容器の数を増やすしか無いと思ってるんだよ。ソニーからの半導体製造技術の導入もそれにあたるけど、やはり、一番重要なのは新製品の開発だね。

 新製品の開発と言うのは既存製品の中でのコストダウンや高品質、高機能化をもった新製品の開発という場合と、既存製品の範疇から外れる新製品、例えば、太陽電池やICみたいなものの場合の新製品、更には全くジャンルの異なる商品、例えばエレクトロニクス分野ではなく、薬品や健康機器みたいなもの。
なんでも良いんだよ新しい器になったり、器の容量を増やすものであれば。」
「何か有りますやろか?何かを発明するということに為る訳ですね。」
「そうだけど、何か無いか、と言われてもすぐ出てくるものではないよね。そこでね、先程の課題というのは、まず新しいものを開発する為のシステムがあるか、と言うのが第一の課題と思うんだよ。」
「そやけど、いくらシステムが有っても、その気が無いと意味無いと違うんですか?」
と、別所は三杯目を飲み干して四杯目をつぎながら核心を突いてきた。」
「そうなんだよ。それが一番重要だよ。そこでね、この機会を利用して器を大きくしたり、器の数を増やすことが、我が社の労使全体にとって最も差し迫った重要な問題だと位置づけた上で、社長に繊維事業部で長年貯えた技術を生かしてなんとか新製品を開発して行こうと言う情熱があるか、聞いてみようと思うんだよ。まず社長が全社員に対し、新製品開発が如何に大切か、会社の大きな課題として取り組んでゆくことを熱く表明し、社員に新製品開発の情熱を持つ事を期待する。即ち、提案の風土を醸成してゆくことだよ。問題は労組がそれにどう関わるかだよ。どう思う?」
と、晃一も三杯目を飲み干して、四杯目をグラスに作りながら続けた。晃一はすぐ顔に出る方で、既に真っ赤である。しかし、言う事は全く脱線していなかった。晃一にそう問われて一瞬困った顔をした別所は顔色一つ変えていない。強いのだ。そして、
「そう言うシステムを運営するのは職制でいいのではないんやろか。労組としては、
当社の課題を突き付けて、それに対し具体的な施策を会社にとらせ、あとはその施策運営が順調にいているか時々チェックするということをやってゆけば良いと思いますけど。」
「そうだね。その通りだと思うね。ところで、その新しい施策に従って運営することになった当の担当者はそれをどう感じるかなあ?業務が増えて面倒くさくなったり、無視することだって起りうるんじゃないかな。そこが問題なんだよ。単に情熱で済まされると思う?」
「直面する本来の業務で手一杯でそれどころでは無いかもしれませんね、きっと。」
「だから職制が絡むのは最後の最後にすればどうかな、というのが僕の考えなんだよ。」
「どういうことですか?」
「新製品の開発と言うのは、はまずは誰かの提案から始まると思うんだよね。提案制度を設け、誰でも職制を超えて提案出来る。提案制度事務局を設置し、ここへ提案書を提出する。事務局はこれを受理し、内容を評価し、内容が優れていれば、関連する職制にフィードバックし、提案内容を検討させる。
ここで採用されれば、提案者に賞金を出す。こんな感じだと賞金も出るし、職制も提案を採用するかどうかの判断がまかされているし、運営しやすいとちがうかな、と思ってんだよ。」
「グッドアイデアですわ。さあて、遅くなりましたので失礼します。」
「うん。冷えてきたね。じゃ彼女によろしく。おやすみ。」
この晩の別所との雑談は晃一の考えをまとめるのに大いに役立った。
しかし、翌日の労使交渉ではそのような事を発言するチャンスは全く無かった。退職者の条件をどうするかの議論で、全ての時間が費やされてしまったのだ。

最近なけなしのお金をはたいてステレオセットを購入した。最近のお気に入りの曲がピンクフロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」 なんとなく今の自分の情況にマッチしている。

既に今年も2月中旬いまだ希望退職募集の件は収まらず、それどころか対象を広げるという話が出てきている。 この様な話は希望退職の話が出る時のお決まりの話なのだそうだが、
「益々解決が遅くなる。」
と晃一は、少し面倒臭くなって来ていて、逃げ出したい気分になってきている。
そんな気分の中にわずかに咲いた花が、菟新明初子からのバレンタインデーのチョコレートの贈り物だった。
晃一は時が時だけに、嬉しい感じがした。
彼女ももう二十三才、晃一より一つ下であり、既に適齢期に入っている。あまり無責任な交際のしかたは出来ない、と思いつつも、現状をどの様な方向に持っていって良いのか分からなかった。彼女のことがどうも見えてこないと言うのが最大の原因であった。それに昨年年末一緒に三千院へ行った時のことが鮮明に記憶に残っているので、
なんとなく、前に進みにくくなってきているのであった。

真冬の冷たい風が隙間風になって心のひだに触れて来る。
その様な気分に陥ることが最近は増えて来たように思われて仕方が無かった。
その日の朝も会社行く途中、まるで脳細胞が分裂して行くような、 自分ではない誰かの 心中の光景が晃一の胸中をよぎった。
自分にとっての幕引きとは一体だれであろうか。
親、姉弟、友人、恋人、小鳥、目的?希望?
幕引きが希望退職を願い出ているのかも知れない。
いや、自分にとっての幕引きなどと言うのはもう居ないのかも知れない。
彼に対する俸給の必要は無くなり、今は自分の心は安堵に満ちているのだ。
普通の人が生の最後に求めるもの、それを自分は偶然体験したのだが、もしこの安堵が永遠に続くとするなら、本当に死であろう。
かって私が話したことのあるクラスメートのノートを覗きこんだらこうあった。

魂と言うのは永久に終わりのない道を往来する。
その道には所々関門があり、門前で最大の願いが、
門をくぐれば手にすることが出来る。
しかし、一度門をくぐってしまえば、その魂は自分が門をくぐったことと 門前での光景を全て忘れてしまう。
その様にして魂というのは永久に終わりの無い道をうろつくことになる。
だから、だから 魂は常に現世を生きていると言う
感覚しか持てないのだ。
だから、時々夜の夢の中に浮かぶ光景は、
実は、かって何度か通りくぐってきた門前の出来事なのだ。
しかし、ノートの筆者は、もし私と同じ体験をしていたら、
恐らく自ら否定するだろう。
自分の手にするものが生ぬるく、又白いベールに包まれた混沌とした空間に居る自分を知れば、
やはり生と死の大きなギャップを肯定せざるを得ないだろう。
その友のノートの最後に、前世、現世、来世と言う言葉が書かれていた。

何時の間にか晃一は会社にいつものように着いていた。いつもの守衛がいて、いつもの様に会社の正門の植栽の陰を映そうとする池に噴水の水が重たげに宙に飛び出し、一番高い所まで行くと池に落ち水面をかき乱す。
それでも、明日は日曜で会社が休み、と思うと曇った空に、青空の占める面積が広がってゆくのが分かる。ミニスカートをはいてコツコツと地面を打つ音が絶え間無く続く。


     <<< つづく >>>







2007/12/24 10:51:42|物語
西方流雲(19)
         西方流雲(19)

        <<< 21. 挫折 >>>

他人事の本当の事と言うのは分からないものである。もし他人がこの頃の晃一を見たら、充実した人生を送っていて、何と羨ましい奴と見るに違いないのだが、晃一にとっては苦難の時であった。

既に師走も中旬、残り半月で今年も終わると言うだけあって、世の中はただでも騒がしいが、それに輪をかけて、晃一は忙しい感じがする。しかし、その忙しさも明日で終わりだ、と思うと、明日という日の前と後では全く世界が異なる様に思えた。彼女ともゆったりと会う事が出来る。

既に準備は殆ど終わり、あとは組合大会で、組合合併の承認を得るだけであった。
議案書も準備万端であった。組織も合併後の最初の組合選挙まではそれぞれの役職をそのまま生かすことになっていて、組合長以下二人ずつという体制で行こうという方向づけが出来ていて、しかも合併の大儀明文であるドルショックもこの時期になると社会人であれば、誰でも一ドル360円が一ドル308円になれば何がどうなるか位分かるようになるまで連日テレビのニュースを見ていてわかっている。
 308円になったのはつい昨日二十日のことだった。
 本当はこの様な社会現象は良い事ではないが、晃一の組合合併提案に関しては追い風となっている筈である。
 晃一は一年前の晃一の主張を思い出していた。。
 「組合活動の情況は十分知っていますか?
 仕事をする上での不満は有りませんか?
 食事がもう少し良ければと思うことは有りませんか?
 トイレや流し場を水洗にしたり、もう少し清潔にしてもらえないか?
 賃金レベルが世間より低いのではないか?
  ボーナスは去年平均あったのに、 今年は何故少ないのだろう?
 会社を通してもっと楽しめることがあっても良いのではないか?
 もう少し組合が強くても良いのではないか?
 販売部をもっと充実出来ないか?
 週休二日制、せめて土曜日半ドンに出来ないのか?
 皆さんはこの様な考えをもったことは有りませんか?
 恐らく、一度はこんなことを思った事があると思います。
 中にはこの様な不満が積もり積もって、我が社で働くむなしさを感じ、会社を辞めてしまいたくなる気持ちをもったことのある人もいるかも知れません。
 今、例として挙げなかったより細かな欲求を多くの方が持っていると思います。
 この様なことは、個人―労働組合―会社と言った三者間の仕組みをきちんと整えておけば、たとえ二〜三人の欲求でも、組合という団体交渉権を持った組織が取り上げ、組合が会社と交渉することにより、いくあらでも解決出来るのです。
 しかし、現在の情況はどうでしょうか?
 現組合執行部と会社の間の各種取り決めに関して訳の分からない噂が乱れ飛んだり、また現組合執行部が念願としている紡績労組との合併についても、合併の必要性が十分説明されていず、労働協約等も知ることが出来ない状態です。
また新入社員の所属も組合が二つある場合、どちらにしようと本人の自由意志のはずだし、個人の意志で二つの組合間移籍が自由に出来ることは労働基準法の趣旨から当たり前のことです。
合併の必要性として、一つの会社に、ふたつの労働組合がある纏まりにくいということが言われている様ですが、本当にそうでしょうか?またより良い方法は無いのでしょうか?
これは他社のことを考えてみれば分かることです。最近の成長会社の中には二つ以上の労働組合のある会社はいくらでもあり、その為に業績が悪化したということは殆ど聞きません。
この様に考えると合併を急ぐべきでは無いのです。」

 晃一は自分の変貌ぶりに情け無くなる気持ちを克服して、明日の提案をするのである。
明日の提案内容を反芻してみた。

「私は今年の春の組合役員に立候補し、一票差で組合長に選出されました。その時には、労働組合の合併は時期的に速すぎると主張しましたが、今日のこの大会では合併に対し肯定的な提案をしたいと思います。
先ず、何故、その様に主張を変えざるを得なくなったかをお話させていただきたいと思います。
労働組合の存在意義については、考え方は全く変っていません。労働組合員の生活レベルの向上を目指す交渉を一人一人独立独歩にやっていては会社は耳を貸してくれないでしょうが、その交渉を労働組合がその総意として取り上げ、交渉すれば、無視する訳にはゆかないのです。
ところで、向上を目指す生活レベルとはどんなものが有るでしょう。
賃金、労働時間、労働環境が主要なもので、取り分け賃金は私達が最も関心の高いものです。
当社の賃金は、同業他社に比較して決して同等レベルとは言えません。何故でしょうか。
これが組合委員長に就任してからずーっと考えて来たことです。悩んでばかりいても仕方無いので、その原因を分析してみました。
その原因の一つは、会社の組織即ち職制に関する問題です。以前私は個人―労働組合―会社と言った三者間の仕組みをきちんと整えておくことが非常に重要だと思うということを言いました。この会社と言ったのは会社の組織、即ち会社の職制のことでした。
会社の職制がきちんと機能しているかどうかというと言う事は本当は労働組合が云々すべき事で無いという考え方もありますが、私はむしろ職制の仕組み即ち組織のありかた、機能のしかたに問題があると思っているし、又、多くの人がそれを感じたら労働組合として堂々と指摘すべきだと思います。
 その為には労働組合も高い見識と責任と団結力を持たねば成りません。
その原因の二つ目は、会社に対する愛着心の欠如と言いますか、自分の仕事に対する意欲の欠如です。私達は本当に明るい気持ちを持って意欲を持って仕事をしているでしょうか。
 自分の周りの人達の動きをちゃんと感じとりながら仕事をしているでしょうか。自分の周りの人達の気持ちを思いやるというゆとりを持って仕事をしているでしょうか。
 とは言え、それをわざとらしく無理してやるものでも無いと思いますが、自分の仕事に意欲を持てる会社の風土を提言すると言うのも我々労働組合の役割の一つではないかと思っています。具体的には持ち株制度、持ち家制度、報奨制度、提案制度などです。
この為にはやはり労働組合も高い見識と責任と勇気を持たねば成りません。
三つ目の問題は情報の問題です。
当社は外部から積極的に情報を入手する意欲に欠けているということを言いたいと思います。生産性向上、安全衛生管理、新製品開発どれをとってみても情報を入手し、情報を処理するシステムが無いと、とても業績はあがらないと思います。例えば、昨日一ドルが三〇八円になることが報道されましたが、これに対し、当社がどうなるか、労働組合員に何が起るか、これを正確に予測し、対処するにはマスコミに依存するだけの情報入手だけでは駄目で、より詳細な情報が必要になります。
 このドルショックに対する対応は恐らく会社側にとっても、労組にとっても具体的で重要な問題になってくると思います。
情報は行動する時のガイドとなるもの、即ちアクションガイドです。
以上当社の現状での問題点をまとめると、わが社の組織、即ち職制に関する問題 、意欲を持って快活に働ける職場つくりの問題、情報の問題の3つが当社にとっての根源的な問題と考えました。
 そしてこれらの問題を解決出来るのは、当社の場合、労組の介入無しに有り得ないと思っています。そしてこれらの問題が解決されれば、業績向上につながり、労働条件の向上につながるはずです。
以上が、私の労働組合活動に対する基本的な考え方ですが、次に私達の労組が直面している労組合併について考えを述べたいと思います。
 最初に結論を言いますと、労組の合併を前向きに検討しましょう、と言う事になります。私が労組委員長就任時、合併は時期早尚と主張しました。それが、現時点が労組の合併を前向きに検討する時期であるという考えに至った理由をお話しをして了解を頂きたいと思います。
その第一の理由はドルショックです。長い事私達は1ドル360円が常識として考えてきましたが、それが変動相場制になり、昨日は一ドル308円という為替相場が報道されたのを皆さんもご存知だと思います。 これは306円で輸出出来ていたものが308円でしか売れなくなるということです。
 輸出額が360分の308、即ち86%程度に落ち込んでしまう訳です。 これは下手したら我々の賃金が86%に減ってしまうことにつながることになるかも知れません。日本人の勤勉性を資産にした生産システムではこうなる可能性は十分あります。そうなると今のままでは賃金が半分になってしまいます。
ドルショックに関しては今後の問題も有ります。今日時点では一ドル308円ですが、更にドル安になって1ドル180円にならない保証はありません。
 この様な情況の矢面に立つのは業界で言えば繊維業界です。  100%繊維業界に依存していると、会社の存続は勿論、私達の労働条件にも影を落とすことになります。それを避けるには、業種の転換しかないわけでして、それが親会社との合併の目的だったと思います。
 第二の理由は、両組合員の労働条件の格差の問題です。全体を平均してみると確かに私達の条件が良いということが誰でもすぐ分かることですが、平均年齢や平均勤続年数、男女構成比どれをとっても私達の組合の方が上で、従って平均賃金は高くなるのですが、同一年齢、勤続年数、性別で比較すると殆ど差が無いのが現状です。それはお配りした資料にまとめておきましたのでご覧下さい。従って、労組合併による賃金条件の悪化というのは心配無いことが分かりました。
 第三の理由は、上部団体加盟の件です。先方の労働組合は同盟系の全繊同盟に加盟していることはご存知だと思います。上部団体に加盟していると言う事は一長一短でありまして、短所としては、上納金が必要なので、その分組合費が増額される可能性があります。全繊同盟だと、我々の様なエレクトロニクス業界の労働実態に疎く、全繊同盟傘下の企業の労働実態並に戻されてしまうのではないかという危惧が有ります。
 一方、長所としては、会社に危機が迫った時、上部団体の専門的な知識、経験を借りて、問題に処することが出来るということが有ります。
先程述べましたドルショックに伴って当社に襲ってくる環境の変化に対応するには、労務に関するかなりの専門知識、経験が必要です。この為には上部団体である全繊同盟の専門知識、経験を拝借するというのが最も無難な方法の様に思われます。上部団体としての全繊同盟の是非はもう少し時間をかけて検討してゆくと言うことで良いのではないかと思います。
ただこれまで私は同盟、中立労連、新産別、総評の4大上部組織について調べたり、労働講座を聞きに行ったりしましたが、性格的に我々の労組が合いそうなのは、同盟か中立労連だと言う事はここで言っておきたいと思います。
以上が、私が労組委員長就任時、合併は時期早尚と主張したのが、現時点で労組の合併を前向きに検討する時期であるという考えに至った理由であります。
では次に合併後どうなるかについてお話したいと思います。執行部組織は足し算です。
 次の選挙まで即ち、来年5月までは組合長以下、役職毎に各2名づつ張付くことになり、組合業務を執行して行きます。・・・・・…。」
ここまでうまく説明出来たら明日の組合大会は八割終了だな、と思いながら晃一は眠りについたのだった。

 ところが翌日、晃一が提案したその案件は、組合規定である組合員総数の三分の一に満たず可決されなかったのである。
それが分かった瞬間、晃一の目には涙が溢れ出てきた。
 自分の力が及ばないものがあると言う事を初めて経験したと言えよう。
 自分の力の弱さを感じ、自分の作り揚げてきた全てのものが崩れ落ちて行くような感じがしたのだ。
スポーツで鍛えてきた体力、
学生時代貯えてきた教養、
友人達との交友によって培ってきた折衝力、
それらを全て集積して現在の自分があり、人格がある。その人格から発して今回の組合合併の提案をした。それが否定された様なものだ。
 また、自分が良かれと思うことが他人からみれば必ずしもそうでもない、ということを痛いほど経験させられた一瞬であった。
 晃一は、この程度のことで簡単に涙を他人に見せてしまった自分の精神的な弱さが情けなくなった。
 しかしながら、その場を収集させる必要があることに気が着いた晃一は二日後に再度組合大会を開き、そこで再提案させてもらうと言う事にして、大会を閉じた。
 数日後の大会では何故か反対、保留ともに0で組合合併の提案はあっけなく可決された。
二日間の間に職制の力が働いたのは明らかであった。
 どうせ職制の力が働くのなら最初に働いてくれれば良いのにと思ったが、それでは晃一の為にならないとして天が晃一に試練を与えたのだろう。そんな感じのした一週間であった。

      <<< つづく >>>







2007/12/23 0:57:37|物語
西方流雲(15)
         西方流雲(15)

        <<< 18. 秋風 >>>

日の当たるところは、まだかなり暑いが、木陰は少し涼しい風が漂う様に為ってきた。その風に乗って秋の便りが聞けるような感じのする日であった。しかしその便りのいくつかは晃一にとって必ずしも心地の良いものではなかった。

アメリカとの関係がおかしい。
近頃、日本人に対する風刺に関する記事の紹介が目につくことが多くなってきた。一時は日本人の勤勉さが諸外国にもてはやされたこともあった。しかし、その諸外国も、
自国の経済運営に悪影響してくると、日本人を警戒する様に為ってきた。晃一は以前からその様に分析していたが、ついに1ドル360円時代が終わったのが一ケ月前の8月15日だった。その仕掛け人がニクソン大統領だったので、ニクソンショックと言われているが、これが晃一の勤務する会社に影響を及ぼすのは、政治経済にうとい晃一にも簡単に予測がつくことだった。
今まで、アメリカ人が500円で買えていた日本製衣服が600円になってしまうのだ。しかも、これはとりあえず1ドル360円が300円に為った時の話で、実際には変動相場制ということであり、世界の通貨市場の状況次第では500円で買えていた日本製衣服が1000円にもなる可能性があるのだ。
現にこれから三十年ほど後には1ドル120円程度となり、最もひどい時は1ドル80円台にもなるのである。即ち、アメリカ人が500円で買えていた日本製衣服が1500円以上になってしまうのである。
しかし、一方で日本側からアメリカ製の商品を見た時は逆に安くなることを意味する。
この年の12月には1ドル308円が世界蔵相会議で合意され、それとともに、高級輸入品を扱っているデパートはあちこちでバーゲンセールが開かれた。

そんな世の中の情勢が晃一の勤めている会社に早速襲い掛かった。というより、社長は、業種転換の決定的な口実を得たわけで、かって、社員の造反によって、業容の縮小を余儀なくされた経験を持つ社長は、先ず社員の団結を日程の第一に設定したのであった。
従って、一方の労働組合の委員長をしている晃一にもその影響が出てきた。具体的に会社の人事や職制から、どうしろこうしろと言われる訳ではないが、晃一の日記に「合併」の二文字が記されることが多くなった。晃一の当事者意識として、彼の胸中に益々深深と、この二文字を意識する様になった。
この様な時、アクションガイドの欠如を自ら認めている晃一にとってどう対処したら良いか気が重くなるのであった。しかし、そうは言っても、この様な時に何を考えることが一番重要なのか落ち着いて考える必要があることだけは分かった。
そこで、一つの会社に二つ以上の組合があって良いものか、について考えてみた。
晃一の頭に、沢井工場長と幸ちゃんの顔が浮かんできた。
沢井工場長は管理職であり、もともと組合員ではないし、幸ちゃんも晃一が率いている電工労組の組合員ではないが、二人とも晃一にとって紡績の象徴みたいなもので、彼らと一緒になることが合併の実像である様な気がしてならなかった。もしこれが晃一にとって気にいらない人間の顔だったら、別に合併する必要も無いと言う事に為ったかもしれない。しかし、幸か不幸か、晃一にとっての紡績労組の印象がそのようなものだったこともあり、一つの会社に一つの労組という直感的な結論を出した。
あとはこの結論の理由づけをすれば良い。
労組の存在意義は団体交渉権にある。その団体交渉を会社に対して効率よく行う為には労組が二つあるというのは好ましくない。労組間に疑心暗鬼が生じ、足の引っ張り合い、組合員の取り合いが起こり体力が消耗してしまう。会社からみても交渉相手が絞れず、本来の経営活動が出来なくなり、業績が低下することは目に見えている。
........。
そんなことを頭の中で考えている内にまたもや眠りに陥ってしまう晃一であった。

労組の合併については、実は晃一は後ろめたい気持ちを持っていた。それは、組合長になる前は、組合合併反対論者であり、その急先鋒と言っても良いくらいに公言をはばからなかったからである。
晃一はそう言う気持ちに陥る度に、学生時代テニス部のキャプテンをした時のことを思い出すのであり、派生的に中学時代の親友の須月、新井のことを思い出すのであった。
今の伊丹にいる舞台を彼の人生の第二ステージだとすると、それは第一ステージのことであり、過去の別世界の様に思えてならない。

晃一は、中学時代1年生の時に、吉祥寺から東久留米に引越した為、中学を転校したが、
その一年後に久留米中学に転任してきた迎(むかえ)先生が気に入った。社会の先生ではあるが、あまり社会の勉強の話はせず、見てきたチャップリンの映画、確か「ニューヨークの王様」か「独裁者」だったか、感動したところを、場面描写よろしく話してくれたのである。
「教える」ということから離れて、自分が感激した場面を正直に生徒に話すなんてのは、なんて型破りで、正直で面白い先生なんだろうと眩しい感じがしたものだ。晃一は須月、新井とともにこの先生と一生つきあってゆくことになる。その先生が軟式テニス部をつくったのだ。晃一と新井はすぐ入部し、須月も部員に近い存在だった。
それが始まりで高校時代も軟式庭球を楽しみ、体力と精神力を養った。そして大学に入り今度は硬式に転校し、クラブに入った。大学では高校時代までに養った、体力と運動神経がものを言い頭角を現し、その学年では一、二位の実力を持つようになった。
三年になって、高校時代から硬式をやっていたナンバーワンの河田が、途中までキャプテンをやったが、途中で、交換学生制度に応募し、一年間ドイツへ行くことになった為、先輩の薦めで晃一がそのあとを引き継ぐことになった。
部員は全員で六十名、うち、晃一ら三年生はたったの四名、クラブの運営に自信をなくした晃一は、ある日、須月と新井をひばりが丘の駅の近くのコージーコーナーという喫茶店に呼び出し、
「キャプテンなのに対外試合に勝てずいやになったよ。逃げ出したくなったよ。」
と切り出した。すると、須月が、
「ベストのプレイヤーがベストのクラブ 運営者になれるとは限らないんじゃないかな。」
といい、新井もあいずちをうちながら、
「それに、もっとも下手糞なプレイヤがベストのクラブ運営者になれないとも限らないよな。」
晃一は、それまで、「ベストのプレイヤーがベストのクラブの運営者」とかたくなに決め込んでいたので、
晃一にとって、この二人とのこの会話の内容は一生の課題になった。

その時の逃げ出したくなった気持ちが、何かを裏切る気持ちに似て、なぜか寂しくなったのを覚えている。今回の労組の合併も何かそのような感じがしてならないのである。何故か秋風が吹くような感じがするのであった。

      <<< つづく >>>








2007/12/15 23:15:09|物語
西方流雲(18)
          西方流雲(18)

      <<< 21.京都洛北三千院 >>>

 晃一は誕生日を二日すぎた12月5日(日)菟新明初子を京都の紅葉見物に誘った。京都の紅葉は普通は11月中旬が最も見頃と言われているので、もう遅いとも思ったが気にせず思い切って出掛けたのだった。
バスを降りて山門に至る小道の両側には土産物屋やちょっと洒落た和風喫茶店があり、帰りにはここで一服しよう、と決めこんだ。
そして天空を仰いでみると、やや寂しげな、冬に入りかけた太陽の光が種々の色をした紅葉の葉を透かしている。
「やはり、少し遅かったかもしれないね。」
と、晃一は申し訳なさそうに彼女に語り掛けた。しかし彼女は
「でもこういうのも私好き。真っ盛りの時にくると、すべての紅葉の葉が同じ色していてどの紅葉の葉も特徴なく見えてしまう。ほらあそこ見てくれはる。これから紅葉するのと違うやろか。少し遅れて今が一番きれいな紅葉をしている葉も見えるし、他の葉が皆紅いのにあの葉は黄色く変色しているわ。半分紅で残り半分が黄色の紅葉の葉もある。既に葉の先がちじれ初めているのにしっかり幹にぶら下がっているのも見える。地面の落ち葉もよくよく見ると紅葉仕切れないで落ちてしまったのもあるみたいだわ。既に黒ずんでしまっているのも有るわ。」
と珍しく能弁に語るものだから晃一はしばらく聞き役に徹していた。しかし心の中では、
――そう、それを染め分けと言うんだよ、
――そう、それをわくら葉と言うんだよ、
と呟きながら、いちいち肯いて彼女の話を聞いていたのであった。そして、
「いろんな人の生き方、特に終末の生き方の縮図みたいだね。」
と、言ってみた。すると彼女は、
「薄さん、わくら葉と言う言葉知ってはる?」
と少し寂しそうな顔して聞いてきた。晃一は先程丁度その言葉を思い浮かべていた所だったので聞いてみた。
「聞いたことはあるよ。どうして?」
「私のお父さんがよく使っていた言葉なの。自分はわくら葉だけど、初子はわくら葉に決してなるなと病気で倒れてからは顔を合せる度に言っていたの。」
「へー、お父さん病気だったの?今はどうしているの?」
「今は家にいるけど、後遺症で働けなくて家にいるの。だから代わりに私や妹が働いて家に仕送りしているの。」
「それは知らなかった。心配だね。でも今は安定しているんでしょ。」
「ええ。でもお父さんが可哀相。だってお母さん出ていってしまったんだもの。東京か大阪の何処かにいると思うのだけれど、何処いるか分からないの。だから妹と弟は東京、私が大阪と手分けして探しているの。」
「あ、弟さんもいるんだ。」
「そう、弟は東京の八王子に住んでいて、東京の大学に通っているの。弟の学費や生活費も私と妹で面倒みているの。お父さんは唯ひとりの息子が一人前のエンジニアになることを弟が小さい時から夢見ていたのよ。私も少しでもその夢に近い所にいてあげられる様に、あの部署で働かせてもらっているの。」
「お父さんはエンジニアだったの? 病気になる前は。」
「ところがそうでもないの。お父さんは病気になる前は漁師だったの。港で一番の働きものという評判だったの。でも……。」
「ゴメン、いろいろ聞きすぎちゃったね。」
いつしか二人は三千院の山門をくぐる所だった。
 晃一は一瞬、この山門をくぐるのは何年ぶりかと思い指を折りはじめたが、山門をくぐって苔に浮かぶ石板を踏みながら本堂に向かう時は、そんなことより重要なことだと思い、その続きを聞いてみたい気持ちと、聞きすぎてしまったと言う気持ち半々で躊躇していた。ところが彼女の方から、
「でも、本当は漁師になりたかったわけではなかったらしいの。子どもの時には、漁船に乗ってはおじいさんの手伝いをしてたんだけど、本当は漁の手伝いをすることより、漁船に積んである機械を見ている方が好きで、おばあちゃんの話では、一回漁に出る度に漁船に積んである機械の絵が増えていたらしいの。」
「なるほど。お父さん本当はエンジニアになりたかったんだね。」
「ところが、おじいさんがなくなってから、自分が家族を支えなくてはいけないということで、その道をあきらめ、本気になって漁師になることに決めたんだって。」
ふと見上げると、やや盛りをすぎた紅葉の隙間から降り注ぐ初冬 の木漏れ日が寂しげに感じられた。
 また、晃一は自分がこの女性に惹かれる理由の一つが分かる様な感じがした。二人はひさしの下の石段で靴を脱ぎ、本堂に上がって半伽の像の前に座った。堂内には他に観光客の姿は見えず、深閑とした風が少し冷たく感じた。
 彼女が話の続きをしようとしたが、晃一は声を明るくして、
「ここへは高校時代の修学旅行で来て以来だよ。三千院は修学旅行生に最も人気のある寺なんだよ。」
と、話題を変えた。

 山門を出て、来た道を逆方向へ二人は歩き帰途についた。路上の落ち葉を若い僧がはき集めては燃やしていた。彼女はそれを見て、
「一生あれで生きていければどんなにいいでしょうね。」
といった。
 晃一は、
―毎日毎日同じ事の繰り返し自分には耐えられないだろう。
―落ち葉の季節なら良いが、他の季節は何をすれば良いのだろう。
とつぶやきながら、自分と彼女が生きてきた人生の違いを感じていた。
「あの若い僧は何を掃き清めているのかな」
と声に出して、彼女が何を言うか耳を澄ました。すると、彼女は、
「私にはお焼香をしているように見えて仕方がないの。薄さん、人が亡くなったり、法事の時にどうしてお焼香するのか知ってはる?」
「いや、そう言う経験はあまり無いし、考えてみた事も無いな。菟新明さんは知っているの?」
「いえ、知らへん。でも、そこから天にゆらゆら立ち上ってゆく煙を見るとなんとなく安心するの。あの煙に乗って一緒に羽衣になって天に行けたらな、と思うの。」
「ふ〜ん、菟新明さんの羽衣姿一度見てみたいね。」
「そう言えば私何度か飛天になった夢をみたの思い出した。だれか分からないけど、西の方から残響のする女の人の声がして『かの人を誘(いざな)いなさい。』と言われ、一人の男の人を何処かへ連れていってあげるの。…・・、あっ。」
と突然驚きの声を上げた。晃一はびっくりして、
「どうしたの?」
と言ってはみたものの、同じように驚嘆の声をあげそうになっていた。

先程から二人は手を握り合って山道を歩いていたが、その様子を客観的にみると、正にあの時の夢の場面と同じなのであった。
 しかもその場面を二人とも同じように夢を共有していたとは、とてもすぐには信じられることではなかった。
「………・・。」
 菟新明初子はもう一方の手に何時の間にか一片の紅葉をつまんでいた。それをみつめながら、
「不思議なことね。でも、もしほんとに薄さんが、私が誘い(いざない)をしてあげなくてはいけない男の人ならば、確認しなくてはいけないことがあるの。」
「何か謎めいてきたね。その確認しなくてはならない事って何?」
「さっき、西の方から残響のする女の人の声がするって言ったでしょ。その声が、実は今まで何回か夢に出てきたことがあったの。或る時その声が、『かの人を前にも誘ったことがあったがうまく行かなかった。以前にも飛天に誘われたことがあるか確認してみよ』と言ったのを強烈に記憶しているの。」
と片手につまんだ紅葉を裏返ししながら、十年以上も前からの知己であるかの様な親しみのある瞳を向けて言うのであった。
 晃一は、那智の滝での出来事を先程から既に思い出していて、すぐ、
「実はそう言う経験があるんだ。」
と言いそうになったが、その代わりに、
「その残響の人はその場所や時期については何か言ってなかった?」
と聞いてみた。
菟新明初子は、何かに聞き耳を立てる様にして急に立ち止まって首をかしげ、目をつむった。
 彼女の長い睫が初冬の微風に揺らされて、影となって、頬に映っている。

 それを見つめているうちに、晃一は一瞬眠気を誘われ夢想の世界に突き落とされた様な感じがした。

何処までも落下してゆくような気がして、両手を広げてみた。すると、急に身が軽くなり、今度は何処までも浮上して行く様な感じになった。
手の先をみると二人の飛天が手先をつかんで晃一を何処かへ誘っているのだった。そして良くみると、もう一人の飛天が先導しているように思えた。飛天の顔を見ると、先導しているのはいつか那智で見た巫女の顔であり、両手をつかみ揚げているのは、片手に菟新明初子、片手に坂本幸子であった。
菟新明初子であり、坂本幸子である二人の飛天は晃一に、一生懸命
「もう少しよ。」、「頑張って」、「もう少しよ。」、「頑張って」
と繰り返している。先方を見ると、先導していた例の巫女であった飛天の姿が見えなくなっている。
 おかしいなと思って今度は手の先を見てみると、二人の飛天の姿も消えていた。
 体が浮く感じも落下する感じもなくなり、ゆらゆら揺れ動く人の顔が見られた。
「薄さん気がつきましたね。さっきの事確認出来ました?」
と彼女は言うが、晃一は、
「そんな事知っているのに。」
と少ししらけ気味に言った。

 晃一は自分が石台に腰かけていることに気がつき、腰を浮かし、歩き始めようとしたが、何故か疲労が激しく体全体が重くけだるい感じがした。
天を仰ぐと初冬の空は青さをさらに深くしている。にも拘わらず頭の中はモヤッとしてバスに乗って帰るのがつらい感じがしていた。それを察してか、彼女は、
「歩けるだけ歩いて帰りませんか?」
と、時計をみながら提案してきた。
 それにつられて晃一も自分の時計をみるとまだ二時半を少し過ぎた所で、暗くなるまでにまだ十分時間があると思い、
「いいよ。だけど行きにあった例のちょっと洒落た和風喫茶店で一服してからにしない?歩いて酸素を取れば気分も良くなると思うよ。」
途中、しば漬を売っている土産物屋に寄ったこともあるが、八瀬に辿り着いたのは四時を少し過ぎていた。しばらく歩いたせいか、気分も爽快になり、このまま歩き続けたら四条河原町に着くのが何時になるか分からないので、そこからはバスにのることにした。そして阪急電車に乗って、伊丹駅に着いたのは六時を過ぎ、夜の帳(とばり)が降りていた。
晃一は寮の自分の部屋で一服していたら、尾崎が入ってきて、
「今日は何処へ行きよった?」
と眉間を狭めて聞いてきた。
「久しぶりに京都に行ったんだよ。三千院へね。」
「そうか。なんだかえらく顔色が悪いよって、何かあったんかと思うたで。ところで昼間彼女が来て手編みのマフラーを薄に渡してくれ言われて、預かっといたで。これや、確かに渡したで。」
と言って帰りかけた。晃一は、
「彼女って、誰だよ。」
と心穏やかならず聞いてみた。
「菟新明初子さんや。知らんとは言わせへんで。」
との答えに晃一は愕然とし、どこかにもたれ込みたい気分になった。
――――一体何が起こったんだ。
と、自分自身に問いを発すると同時に頬をつねってみた。
「うっ!」
と痛いほどの感覚があった。
―――――それなら今日一日、三千院につきあったのは誰だったんだろう。
 受け取ったマフラーを手にしながら、晃一はしばし考え込んでしまった。
今日の出来事を最初から最後までを繰り返し思い出してみたが特におかしいことは無かった様に思えるのであった。いや、あったとしても忘れてしまっているのであった。

 そんな不思議なことが晃一の身に起こっていたが、晃一はその後も何度となく菟新明初子を京都に誘った。


       <<< つづく >>>







2007/12/15 22:46:19|物語
西方流雲(17)
          西方流雲(17)

      <<< 20. 不自然なものへのあこがれ >>>

一本の杉の木の尖った先端が初秋の青空にとげが刺さる様に突き出し、その両袖に桧をはじめとした種々の潅木を携えている。その杉の木の幹が映る水面をおしどりの水掻きが乱す。五月には水蓮が美しく咲く氷室の池。

その人が池端にたたずみ手を差し出すと二羽のおしどりが近づいてきた。
肩まで届く長い髪を左手で抑え、右手で手をさし出しながら、バランスをとっている。
おしどりがどこまで近づいてくるか 見届けるまで声を出すのをためらっていた晃一に
「どちらがオスか知っています? 薄さん。」
と、珍しく彼女の方から問い掛けてきた。
先程までは、一方的に晃一が問いを発し、彼女が返事をすると言う具合だった。
朝8時頃、伊丹駅を出て、途中十三で乗り換え、京都河原町まできて、そこから、タクシーに揺られ着いた先は、山科にある勧修寺(かんしゅうじ)という寺であった。
金閣寺や清水寺と言った華やかさはないが、観光客が少ないせいか静かな佇まいで晃一のお気に入りのコースであった。
「カラフルな方だよ。」
と晃一が答えた。彼女は立ち上がって、
「薄さんみたい。」
といいながら氷室の池とおしどりを後にして、からかうような笑顔を作りながら晃一の方へ近づいてきた。晃一は、
「僕がどうしてカラフルなの? それとも派手に見えるの?」
と、やや心外だと言うような顔をして彼女に聞いてみた。
「だって、私の知っている人で、薄さんほど明るく輝いて見えるひといないもの。う〜ん、カラフルと言う言葉とも少し違うかな。----、所で、お昼にしません? お弁当作ってきたの。」
勧修寺は寺にしては珍しく、池と本堂の間は広々とした芝生の庭となっていて、有り難いことに立ち入り自由となっているのだ。
振り返って本堂の方を眺めてみると、表面が平坦に削り取られた、腰掛けるのに格好な石が二つ近接して埋まっているのが目に入った。
そこに腰を下ろし、弁当の包みを開き始めた。腰掛けてみると、その高さに漂う微風の温度がそれまでと少し異なるように感じた。
その微風は気温だけでなく、化粧石鹸の様な彼女の芳香、それに開いたばかりの弁当からの海苔の香りを乗せて晃一の鼻腔に漂ってくるのであった。
「三角のおむすびが梅干し入り、丸い方はたらこが入っているの。」
「うわー、おいしそう。いただきます。」
と言って、あっと言う間におにぎり三つを食べてしまった。
晃一は食べながら、この寺に着くまでに車中で彼女に投げかけた数少ない質問と帰ってきた答えを反芻(はんすう)していた。

菟新明初子(うしめはつこ)、二十三才。晃一が初めて目にした珍しい苗字である。
正社員でもなく、パートでもない、アルバイトでもない。
季節工とのことだ。
出身地は石川県珠洲市蛸島、漁師の家に生まれた。
お父さんとおばあさんが家に残っている。
その長女であり、孫である彼女が今ここにいる理由が晃一にはどうしても理解出来ないのだ。
そして、ぽつんと独り言の様に彼女の口から出て来た言葉の意味は更に分からない言葉であった。
「お父さんがやさし過ぎたから・…。」
晃一は続く言葉を待ったが、彼女の口から次に出て来た言葉は、
「カラフルというより、色でいうと群青色か青かしら。私は青紫が一番すき。」
晃一は、彼女が青紫色のビロードのスラックスを着ているのを見ながら、あわてて
「そのスラックスとえんじ色のカーデガン似合うね。」
と言いながら、弁当を食べている彼女の顔を今がチャンスとばかりにみつめてみた。
口紅は薄く、化粧も濃くなく、色白の顔に濃い長いまつげとなんとなく憂いを感じさせる眼。ダビンチの「微笑」の女性の目つきになんとなく似ている。
「蛸島の海も青紫色なの?」
と聞いてみた。
「違うの。本当は紫色が好きだったんやけど、ある時紫色には二種類あることが分かり、たまたま、その頃聞いたばかりの故事があったので、青紫の方が好きになったの。」
「もう一つの紫が二番目に好きということになったんだね。どんな故事?」
「そう、もう一つの紫は赤紫で江戸紫とも言うんだって、青紫は古代紫ともいうのよ。その故事は

”青は藍より出でて、藍より青し、・・・…”

と言ったかしら。その故事を聞いた時、その意味も聞いたんやけど、何故かそれを聞いて元気が出たのを覚えているの。」
「へー、良い話だね。誰から聞いたのその故事の意味?」
「ボーフォンさんて言う中国人の女の人から。薄い紅って書くの。」

読者は覚えているだろうか、晃一が数年前京都花背峰定寺への散策で途中大布施と言う所での不思議な体験を。しかし、この時点でも、その女性の名が薄紅(ボーフォン)と言う名であることをまだ知らないのである。

その日、寮に戻ったのは夜八時だった。女子社員寮は会社の敷地内と晃一がいる男子寮の隣の二個所にあるが、彼女のは会社の敷地内の方であった。
阪急伊丹駅に着いた時、会社まで送って行こうと思ったが、彼女は、
「買い物してから帰るのでここで失礼します。よければまた誘ってね。」
と言って別れた。
そこから寮までは十分もかからなかったが、途中空を見上げてみると初秋の空から星が親しげに語り掛けてくるようだ。
晃一はその日の事を最初から最後まで反芻し思い出してみた。
そこへ、尾崎がやってきて
「どうだった? 今日は。彼女どうやった?」
とニヤニヤしながら晃一の部屋に入って来た。
「京都に一緒に行っただけだよ。」
「やはり薄か、噂に気をつけろよ。うるさい人間が多いから。」
「誰に聞いたの? 伊丹駅で落ち合って、伊丹駅で別れたのに。駅か電車の中か池田駅かな。でも気にしないよ。」
「そろそろ、組合の合併やね。問題あらへん? 先方の組合の委員長、薄がどんな思想の持ち主か気にしてるらしいで。うちらでも良く分からんのに分かるはずあらへんよね。」
「冷たいね、その言い方。」
と言いながら、晃一はふと毛沢東語録の一節を思い出して、
「ところで、こないだ、ついに毛沢東語録を読んでみたよ、高橋課長に借りて。」
と言ったら、尾崎は眉間を狭めて、
「影響されて赤くなったんやないやろな。―――それでなんて書いてあった?」
と、聞いてきた。晃一は決して毛沢東にかぶれたわけでは無い、ということを言い訳したくなり、語録を手にしながら、声を落ち着けて尾崎に語りはじめた。
「ここを見てくれる?「…・プロレタリアートは自己の世界観に基づいて世界を改造しようとし、ブルジョアジーも自己の世界観に基づいて世界を改造しようとする。この面では社会主義と資本主義との間のどちらが勝ち、どちらが負けるかの問題はまだ本当には解決されていない。…・・」と書いてある。」
「と言う事は毛沢東も本当はどちらが正しいか分かっていないと言う事?」
「まさか、勿論社会主義を肯定し、資本主義を否定しているのだけれど、 資本主義勢力を抹殺するのが如何に難しいかを唱えているんだよ。これから、人々の思想を統一することが如何に大変かということだよ。そこに、両者を融和させる第三の思想が出てくる余地がある訳や。」
「そうなるとどうなるんや?」
「それらの思想の違いが、民族的感情の差異になって現れ、国家間の戦争状態や一つの国家の中なら、保守勢力と革新勢力の間の抗争、と言う事になるのが今までの人類の歴史であり、この流れは永久に回転し続けることになるんだよ。」
「つまり、人類に対する反勢力、国家に対する反勢力が現れない限り人類の知恵では解決出来ないということやね。」
「そう。世界における人口増、食糧難、天災、公害等は人類の大きな敵であり、そういったものが、人類の存亡に関わる度合いが高まるまでこれらの戦争、抗争は解決しないと思うんだよね。」
「氷河期の様な大寒波、いん石の衝突の様な大地震、大疫病、大洪水の来襲?」
「 そうなるね。問題はその時に人類が知恵を出し合って、その様な危難に一致団結して立ち向かえるかということだよね。」
「でも、よくある事だけど、ある勢力がその危難に立ち向かっている時、情報伝達の遅延によって他の勢力は知らん振り、と言う状況が起こり得て、一致団結して、というのは難しいやろね。」
「そうやね。だけどこれもさっきの反勢力の出現と同じで、その様な危難を少しでも察知すると、情報伝達の遅延を少しでも解消する技術やシステムを作りあげるのではないかな、人類は。」
「と言う事は、情報伝達システムの急速な発展は人類にとっての大きな危難の前触れと言う事になる訳や。」
「そうならなければ良いけどね。」
「いずれにしても、最終的には最大公約数的な、全ての人間にとって共通の本性に従って生き延びる為のシステムを、構築してゆくことになると思わへん?…・・、あっ、あの足音は倉井やない?ここに入ってきよるで。」
「薄さん、いてはる?」
と、やはり倉井で、あっと言う間に片足を薄の部屋の畳に踏み入れながら続けた。
「尾崎さんも一緒? 真面目な顔して何を話してはったんですか?」
「まあ、そこへ座れや。三人寄れば文殊の知恵や。秋の夜長真面目な話もたまにはいいもんや。なあ倉井?」
「でも、飲みながらにしましょうよ。何も無かですか、けちけちしてますね。買うてきましょうか?」
「今日は何曜日だと思う?」
「11月9日、火曜日。 ああそうか火曜日かどっちの店も休みやないですか残念。」
「だから、寂しくお茶だけなんや。」
「了解。茶碗持ってきますやさかい、少し待ってて下さい。」
といって部屋を出てゆき、程なく戻ってきて、話が再開した。

先ず尾崎が口を開いた。
「さっきまで薄と話していたのはやな、それが何かは良く分からないけど、人類の共通の敵に直面した時に世界中の人類が一致団結して、その危難に立ち向かうことが出来るかどうか、それに最も強く関係しそうなのは情報の伝達速度の発達で、逆にいうと、情報の伝達速度が急激な進歩をするというのは人類の滅亡の予感と取れないことも無い、という話なんや。」
「ということは、情報のあまりにも急激な発達は人類の破滅をもたらす、ということですやろか。」
と、倉井が言葉を挟んだ。
「いや、破滅をもたらすというより、破滅を予感しているということかな。人間と言うのは今でこそ、霊的な予知能力は殆ど無いけど、類人猿であった頃は、危険予知能力、危険待避能力をもっていて、人類にとっての壊滅的な危機に対してだけは、神が霊的な予知能力を残しておいたのではないか。
危機を無意識のうちに感じとり、地球上のあらゆる地域とお互いに連絡を取り合い、情報交換しながらそれに立ち向かうというシステムが人間のどこかに組み込まれているのではないかと思うわけだよ。
そのシステムが何か、具体的に解きほぐした人は誰も居ないけど、そのシステムが解明される頃というのは恐らく人類にとって壊滅的な危機に遭遇するのと時を同じくするんじゃないだろうか」
と、晃一は日頃考えていた事を披露してみた。
しかし、晃一はまだ考えが纏まっているわけではなく、もう少し議論を展開してみようか思っていたら、尾崎が、
「問題はそのシステムがその時に予定通り作動するかやね。人間というのはあほやさかい、それまでの時間と同じ時間かけて、そのシステムが働かなくなるシステムを作ってしまうかも知れへんで。」
「尾崎さん。それは十分有り得ますね。薄さんどう思いはります?」
と倉井が茶を尾崎の茶碗、次いで晃一の茶碗に注ぎながら聞いた。倉井はどうも聞き役に徹しているようだった。そんな気がしたので晃一は倉井に、
「倉井はどう思うんだよ。一つのシステムと、それに立ち向かおうとするシステムがある時、立ち向かおうとするシステムが、実は人類救済システムを破壊するシステムであったりしてね。ところがその立ち向かうシステムは革命的、または革新的にみえてしまい、注意しないとその危険性が見えなくなってしまう。どう思う倉井?」
と聞いてみた。
「薄さん。べ平連のこと言わはってんですやろか。なんかそんな感じします。言わせていただきますけど、そのシステムが作動するかしないか問題になるのはどのくらい先の話ですやろか。恐らく、自分達の時代の話ではないですね。
それならそういう事より、いまやらなくてはいけない事を少しでもやってゆくと言うのが大切やないやろか。それに多分そのシステムにはサテライトシステムというのがあって、それらの一つが平和維持活動というもんじゃなかとですか?べ平連とはそういうものとですよ。」
「成る程、倉井は何も考えずにのめり込んで行ったかと心配していたんやけど、結構しっかりした考え方持ってんやな、なあ薄?」
「でも尾崎さん、薄さん、今日は本当に感謝しています。自分のやっていることをこんなに満足行くような言葉を使って説明出来たのは初めてですよ。」
「甘い、甘い。薄の顔みろよ。彼は倉井のやっていることをまだ認めたわけじゃないで。でも倉井を見直したと言う顔ではあるな。」
まだ話たいことがあることがお互いに分かっていたが、日曜日にはまだ遠い火曜日、いや時計はまわり、既に水曜日になっていた。それもお互いに分かっていたので、尾崎も倉井も自分の茶碗を持って自分達の部屋に戻っていった。

晃一は一人になってから、まだ
自分は「I have not any "Action Guide" to follow.」だなと一人呟いた。

      <<< つづく >>>