槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2007/12/31 13:01:34|物語
西方流雲(25)
  
         西方流雲(25)

        <<< 25.古都定住 >>>

既に年もあけ二十日前後過ぎた。
いつもは年明け早々は、希望にあふれ、その年の抱負で満載された前向きの気持ちで一杯なのだが、何故か正反対の気分であった。
例年、年初には、同期の連中や、一期後輩の別所、倉井らが集まって新年会がてら、皆でその年の抱負を語りあうのだが、寮は離ればなれになり、集まる機会もない。
この頃の晃一には、その機会を自分で作ろうという気概も湧き出て来なかった。
休日の夕食も独りで食べに行くことが多くなった。

人生の重みをひしひしと感じる様になっていた。
その夜はなかなか眠りに着けなかった。
いつしか、真冬の寒気漂う闇夜の舞台に、自分に似た役者が、パントマイムを演じる姿が見えてきた。その役者が手振り、身振りで晃一に語りかけてきた。
「少しは人生というものが分かってきたかね?しかし、まだまだ序の口さ。人生における曖昧さを受け入れられそうかね?複雑な仕組みの社会という舞台で演ずる演技は、ある程度のごまかし、ある程度の正直、ある程度の強さ、ある程度の情緒が丁度良い。もし、この”ある程度”の中に含まれる曖昧さを追求しようしたら、忽ち社会の孤児になってしまうよ。そんなことを追求したって、何の役にも立たないよ。」
晃一は闇に向かって尋ねた。
「昨日、いこいという食堂で夕飯を食べたんだ。料理が運ばれてくるまでの一時は楽しかった。何故って?店の自動ドアがまるでカメラのシャッタの様に、そとを歩く人達をくっきりと映し出し、完全には暮れていない明るさがその人達を照らし、表情が思いがけなくはっきり見えたんだ。
 仕事が終わり、ほっとした感じでゆったりした気分で歩く人、買い物中の母親に前後になってまとわりつく子供、足早にせかせか歩いている人、いろんな人が見えたんだ。そういう人達も皆、曖昧さを演じていると言うのかい?」
 闇の中の役者は晃一に語りかけた。
「百パーセントはとは言えないが九十パーセントはと言う自信はある。この九十パーセントの人達がこの世の中を動かしている。とすれば、曖昧さのある世界が正常で、曖昧さのない世界は異常なんだと思わないかね、晃一君。ただし問題が一つある。この曖昧さが故意に造られたものか、仕方なく出来てしまったのかということだ。故意に造られた曖昧さは異常だ。異常じゃない、といっているのは止むを得ない曖昧さのことだよ。」
「それならいいよ。人間だれにだって限界がある。記憶力、行動力、運、そう言う限界を超えたところに正確さを期待したって無理な話しだ。しかしその限界を少しでも高く引き上げる努力をするというのが望ましい姿なのではないか?」
「そこが君の考え方の危険なところだ。曖昧さを認めているのに何故努力なんて必要なのかね?人間の固有の特性とは何だと思う? 連想、夢、希望なんてものは、どんなに進化したロボットやコンピュータだってこれらを持てと言ったって不可能だよ。しかし、見方によっては、これほど曖昧さを背負った言葉は無いだろう。曖昧さだらけでも人間どもは、これらの言葉をこよなく大切にするではないか。」
「だけど、曖昧だから連想や、夢や、希望を大切にするのではない。それはこれから歩もうとする路を照らす街路灯だからで、将来に位置するものだからだよ。現在に位置する現実に曖昧さが含まれていたら、人間は身動きがとれなくなってしまうよ。
だから曖昧さがあることが正常か異常かは、いつの時点のことを言っているかはっきりさせてからのことだよね。」
 それ以上闇からの語り掛けはなくなってしまった。

もう旅に出てから何年たっただろうか
人はよく3日、3ヶ月、3年という
しかし、自分は4年も経った

今、私はあてのない、
    旅費ももたない旅をしている感じがする
落ち着く宿もなかなかみつからない
だけど、もう少し旅を続けてみようか
野垂れ死にさえしなければ、
  大胆に旅を続けるのも良いのではないか、
しかし、この旅が自分にとってむしろロスならば
   続ける必要もないかも知れない
揺れる振り子の様だ。

 昭和48年はすでに春になろうとしている。晃一にとってまる4年が経過し、5年目に入る年である。
 この季節には自然界、人間界いずれにも転換があるようだ。
昨日の倉井の嬉しそうな言葉がいまだ耳に残っていた。
「薄さん、やりましたよ。ベトナム和平が調印されましたよ。」
と息せきついて晃一のところに報告しに来たのが一月末で、
「薄さん、本当でしたよ。ベトナム駐留米軍が撤退完了したらしいです。」
がその一月後の2月末のことだった。晃一は嬉しそうに晃一にそのことを報告する倉井の顔を見ているだけでなんとなく明るくなった。
一方で、ベ平連の矛先はどうなるのだろう、と気になりもした。また武器製造メーカーの矛先はどうなるのだろう、などと連想をめぐらした。
 しかし、世界情勢としては大きな転換となったことは否めない。

 もう一つの転換は日中関係に訪れようとしていた。
 1月初めに北京に日本大使館が開設され、先月には東京に中国大使館が開設され、さらに来月には中国各界を代表する大型訪日団が来日するとのことである。
 大相撲北京場所なんてのも催されるらしい。
 晃一は昨年初秋万福寺を訪れた時以来、中国に興味を持ち始めていた。
      
 一方、晃一本人は、この頃、既に転職を決意していて、京都にある会社の採用試験を受けている。結果は順調で、あと健康診断の結果を待つのみとのことだった。
 もし健康診断結果がNGであれば、健康を理由に退職しよう。
「晃一よ、社会人になったばかりの時に持ったあの気持ちを何処に忘れてしまったんだ?熱意、希望、決断、この3つを蘇返えらす方法として転職を選らんだのは懸命だ。
 熱意、希望、決断を失った人間程、惨めで他から見られたものではない。それを取り戻しに行け。インドの賢者が日本人に言ったそうだ。『人間の危機とは、まわりがあなたを非人間化した時だ。あなたが自分の時間が持てずロボットになった時だ。自分の自由な時間も取れず、ただ黙々と働く人間は愚者だ。』と。だから晃一よ、もう後に戻るな。」
 その様に天の声がささやきかけている様に感じている。
「そうだ、手を引っ込めることはない。ここは自分本位で決めれば良いんだ。」
 この自問自答を何回やっただろうか。

 そして、京都の住人になった。
 長岡京市調子大縄という所にある寮に入ることになった。
寮といっても借り上げアパートで、住み心地は悪くはなかった。

 転職して2ヶ月程たったある日、その寮に前の会社で一年後輩だった別所が遊びに来た。
 彼の興味は、今度の会社はどのような会社という所にあった。
「もう慣れましたか?前の会社とは大分違うでしょう。」
「そうだね。技術開発要員がえらく多いんだよ。一人一人の資質は分からないが、一人一人の力がうまく結合されて、組織化されているんだよ。最初に驚いたのは社是の唱和というのがあって、毎朝、朝礼の時に、順番に皆の前で社是の唱和の音頭取りをするんだよ。これが最初のカルチュアショックだったね。もう慣れたけれどね。」
「社長の感じはどうですか?」
「すごく姿勢の低い人で、無茶は絶対しないという感じだね。社是というのはこんな感じだよ。
――――――技術を練磨し、科学的管理を実践し、独自の製品を供給するとによって、文化の発展と協力者の共栄をはかり、これを喜び、感謝する人々と共に運営する。―――――
 これは今の社長が創業する時に創案した文章らしいけど、どう思う?」
「良くわからへんけど、…・、労働組合はどうです?」
「予想したほど過激ではないようだよ。執行委員も若そうだしね。ところで、これから山科の方へ行かない?この間いい寺みつけたんだよ。ここからだと1時間もかからないと思うよ。」
「土地感が全く分からないんやけど、山科って大津の方やなかったですか?遠そう。でもいいですよ。行きましょう。」
「大津までは行かないよ、昔、何人かで醍醐寺に行った事あったよね。そこより近いよ。
勧修寺という寺と随心院という寺で、ひっそりとしたいい寺だよ。」
それが京都に転居して最初の京都寺院めぐりにあった。

        <<< つづく >>>







2007/12/30 21:06:29|物語
西方流雲(24)
            西方流雲(24)

         <<< 24.重陽の節句 >>>

万福寺の境内は広かった。山門を入ってしばらくすると、屋根の稜線が独特の曲線をしたお堂が見えた。
そして更に奥からは読経の声が聞こえた。ところがいくら耳を澄まして聞いても日本語とは思えない響きであった。
宇治で最も有名な寺院は、平等院であろう。晃一は平等院程生き生きとした寺院は無いと思っていたが、ここ万福寺もそれに負けず劣らず、である。
そう一人ごちながら更に歩を進めると、宝蔵院と呼ばれるお堂にたどり着いた。拝観料を払い堂内に入ると、初秋の候ながらひんやりとした空気を感じた。
堂内には一切経版木が、展示されていた。
版木に書かれた文字は、日本語の活字体の基本となっている明朝体と呼ばれるものらしかったが、晃一はさほど興味を感じなかった。
それは晃一の周りには、晃一の母を始めとして達筆が多く、しかも、皆崩し字で、それを見慣れた晃一にとって、明朝体が味気ない字体に写った為であろう。
版木を後にして庭園を見ながら廊下を歩いていると、堂内の一隅の部屋で、茶を啜っている一団を目にした。
―――――さすが宇治だな、
と思ったのが間違いで、どうやら茶碗に注いでいるのはお湯の様だが、茶碗の底に漂っているのは、菊の花びらの様である。更にその一団に近づいてみると、茶碗に注いでいたのはお湯ではなくお酒であることが分かった。
中国風寺院とお酒と菊の花びら、この組み合わせは晃一にとって謎と言う他なく、この謎が解けたのはこの時から三十年も先のことだった。
晃一が万福寺を訪れた九月九日は重陽節といって、かっての中国では、菊の酒を飲み、邪気を払う行事が盛んに行われていたということで、現在でも一部の地域で行事らしきものが行われているとのことである。
そして菊酒にまつわる多くの伝説や言い伝えが残っている。それを知っていれば、晃一は恐らくもう少しゆっくりとこの境内を歩いただろう。
しかし晃一が万福寺を訪れた時は晃一ははまだ二十代半ばであり、苦労という苦労は全くというほど経験していなかった頃であった。
その菊花酒を味わっていた一人の老人が、晃一の方を興味ありげに見ているのに気がついたのは、その老人が晃一の所まで聞こえる声で、
「ボーサン、ボーサン。」と叫んでいるのだからだ。アクセントから
―――日本人ではないな、中国人だろうか。恐らく何かお堂につめている坊さんを呼んでいるのだろう。
と一人ごちた。
もし、ここに尾崎が一緒にいたら、何年か前に一緒に那智の滝へ行った時の様に、
「薄、お前のことをあの爺さん知っているのではないか?意味ありげな視線だったぞ。」
と言ったことだろう。
老人の視線が、晃一の動きを追っていることに気がついてはいたが、
―――こんな所に知人がいよう筈がない。
と考え、ちらっと振り向いてはみたものの、さっさとそのお堂を出てしまった。
お堂の出入り口玄関は廊下の一段低い所に石段が二段程あり、更にその一段下の土間には、一間程の長さのすのこが三枚敷いてあった。
そして、その淵にまとわり着く様に多くの靴が脱ぎ置かれていた。それらの靴は靴の先が外に向かってすべてきちんと揃えてあった。晃一の靴も例外ではなく揃えられていた。晃一は、
―――有り難いことだ。きっと揃えてくれた人は、揃えられた自分の靴をどんな気持ちで観光客が履くのか観察して楽しんでいるのかも知れない、と考えてみた。
靴を履き終わり、前方を見ると、至るところに菊の鉢が陳列されているのに気がついた。やっと蕾が出始めたのもあれば、どこか違う所で育てられ、ここに持って来られたのだろう。既に大輪の菊花を咲かせているのもあった。
そんな中に、鮮やかな藍色をした珍しい大輪の菊が晃一の目にとまった。菊も気になったのだが、その近くで、じっとその菊を見つめている女性の方に気を取られたというのが本当の所であろう。晃一にとって何故か、なつかしさを感じさせる姿である。
それもその筈、その女性の服装が、晃一の視底に何度か焼き付いてきたものと同じだったからだ。
深い青紫色のロングのビロード服を身に纏い、頭には黒い淵の大きな帽子を被っていたのだった。
その懐かしさに惹かれ、晃一の歩は自然とその菊の方に向かった。
その女性は晃一が背後から近づいてきているのに全く気がつかない様だった。
晃一は、その女性を斜め後ろから見つめながら、ついでにその菊を眺める格好になっていた。
晃一ははっとした。
いつか神戸の六甲山の展望台から神戸港をじっとまばたきもしないでみつめていた人と、うりふたつだったのだ。
そうしているうちに、晃一の後ろから急ぎ足で近づいてくる足音が聞こえた。振り返ってみて驚いた。先程の老人だったのである。そして、晃一の方を指差し、またもや、
「ボーサン、ボーサン。」と叫ぶのだった。
――――余程、慈悲深い顔にみられたのだろうか、坊さんと間違えるとは。……、
と独りごちたが、その瞬間その女性が振り返り、その老人に、微笑みかけながら、
「東伝さん」と返した。
―――なんだ、知り合いか、
と分かり、晃一はその場を離れ様とした。
ところがその老人は相変わらず、「ボーサン、ボーサン。」と叫び続けた。もはや晃一に向かって呼びかけていることは明らかだった。
そう感じた晃一は、背後を振り返った。すると、その老人は手招きして、語り掛けて来るような仕草をした。
「ボーさんですね。私は呉東伝といいます。」
「こちらは、薄紅蓮さんです。」
と、スムーズではない日本語で、その女性を晃一に紹介した。しかし、晃一はいくら記憶の糸を手繰り寄せても、記憶が無く、人違いに違いない、と判断してしまった。
だからと言って、
「人違いです。」
と言えず、
「現在はどちらにお住まいですか?」
と、とんちんかんな質問をしてしまった。
すると、その女性が、「普段は、神戸に住んでいますが、今日は九九の節句の催しがここであったので、来ました。」
と老人よりは少しましな日本語で返答した。
晃一は、九九の節句というのが何か全く分からなかったが、たどたどしい日本語で、それを説明するのは大変なことだろうと思い、
「ああ、そうでしたか。」と笑顔で返した。そして、
「残念ながら、私はボウと言う名前ではありません。ウスキと言う名前です。」
と言って、時計を見たら、何時の間にか四時を過ぎていた。
晃一は、宇治平等院にも行こうと思っていたので、
「すみません。もう一個所行く予定の所がありますのでこれで失礼します。」
と言って歩み始めた。するとその老人が、
「何かの縁です。申し訳ありませんが、お住まいと電話番号教えてくださらんだろか?」
そう言うやいなや、その女性がハンドバックからメモ用紙とシャープペンシルを取り出し、晃一に差し出した。
晃一は、仕方なく自分の住所と寮の電話番号をメモした。

その女性はサングラスをかけたままであり、太陽を背にしていたので、顔の輪郭は分かったが、表情は捉えられなかった。
晃一がそのメモ用紙とシャープペンシルを受け取る時、その女性が首にかけているネックレスが目に入った。その色は何故か懐かしさを感じさせるものであり、藍色というか青紫というか、彼女が来ているスカートの色に近いが、スカートの色は光を吸収してその色に見えるのに対し、そのネックレスは、きらきらとした青紫色の光を散乱していたのだった。

晃一は天然色の夢を見る事が多かった。しかし、夢の内容は種類が多いわけでなく、五つも無いだろう。その中に気球に乗って空を漂う夢がある。その気球の色は二種類あり、片方は光沢のある濃いピンク色していて、はるかかなたに漂っていて、他方も、やはり光沢はあるが、濃い青紫色をしていて晃一が、それに乗って、屋根瓦の一番てっぺんに、しゃぼん玉の様にとまったりする。その気球の色とそっくりだった、と寮に帰って夢想した。
それと、何故自分のことをボーさん、と呼んだのだろう。人違いと勝手に思ってしまって良いのだろうか、何故あの女性はサングラスを外さなかったのだろう。彼らは親子ではなさそうだ。それならあの老人は一体何者なのだろう。―――――――――。
晃一は天井の木目を追いながら、じっと考えていた。
そして、あの女性が首にかけていた首飾り、あの色の輝き、何故あれほど引き付けられたのだろう。
晃一は考えれば考える程分からなくなるのだった。
そんな思いを繰り返すには充分すぎるほど、秋の夜は長かった。

そして、その秋も何時の間にか過ぎ去りその年も五日程残すばかりとなった。
クリスマスイブということで、会社でクリスマスパーティーがあり、寮生の殆どは、それに出掛けているとのことだ。といっても、晃一のいる寮には他に尾崎がいるだけで、その様な雰囲気は全くしなかった。日曜だったので出掛けようとも思ったが、何故か気が進まず結局行かなかった。
ところが、尾崎も出掛けなかった様で、久しぶりに晃一の部屋に入ってきた。
「薄も行かんかった?だんだんああいうの出るのが面倒になってきたよな。ところで、盗まれたカメラ出てきよったらしいで。俺のカメラと薄のカメラが、見つかったので、現物検証するから三宮署まで来てくれんかと連絡があったと、寮のおばさんが言うてたで。薄いつ行ける?」
「もうとっくに諦めていたよ。尾崎のは、値のはるカメラだったから良かったな。」
「薄だって、折角うまくとれた写真が入っていたのに、と言ってたやんか。」
「うん、九月に京都の万福寺にいった時に、珍しい色の菊の花を撮ったのが入っているんだよ。」
「薄が菊の花を写真にとるなんて珍しいなあ。」
「いや、他にも撮ったんだけどね。ところで三宮署はいつでもいいんだって?」
「日祭日以外だったらいつでもいいらしいで、善は急げや、今度の水曜はどうや?」
「うん、そうしよう。」
「印鑑がいるらしい。忘れんようにな。ところで薄は、最近は例の幻覚無いようやな。最近独りで京都に行く様やから、…・、よう分からんけど何もないんやろ?仁田課長からも言われてるんやで、薄に何か変ったことが起こればすぐ連絡するようにと。」
「なんか、見張られているようで嬉しくないね。」
「気にするなよ。見張るなんて大袈裟なもんやないから。」
「気になんかしていないよ。名神高速道路で行けば、1時間もかからんだろ。場所は分かってんの?」

そんな話しをして、間もなく尾崎は晃一の部屋を後にした。
晃一にとっては二度めの盗難だった。
最初は現金六万円で、前の寮に居た時の出来事で、晃一だけでなく他の寮生も何人かが、被害にあったのだ。
今回はカメラで、他に高価なものが無かった為か、それだけの被害であった。被害が小さかったということもあったが、なんとなく大袈裟にしたくないという気持ちが働いていたからであろう。
年末が迫り、平凡な毎日の中で、ちょっとした出来事であったが、晃一の将来にとって、なんら栄養となる出来事ではなかった。
しかしながら、その出来事が、晃一の平凡な毎日を浮き立たせ、
「このままで良いのか?」
と、考えさせるトリガーにはなったのである。
そしてその気持ちが年明けとともに熟成され、転職につながってゆくのであった。

      <<< つづく >>>







2007/12/30 21:06:01|物語
西方流雲(23)
           西方流雲(23)

          <<< 23.挫折 >>>

        **** 23.3シナリオ ****


晃一は初心に帰ることを自らに誓った。
――――――はずであった。
ところが、突然、会社に彼女から電話があり、5月中旬の木曜日に会って欲しいという電話があった。
もう二度と会えることが無いと思っていた人、そして少しづつ、
もう二度と会うことが無いと思い始めることが出来る様になってきた人。
何故だろう。
そう思いつつも、約束した場所へ向かった。
但し、その日出張があり40分程遅刻をしてしまった。
パンタロンとチョッキスタイル、本を読みながら待っている彼女の後ろ姿が見えた。席の後方から
「菟新明さん。」
と声を掛けた。
互いに笑顔の応対であったが、既に気持ちが別の方へ向き始めていた晃一にとって、その笑顔は以前の様な心の底から湧き出るものでは無かった。
しかし、彼女の笑顔は何となく時間を前に戻す様な、昔の二人の仲を思い出させる様なものであった。
歩きながら、晃一は、
「元気だった?」
「どうしてんの?」

―――自分にとってはもう過去になってしまった彼女との仲、それを又自分の手の平に乗せることはその気になれば出来るかも知れない。しかし、何故いちいち大阪まで来て、会う気になったのだろうか、既に見合いをして相手を決めているはずなのに。――――
と、黙想しながら彼女と肩を並べながら歩いていた。お互い行き先を言いあわないのに、二人の足は自然に梅田の白馬車という喫茶店に向かった。そこは一月程前に二人で入った喫茶店であった。
――――それとも、あの見合いの話は口から出任せだったのだろうか。
そうも考えながら喫茶店に足を踏み入れ、奥の方の座席に腰を下ろした。
あちこちの座席から紫煙が立ち上り、若いカップルの楽しげな語らいが聞こえた。
コーヒーカップにスプーンがぶつかる音が聞こえる。店内にはリカルドサントスの真珠取りのタンゴ、がBGとして流されていた。
晃一は彼女の口から出てくる少ない言葉から、その答えを得ようとしたが徒労の様に感じた。しかし、今日はその事を確認しないといけないんだと自分に言い聞かせた。
晃一は学生時代交際していた女友達が結婚することになった時、これからも友人として付き合って欲しい、と言われたことを思い出し、それと同じかも知れない、と思った。
それとも誰かの押しで来たのだろうか?
その答えは自分にとっても彼女にとっても決定的な結末を意味してしまう事になるかも知れない。そう思うとなかなか直接聞くわけに行かず、何度も何度も同じ問いを頭の中で繰り返した。
テーブルの上にBGMのリクエストカードがあったので、
「何かリクエストしてみない?」
と聞いてみた。
「悲しみのシンフォニー」と「真珠の首飾り」が彼女のリクエストであった。そして、
「会いたかった。」とぽつんと一言付け加わった。
その一言から自分の問いの全ての解を得ようとしたが、全てが分からなくなるばかりであった。
「もし…ならば…だ。」と何度言いそうになったか分からない。
しかし、晃一は自分が既に彼女の手に届かない所まで歩いてしまった、と思った。
根無し草的感情はもうこりごりだった。それにもし、「もし…ならば…だ。」と言ったら自分の存在をむしろ軽々しくし、自分の言動自体を理のない、味の無い物になってしまう心配がある様に感じた。
突然、店内のアナウンスで、
「お客様のウスキ様、電話が掛かっています。いらっしゃいましたらカウンタまで起こし下さい。」と案内があった。自分がこの喫茶店にいることなど、彼女以外に誰も知っている人間はいないのだ、と思い、知らん顔をした。
ところが10分程して、また同じアナウンスがあった。
――――それとも、誰かによって演出されたものなのか。
二度めのアナウンスの時、晃一は電話口の方に歩みかけたが、
――――その電話に出ることは、不自然な形で自分がここにいることを知ったのだから、
その電話に出ることは不自然な成り行きを生じるかも知れない。
と思い、途中で方向を変えトイレの方へ向かった。
自分にとって、その電話に出ることは何の意味も持たない。
そう晃一は念じ、彼女の坐っているテーブルに眼をやった。
彼女はテーブルの隅をじっと見つめていたが、真の表情は薄暗い喫茶店の中では読みとれなかった。
テーブルの隅をじっと見つめていた彼女の眼には一体何が隠されているのだろうか?
その姿は黒ゆりとしか言いようのない思いがした。
白馬車に3時間程ねばり、夕食をとった。
そして、食事が終わりかける時、彼女の口から堰をきった様に、「すてきな女性を見つけてね。」という言葉が晃一に投げつけられた。この時晃一は本当の別れの実感に触れた。

黒いビロード張りの壁に黒百合が今にも吸い込まれて行ってしまう
テーブルの隅の方に垂れる黒百合の花弁
それをただ物理的に鑑賞するしかなかった。
黒百合の為に花瓶を用意するにはもう遅い
黒百合は時々私に向かい
私は黒百合に語り掛けようとしたが
黒百合の葉からしたたり落ちる雫をみて分かろうとした
黒いビロード張りの壁
自分はあの壁の中で生きることは出来ない
自分の土壌は広く赤い大地だったはずだ
しかし、黒百合はそこではしおれてしまう

晃一は自分のいいかげんな人への愛情の抱きかたを反省した、と同時に自分が愛したのは彼女そのものではなく、彼女が持っている不自然さであったことに気がついた。

晃一は転職、結婚、子供の誕生、転勤、再度の転職 テニスと言うように荒波にもまれながらも比較的順調で無難な人生を送ることになる。しかしこれらはある意味では人生の破綻とも言うべき取り返しのつかない病気に襲われるまでの坂道であったのです。
また舞台は一時晃一の周囲を離れ、今まで何度と無く登場した薄紅という謎の中国人女性に移ります。

      <<< つづく >>>







2007/12/28 19:19:46|物語
西方流雲(22)
         西方流雲(22)

        <<< 23.挫折 >>>

      **** 23.2 夜行列車 ****


大阪発PM11:05.
彼女は私に別れを告げ、列車に乗り込んだ。彼女はまた、あの暗闇の中を走る列車の人となり、私には見る事のない明日に向かって行ったのだろ。

―――――今はもう遅い あの人を乗せた
夜汽車は暗い闇に消えてしまった。
明日、あなたが着く終着駅に
何が、何が待ち受ける
波の音、潮の香り
どーどどどー、

晃一は一体彼女の何を追い求めていたのか、それが晃一の気持ちの中ですこしづつ輪郭をはっきりさせてきたのは四月中旬の頃だった。その前の週の四月一四日金曜日、突然、菟新明初子から会社に電話が掛かってきて、その日17日、日曜日、朝七時の新幹線で大阪へ行くが会えないかと言う事だった。
電話を受け、晃一は心がうきうきしてきた。
新大阪から何処に行こうか、話がしやすいところ、喫茶店、京都嵯峨野、鹿王院、帰りは京都から新幹線でも良いだろう、などとあれこれ考えてみたりした。

そして当日、晃一は朝八時ころ眼が覚めた。昨夜高橋課長等と飲んだ日本酒が腹に残っている様で快適とは言えない体調だった。10時10分新大阪着だから8時半に寮を出れば間に合う、等と計算しながら、髪を梳(と)かしながら、更には昨日まで結論の出なかった行き先を考えていた。
車中で考えよう、新大阪駅についたら考えようと、少しづつ、後送りになり、挙げ句の果て新大阪駅に着いても考えがまとまらなかった。
新大阪に着いたのは三十分程早かったので、スタンドティーショップで軽く朝食を取り、そして入場券を買って一番ホームに向かった。座席番号等は聞いていなかったが東京よりのホームで待つことにした。どの車両に乗っていても相手からみつけ易いと思ったからだ。

彼女は晃一が立っていた所に最も近い扉から降りてきた。
紫色の薄いもへやのカーディガンと黒いビロードのスラックスを身につけていた。化粧も少し濃いようで、背丈も高いように思えた。 その理由を知っていれば、彼女にかわいそうなことをしなくて済んだのだがそれが分かったのはその日の最後の頃だった。

新大阪から梅田に出て、そこから阪急電車で京都に向かった。足の向くまま歩き始めた。平安神宮、イタリア美術展を最初に見た。平安神宮では彼女の機嫌があまり良くない様に感じた。平安神宮の雑踏がいやなのだろうと思い、更に、青蓮院の傍を通り、黒谷へ向かった。黒谷金戒光明寺は丁度三年前、晃一が初めて独りで京都を訪れ、最初に訪れた寺である。
深い草の中に聳え立つ山門が印象的だったのを覚えている。奥の方に足を進めた。この頃に彼女の爪先の痛みに気がついていればよかったのだが、そんなことに気がつかず先に先にと歩を進めたのだ。

黒谷の奥の墓地の傍を通ってどっしりとした寺についた。真正極楽寺(真如堂)だ。三年前のことが懐かしく思い出された。これから本当の緑になる過程の若葉で春の日差しにすかされて、鮮やかであった。
若葉をつけた木々と寺の配置、飾りの無い清澄さがなんとも言えない郷愁を誘うのであった。
何故か連想的に思い出されたのはそれだけではなく、昔、父母等に連れられて墓参りで多摩墓地に行ったことがある。その時はまだおばあちゃんも健在で一緒だったはずである。ちまたの騒々しさとは全く隔絶した世界だった。祖母、母、自分、三世代の歴史を深く思い出させる様な感じであった。

その自分の歴史の一こまに登場し、今、最も深く晃一の心に入り込んでいる。それが彼女の存在だった。
とすれば彼女の歴史も語られなくてはならない。

彼らは更に歩き吉田神社に着いた。心がなごみ落ち着いた感じであった。
するとそれまでずーっと黙っていた彼女が、
「こんな所で、神社の掃除をしながら一生暮らせたら」
と晃一の気持ちを察したかの様に声を漏らした。
―――確かにそうだ。このあわただしい社会から抜けて、しばし清風に座す。の精神だな。時を忘れて、いつまでもこの状態だったら良い。彼女もそう思っているのだろう。
彼女は、川に舟を浮かべて漕ぐのではなく、下ってきた舟に乗って行こうというタイプだ。
しかし、女性の殆どがそうなのだろう。――――――――
等と勝手に黙想した。

更に、彼らは法然院、安楽寺を訪れ、あとで調べたら4kmも歩いていた。さぞ足が痛かっただろう。京都河原町の食堂で遅い昼食を取り、京都をあとにして新大阪へ向かったが、途中、時間がまだ十分あったので梅田で白馬車と言う名の喫茶店に入った。そこでやっとお互いに二人の歴史を語りあうことが出来た様な感じがした。

彼女についての幼い頃のこと、妹、弟のことなど今まで遠慮して聞かなかったことを聞くことが出来た。以前彼女からお母さんは彼女が小学校3年の頃死んだと言っていたが詳しく聞いてみると実際にはお父さんと離婚したらしい。

「今度の5月の連休、能登半島の方へドライブ行ってみようかな。 」
と晃一が意見を求めた時、少し困った様に顔を曇らせた様に感じたが、それが原因なのだと分かった。
今まで彼女に対し、抱いていた謎が一挙に解けた様な感じがした。それと共に今までと異なった愛情を感じた。言葉には出していないが、何かから逃れ、何かを求め郷里を離れ、伊丹に働きにきていたのだ。何故この人が正社員ではなくて季節工という身分でいるのか不思議で仕方が無かった。
誰でも、何かから逃れ、何かを求め郷里を離れるということはある。晃一にしても、この地にいる理由の一つは似たようなものだった。しかし自分の場合と彼女の場合では雲泥の差があると言う事が次に彼女の口から出てきた言葉で分かった。
「今回は家に帰り、その昔のお母さんを探し出してみたい。もし、お母さんがいたら、今頃ちゃんと結婚していると思う。」
と話してくれた。東京に帰るのではなく珠洲に帰るのだ。大坂11:05発の夜行列車で帰るということがその時初めて分かった。

女性の最高の幸せが結婚で、それを妨げたのが両親の離婚であったわけだ。長い間、母親の居なかった寂しさはどんなものであったろう。それなのに、小学校三年の時に別れた母親にあってみたいという。なんとしみじみとした悲哀であろう。人にとって、なんと言ってもこの世で最も血の深いつながりは母親であろう。母親から授かる生きる為の知恵、生きる為の希望、女性の場合は特にそうだろう。はかり知れない糧である。それを授かる前に母親と別離したのだ。
かって彼女は晃一に、
「自分は何も知らない人間なの。」
と語ったことがあるが、そういう事だったのだ。
彼女は、
「弟とは不仲なの。」
と言ったことがある。
いずれも結局は過去の悲しい家庭の事情に由来していたのではなかろうか。

家庭内には、いつどんな亀裂が入るか分からない。戦争、病気、破産、離婚、 そんな危機が訪れても殆どの家ではぎりぎりの所で持ちこたえる。

「どうして離婚したの?」
と晃一にしては珍しく踏み込んで聞いてみた。
「母さんは気性が激しく、父さんは優しすぎる人間だから。」
と言うのが彼女の答えだった。一度入ってしまった亀裂は修復しようがなかったのだろう。それから今日までずーっと彼女は暗い陰を引きずってきたのかもしれない。

 必ずしも多弁とは言えない二人にとって、わずかな会話が二人の気持ちを今まで以上に近づけたのは確かだ、しかし、そう思ったのは晃一のみだったかも知れない。
それ以上の大切な話をするには足りなすぎる時間であった。帰りの電車の切符を既に買っていたので、話を切り上げ白馬車を後にした。

 晃一は彼女を新大阪まで見送り、寮に戻ってきたのは夜12時近くであった。
――――彼女の年齢を考えると、結婚を前提とした交際を意識しないといけない。
だけど、自分は彼女を幸せに出きるであろうか、
自分の様な根無し草で彼女を幸せに出きるであろうか、
精神的にも、経済的にもまだ機が熟していないように感じる。
しかし、なかなか結論を出せないままに寮にたどり着いたのである。
 部屋の入り口に飾ってある絵に描かれた彼女の表情は、何故か無表情であった。

 その無表情さはしばらく変わらなかった。むしろ、無表情さが深まって行くように感じ始めてきた。

   不自然さが自分の前に現れた時、
 人は好奇心や不思議さでそれを見つめようとする。
   しかし、自分の場合はそれに愛を感じてしまったのだ。

と、晃一は総括した。

―――――今はもう遅い あの人を乗せた
夜汽車は暗い闇に消えてしまった。
明日、あなたが着く終着駅に
何が、何が待ち受ける
波の音、潮の香り
どーどどどー、

 絵の中の彼女は益々無表情になってきているが、かわりに晃一は、自分の歩んできた道を振りかえることが多くなってきた。


東京を離れて丁度三年発った。あの年は珍しく東京に大雪が降り、何かを東京に置き忘れた感じがした。そして、その後、正月休みや夏季休暇で東京に帰ってきて、新幹線から山手線、山手線から西武池袋線と実家に近づくに従って、電車の乗客がくつろいでいるように見え、表情も何故か和やかさを感じるのだった。
年月がたつにつれその印象が強まるのだった。

逆に、彼女と別れて日が経つにつれて彼女の印象が遠のいて行く様な感じがするが、今ごろどうしているか、という思いは何時になっても消え失せることはなかった。

人気の無い能登内浦の海辺に浮かび
伊丹に流れてきて、そして大船へ
つきせぬ放浪の旅を根城にして
ついに私の心から去ったあの女(ひと)は
     一体何者だったのだろう

人慣れぬ明日の迷いに追われ
夜行列車とともに暗い世闇に消えたひと
つきせぬ闇の未知に咲く黒い百合
明日つく駅に女は何を語ろうというのだろう

人呼ぶ能登のたこ蛸島に育ち
長い黒髪に埋もれた瞳は何を見てきたのか
つきまとった世界を絶えず見てきた
笑い、悲しみ、おこり、あきらめ、あせり、苦しみ
そして何回となくしずくを落としたあの瞳
それを思いだそうとしても私は思い出せなくなった

そしてその思い出をアルバムに残そうとして
   能登に旅立とうとした私の眼と心
  女にふりかかった世界を絶えずみて
 笑い、悲しみ、おこり、あきらめ、あせり、苦しみ

そして何回と無く、未来に燃えた荒野を歩くことを志した
その荒野に黒百合の駅が無いことを知りつつも
半年をかけた。
その挙げ句彼女は去ったのだ
晃一は初心に帰ることを自らに誓った。

    <<< つづく >>>







2007/12/28 1:04:59|物語
西方流雲(21)
      西方流雲(21)

    <<< 23.別離 >>>
       **** 23.1 呉春 ****


 今週もそろそろ終わりかと思うと、曇っていた冬の寒空に青空が広がってくるようであった。こつこつと冷えた舗装道路をつつく音が八時三十分に向かって最高潮になってゆく。
 最近、伊丹市の労働基準監督署からやってきた与那嶺総務部長が晃一らが歩いている少し先で車から降りて歩いている。何故かこんな光景が三日程連続で続いている。
「会社の門前まで行けばいいのに」
と、晃一らは思っていたが、
「車で送迎されていることが、派手に見えてしまうし、踏み切りを渡る前で降りれば、車は踏み切りを左折しないで良いし、直進すれば二回程右折を繰り返せば無理なく来た方向へ帰れるからだろう。」
と、特にその光景を気に留めることもしなかった。
 4時50分にはまた、こつこつと言う靴の音が今度は朝とは逆方向へ戻ってゆく。

「 平凡と言えば平凡、
何の進歩もなく、
    何の不満もなく、
   喜びも、夢も、期待も無い繰り返し、繰り返し
この繰り返しにあき、次の場を求めたい。」

と言う声を最近は何回聞いただろう。
その欲求を夢が実現してくれる。

 晃一は天井の木目に沿って、丁度一週間程前にみたそんな夢を思い出して 記述し始めた。
 普通、夢というのは目覚めた瞬間忘れてしまうと言われているが、晃一は高校三年の受験時代に総天然色ステレオ音声入りの夢をみたことがある。
 それ以来、総天然色であったり、妙に気になる夢をみた時は日記に書き残していて、そんなことをしているうちに、夢の内容をコントロール出来る様になってきている。

―――――、自分は何かに向かって、全速力で走っている。
何かに向かって走っているのは分かるが、
それが何かと言うことが思い出せないのである
山の尾根の所を懸命に走っている。
だから、もし速度を緩めると、どちらかの斜面を
転げ落ちて行くような感じがする。
だから、もしよそ見でもしようものなら、
どちらかの斜面を
転げ落ちて行くような感じがする。
時々、断崖絶壁に遭遇し、足をすくめる
 谷の向こうには三原色の八重の花が咲き誇り
           桃源郷の風を醸し出している
 断崖絶壁から落ちないようにすればするほど
背後から斥力を感じ、
  終には足を踏み外し、落下してゆくのだ
 落下の途中両腕を広げてみた。
すると、鳥の様に双曲線を描いて
地上すれすれに飛翔し始めた
 最初の丘に至るまでは、緑緑とした
生い茂った潅木林すれすれに飛翔し、
 次の丘に至るまでは、紫の小花を咲かした
ハーブ畑であり、
 様々な色の花を渾然と咲かせたランタナ畑である。
 まるで、絨毯の上を旋回する紙飛行機の様だ
 花達の穂先は寄せてはひいて行く波の様に、
同期して揺れ動いている
その原因となっている風の精が
飛翔している晃一の体にまとわりつく。
重力を全く感じない
疲労を全く感じない
しかも、桃源郷にみるみる近づいてゆく
その状態が私にとっての理想の状態
と思うと飛翔の速度が緩くなり、
後方からこの状態を破壊する何者かが
追撃してくるのではないかと思うと
  飛翔の速度が増してゆく。
桃源郷の少し手前でスレート葺の白い建物が見えた。
私はそのスレート屋根に着地し、這いつくばった。
すぐにでも重みで割れてしまいそうな
屋根であったが、
そこで誰かの為に何かを探さねばならない
と言う意識になった
スレートが割れて落下する危険性を感じながらも
危機感は全く無い
それで良いのだ。
それが若さなのだ、
と、得心した時には桃源郷の光景は消えていた

 晃一はそこまでを天井の板の木目に切り刻んだところで、我に帰り、溜まった疲労も霧散しているのに気づいた。それと同時に無性に菟新明初子に会いたくなってきた。

既に三月第二週目二日目である。この年昭和47年は札幌オリンピックの年で、70メートル級ジャンプで1〜3位を独占したニュースが記憶に新しい。
また一月は、元日本兵、横井庄一、グアム島で保護されるというニュースがあり、戦後がまだ終わっていないことを世の人に強烈に印象づけたのだった。一方世の中を震撼させた事件として「浅間山荘事件」が起った。

そして、晃一にとっての重要なニュースとして、日米繊維協定が調印され、対米輸出3年間の自主規制が決まったのが先月三日のことだった。
そして晃一らの合理化交渉はこじれにこじれて、ついにハンストという前近代的な行動で会社に立ち向かうことになった。これは旧繊維労組が主導して立てられた戦術であったが、もともと闘争を好まない方の晃一は、この時に強烈な違和感を感じた。
そう感じたのは晃一だけではなく、旧電工労組の組合員の殆どがそうであった。
その多くの組合員の気持ちを、より好ましい方向へ誘導出来る立場にいるのは他ならぬ晃一自身であったが、アクションガイドを持たない晃一はどうして良いのか迷うばかりであった。
そして迷っている自分を見つめることが苦しくて仕方がなかった。
しかし、それでも三月末にはこの問題も解決し、晃一も気分的に大分楽になった。

ところがこの間、晃一にとって、とんでも無い事が起っていたのだ。菟新明初子が会社を辞めていたのだ。なぜ一言も連絡無しにやめてしまったのか、先月二六日に彼女を梅田に誘ったのが最後になってしまったのだ。
一体、何があったのか、その時は全くその様な雰囲気のかけらも見えなかったのに、何が気に食わなかったのか、何が彼女をそうさせたのか?
晃一のあらゆる知恵を使っても理解出来なかった。三千院での一件が、自分と付き合うことの危惧を抱かせてしまったのだろうか?

時間の経過とともに、何かとてつもない大切なものを失ってしまった様な気持ちになってきた。
晃一の部屋の壁に掛かった金閣寺を背景にし、彼女が描かれた油絵を見ると、今までモナリザの微笑みの様に見えていた笑顔が、何故か悲しげに見えて仕方が無いのだ。
この絵は晃一自身が写真をもとに時間をかけて描いたもので、金閣寺を苑池越しにみた光景を背景にし、その視野の左下隅に彼女がモナリザの如き微笑みをたたえてこちらを見つめているという絵で、晃一にとっては、うまく描けたと思っていたものだった。
時々絵の中の彼女をみてきたが、今までは、微笑みをたたえている様に見えるばかりであったが、この日以降、彼女の表情は何故か沈みきっているようにしか見えないのだ。
幸い、彼女の仲の良い友人には、連絡先を教えていたらしく、その友人が晃一にその連絡先を教えてくれたのだった。東京にいる彼女の妹の所にいるとのことだった。
そこで、月末には東京へ行って彼女にあってみることにしていた。

その翌日、労組の慰労会が開かれた。他の執行委員は希望退職の問題が解決した後だったので、皆ほっとした様子で笑顔に満ちていた。しかし、一人晃一だけ浮かぬ顔をしていた。彼女を失った理由が、自分が組合活動に没頭していた為の様に思えてならない感じがしてならないのだ。
宴もそろそろおひらきに近くなった時、旧紡績労組の委員長をやっていた桑野さんが、晃一の耳にそっと、つぶやいた。
「薄さん、そろそろ身を固めても良いのじゃないかな?」
唐突に言われたので、晃一は何を言われたか分からなかった。
「25才だったら早くはないですよ。」
と、今度は旧電工労組の堤総務部長がにやにやしながら肯いた。
何故か、この時、多くの参加者が急に隣同志のおしゃべりをやめて、聞き耳を立てた様な気がしてならなかった。その為か、晃一が、
「まだ速いですよ。」
と言った言葉が室内でやけに大きく聞こえたのだった。
晃一は早くから母親から、
「27才位には結婚して欲しい。」
ということと、小さな時から、
「あんたは総領の甚六なんだから。」
と聞かされていた。「総領の甚六」の意味がよく分からないだけでなく、総領の甚六なんだから、の次に続く言葉を確認したことも無かった。
また、ある時、渡辺技術部長と雑談で、ふざけて、「男の適齢期ってのは何歳くらいだと思います?」と聞いた時、渡辺技術部長は、
「まだまだ早いよ。結婚は早すぎることはあっても遅すぎるということは無いものだよ。」
と言っていたのを思い出した。
その日、晃一は飲みすぎたのか寮にたどり着くまでの経過を殆ど覚えていなかった。

若く回復の早い晃一は、翌朝は全くさっぱりしていて、昨日のことが嘘の様にいつもの時刻、いつもの道を歩いて会社に向かっているのだった。
しかし、嘘の様になってしまったのは、昨日のことだけでなく、つい最近までの組合活動に対する意欲もそうであったし、
「そう言えば今朝は彼女の絵を見てこなかったな。」
と、菟新明初子に対する気持ちも、なんだか希薄になってしまっているように思えた。
既に寒気が遠のき始め、道端にはいつからどのようにこの地に根づいたか知らないが、可憐な薄紫いろをした肥後すみれが咲いていた。
そのすみれの花びらを撫でる様に初春のそよ風が通り過ぎる。そのそよ風が染料と薬品がミックスした様な奇妙で、かすかな香りを含みながら晃一の鼻下を通過した時、晃一は三年前の丁度今ごろ、伊丹の地を初めて踏んだ時のことを思い出した。
三日、三ヶ月、三年、 耐えるべき最長の節目である三年を今過ぎたと言う感慨があった。
後ろを振り返ってみると、国鉄伊丹駅が その感慨をだめ押すように遠ざかってゆく。前方から福地山線を大阪に向かう列車が汽笛を鳴らしながら、駅のホームに滑り込んで居る所の様だった。
晃一は少し歩を早めた。すると、後ろから駆け足で晃一に追いつこうとしている靴音が聞こえた。
「おはよう御座います。薄さん、昨日はどうやった?」
と、別所の声だった。
「どうして知ってんの?昨日は会社が終わる直前に急遽慰労会を開こうと言う事が決まり、集合出来る人だけでもやろうと言う事で、余り目立たない様にやろうと言う事でやったんだけどね、なんで別所が知ってんの?」
と重ねて別所に問いただしてみた。別所は一瞬答えに窮したようだったが、
「そやかて、昨日薄さんが寮に遅くに戻ってきた時に、廊下で会ったやないですか。」
晃一は、
「そうだっけ。」と、肯定した素振りを見せたものの、
「会ったかも知れないけど、何処に行っていたかは言わなかったけどな。」
と一人ごちた。
会社の表門が近づいた。その時、別所は、
「今日、会社から帰った後、薄さんに相談にのってもらいたい事があるんやけど、かまいませんやろか?」
と言った。晃一は別所がそろそろ彼女との話がまとまりゴールインする時が真近いと感じていて、多分そのことだろうと思い、
「OK、じゃ六時半頃寮の門前で待っているよ」
「すんません。」
と言って、それぞれの職場に向かった。

会社からの帰りまた一人で寮に向かって帰途についていた。
もう三年間もこの道を繰り返し往復したんだな。となつかしむうちにいつしかまた菟新明初子に想いを馳せるのであった。
 西方の空に向かって、一片の白い雲が流れてゆく。白い雲は地平線で落陽と重なり真っ赤に染まって、やがて、太陽とともに地平線のかなたに消えた。

青い空に白い雲で出来た船が
風に吹かれて行く西に向かって
あの船に乗った人は誰か
僕の心の人だろうか

晃一が学生時代に作った詩が思わず口に出た。そして切ない気持ちが込み上げて来た。
めめしい、と自分をしかりつけて見たけど、気分は変らなかった。むしろ、一体彼女の何処にひかれたのか、と反芻する気持ちが芽生え、そのことを分析し始めたのだった。
しかし、晃一の歩みのテンポは分析しようとする気持ちと前後はするものの、歩を一致させることは無く、纏まった気持ちを持てないままに、寮にたどりついてしまった。
まだ45分位あるけど、別所が帰っていたら、少し早めに出掛けようと思い、彼の部屋のドアをノックしてみたが応答はなかった。
「まだ帰ってきていないのだろう」
と、思い、少し畳の上で横になり天井を眺めていた。そしてちらっと、彼女が描かれている絵の方を眺めてみたが、相変わらず悲しげな顔をしているのだった。

しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
「薄さん。準備OKですか?」
「OK。行こうか。」
「食事まだしてへんでしょ。久しぶりにあそこのお好み焼き屋さんどうでっしゃろ?」
「いいね。所で彼女は来ないの?」
「えっ?今日は薄さんのことがメインですよ。僕らのことはおまけみたいなもんですが、あることは有ります、薄さんにお願いしたいことが。」
「まあいいや、詳しくは店で一杯やりながら聞こう。」
晃一らは坂道を上り、産業道路を越えアーケードに突き当たり左折し、阪急伊丹駅の方へ向かった。その途中を右折した所に路地があり、その路地の右手にそのお好み焼き屋さんがある。
何故かこの店に来る時は大事な話を一緒に行った相手から聞かされるのだった。
考えてみたら、戸津が晃一に会社を辞めるという決意を聞かされたのもこの店で、丁度一年前のことだった。店に足を踏み込んだ時の感じも何故か似た感じがした。
時間が早い為か、店には他に客が一人いるだけだった。その50をとっくに過ぎているだろうか、店のおかみさんと同じ位の年と思われるその客は春の訪れを楽しんでいるかの様に、楽しげにおかみさんと話している。
晃一らの姿を認めたおかみさんは、軽くその客に頭を下げて、晃一らの方を一瞥して、近づいてきた。
「おいでやす。久しぶりやね。元気やった?薄はん、大変だったんやってね。
別所はん、うまく行ってはるらしいでんな、おめでたいことや。何時頃ゴールインやて?」
先に別所が答えた。
「彼女、おいしかったって言ってましたよ。またつれてきます。また安くしといてや。」
そして、晃一が、
「会社の希望退職募集の話、幸っちゃんから聞きました?僕は何も出来ませんでした。」
と言うと、話題を変えて、
「そう言えば、薄はん、呉春入りましたえ、飲んでみます?」
「覚えていてくれましたか?でも最初はビールにして下さい。中瓶2本と、ぶたたま、
…・で別所いい? じゃ豚玉2枚。 ……、そうかやっぱり、ゴールイン間近か、おめでとう。」
「バレましたね。ところで何故呉春なんですか?」
「いや、自分でも分からないんだよ。まだ一度も飲んだことないし、見た事も無いのにね。多分名前の響きが気に入っているんじゃないかな。どういう謂れでその様な名がついているのかも知れないんだけど、呉と言うのは中国の呉かな、その土地の春、なんとなく光景としていいよな。尾崎だったら、写真の題材にでもしたい所だろうね。」
晃一がそこまで言ったところで、先に店にいた例の客が、
「呉春という名の由来は、江戸時代の本書きをしていた人の名前やで。あんさんか、呉春を欲しがっていたのは、飲んだことも無いのに欲しがるなんて、けったいな客やな。」と、おかみさんと晃一の方を交互に見つめながら話を続けようとした。
すると今度はおかみさんが、晃一とその客の方を交互に向きながら、
「薄はん、その人や、呉春仕入れてくれはったのは。」
と言い、その客が話を続けるのを促した。それを合図に、その客は、
「 呉春と言うのは、もとは江戸時代の画家の名前や。もとは尾張出身の遊暦の画家でな、たまたま隣の池田を通りかかった時に、池田の古代の地名のくれはの里という名前と、その謂れに感じて改名したんや、元はたしか松村月渓というたはずや。」
晃一も別所も分かった様な、分からない様な話だったが、晃一は更に詳しく知りたいと思い、しつこいと思ったが質問を続けた。
「くれはの里というのはどの様に書くのですか?」
「呉服の里と書くんや。呉服の呉と、里の春と言うように里から春を連想しやすいやろが。だから呉と春をつこうて呉春としたんやて。」
「それでは呉春が感じいった、くれはの里の謂れというのはどのようなものだったんでっしゃろか?」
と今度は酒に目のない別所が質問を続けた。
「そこや、」
と言って
「どうや提案やけど、折角目の前に呉春があるさかい、それを飲みながら話を続けよやないか、冷やでいいやろ、一升瓶と茶碗四つ持ってきてくれへんかいな、奥さん。」
「三人なのに何故茶碗四つなんでっしゃろ。」
と言いながらカウンターの向こうに消え、片手に呉春らしき一升瓶、片手に茶碗4つと、ピーナッツを持った小皿を乗せたお盆をかかえ、何時の間にか一つのテーブルを囲んだ3人の所へ戻ってきた。そして、
「どうして茶碗四つなんえ?」
と不思議そうに、かつ、晃一と別所のその質問の同意を得たいかのように、にこやかに晃一と別所の方を振り向いた。
――この人も若い時は奇麗だったんだろうな。なるほど幸っちゃんのお母さん。
と感じさせるような顔形であった。
先客氏は、
「あんたも聞いといた方がええんやけどな。あんたの娘に関係ある事なんやで。」
と晃一も、別所も、そのお母さんも、どきっとするようなことを言った。
何時の間にか店に来ていた当の幸っちゃんが、
「お母さん、うちのこと聞いといてくれはる?、こっちはうちがやりますさかい。」
その一言で、一つのテーブルの四辺に四人が座る事になった。
それを見届けると、この場のマスターになりきった先客氏はテーブルの中央に置かれた呉春を引き寄せ栓を明け、晃一、お母さん、別所の順で茶碗に酒を注ぎながら話を続けた。
「くれはの里の謂れやったな。くれはというのは更に古くは呉庭と書いてくれはと呼んでいたらしんや。何故呉庭かというと、昔、紀元七世紀か八世紀の頃中国の呉、現代の江蘇省、から四人のおりひめ織女がやってきて池田のあたりで織物を織ったところ、と言う意味らしいんや。」と茶碗に二杯目の呉春を注ぎながら目を輝かせながら先を続けようとした。
先程まで離れて座っていた時は、近所に住んでいるお酒の好きな老人かと思っていたが、話を聞いているうちに、その老人の顔にわずかに鷲鼻になった高い鼻と、たるみが無いが、縦にわずかな皺の入った茶褐色の頬、目は穏やかであるが、深い思慮のありそうな輝きの強い大きな目、全体としては小柄で、たったら身長は160cmはないであろう。
話す声は、多少しわがれ声だが、分かり易い言葉を一つ一つ選んで話しているようで、伊丹に来てから初めて出会った、心の内を打ち明けても良いと思うような人だった。
「一体この人は誰なのだろう、これほど詳しく知っているのは、かって京都の光悦寺で不本意ながら世話になってしまった初老の医師、たしか里村恒爾と言った、が動中静ならこの老人は静中動といった感じで対照的だな」
と、独りごちたあと、
「私は薄 晃一、こちらは会社の同僚で別所敏朗君です。」と自己紹介した。
するとその老人は
「分かっている、分かっている。」
と言うかの様に二、三回肯いて口を開いた。その老人も自己紹介することを期待したが、
「君たち若いから、その四人の織女のこと聞きたくないか、どの様にして海に接していない池田まだやってきたか、」
今度は空になった晃一の茶碗に呉春を注ぎながら話を続けた。
「その四人の織女の名前は兄媛(あにひめ)、弟媛(おとうとひめ)、呉織(くれおり)、穴織(あなおり)と言ってな、実際は呉織、穴織が本当の織女で、あとの2人は久礼波(くれは)、久礼志(くれし)と言う兄弟で二人の織女を日本に案内する案内役兼見張りだったらしいんや。
その二人の織女、呉織、穴織はやがて自分達の国に帰りたくなって、兄媛、弟媛の目を盗んで呉庭の地を離れたんや。道中危険に出会ったら自分達の織った絹織物と交換に命だけは助けてもらえる様にと、絹織物を沢山持って歩いていったらしいんや。彼らは、彼らのいた呉庭のもっと北に、大陸出身の先達が生活していることを兄媛、弟媛から聞いていた。
彼らが倭の国に連れてこられる遥か前に、崑崙山脈で瞑目断食修行をし、揚子江に沿って東行し、やがて三国時代に大陸の東端の地である呉に至り、更に道教の教義を広めようと導師として日本に渡ってきた老子門下の流れをくむ陳東楳(ちんとうぼう)という仙人だった。
ただ彼は、陸路朝鮮半島高句麗まで北上し、そこから能登半島に渡り、日本列島本州を南西に進路をとり、今の京都北部花背という地にたどり着いたんや。
その話が渡来人の間に広まると、花背に辿りつきさえすれば、陳東楳の辿った道を逆行して大陸に戻れるという話に置き換わり、年に二人か三人は必ず陳東楳の住処を訪れる渡来人がいる、ということになっていた。--------。」
と老人が話の間を置いた時、おかみさんが、しびれを切らした様に、
「うちの娘はなかなか登場しまへんな。うちの娘にどう関係しやすんやろ、なア 薄はん? あとどのくらい話が続きますんろ。」
「なんでこんなに話したがるんやろ。わしにも分からへん。誰かがわしの口を借りて話をさせているような感じや。今夜はここまでにしよう。折角持ってきた呉春が残り三分の一になってしもた。今度また持ってくるよってに堪忍な。」
晃一が皆の茶碗を覗くと確かにみな空で一升瓶も残り三分の一も残っていない程だった。
すると老人はやおら立ち上がり、
「そろそろ帰るとしよう。諸君、ではまた。 おかみさんいくらや?これだけあれば足りるやろ。」
と言って、5000円札を差し出し帰ろうとした。
「おつり持って来ますさかい、ちょっと待っててくれなはれ。」
と言い奥に消えた。そして戻ってくる直前に、その老人は晃一に向かって、
「君も花背に行った事があるやろ。」
と気になることを言った。

帰り道晃一は別所に聞いた。
「俺に話があると言ったのはあの老人の話を聞かせるということだったの?」
「そんなことあらしません。全くの偶然です。おかげで、しようと思った話が全然出来ませんでした。すんません。それほど急ぎの話でないので、また近いうちにお願いします。でも今簡単に一一言でいうと、薄さんがある人の娘さんと結婚する気持ちが無いか聞いてくれと言われたんです。薄さんが知っている人と言ってました。」
「なんだ急にそんな話、折角さっきの老人の御伽噺みたいな話でいい気持ちになっていたのに。」
と言って晃一は顔を曇らせた。
「だから、さっきの老人早く話を終わらせてくれへんやろかとじりじりしてたんです。でも薄さん一生懸命話を聞きはるもんだから。…、あの老人は誰なんですか?薄さんのこと良く知っていたようでしたが。」
「初めてだよ、あの老人にあったのは。でも初めて会ったと言う感じはしなかった。」
「でも幸っちゃんにも関係あるなんて、どういう気ですかねあの老人。」
「俺には思い当たることがあるよ。」

そんな話をしている内に二人の足音は彼らの寮に消えた。
晃一は自分の部屋に戻り畳の上にごろっと横たわった。酔いが回って顔がほてっているけど頭は冴えていた。天井の木目を追いながら、その冴えた頭で考えてみると、晃一のことを詳しく知っている、としか思えなかった。
花背に本当に行ったことがあるということ。
呉春という響きを晃一が魅力を感じていること。
さっちゃんに対し晃一が抱いている印象を見透かしていること。
「待てよ。」
と晃一は、晃一はそこでとどまり別所の言葉を思い出した。
「ある人の娘さんのある人とはあのおかみさんで、娘さんとはあのさっちゃん?」
「まさか、それは違う。あの老人はそんなこと全く心になかった。」
と独り言言いながら寝返りを打ったら、晃一が画いた菟新明初子の姿が目に入った。
悲しげに見える画中の彼女をみているうちに、
「もしかして、」
と言いながらまた天井の木目を追いながら、
「彼女は辞めさせられたのじゃないか。」
と、無言の言葉を続けた。そう考えはじめると、
「そう言えば、この間の組合の慰労会であっちの桑原委員長や堤が話し掛けてきた言葉はそうだったのか。そろそろ身を固めたらどうか、といったのは、その相手は菟新明初子ではなくて、別所が言った、ある人の娘さんなのかも知れない。」
「そうか、画中の彼女が悲しげなのはその為なんだ。」
急に酔いが覚めてきたが、同時に眠気が襲ってきて晃一は深い眠りに入ったのだった。

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