連日,アメリカンフットボール試合における日本大学の意図的反則行為に関するニュースが流れている。ボールを持っていない選手に対する反則タックルにより,関西学院大学の選手が負傷したのだが,日本大学監督の指示による行為との見方が濃厚の状況にある。
問題が大きくなったのは,日本大学の対応不具合が大きな原因であり,刑事事件にまで発展する様相だ。
反則タックルまでして勝とうとするのは,特に私立大学においては,自学のセールスポイントをアピールすることが大学のステータスを上げることとなり,結果的に学生募集に寄与するからだろう。
今回の件で思うのは,大学という教育の場におけるスポーツのあり方についてだ。多くの人にとっても同様の疑問だろう。
私は,所属する学科の勉強だけに専念すべきとは思わない。スポーツに限らず,それ以外の部分も重要であると認識している。しかしながら今回の事件のような,勝利至主義には疑問がある。
言うまでもなく,スポーツを通じて得られると期待されるのは,いわゆるスポーツマンシップだ。勝利するために自らを分析し,疑問を感じ,工夫を重ねることにより,それは培われる。
学生は,ややもすれば勝利至上主義に陥り易い。それを本道に誘導するのが監督の役割の一つだ。しかしながら昨日の日本大学学生の記者会見を見ていると,学生が監督に進むべき道を教授しているかのようにみえる。
反則タックルをした学生の罪が消える訳ではないが,しかし彼が踏み外した道に気付き,本道に戻ろうとする努力は,将来プラスとなるに違いない。
それはむしろ大学がやるべきことなのだが,そうなってはいない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ PS ところで少年が行う野球やサッカー。その場には,彼らを指導(?)する大人達がいる。大声で叱責する姿は,対抗試合において一段と激しい。
そもそも少年少女達は,遊びとしてスポーツをやっているのに,そこに自己満足の本気度全開で指導しているつもりの大人がいる。発する言葉を聞いていると,何様かと思うことがある。このブログのテーマである単車世界においても同様だ。
『気合を入れろ!』,『脇を締めろ!』等の声が飛び交うのだが,それはもう遊びではない。
大学においても,この関係に大差がないように伺える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大学が目指すもの。私が思うのは,真理の探究。基本的なことではあるが,実際にそうはいかない事情があることも理解できる。大切なのは,そうはいかない事情があるにせよ,あるべき姿を念頭に置きつつ物事を推し進めるスタンスだ。
2018.5.23(水) |