まず動く

「動く」と,ものごとが見えてきます。仕事や旅などで動きまわり、そこで経験したことや見聞したことについて述べたいと思っています。ここで、「動く」という意味は身体だけでなく、頭も口もです。  いつまでも元気でありたいと願い、「動き」を実践しています。
 
16 ニューヨーク 4 セントラル パーク自転車ツアー
 セントラル パークは、広くて素晴らしい景観がたくさんある。自転車でツアーをしたのでで、いろいろ美しい景観を楽しめた。【2015/09/11】

2015年9月14日  New York Innにて投稿







15 ニューヨーク 3 セントラル パークで自転車ツアー
  セントラル パーク内を徒歩で一周するのは容易ではない。自転車ツアーがあることを知ってネットで申し込んだ。ホテルからセントラル パークまで、20分くらいで行ける。朝10時半集合なので1時間余裕みて9時半にホテルをでた。広い公園、集合場所を見落として通り過ぎたようだ。知らずに園内を探し回っているうち集合時間が過ぎた。着いたところ、10人ほどのツアー参加者はガイドの誘導で動き出したところ。慌てて参加に加えてもらえないかと頼むと心良く受け入れてくれたので公園内内をガイド付きで自転車で回ることができた。ガイドの英語説明が残念ながら、良く理解出来ないことが多い。分かったことは、ニューヨークは硬い岩盤の上にあり、その岩盤の一部がこの園内に露出しているので見ることができる。園内にはジョンレノン「Imagin」の大きな円形名盤が地面に置かれてある。公園の南の端にかつては多くのホームレスが生活していたそうで、今ではそこを整備し池を作り美しい景観にしたそうだ。その他、いくつもの銅像が建っていて、その説明をするがついていけない。残念!
  長い坂道をMakiko乗り切れず歩くこと多し。その度にガイドさん心配して出迎えに来てくれる。体力に限界がきたようだ。その一方、Koichiは普通に乗りこなしている。【2015/09/11】
 
2015年9月13日  New York Inn にて投稿







14 ニューヨーク 2
 セントラル パーク入り口の周辺には、ホットドッグ、ハンバガーなどの食べ物、アイスクリーム屋、土産物屋の屋台、公園内の貸し自転車勧誘のおじさん、観光馬車の待機中の列で賑わっている。【2015/09/11】

2015年9月13日  ナイヤガラのホテルにて投稿







13 ニューヨーク入り
   今日はフィラデルフィアからニューヨークへの移動日。Amtrakの乗車運賃は1人46ドル。赤帽(Red Cap)の利用方法を知ったので、フィラデルフィアのユニオン駅で初めて使った。5ドルで重いトランク2個も車内まで運んでくれ、しかも行列している客より早く、別ルートで列車内に誘導してくれるので大変ありがたい。
12時54分発のニューヨーク行きが50分遅れで発車。待つことに慣れないと、イライラする。午後3時にニューヨーク入り。ニューヨークのペンステーションは渋谷、新宿、池袋並みかそれ以上の混雑だ。ホテルは、ペンステーションとセントラル パークとの中間にある。荷物があるのでタクシーを利用。タクシー乗り場は長蛇の列だが、何台もくるので思ったより早く乗れた。チップ込みで13ドル。
 
   ホテルNew York Innは名前のとおりで、エレベーターなし宿屋風で4階の401号室。屋根裏のようで部屋は狭く、机、椅子、バスタブ、ロッカー無し。不満だ。部屋の変更を申し出るが、満室なので今日は出来ないという。明日は11時には空きができるので、そしたら移動出来るという。今日は我慢せよとのこと。
 
  明日を期待して、夕方、直ぐ近くのタイムス スケアへ行く。ここはブロードウェイ、ミュージカル劇場がたくさんある。マンマミヤの看板が目に入り、一番安い席の当日売り1人70ドルを求める。8時開幕だ。このミュージカルは、映画で、その後、イギリスへ行った時ロンドンで観た。さらに日本で公演された時も観た。今日観ると舞台のミュージカルは3回も観たことになる。陽気で楽しい舞台、それに音楽のノリがよく気に入っている。10時頃おわり、見終わった感想はただただ楽しかった。ホテルの部屋は狭くてサービスも悪いが、ミュージカルを観に行く環境はとても良い。なので、三夜連続で観ることにした。【2015/09/9】

2015年9月11日  New York Inn にて投稿
 







2015/09/10 21:26:03|その他
12 リーハイ大学
    1865年創立。1971年から共学。ペンシルヴェニア州ベスレヘム市(人口約71,000)に位置する中規模都市型の私立大学。フィラデルフィアまで約90キロ。全米で人気の高い優秀校の1つで、学生数は約5,000人。
 
   この大学で1963年から1965年にわたり2年間学んだ。この間、ケネディー大統領が暗殺され、また東京オリンピックが開催された。帰国してから1度だけ20年位前に訪れたことがある。今後いつ行かれるか分からないのでフィラデルフィアに滞在している今、Makikoと大学を訪れてみた。50年前はキャンパスの芝生が多くリスをよく見かけたが、今ではその姿は全く見られない。当時は男子校であったが上述したように1971年から共学になり女子学生の姿もたくさん見られ、地味だったキャンパスが華やいで見える。写真に見るように、キャンパスは美しい。留学生活は宿題が多く言葉の壁があり苦しかったが、今思うと、それが今を支えているようだ。
 
    ベツレヘムにはベツレヘム製鉄会社の本社があり、当時は活気を帯びていた。橋梁や高層ビルに使う鉄の構造物の研究が盛んで、リーハイ大学でも構造物の委託試験、研究を数多く行っていた。その研究の計測を半日行い、残る半日に講義を聴くということで、授業料と生活費を大学からいただき留学を果たした。つまり「Half Time Research Assistance Ship」という奨学生という身分で訪米した。この時、毎日のように実験に使用していた最大2000トンの力で圧縮、引っ張りテストが行える試験機が昔のまま、今でも使われている姿を見て感動。
 
  こうして、仕事は土木工学科、学問は電気工学科という二またをかけた生活を2年間行い、修士号を取得して1965年に帰国した。その年に結婚したので、丁度今年で結婚50年目、金婚式を迎えた。
 
  以上のようなリーハイ大学をフィラデルフィアからグレイハンドバスで往復した。バスは、1日3往復しかないので、片道90キロのところを1日がかりで行ってきた。思い出がよみがえり、もう二度と訪れることはないと思うので訪れるて本当によかった。【2015/09/08】
 
2015年9月10日  New York Inl  にて投稿