槐(えんじゅ)の気持ち

仏教伝来の頃に渡来。 中国では昔から尊貴の木としてあがめられており、学問のシンボルとされた。また止血・鎮痛や血圧降下剤ルチンの製造原料ともなる このサイトのキーワードは仏教、中国、私物語、健康つくり、先端科学技術、超音波、旅行など
 
2008/03/01 1:33:10|物語
西方流雲(57)
                   西方流雲(57)

               <<< 54. 脱神戸、知日の旅 >>>

                      ( 六 )

 十月に入って最初の月曜日、いよいよ知日の旅のスタートである。東伝と紅蓮は、阪急電車の西宮北口駅で待ち合わせることにしていた。
 紅蓮は、前日、しとしとと秋雨が降る中、中村恵美子と彼女の母、そして何秀麗が眠るメモリアルパークを訪れ、これまでのお礼と暫しの別れを告げた。
 目をかなたにむけると、雨のベールで霞んだ神戸港が見えた。ついでに二年間住み親しんだ神戸の町ともお別れである。
神戸の町で関わった人達の顔を思い浮かべ、交わした言葉を追想したが、自分にとって重きをなす言葉を投げかけてくれたのは、このメモリアルパークに眠る三人であった。

 紫陽花の花は殆どがしおれかけていて、自分が神戸を離れることを寂しがっているように思えた。その中からまだ色彩が豊かで、輪郭がはっきりした紫陽花の花を三輪、切花にして手に携えてメモリアルパークを引き上げた。
 1時間ほどして、店に戻った。店は既にたたまれ、店の看板ははずされて、店の中にしまいこまれていた。
 紅蓮は早速、採って来た紫陽花を花瓶に生けた。最後の紫陽花の姿がそこにあった。

 その日の夜、何息子夫妻、高校生アルバイト、コック見習い、紅蓮の五人のささやかな解散会が開かれた。店用に蓄えてあった食材の残り全てを使って、何息子とコック見習いが腕をふるった。
 高校生アルバイトは色紙とマジックペンを手にしていたが、店内のテーブルを二つ隣合わせに配置し、各辺に二つづつ椅子を配置した。何息子の妻が故何秀麗と故中村恵美子のサービスサイズの写真を持ってきて、紅蓮の座る席の隣に故中村恵美子の写真を、そして何息子の隣に故何秀麗の写真を置いた。
 それを見た紅蓮は、自身の財布から写真二枚を取り出し、見比べた上で、何秀麗の写真の隣に中村恵美子の母の写真を置いた。こうして隣合わせのテーブルの辺の八つの座席は過不足なく全て埋った。
 上から見ると、紅蓮の隣に、中村恵美子の写真、その隣に中村恵美子の母の写真、その隣に、何秀麗の写真、その隣に何息子、その妻、コックみならい、アルバイト高校生であった。
 最初に何息子が挨拶し、その後は各自思いで話を紹介しあい、最後に何息子が、
「これは、こうなることを見越していた母の遺言で、皆さんへの餞別ということで母が残していったもので、皆さんにお渡しします。金一封ですがどうかお受け取り下さい。まさか中村さんまで亡くなるとは思わなかったのでしょう、ここに四袋ありますが一袋余ってしまいます。これをどうするか相談したいのです。」
 すると、コックみならいが、
「中村さんと一番仲の良かった紅蓮さんに使ってもらったらどうでしょうか。」
と最初の提案をした。
 その隣に座っていたアルバイト高校生の馬場君も、そうだ、そうだと言わんばかりに頷いた。しかし紅蓮は、
「恵美ちゃんに残されたものを私が受け取るわけにはいきません。また私の分も、もっと有意義に使える人に使ってもらった方が良いのではないかと思っています。」
と言い、何息子の妻に同意を得たいという眼差しを送った。
 何息子の妻は、
「困ったわね!ここにいる三名の方には遺言なので受け取ってもらわなくてはならないの。中村さんの分をどうするかだわね。」
と言って、意見を求めた。
 それを聞いた紅蓮は、眼差しを今度は馬場君に向けて、「馬場君のところは、今お父さんが病気で入院中で大変なのでしょ?この間、馬場君が、多分相手はお父さんだったのではないかと思ったのだけど、私と恵美ちゃんがいたところに電話の声が聞えてきてしまったの。その時、馬場君が頑張っている様子が手にとるように分かり、自分達も何か協力できることは無いかと話題にしたことがあるの。今もそうか分からないけど、受け取る人としては適任だと思います。」
 それを聞いた何息子は、
「そう言えば、母からその様な話を聞いたことがある。母と馬場君のお父さんは高校時代の友達らしく、それが縁で、うちで働いてもらうことになった、ということを聞いたことがあります。紅蓮ちゃんが言うように適任というように思います。」
ということで、その一件は落着し、馬場君が準備した二枚の色紙にそれぞれの言葉を書き残した。
 そして、馬場君が、
「思い出沢山のこの店が解散になってしまうのは残念でなりません。今日は紅蓮さんが受け取ってもよいと思っていた中村さんへの餞別まで頂いてしまって、なんとお礼を言って良いか分かりません。皆さんに書いていただいたこの色紙を一生大切にして行きたいと思います。有難うございました。実は先日入院中の父に外泊の許可が下りまして、父の希望で、メモリアルパークに連れて行ったのですが、『紫陽花の花がこれほど美しいとは思わなかった。お前が、この紫陽花園に生えた雑草やゴミを掃除せんといかんな』と言いつけられました。僕も、絶やすことなく店の中に紅蓮さんによって生けられている紫陽花を見ているうちに好きになりました。これからも紫陽花の花を見るたびに皆さんのことを思い出したいと思います。」
 この馬場君の挨拶に、この場にいた全員が拍手喝采し、その後まもなくお開きとなった。

 紅蓮は昨夜の暖かい人達に囲まれた解散会を西宮北口に向かう電車の中でこのように思い出していた。

 紅蓮にとって、二年ぶりのおおきな別れであった。
 人との間には出会いがあれば必ず分かれもある。自分にもこれまで生きてきた歴史があるが、出会った人にもそれぞれ生きてきた歴史があることを忘れてはいけない。
 それにどのくらい関わることが出来るか分からないが、誠心誠意、真心をもって付き合ってゆこう。
 この二年の間に、三人の歴史の終端を見てしまったけど、それを忘れてはならない、と自分に言い聞かせた。

 雨はすっかり上がり、素晴らしい秋晴れである。
 東伝は先に着いていたようで、約束の梅田行きホームのベンチで本を読んで待っていた。
 いつもの東伝とは異なり、スーツに革靴という出で立ちで、姿勢も背をしゃんと伸ばしていたので、七十を越えているとはとても見えなかった。
 近づいてきた紅蓮にすぐ気がついて、
「旅立ちに格好の晴天だね。今日は最初に阪急電車の池田で下りて、すぐの様だ、呉服神社は。」
と笑顔で語りかけて来た。そして、
「荷物はそれだけかな?自分はこのスーツケース一つだけだが、動きまわるのには邪魔なので、駅のコインロッカーに預けて行こう。
今夜の宿は京都の北の方にある峰定寺というお寺の近くにある宿を予約してある。そして明日の宿は京都の南にある宇治というところで、宇治平等院、黄檗万福寺を訪れようと思っている。黄檗(おうばく)万福寺では丁度重陽(ちょうよう)の節句の時期で、ここには多くの中国人が訪れるらしい。久しぶりに同国の人達と中国語で過ごせるかも知れないよ。」
と、今日、明日のスケデュールを紹介した。
自分の服装が見劣りしていると思った紅蓮は、自分のジーパン姿をながめ回しながら、
「私は、母から受け取った服と、蘇州を離れる時、父から受け取った古物と簡単な身の周り品だけ。このスーツケースの内容物で全て。それより東伝さんは随分若々しくみえますね。」
「その理由は道々説明しよう。ほら電車が来たよ。十三で宝塚線に乗り換えだよ。」
 車内は十時を過ぎていて、通勤通学ラッシュ時を過ぎていたので、隣合わせで座ることが出来た。車内ではお互いに昨夜のことを紹介しあったが、紅蓮がしゃべりつづけているうちに十三に着き、そこで乗り換え、続きの紅蓮の話だけで池田に着いてしまった。

 東伝は池田駅に着いた途端に、駅の近くに喫茶店を見つけ、
「紅蓮ちゃん、旅のはじめに、これからの予定について詳しく話しておきたいのだけど良いかな。少し早いがお昼もここで摂ってしまおう。」
「すみません。自分ばかり話して。予定を有る程度、頭にいれておいた方が東伝さんの足手まといにならないと思うわ。多少おなかもすいたし。」

 東伝と紅蓮は、スーツケースを駅のロッカーに預け、駅のすぐ前の喫茶店「くれは」に入って行った。
 昼に近かったが、店内には他に客は見られず、紫煙も漂っていず、まだ清浄な雰囲気がする空間であった。
 窓から初秋の陽射しがテーブルの木目を明晰にし、窓の桟には赤黄白の小輪の菊の花が小瓶に生けられていた。二人はそんな窓よりの座席に対面する様に座った。東伝が先に、
「紅蓮ちゃんは理想的な別離をしたようだね。それに比べ、わしの場合は出立の準備で疲れてしまって、アルコールが少しはいっていたこともあり、居眠りをしてしまい、挨拶も充分にせずに出てきてしまったよ。」
と、東伝は昨夜のことを思い出しながら語りはじめた。
 東伝は酒は好きな方であった。そして、伊丹、池田あたりには、白雪や呉春という銘柄の日本酒があることを知り、一時は、伊丹の小さな料理屋をみつけては入り浸って、その店に出入りする客を観察するようなこともあった。
 特に、呉春は呉東伝の呉の字がついた酒であり、特に興味を持っていて、詳しくこの酒の謂れを調べたことがあった。
 そして、その店に出入りする客の中に、呉春に強い興味を持っている若い客がいることを知り、たまたまその店で同席した時に、調べた結果を講釈したことがあった。
 そして、その客は「うすき」と名乗り、後日、その店の女主人から薄と書いて「うすき」と読むことを聞いた。
 ところがしばらくして、読み方を忘れてしまい、薄という漢字の名前であることだけを覚えていた。紅蓮の苗字と同じなので覚えていたのである。
 しかし読み方は、いつのまにか、「ボー」となっていた。
 昨夜はウイスキーグラスに痲頽酒という度の強い酒をなみなみついで、一気に飲み干したのであったが、唇をグラスにつける前に水面ならぬ酒面を暫く眺めていたのであった。
 蛍光灯が映る酒面がゆらゆら揺れている場面が、一気に飲み干した後に脳裏にいつまでも残像し、時間と共に酒面に映った像が鮮明になってきていることに気がついた。
 斜めから酒面を覗いているので、その像が自分の反射像で無いことだけは確かであった。
 時間とともに、益々像は鮮明になってきたが、酒面に映っている像を見ているのか、脳裏に映っている像を認識していうのか分からなくなってきた。 
 いずれにしてもその像は明らかに、東伝が蘇州の太湖のほとりにある船宿を旅立つ時に、夢の中に現れた崑崙の仙人そのものであった。ただこれまでと異なるのは、崑崙の仙人の背景も明晰に移っていることだ。
 その背景は冠雪した険峻な峰々であり、崑崙の仙人は左手に背丈ほどある杖を持ち、右手をその峰々のある一点を指差しているのである。
 視線をそちらに移すと、一点が青紫色に明るく点滅しているのに気がついた。
 東伝が蘇州の運河の河べりで初めて紅蓮に出会った時の光景が酒面に再生された。
 彼女の透き通る様な首肌に小さなペンダントが架かっていた。それに夕陽が、直射して朱色に輝いた。首肌は夕陽によって益々紅く染まり、それをみた呉東伝はいつかこの少女を描きたいものだと独りごちた。
 近づくと、紅蓮はペコリと頭を下げて挨拶した。その瞬間、そのペンダントは彼女の首元でチャリと音をたてながら踊り、三つに割れた。
もともと三枚が重なっていたのだろう。外側の二枚は、夕陽に照らされて朱色に染まっていたが、挟まれている残りの一枚は一瞬だけだが青い色をしていたのを認めたのだった。
 材質も、チャリと聞こえた音や紐を通す穴のあけ方からいって、璧であることは察しがついた。
 ここまで来ると、今認識している像は夢の中に現れている像かも知れない。
 だとしたら、夢から目覚めないで、夢に入り込み、かねてから聞いてみようと思っていたことを質問してみようと考え、思い切って、声を出してみた。
「自分と、紅蓮ちゃんは意図したとは言えないまでも、いいつけ通り東の国にやってきました。しかし、この東端の国で何をしないといけないのか、いまのところ皆目見当がつかないのです。ヒントでももらえませんか?」
 すると仙人は深い顔の皺を更に深くして、
「そう焦ることはない。だが更に東を目指すが良い。」
と語りかけ、更に、
「一人を救うのも、万人を救うのも重さは同じじゃ。薄の里を目指すものを救え。」
と言って、酒面に波紋が現れるとともに崑崙の仙人は消え去った。

 東伝は、
「そう焦ることはない。だが更に東を目指すが良い。」
「一人を救うのも、万人を救うのも重さは同じじゃ」
と、仙人が発した二つの言葉を呟き返した。
 突然、紅蓮の顔が前面に現れ、
「『そう焦ることはない。だが更に東を目指すが良い。』て何のこと? 『一人を救うのも、万人を救うのも重さは同じじゃ。薄の里を目指すものを救え』て何のこと?」と尋ねてきた。
 東伝は、紅蓮につい先程夢想したことを丁寧に説明してあげた。 しかし東伝は皆目検討がつかず、
「これからのこの国、日本を知る旅で、その答が見つかれば良いのだけど。」と言って、もう一つの話題に切り替えた。

「紅蓮ちゃんが看護婦になる話だが、紅蓮ちゃんも本を読んである程度のことが分かったと想うが、日本というのは、資格社会というか、学歴社会で、看護婦になるためには国家試験に合格する必要があり、国家試験を受験できる資格も必要で、その為には義務教育の六年、三年は修了していることは勿論、その後、看護専門学校等の専門教育を受けることが必要なのだよ。紅蓮ちゃんは中国で、義務教育の六年、三年相当は修了しているけど、日本に来てからは日本語の勉強だけで、他の科目はこれからだね。そこで、提案だけど、というよりほぼ手筈を整えてしまったのだけど聞いてくれるかな?」
 紅蓮は、自分自身の人生に関わることなので真摯に耳を傾けていたが、突然頬を伝わるものがあった。そして、
「本当に親代わりに私のことを考えてくれるのは東伝さんだけかも知れない。東伝さんの言うことには間違いないと父が言っていた。だから私は東伝さんがいうことにはなんでも従うわ。」
と言い、心からの感謝の気持ちが東伝にひしひしと伝わってきた。 東伝は、おそらく紅蓮は、中村恵美子の遺産問題で、富樫夫妻にさんざんいじめられ相当参っていたのだな、早めに神戸を退散して良かったかも知れない、と独りごちた。
 そして人としての生き様を間違いないものにするための処世訓的なことばを紹介した。
「わしを信頼してくれるのは有り難いし、わしらが崑崙の仙人の言いつけを守るためには、わしら二人で三人前の感受性を備えんといかんと思うので、暫くはわしの方を向いていて欲しいが、これから言うことも重要なので、気にしていてもらいたいのだよ。」
「わかったわ。難しい話?」
「うん、難しいといえば、これほど難しい話は無いかも知れないが。・・・、これから紅蓮ちゃんが様々な経験をしてゆくことになるが、その都度、その経験を振り返るとき、あるいは、これから新たな経験をしそうな予感をした時に思い出したら良いと思う言葉だよ。」
「私に理解できることばだったら良いけど。自信ないな。どういうこと?」
「この世の中は空間と時間で成り立っていて、そこに存在するのは、天、地、自分、人であり、自分の行いというのはそれらの存在によって知られているんだよ、という話で、“天知る、地知る、人知る、我知る”という言葉なのだよ。
 この言葉は自分を後押ししてくれる言葉でもあり、自分を拒絶する言葉でもあり、天というのは神でもあり、先祖でもあり、亡くなった父母などの近親者の霊でもあるのだよ。」
「それだったら、東伝さんの夢に時々出てくる崑崙山脈に棲む仙人はどれに属すの?」
「きっと天だな、あるいは我かも知れない。」
「わしの言いたいことは、紅蓮ちゃんの周りにはわし一人がいるのではなく、天、地という存在や自分自身を見つめる我がいて、決して独りということは無い、ということを覚えていて欲しい、わしの存在は“人”に対応するのだろうね。この国、日本では、天イコール神イコール仏という感じだが、実は神と仏というのは違う存在で、今日これからゆく呉服神社は神を明日行く予定の峰定寺、寺、万福寺は仏を祀るのらしい。」
「やはり、私にはむずかしそう。」
「いや、そんなことは無いが、こういうことは実感してみないと理解できる話ではない。これからの紅蓮ちゃんの様々な経験をしてゆく中で理解して行けば良いと思う。経験するのも、きっかけと、道筋が重要で、わしは、紅蓮ちゃんのお父さん、お母さんと約束した手前、そのきっかけ、道筋をわしが作らねばならないという強い思いがあって、さる人の協力も得て、次に言う様なシナリオを作ってみたのだよ。」
「へ〜!どんなシナリオかな。ドキドキするわ。」
「東京へ行って看護婦になる勉強をするということで、崑崙の仙人の言う『更に東をめざせ!』というのは東京を目指せという意味ではないかと思うようになってきてな、東京へ行って看護婦になる勉強をせよ、というお告げとおもったのじゃよ。」
「なるほど東京ね。日本の首都ね。ところでさる人の協力というのはどの様なことなの?」
「さる人というのは、安里看護婦長のことで、紅蓮ちゃんには、彼女には頼り過ぎない方が良いと言ったが、看護婦のことについては彼女が一番良く知っているはずだ。彼女の経験を聞いてみるのが最もてっとり早いということで、つい最近、彼女の経験談を聞き出したのだよ。そうしたら彼女が、『どうしてそんなことに関心があるの?』と聞き咎めてきたので、わしは、この話は内密にして欲しいと断ったうえで、わしは『紅蓮ちゃんが看護婦になりたがっているので希望を叶えさせてあげたいのだ。』と披露した。ところが彼女は『そういうことだったの。それなら私も同じ気持ち、せんだっては、紅蓮ちゃんには申し訳ないことをしてしまって、何か償えることは無いかと考えていたところ。私が東京で看護婦になる勉強していたころ、いろいろな面で助けていただいた人がいるの。その人の娘さんで、今は喫茶店の女主人だけど、甥が東京でも知名度の高い山の手病院の医者をしていて、優秀な看護婦をいつも募集しているらしいの。紅蓮ちゃんは、昼間は看護婦専門学校に行き、夜は定時制の高校に通って、一般教養も身につけるといいわ。
 そして少しでも学資を稼いだ方が良いのならその喫茶店に住み込みし、少しゆとりのあるときはお店の手伝いをしたら良いわ。きっと住居費はただになるわ。それに、東京近郊の看護学校へ通う場合、ラッシュにもまれないで良いと思うの。どうかしら?』と言われたので、わしは、
『そんなうまい話があるのか?』と聞いてみたのだけど、驚いたことに彼女は既に、そこまで手を回していて、住み込みの話等既にその喫茶店の女主人にさぐりをいれて、内諾を得ていたのだよ。それだったらそれに身を委ねても良いのではないかと思い、紅蓮ちゃんの意向も聞かず、話を進めさせてもらっているのだよ。ごめんね。先走って。」
「東京へ行ってからの生活は、看護婦専門学校への入学の手続きを含めて、安里看護婦長とその喫茶店の女主人とで、お膳立てしてくれることになっている。」
「とんでもない。そこまで話が進んでいるとは予想もしていませんでしたが、本当に有難うございます。感謝しています。」
「紅蓮ちゃんは、西遊記ならぬ東遊記の主人公かも知れないね。西遊記では菩薩が三蔵法師一行が行く先々で、危難に会わない様に、護法の諸天、六丁六甲、五方掲諦(ごほうぎゃてい)、四値功曹(しちこうそう)、十八羅漢を常時配置させたのだけれど、紅蓮ちゃんにも菩薩が遣わせた神々が侍っているのかも知れないね。さて、昼食をとるのに丁度良い時刻になったね。わしはサンドイッチにするけど、それでは若い紅蓮ちゃんにはもの足りないだろう。チャーハンとかオムライスはどうかな?」
「それでは、チャーハンにするわ。」

 そして、喫茶店の中は昼に近づいてきて混み合ってきた。食事を終えて、呉服神社に向かうことになった。

                 <<< つづく >>>







2008/02/24 22:17:41|物語
西方流雲(56)
                  西方流雲(56)

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                   ( 五 )

 中村恵美子の葬儀が終り、気持ちの整理を少ししかけた頃、葬儀のちょうど二週間後、中村恵美子の叔父の富樫恵三から電話がかかってきた。
 次の店の定休日に話したいことがあるので、出てきてもらえないかとの話があり、店の定休日である月曜日に神戸三宮の喫茶店で会うことになった。
 紅蓮は、以前中村恵美子に連れてきてもらったことのある喫茶店で、中村恵美子はここで、富樫恵三とも彼女の母が亡くなった後の相談をしたのだろうということを容易に推測できた。
 残された彼女にとって唯一の親族で、頼る相手のはずであったが、中村恵美子はこの叔父に良い印象を持っていなくて、『何を考えているか分からず、とても親代わりという存在には出来ない』と言っていたことを思い出し、少し構えた気持ちを抱いて、その喫茶店に向かった。
 黒馬というその喫茶店は、混みあっていて、店内は至るところに紫煙がもうもうとたなびいていた。普段紅蓮が働いている店は、喫煙を遠慮してもらっているし、店の関係者で喫煙者が一人もいないので問題なかったが、ここの喫茶店は、煙に咽る感じで、紅蓮にとってあまり心地良い空間とは言えなかった。
 店内を見回したが、恵美子の叔父はまだ来ていなかった。紅蓮は店の奥の方に空いている一卓を見つけ、そこに座り、相手が来るまで、東伝から借りた、“医師を目指す君へ”という本を読んで待つことにした。

 一ページほど読んだところで、店の入り口の方から、
「あっ、あそこだ、あそこだ、あそこにいる。」と言う聞き覚えのある声が聞えた。
 目を本から入り口の方に向けると、恵美子の叔父と、連れ立った中年の女性の姿が見えた。派手なチャイナ・ドレスの服装で、化粧の濃い容姿である。
 紅蓮は咄嗟に、この女性が、中村恵美子が言っていた、スナックのママさんをやっている恵美子の叔父の奥さんだな、と分かった。
 また中村恵美子からは、恵美子の母が亡くなった直後に、店を辞めてスナックで働かないかと勧誘され、それを断ったため、気まずい想いをした。叔父も一緒に勧誘を後押しするので、叔父とも気まずくなり、益々孤独な環境に追い込まれたが、紅蓮が居てくれて、救われる思いだ、とも言っていた。
「紅蓮ちゃん。こちらは私の家内で、富樫より子。よろしく。」
「私は薄紅蓮と言います。よろしくお願いします。中村さんから奥さんのことは伺ったことがあります。」
「きっと、ぼろくそに紹介されたのでしょうね。それにしても紅蓮さんの日本語はお上手ね。日本人と全然変わらない。それに中国人の若い女性は皆すらっとしているということをよく聞くけど本当にそうね。」
といわれ、一瞬中村恵美子同様、スナックで働かないかと自分も勧誘されるのではないかと身構えたが、暫く二人の会話の外にいた富樫恵三が口をはさんだ。
「駄目だよ、お前。紅蓮ちゃんは医者になる道を選ぼうとしているのだから。」
「ああ、そうだったわね。でも医者になるには相当の学資や時間が必要なのでしょ。」
と、紅蓮が卓の上に置いた、読みかけの“医師を目指す君へ”という本に視線を落としながら質問というより断定的な口調で話しかけてきた。
 まるで、そうだ、そうだと言わんばかりに頷きを繰り返しながら、富樫恵三が呟き始めた。
「実は、今日来てもろたのは、その話に関係することで、はっきりさせておかんと、ゆくゆく紅蓮ちゃんにかえって迷惑をかけてしまうことになるので、正しく説明し、了解してもらっておくためだったのだよ。」
 紅蓮はそんなことではないかと予測していたが、思い込みはまずいと思い、
「そうでしたか。どの様なことでしょうか?」
と尋ねた。
 富樫は言いにくい素振りを見せながら、
「実は、中村恵美子が亡くなる直前に、自分の持っている資産を全て紅蓮ちゃんが医療の道を目指すときの資金に使って欲しいと、遺言めいた言い方をしたのを覚えているかな?」
「覚えています。あの言葉は私の気持ちをどれくらい豊かにしてくれたか分かりません。本当に嬉しかったです。」
「そうか、やはり覚えていたか。ただ豊かにするのは気持ちだけであって、懐まで暖かくすると思ったら大間違いだよ。今日はそのことをはっきりさせようと思ってきたんだけどね。」
そういう富樫の言葉に、分からない言い回しがあって、
「懐を暖かくするというのはどういう意味なのですか?」
と他意は無く、ただ分からない言い回しの意味を聞いただけであった、しかしそれを、富樫夫妻は、紅蓮が、
「中村恵美子の遺言をそのまま受領する。」
と主張しているものと思い込み、
「恵美子が本気でそんなことを言ったのだと思っているのかい?やはり中国人というのは自分本位にしか物事を考えられない人種なのだね。それに多少の本心があったとしても、実は中村家はうちに多額の借金があって、恵美子が残した金品は全て、その借金の穴埋めに使われることになるのだよ。」
と、次第に牙をむき出してきたのである。
 しかし、紅蓮は、中村恵美子の死直前に洩らした紅蓮への感謝の気持ちには嘘、偽りがあるとは思えなかったし、相変わらず言葉の意味が分からなかったので、もう一度、
「懐を暖かくするというのはどういう意味なのですか?」
と尋ねてみた。その再度の質問を挑戦的な態度にもとづく言葉と受け取った富樫夫妻は、益々顔つきを硬直させ、
「わからんのか、図々しいにも程がある。懐を暖かくするというのは、中村恵美子の死直前に洩らした、お金のことだよ、それを真に受けて、彼女の遺した中村家の遺産を君が自分のものにするという意味だよ。」
と、富樫恵三がまるで売り言葉に買い言葉という話し方をしてきた。

 まるで火事現場の様に煙草の煙が万延した喫茶店の中にいて辟易としていた紅蓮は、何気なく、視線を、卓上におかれた書物に遣った。
 その瞬間、どこからか風が吹き込んだのか、ページがパラパラとめくられ、栞がはさまれたページで停まった。その栞は、紅蓮が、中村恵美子と神戸港の百万ドルの夜景を見に行ったときに、大事な言葉に出会った時に、そこに挟んでおくと良いのよ、と彼女が大切にしていた二枚の栞の一枚を、友情の証しだ、と言って恵美子からもらったもので、今となっては形見の品となってしまっている紅蓮にとって大切な品物である。その奇異な現象を目の当たりに見て、これは中村恵美子が何かを言いたがっているのだ考え、出直して再度話しあった方がよいだろうと判断して、
「こういう話は、私は不慣れで正直何を言われているかよく理解出来ないのです。日を改めて、再度お話しませんか?」
と悪びれずに提案した。
 話がかみ合っていないと考えた、富樫夫妻は、少し頭を冷やして考えればわかることだろう。」と判断し、紅蓮の提案に賛同した。

 紅蓮は喫茶店黒馬を出て、帰宅の途上、まだ少し早かったので、夜間には神戸港の百万ドルの夜景が見えるはずの六甲山麓の展望台に足を運んだ。
 ここは、神戸港の海面を辿ってゆけば、上海の港に行き着き、さらに長江を遡り、運河を辿ってゆけば、楓橋路に辿り着き、石段から右手に槐の大樹を見やりながら、紅蓮の生家に至るという懐かしい道程を頭に描くのに格好の場所だった。それが今は中村恵美子を回想する場となってしまった。そして、何秀麗、中村恵美子の母にも思いを馳せる場所でもあった。

 ある時などは余程回想に浸っている自分の姿がポーズになっていたのか、斜め後ろから自分の姿を写真に撮っている若者が居ることに気がついたが、その時の気分が、そんなこと自分の生き様とは何の関係も無いことと無視を装った。が、実はその若者こそ十年後に紅蓮と運命的な出会いをする薄晃一であることを読者は知っているが、この場面での紅蓮は知る由もなかった。
 暫し、回想に耽ったあと、今日、富樫夫妻から投げかけられた言葉を整理してみた。そして、中村恵美子が生前、紅蓮に洩らしていた言葉を思い出していた。おそらく、中村恵美子が富樫を信用していなかった理由と思われる。
「叔父はよく母の所へやってきては、スナックの開業資金を貸してくれないかとねだり、実の弟ということもあって、小難しいことは何も言わず貸したのだが、返金する間もなく、追加の借金をしてゆく有様で、ついには一銭の返金も無かったとよくこぼしていたのよ。私は兄弟姉妹がいないので、そのあたりの感情が理解出来ないけど、紅蓮ちゃんは義姉妹みたいなもの、いつか似たような感情を持つようになるかもしれないわね。」
 なんと、今日、富樫夫妻から聞いた話と正反対ではないか。一体どちらが事実なのだろう。その事実を知るのは今や富樫恵三ひとりである。

 紅蓮は考えた。
 自分が医者になる道に気持ちが傾いた時は、まだ中村恵美子は生存していて、中村恵美子の遺産の話など皆無であった。だから、中村恵美子の遺産など一銭たりとも期待してはいけないのだ。
 死直前の彼女のことばは、心からの感謝を紅蓮に表すためのものであり、その気持ちだけ受け取り、実際の資金づくりは本に書いてあった奨学資金を借りれば良いではないか、その様に富樫夫妻の前で表明すればすっきりするはずだ。
 そう考えてこの一件を決着させようと紅蓮は自分に誓い予定通り医者の道に進もうと決意したのだった。

 しかし、これで解決したいという紅蓮の意に反して、話が更にこじれることになるのである。
 その火種は安里看護婦長の勤務する病院にあった。紅蓮は何秀麗をこの病院に見舞うことが少なからずあったが、彼女の素直なもの言い、仕草は入院患者たちにとって、服用している薬剤以上にさわやかさを感じ、病院を見舞うたびごとに人気が高まってゆき、また中村恵美子に対する献身的な看護は患者達にとって感動の域に達していた。
 そこへ、安里看護婦長が、とっておきの話と、断った上で、彼女は医者になる決心をしている、との情報を流したのである。この話が入院患者にあっという間に広がり、見舞いにきた彼らの家族にまで知られるところになったのである。そしてその話題がいつしか富樫夫妻の耳に届くにいたったのである。

 富樫夫妻は、その情報を耳にして、また紅蓮を呼び出したのである。
 今度は富樫夫妻が先に喫茶店に顔を出していて紅蓮を待ちわびるかたちとなった。そして紅蓮が店に足を踏み入れた瞬間、他に客が閑散としていたこともあり、激昂した声で、
「紅蓮ちゃんは、この間、ここで話したことが全く理解できていなかったようだね。何か不満があるのかな。それとも私達に鞘当しているのかな。ちまたでは、君が中村家の遺産を資金に、医者になる勉強を始めようとしているとの噂でもちきりのようだよ。今回の件ではもう一度はっきり言っておかねばならないと思って呼び出したのだよ。」
と威嚇するような調子を混じえて話し始めた。身に覚えが無い紅蓮は、
「噂というのは一体何のことですか?私はそんなこと思ったこともないし、医者になることを決めた訳ではありません。仮に医者になることを決心したとしても、他家の遺産を当てにするなんてことは考えられないことです。私は最初から彼女の気持ちだけ受け取って、それで充分だと思っていたのですけれどね。
 ただ中村家の名誉の為に言わしていただきますが、前回伯父さんたちにお会いした時、おじさんは、中村家はおじさんのところに多額の借金があると仰っていましたが、それよりずっと前に、恵美ちゃんは、『叔父はよく母の所へやってきては、スナックの開業資金を貸してくれないかとねだり、実の弟ということもあって、小難しいことは何も言わず貸したのだが、返金する間もなく、追加の借金をしてゆく有様で、ついには一銭の返金も無かったとよくこぼしていたのよ。』と言ってました。私には関係ないことですが、生存者がいなくなった中村家の名誉のため言わせてもらいました。」
 思っても見なかったことを暴露され、一瞬たじろいだ表情をして、
「あのこはそんなことまで赤の他人に暴露していたのか、事実ならまだしも事実に反する形で暴露されてはたまらんな。君はまさかそんなこと信じてないだろうね。全くの中傷だよ、これは。」
「紅蓮ちゃん。この話誰にも言いふらしていないでしょうね。そんなことしたら法律で罰せられるわよ。」
と富樫恵三の妻が口出しした。

 紅蓮は、こんな人達を相手にする時間が勿体無いと思い、
「私はこれから人に会う用事があるので、これで失礼します。では!」
と言い残して、喫茶店黒馬を後にした。後味の悪い対面であった。 それまで、紅蓮が会った日本人は心の大きい人ばかりで、この精神が日本を成長させてきたのだと思い込んでいたが、富樫夫妻の様に度量の狭い日本人もいることに気がついた。
 その次の月曜日、紅蓮はまた大阪梅田の喫茶店で東伝に会い、そのことを東伝に話した。すると東伝は、
「そうか、紅蓮ちゃんはまた新しい経験をしたようだね。そろそろ崑崙の仙人が出てきそうな予感がするね。それはともかく脱神戸の計画を急がねばならんね。その噂の根源は、恵美子ちゃんが入院していた病院にありそうだよ。安里看護婦長には頼りすぎないほうが良いかもしれないね。ところで旅の方だが、とりあえず京都を訪問する計画をたてたよ。目玉は花背峰定寺と黄檗万福寺だ。
それと、その前に、池田の呉服町、くれはと読むらしいが、そこの呉服神社に行ってみよう。」
と行き先の同意を得ようとした。紅蓮はもとより異存があるわけはなく、すぐに、
「それで結構です。旅をしながら自分の進むべき道を決めてゆきたいと思います。」
「それがいいね。では脱神戸の日だけど、10月の最初の月曜日で良いかな?もう一月もないので、紅蓮ちゃんが働いていたお店の主人には、辞める日をなるべく早く伝えておいた方が良いと思うよ。」
「そうね、この月末には店じまいする、ということだったので、ちょうど良いタイミングだと思います。」
「ところで紅蓮ちゃんの進路のことだけど、どちらに気持ちが傾いたかな?」
「まだはっきり決めてはいないのですが、やはり看護婦さんを志望しようかな、
という気持ちに傾いてきているの。その方が多くの人に役にたてられる様な気がするの。」
「そう、例の恵美子ちゃんの遺産がどうのこうのという話にいやけがさしたんだね。わしの居候している店のお得意さんで、大学病院に働いている医者がいるので、医者の世界のことを時々きくことがあるのだけれど、大学病院なんかだと、医者間の人間関係や、ややこしい医局制度というのがあって、そういう波にもまれるだけで心身ともに消耗していい加減いやになることがある、という話を何度も聞いたことがある。」
「いえ、そう言われても仕方がないかもしれないけど、そういう気持ちからではなく、例えば怪我をした人、体にできものを作ってしまった人、癌になってしまった人、心臓や頭に病気をもつ人、いろいろな病状をもっている人に同じ様に接して、医師とは異なる立場で、患者さんお為になれればと思うのです。最初は、内科勤務でも、翌年は皮膚科、そして、更に翌年は循環器科という様に。」
と言いながらも、恵美子の遺産問題で、さんざん富樫夫妻に言われたことが気になっていないと言えば嘘になるかも知れない。もしかしたら看護婦の道を選ぶのは、逃げかも知れない、とひとりごちた。そして、紅蓮にとって絶対的な東伝に意志表明したからには、自分の気持ちがブレない様にしないといけない、
と自分に言い聞かせ、早速、「看護の基礎」という看護婦への入門書を購入した。

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2008/02/22 23:15:05|旅日記
西方流雲(55)
                 西方流雲(55)

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                  ( 四 )

 紅蓮が店に足を入れた途端、何秀麗の息子の料理の手伝いをしている若者が、
「紅蓮先輩、中村先輩が危篤らしいです。先ほどまで何若主人が待っていたのですが、待ちきれず先に病院に駆けつけています。帰ってきたら僕が病院までバイクに乗せて駆けつける様に言われています。十分ほどしたら出かけましょう。店は閉めて、アルバイトに留守番をしておくように言って来ます。」
「分かったわ。今すぐ出かけましょう。」

バイクの後ろに乗りながら、
「何故?そんなことがあっていいものか。何かの間違いであって欲しい。」
と何度も強い願望を天に向かって撃った。
 心は涙で溢れ、また行き交う車や人々の輪郭も認められない程であった。
 安里婦長は彼女が白血病と言っていたが、その重さについては何も言ってなかった。そんなに短時間に死の淵まで追いやられる病気なのか、それほどまでに医療技術が心もとないものなのか、とにかく生き延びて欲しい、と祈る以外に紅蓮に出来ることはなかった。

 病室に入ると一斉に、集まっていた人達の目が紅蓮に向けられていた。その目という目には間に合ったかという、悲しみの中にもほっとした気分が万延している様子が伺えた。
 先程まで紅蓮の名前を呼び続けていたらしい。ここに居た人達は、中村恵美子が紅蓮に伝えたい大事なことがあるに違いない。その希望を叶えさせてあげたい、と全員が想っていたのだけれど、肝心の紅蓮がいつになっても現れずやきもきしていたのだ。
 紅蓮はその場の雰囲気を感じたが、すぐ中村恵美子の横たわるベッドまで足を運び、やせ細り、青白くなってしまった中村恵美子の手を両手で強く胸元で握り締め、
「恵美子ちゃん頑張って!恵美子ちゃん頑張って、と心の中で叫び続けた。涙で中村恵美子の顔も良く見えなくなっていた。そうしてボーっとしていたところ、やはり様子を伺いに何若主人と一緒に駆けつけていた何若主人の妻が紅蓮の肩を軽く叩きながら、
「紅蓮ちゃん、恵美子ちゃんが紅蓮ちゃんになにか伝えたいみたいよ。耳を口元に近づけて聞きとってみて。」
と言った。紅蓮は涙をぬぐい、中村恵美子の顔を見てみると確かに唇を動かしている。耳を近づけると確かに何かを言おうとしているのが聞える。
「紅・・・蓮・・ちゃん、天・・・・国から・・・・応援して・・いる。お医者さん・・・目指して。それと、・・・こ・・・れまで、仲よくしてくれてあ・・りがとう。一緒に医療・・の・・道を目指せなくて・・残念。・・・・私の・・・分・・・・まで・・・頑張って。」
そしてうつろとなった眼を空に向けて、
「おじ・・・さん、・・・・私が・・残した・・・全て・・を・・・紅蓮
・ ・・ちゃんの・・学資にして・・・・・お願い。・・・・・・・。」
と言って息をひきとってしまった。

 二年前に母を亡くし、うちしおれた中村恵美子を心から癒す存在になり続けてきたのが、紅蓮であったことを店のだれでも知っていたので、中村恵美子の最後の言葉をもっともだと思った。
 しかし、この最後の言葉が後日物議をかますことになり、紅蓮の気持ちをぐらつかせ、看護婦志願という結論に追いやるのだった。
           
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2008/02/19 23:28:02|物語
西方流雲(54)
               西方流雲(54)

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                  ( 三 )

死去した何秀麗(かしゅうれい)の息子の何秀勲(かしゅうくん)から、
「二ヵ月後に店を畳むので、その後の皆さんの身の振り方について、相談をして、皆さんが困難に陥らないように最大限の努力をしたいと思います。」
という通告があり、紅蓮は、具体的に行動を起こさないといけないと思うと、身が引き締まるおもいをここ数日しっぱなしであった。 前週の呉東伝(ごとうでん)との将来構想談義のなかで、医療関係も道を選ぶのも良いのではないかという意見を貰い、前向きな気持ちになりつつあった。

 外国人が医師・看護師に就労するには、母国での医師・看護師資格を取っていることが必要で、それで初めて、日本の国家試験の受験資格を得られることを知った。
 そして患者との意思の疎通が問題なく出来て、尚且つ医療知識を日本語で持っていないといけないのである。しかし、母国での医師・看護師資格を持っていなくても、日本語の読み、書き、聞きで患者との意志疎通が十分でき、日本の医師・看護教育を日本人と同等に受けて、国家試験に合格すれば、外国人であっても医師・看護師になれると言う人もいる。
 いずれにしても、先ずは最初に動機付けをしてくれた、中村恵美子の母、及び何秀麗の共通の友人である例の看護婦長に希望を打ち明けて、その為に何をどの様な手順で行ってゆけば良いかのオリエンテーションを受けることである。
 そう自分自身に言い聞かせ、自分の想いをどの様な言葉を使って伝えたら良いか良いか考えることに忙しい毎日であった。
 また中村恵美子が、どの様な想いを発露するかも気になることであった。出来たら共に同じ道を歩み、助け合いながら、医療の道を目指す意志を示してくれて、自分と二人三脚の人生を歩んでくれるとどれほど有り難く。頼もしいことかわからないのだけれど、という期待を紅蓮はもっていたし、有る程度の確信はしていた。

 そして、何秀麗が亡くなって二度目の祥月命日となった。この日、また中村恵美子、そして自分の将来の鍵を握っていると思われる婦長さんが、中村恵美子の母と何秀麗が眠るメモリアルパークに集まることになっていた。
 最初の祥月命日と同じ様に、紺碧の空と、紫陽花園に挟まれ、かなたに神戸湾が見渡せる快晴で気持ちの良い日である。
 紅蓮は神戸港の海面を辿ってゆけば、揚子江の水面に至り、揚子江を遡って運河に入って辿ってゆけば、懐かしい槐の樹や臨水壁に出会うイメージを何度も何度も頭に描いた。
 その方角には、両親達も元気に生活をしているということなので、今日ここで話すことは両親にも伝わるような気がしていた。

 やや早めにそこに着いた紅蓮はそんな想像をして時間を潰し、中村恵美子と看護婦長の到着を待っていた。
 そして、次に紫陽花園に近づいてきたのは看護婦長で、
「あら、紅蓮ちゃんが最初?一人だったの?」
とやや怪訝な顔をしながら話かけてきた。紅蓮は、神戸港の界面から目を離し、
「先生、コンニチワ!そうなのです。今日は少し早く出てきてしまいました。
私はお店の方から、彼女は自宅から直行することになっています。もう少しで顔を見せると思います。先生、お忙しいところすみませんでした」
と応答したが、内心、彼女にしては珍しいことだ、と少し気になり始めていたところなのである。看護婦長は、
「これからは、婦長さんではなく、苗字の安里と呼んでくれる?あなた達とは年齢の隔たりを乗り越えたお付き合いをしてゆきたいの。お願いね。 
ところで、今日ここに来たということは、紅蓮ちゃんは医療の道を目指す気持ちがあるということね。嬉しいわ。頑張ってね。外国人は言葉の壁があるので、
国家試験の受験資格を取るだけでも大変だけど、あなたは言葉遣い、文字の読み書きも並の日本人以上よ。あとは、日本人の気質や情緒感を理解することね。
ただ、それは医療技術を勉強しながらでも遅くはない。日本人にとっても医学を目指す道は険しいし、挫折しやすい道なの。ただ目指すからには私や何さんが奨めたからというのではなく、医療の道を選んだ意義をなるべく早く見つけ出してね。」
「ありがとうございます。お医者さんが診断や治療を少しでもしやすくすることと、診断や治療の合間の患者さんの世話をするということですね。注射も打てなくてはいけないし、脈をみたり、血圧を測れないといけないのですよね。いつか何奥さんのお見舞いに行ったとき、看護婦さんたちが、てきぱきとそういうことをしているのを見てすごいな、と思いました。」
「あら、紅蓮ちゃんは看護婦さんを目指すの?お医者さんかと思った。」
「私には看護婦さんだって怪しいのに、お医者さんなんて、とてもそんな能力ありません。あっ、彼女が来る前に話しを先に進めすぎたら同じ話をもう一度しなくてはなりませんよ、先生。もう少しで来ると思いますので、少し待っていただけませんか?」
と紅蓮が最後まで話す前に、安里は首を横に振りながら、
「彼女は来ないの!」
とビックリすることを断定的に言うのであった。
今日ここに来ないということは医療の道を志す気持ちがない、ということを意味していて、それだけでもショックなのに、お互いに無二の親友と思っているのに自分に何の相談も無く、その様に決断してしまったのかと思うと二重のショックであった。
「どうしてですか? 来ないことをどうして先生が知っているのですか?」
「実は、昨日この間の約束覚えているか心配になって、彼女のところへ電話したの。そうしたら、このところすごく体調が悪くて行けそうにないと言うの。様子をいろいろ聞いたのだけれど、内臓の病気でないことは確か。女性特有の病気でもなさそう。でも無理はしないほうが良いので、今日はこないで、明日私の所に来るように奨めたところ。『今後の身の振り方についてはその時病院ででも良いのではないかしら』といって電話をきったの。」
「そうだったのですか。お店で働いている時は全くそんな感じがしていません
でしたけど、そう聞いてみると、体調が思わしくないのではないかという仕草が確かにあったようです。彼女は見つめる先はいつも足下ではなく、少し先の未来で、その未来のスクリーンには如何にも希望と期待に満ち溢れているという感じがしていたのですが、最近は時々両手を開いてじっと両手を睨んで、手の平をスクリーン代わりにしてじっと見つめている時があったわ。手の平のスクリーンにはどんなことが映写されているのか分からないけど、きっと彼女自身の運勢を占っているのかも知れないと思ったものです。」

「話の続きだけど、最初は医者を目指したらどう?一生懸命勉強しないといけないけど、何をするにも一流になろうとすれば同じ事。努力した結果無理そうであれば、看護婦の道に転換しても良いのでは?」
「医大に入学するのにも、かなりの資金が必要と聞いています。そんな大金を自分自身に投資する勇気がないし、第一、身のまわりを眺めてもそんな大金どこにもありません。いずれにしても、今度の水曜日に東伝さんに会うことになっていますので相談してみます。」
「分かったわ。では決めたら連絡してね。待っているわ。でわね! あっ、それから、その時に中村さんの病状はっきり分かっていると思うの、その件についても話をしましょう。」
と言って、紫陽花の花園を後にした。

 独り残された紅蓮は、神戸湾の方から吹き上がってきた初秋の気流の中に、時折ひんやりとするものを感じ、そのたびに思わず襟をつかみ首を襟で覆うように持ち上げて、その気流を遮るのであった。
 
 そして東伝に紅蓮の進路を相談することになっていた水曜日がやってきた。
 場所は前回と同じ梅田の白馬車という喫茶店である。11時に約束をしていたが、東伝は先にそこに着いたらしく書物を読んでいた。
 紅蓮は、東伝の座る前の座席に腰をおろしながら、
「ニーハオ、トンディアンシェンシャン! ニーシェンティハオマ?」
と中国語で声をかけた。東伝は、読んでいた書物をテーブルに置き、相変わらずの寛容で思慮深いまなこを紅蓮に向け、この子は日に日に進歩してゆく子だなと紅蓮の端正な容姿としぐさをみながら思いつつ、
「ヘンハオ シェーシェー。ニーナ?」と返した。
東伝の脇の誰も座っていない椅子には五冊程の書籍が積み上げられていた。
それに気がついた紅蓮は、
―――今日は紅蓮が、将来の進路を相談するのと、神戸を離れて知日の旅の計画を相談する約束だったことを思い出した。その顔色を読み取ったのか、東伝は、
「今日のお昼は寿司を食べてみないか?紅蓮ちゃんはいままで中国料理店で働いていたので、日本食をあまり食べたことがないだろう。寿司は代表的な日本食で、これを食べないと、日本の食文化に触れたことにならないらしいよ。中国にもこの様な料理無いと思うのだよ。ほらっ、ここに寿司のことを紹介した本がある。」
と言った。紅蓮はそれを見て、
「まあ、旅案内の本かと思ったら、日本食の案内の本なのね」
と嬉しそうに覗き込んだ。その顔はまだあどけない少女の顔であり、これから深刻に自分の将来を決めようとしている人間にはとても見えなかった。東伝は先程仕入れたばかりの話を紅蓮に紹介した。
「寿司の歴史を辿ると元は東南アジアで、それが中国を経て日本に伝わったのだけど、最初は採った魚を腐らせないようにするためで、貴重なタンパク質をおぎなうため、米の中に塩味をつけた魚を漬けて発酵させた魚肉保存法で、食べる時には魚を残し、米を捨てていたらしい。そしてそのうち、お米も食べられるうちには食べてしまおうということになり、魚と米を一緒に食べ始めるように
なったのだって。そして、お米の自然発酵を待たずに、飯に酢を混ぜ、魚だけでなく野菜・乾物などを用いて作る。そして近年になって握り寿司となって、その本の写真のような形になったのだっらしいのだよ。」
 紅蓮はその説明に疑問に思ったことを東伝に質問してみた。
「中国に伝わっていながら、中国では何故この様な寿司が出てこなかったのかなあ?」
その質問を聞いて東伝は懐かしそうに、
「紅蓮ちゃんのその様な質問の仕方を久しぶりにきいたよ。蘇州にいた頃は運河の川べりに植えられた槐の樹の下でよくそういう言い方の質問をされたよね。」
 東伝も紅蓮も暫し、あの当時のことを思い出すのであった。
『河の水はどうしていつも同じ方向ばかりに流れているの?坂でもないのに、西から東へいつも流れているのはどうして?』
それまでの紅蓮ちゃんの質問は、空、川の水、西の果て、東の果てに関するものが殆どで、最初に困らせられた質問だった。そして五年間の紅蓮ちゃんの成長を実感した一瞬だったなア。」
「そうね、あのころは毎日東伝さんから新しい話を聞かされて毎日が楽しくて仕方なかった。こんな話も何回か聞いたわ。
『わしは千年かけてここまでやってきたんじゃよ。』と、そして東伝さんがそういう度に、そばに佇むえんじゅの樹が、ざわっと身震いするように揺れた感じがしたっけ。」
「そうだったね。あれからもう三年になるのかな、早いものだ、我々が日本にいる理由がそれだったね。今度の神戸を離れ知日の旅をするというのも、その崑崙の仙人のお告げに従い、この国で何をすべきかを探ることが目的なのだよね。ところで、そろそろお昼なので寿司を食べにゆこうかな。」
「そうね。今日は大阪寿司?それとも江戸前寿司?」
「紅蓮ちゃん、よく知っているねそんなこと。」
「一度だけ、中村恵美子さんに食べに連れて行ってもらったことがあるの。たしか関西風のお寿司と言ってたかな。断面の模様が随分綺麗で食べるのが勿体無いくらいだったわ。」
「中村さんて、紅蓮ちゃんと仲の良いお店の同僚?この間のメモリアルパークで撮った写真を見させてもらったけど、随分やつれた表情に見えたなア。・・・それでは今日は江戸前寿司といこう。そして食べてからまた続きの話をしようかな。」

 紅蓮は、中村恵美子のことをやつれて見えると言われ気になったが、ともかく食事にゆくことに同意し、東伝の持ってきた本をかかえ、席を立った。
 その喫茶店を出て、少しいったところに江戸前寿司「築地」という店が目に入ったので、その店の横滑りの戸を開けて中に入っていった。
 隣の客が注文するのを見よう見真似で次々と握ってもらい、茶碗蒸しと味噌汁も飲んで、二人分で合計5000円の食事となった。少し高くついたと思ったが、日本文化にじかに触れた気分となり満足だった。

 そして再度喫茶店白馬車に戻り、話の続きを始めた。口火を切ったのは紅蓮で、
「先日、祥月命日の日に安里看護婦長にメモリアルパークでお会いして、医療の道に進みたいと告白したの。そうしたら、
『医者への道を希望するのか、看護婦への道を希望するのか』
と聞かれたの。私はてっきり医療の道イコール私の場合は看護婦とばかり思っていたので、その場で返事が出来ず、東伝さんと相談してみるとしか言えなかったの。」
「そうか、私は当然、医者への道もあると思っていたよ。だから紅蓮ちゃんに持ってもらっている本のうちの一冊は『医者を志望する君へ』という本で、少し情報を仕入れておいたよ。医者になるためには医大を卒業する必要があって、医大生になるには、医大を合格する前に医大を受験する資格をとる必要があり、その為の試験があるのだそうだ。但しその試験の受験資格は、老若男女、そして国籍を問わないらしい。
 それと医大生となっても、更にインターンとして二年は経験を積まなくてはならないらしい。だから医者になるには最低六年間が必要となるんだよ。それに入学金や学費も高く、日本人でも余程裕福でないと進めないらしいよ。どこの国も同じだね。裕福な家庭の子弟が教育環境に恵まれ、それによって高学歴を得て、社会での要職を占め、かれらにとって住み心地が良いが下級層の人達にとっては、有り難くない社会が作られてゆく。
 しかしこの様な社会のシステムは必要悪とも言え、これが全く無く、オール中級階級となると社会が停滞してしまう。ただし、そのままだと不公平感が出てきて不満が鬱積した社会になって、いつかは爆発するだろうね。
 今の中国は折角これだけの生産人口がいても、共産社会のままでは欧米や日本に大きく遅れをとるので、いずれ自由競争の時代が来るだろうね。」
「そういうことを考えると、私は医者への道は到底無理ね。」
と紅蓮は想い、看護婦への道であれば可能性があるかも知れない、という気持ちに傾いてきた。すこししょげた気持ちを紅蓮の表情から読み取った東伝は、
「今言ったことは決して医者への道を諦めろと言っているのではなく、逆に、紅蓮ちゃんが医者への道を選択することを期待して言っているのだよ。」とは言ったものの、内心では、
「突然、崑崙の仙人が現れ、中国に帰る様言われた対処のしようが無くなるわい。それも困る。」又一方で、
「看護婦でも良いが、紅蓮ちゃんの資質だともの足りなく
なるのではないか」とも思い、なかなか考えがまとまらなかった。そんな東伝の逡巡した表情を見て、
「こういう時にこそ崑崙の仙人が出現してくれるといいのにね。」
「そうだね。だけど、お金のことは抜きにして、やはり紅蓮ちゃんが自分で決めるというものだろうね。安里婦長さんには決断をもう少し待ってもらうべきだね。そして、この本でも読んでじっくり考えることだね。」
「分かった。自分の人生なのに人に頼ってばかりじゃ駄目ね。
今週一杯考えさせてもらって、結果を東伝さんに聞いてもらって、おかしいところがなければ、婦長さんに報告することにする。」
「ではそうしよう。ところで知日の旅だが、そこの本の残りの三冊が旅の本だよ。最初から全ての訪問先を決めて、その通りの旅をするというやりかたもあるが、一箇所行ってみて、その結果から次の訪問先を決めるという方が良さそうな感じがするがどうだろう?
 観光案内を見ていたら、京都の北の方に花背、大布施という部落があり、そのあたり一帯の家並みが中国の四川省以南にすむ少数民族の人達が住んでいる家の佇まいに非常に似ていて、そこに行けばもしかしたら我々のルーツと心意気が似ている人に出会えるかも知れない。そこにはその地域の象徴とされる峰定寺(ぶじょうじ)という寺があるそうだ。観光客も少ないらしいので、ゆっくりできるのではないかと想うのじゃよ。どうだろう。」
「それでいいわ。賛成する。そこへはどの様に行ったら良いの?」
「今それを調べている最中じゃよ。」
「じゃあ、次回は、それを教えていただくのと、私の決心したことの報告ね。」
「そうだね。それではそろそろ帰ろうか。」
阪急神戸線の梅田発三宮行きに乗ったのは午後五時であり、夕刻近かった。
紅蓮が店に帰りついたのは午後六時半を過ぎていた。

         <<< つづく >>>







2008/02/16 18:17:39|物語
西方流雲(53)
                 西方流雲(53)


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                 ( 二 )

「そんなことがあったの。知らなかった。紅蓮ちゃんも驚いただろうね。今日は、また同じデパートで古書市があり、前回の古書市で、買い損なった例の本があればと思ったのだけど、それどころではなくなってきたね。」
「あの薄家の系譜という本と、飛天のことが書かれた本ね。あの時は、せっかく二冊重ねてレジに持って行こうとしたら、後ろから覗き込んでいた人がいたので遠慮して、その場を離れてしまったのですよね。」
「そうだったっけな。紅蓮ちゃんと同じ姓の名前が日本にもあるようで、少し調べてみようと思ったのだよ。その後、日本人の姓や地名について調べてみたら、呉という名前や地名もあることが分かった。大阪池田というところに呉服という地名があり、どうもそこは中国の呉から織物を伝えた人たちが住み着いたところと言った伝説があるらしい。池田は大阪のはずれの市で阪急電車沿いなので、近くそこを訪問しようと思っているのだよ。それはそうと、紅蓮ちゃんは、お店が来月店じまいするのであれば、その後どうするか考えんといかんね。」
「そう、今日はそのことで東伝さんに相談したいことがあるの。」
「そうだったね。文化大革命はすでに終わったらしく、中国も大きく方向転換し始めたようだし、そろそろ中国へ帰るかな。ご両親も健康を回復した様だし、蘇州の家も壊されていなければ、すぐにも使えるだろう。ご両親は既に何度かご自宅へ戻って様子を見に行っているらしいよ。」
「そうだったの。知らなかったわ。」
「紅連ちゃんには話しをしなくてすまなかったが、お父さんの鉦渓さんと最近二度ほど手紙のやり取りをして、先方からの手紙にはご両親ともお元気なことと、文化大革命が終了したことが書いてあり、こちらからは紅蓮ちゃんが日本語を殆ど完璧に話し、読み書きできる様になっていること、神戸の中華料理店で元気に働いており、店でも頼りにされる存在になっていることを報告し、ついでに、文革が終わったのなら紅蓮ちゃんをそろそろ中国に連れ帰ろうか、と打診してみたのだよ。」
「そうしたら、なんと言ってきたの?」
「『中国は確かに文革は終わったけれど、国の豊かさという点ではまだ日本には20年以上遅れていて、国の方向も定まっていない。もしわしに迷惑でなければ、もう少し日本での紅蓮ちゃんの成長を見守ってくれないだろうか』、と書かれていて、最後に、この手紙のやりとりのことは紅蓮ちゃんには黙っていた方が良いだろう、というお父さんの考えもあったので、これまで黙っていたのだよ。」
「そうでしたか、いろいろ気を遣ってもらってすみませんでした。両親が元気な様子を知り安心しました。両親がそう言ってくれているなら、もう少し日本に留まって、もっといろいろ勉強したいと思います。それに、もし再び文革の様な事件が起こったら、両親を日本に呼べる環境がすぐ作れるようにしておきたいとも思います。」
「そうだね、いつまた第二の文化大革命が起こるかも知れないね。中国人が共通に持っている中華思想を弱め、共存共栄の思想を伸ばしてゆかないと、また起こるね。ところで、文殊さんの一人、病院の婦長さん?の話、医療の道に進んだらどうかという話だけど、私は大賛成だね。ただどうだろう、具体的にその道を歩き始める前に、この国を少し旅をしてみないかい?先ほどの池田市や中国と日本の接点を持っているお寺めぐり、また地理的に中国との接点といえる土地めぐりなど。わしも、そろそろ今働いているところを辞めて、各地を回ってみたいと思っている。中国から日本に持ち込んだ、古物の殆どを手につけていないし、また月々の給料も家賃などを差っ引いても預金できてきたので、各地を回って見聞を広めることをしても経済的に問題を起こすことは無いと思うよ。」
「そうね。私の経済事情も同じ。婦長さんとは手紙をやりとりして、具体的な計画にしてゆけば良いと思う。では、日本各地めぐりの計画を東伝さん次回聞かせていただけますね?」

 メモリアルパークで中村美恵子、婦長さんと出会った一週間後、紅蓮は梅田にある阪急百貨店の近くにある白馬車という喫茶店で呉東伝と久しぶりの出会いをして、以上のような将来構想を語り合ったのであった。
 しかし、その更に翌週、紅蓮にとって、日本に来て三度目の悲しい出来事が起こるのである。

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