PCの中を整理していて,過去,本田技術研究所の有志が運営するサイトに投稿した記事が出てきたので掲載する。
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私は,単車に限らず機械や道具の品質について少々拘りがある。長期にわたって能書きどおりの機能,性能を発揮するためには,使っていくうちに発生する劣化を計算に入れて設計,製造された機械こそマトモなのだと考えている。コストはそのためにかけるものであり,剛性不足で図面どおりに動かない機械など論外だ。そのような考えは,子供の頃から変わっていないような気がする。
小学校に入学する以前のこと。当時欲しいものの中に水鉄砲があった。今は樹脂製が一般的だが,当時は金属製だった。リンケージやピストンが,引っかかりや機械的な抵抗なく,水が小さな穴から噴出していく時のダンピングだけを感ずるようなスムーズな水鉄砲が欲しかった。
母にそれをねだるのだが,生活するだけでもギリギリの家計では,私の願いはなかなか叶えられることはなかった。しかしある時,どうにか工面したのであろう。水鉄砲を買ってきてくれた。ところがその水鉄砲は,本当にオモチャの造りだった。剛性の低い引き金,引っかかりのある摺動部,圧力感の変化するピストン。
私は怒りが込み上げてきて,その水鉄砲を投げ飛ばし,潰してしまった。母には本当に悪いことをしてしまったと,今も反省している。怒りは,その水鉄砲に当てられたものでもあるが,それ以上に母に対してのものだった。子供心にも分かる厳しい家計の中から,こんな役立たずのものを買ってくるとは何事だ。そんなものをあてがわれるくらいなら,俺はいつか買えるまで我慢できるゾ,といった心境だった。その気持ちが母に伝わっていなかったことは,更に無念だった。
これは,機械に備えられるべきものを意識した最初の事件だった。
現代の多くの単車は,あの時買ってもらった水鉄砲のようだ。
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するとメーカーの技術を否定するような印象を与え,全国から随分多くの反論があった。私としては,その時代の単車が本質を外し,どんどんオモチャのような造りになっていく現状を,感じたまま書いたつもりだった。
激論が続く中,意外な視点からの投稿があった。それは,若い一児の母ライダーからの思いもよらない指摘だった。「あなたのお母さんは,水鉄砲をあてがったのではないですよ。あなたの希望を,少しでも満たしてあげたかったのです」という趣旨だった。
私はその時,そんなことにも気付けなかったのかと,自分の思慮の欠落を思い知らされたのだ。今でもその指摘を受けた時の心の動揺を良く覚えている。
2019.11.11(月)