先日の常盤林道。その舗装部分には,沢山のカーブミラーが設置されている。それはそれで安全のために役立っているのだが・・・。
しかし,写真のように全く無駄なミラーもある。このカーブは見通しが良いので,ミラーを見るより直接経路を見る方が余程対向車を確認できる。
ミラーはブラインドコーナーの外側に設置してこそ意味があるのに,この例のような役に立たないミラーが,常盤林道の舗装部分に三ヶ所あった。
この例では,行政による計画のあり方,業者への発注のしかた,設置後の検査等に疑問符が付く。
現地を確認せず,地図を平面的に見ただけでカーブの外側に設置点を設けたこと,不自然と思いつつもそれを確認することなく,指定どおりに工事したことが伺われる。
2020.4.13(月)
PS ミラーは無駄に経費を使ったという程度の問題で済むのだが,この例のような両者の姿勢は,時として判断を誤り惨事へと発展させる。
最近のコロナに関する政府のやり方をみていてそう感ずる。総理はしばしば,専門家の意見を聞いて今後のやり方を決めると発言してきた。総理以下の閣僚も,各自治体のリーダーも同様の対応だった。結果に関して責任を逃れる言い方のように聞こえる。
専門家の意見は大切だ。しかしそれ以前に,リーダーは問題をどのように解決したいのか,方針を掲げることが必須だ。その上で専門家の意見が活かされる。
北海道知事は『法的根拠はないが,外出を控えてほしい』と発言した。それこそがリーダーに求められる姿勢だ。道民はそれに従った結果,感染は鈍化した。
事後の状況によっては,知事は責任を追及されることとなったであろう。しかしそれを覚悟のうえでリーダーシップを発揮した。平時は周囲の意見を取り入れて動くにしても,有事においてそれでは役不足だ。
何故なら,周囲は各々自分の損得を優先する傾向があるからだ。その例は身近にもある。自然災害での避難所運営で教訓的に言われていること。それは『デカい声は無視せよ。声なき声に耳を傾けよ』