仕事で疲れて帰ってきて、誰もいない水槽を見ることほど悲しいことはない。
ぱんつは必ず「ただいま〜」と言うのだが、必ずそれに答えるように
「オカエリオカエリ〜ゴハン〜」と近寄ってきてくれたのは、なしちゃん。
なしちゃんには伝説が沢山ある。
実は最初は一番特徴のないコで、名前も最期まで決まらなかったから
名無しの「なしちゃん」。
8匹のアベニーが小型水槽にみんな一緒にいた頃、
4匹のオスの中で、もともと一番大きくてドンとかまえていたおやかた。
女のコ好きでいつも女の子を追い掛け回していたモンロー。
一番小さくてまだ女の子達と遊んでいたキャサリン。
そして、どんどん体が大きくなって、おやかたと張り合うほどになったなしちゃん。
おやかたとなしちゃんは折り合いが悪く、大喧嘩。
あんな怒ったアベニーは、本やネットでもまだ見たことがない。
体の上辺がウルトラマンみたいにトンガって、下も変な形にトンガって、
変な形になっちゃって、うまく泳げなくてカタコト泳ぎながらでも相手にぶつかっていくという…
これ以上一緒にしておくのは危険と判断し、なしちゃんを別水槽に移すことに。
キャサリンはまだ子どもなので縄張り争いや女の子の争奪戦には関係ないし
モンローはいつも女の子にそ〜っと近付いて
「ここは危ないから、アッチでボクとアカムシでもしない?」
とウラタロスのように誘うだけでおやかたと張り合う気はなし。
アベニー水槽は平和になった。
60cmの水草水槽にひとり移されたなしちゃんは
スネール討伐隊という任務を負いながらもしだいに元気がなくなっていった。
ごはんもあまり食べず、いつもぼ〜っと佇んでいる。
目線もはっきりしないし、起きてるんだか寝てるんだか…
やはり、群れで生きるアベニー。ひとりぼっちがそうさせるのではと思い、
女の子を一人、スネール討伐隊としてなしちゃんのもとへ派遣することに。
選ばれたのは、ある程度体も大きく姉御肌のえはらさん。
えはらさんが水槽に入ってきたときのなしちゃんの様子は、今思い出してもほほえましい。
小型水槽にいた時は、男の子も女の子もおんなじようにやたら追い掛け回して
みんなに嫌な顔をされていたなしちゃん。
それがまるでウソのように、ガッチガチに緊張して、カチコチの泳ぎ方で
ぎこちなくえはらさんに近付いていく。
「アノ…ボ・ボク…なしちゃんデス…ヨ・ヨロシク…ネ…」
えはらさんが来てくれた事で、元気を取り戻したなしちゃん。
しばらくはなしちゃんを嫌がっていたえはらさんも、いつの間にか受け入れたらしく
ふたりは仲の良い夫婦に。ベイビーも確認され、夫婦スネールバスターとして活躍した。
ごはんの時間はピンセットからアカムシを食べるかわいい夫婦。
なしちゃんにあげようとすると、なしちゃんはいつもアカムシを吟味して食べようとするので
その隙にえはらさんがササ〜ッとアカムシを奪って泳ぎ去る。
3回も繰り返すと、さすがになしちゃんも怒ってえはらさんを追いかける。
でもそんなふたりもなんだか楽しそうに見えるのでした。
ぱんつの好きな漫画で小山田いく先生の「風の宿」っていうのがあって、
その中に「死んだ時にたくさん泣いてもらえた動物は天国にいけるんだ」っていう台詞があって
ぱんつもなんだかそんな気がしていて、いつも大事な家族が亡くなった時は
がまんしないで思いっきり泣くことにしている。
なしちゃんは、今、まちがいなく天国にいる。
きっと先に行ったモンローがちょっと待っててくれたと思うから、
ふたりで仲良く行けたね、さみしくなくて、よかったね。